山本風碧『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』 自分が自分らしく生きるための冒険
これは『とりかえばや物語』という大先輩があるため(?)でしょうか、現代のYA層向けの平安ものでは異性装ネタがしばしば描かれる印象があるのですが、本作もその一つ。星に魅せられ、男装して陰陽寮に入り込んだ姫君が、思わぬ運命の出会いをしたことから繰り広げられる大騒動を描く物語です。
大納言家の姫として生まれながらも、歌や色恋には全く興味を示さず、求婚者から逃げるために庭の池に飛び込むほど無駄にアクティブな少女・小夜。星空に魅せられるあまり夜更かしをしてばかりの彼女は、昼は居眠りばかりという毎日であります。
そんな彼女が数年前に出会ったのは、凶星の下に生まれたために、父親をはじめ周囲から疎まれる少年・千尋。しかし彼の瞳の中に素晴らしく輝く運命の星を視た小夜の言葉に千尋は勇気づけられ、小夜もまた、陰陽寮に入りたいという夢を、千尋から励まされれることになります。
しかしもちろん彼女が陰陽寮に入れるはずもなく、空しく時は流れたのですが――数年前に千尋のもとに彼女を誘い、今も彼女が読み解いた星空を宿曜勘文として利用している宿曜師・賀茂信明が、おかしな話を持ちかけてくるのでした。
病弱のため出仕もままならない息子の身代わりに、小夜に陰陽寮に入らないかと持ちかけてきた信明。彼の言葉に乗り、小夜は療養と称して家を出ると、髪をばっさりと切って男に扮し、陰陽寮に入ることになります。
そこでも天文観測に明け暮れ、居眠りばかりしていたところが、それがきっかけでさる貴人と出会い、その運命を占うよう求められた小夜。その貴人とは誰であろう千尋、彼こそは帝の第一皇子だったのであります……
というわけで、異性装だけでなく、運命の再会、正体を明かせない秘密の恋など、定番要素を様々に盛り込んだ本作。女の子向けの小説らしく、甘々の場面も非常に多く、何ともこそばゆい気分にしばしばなるのですが――しかしこれがなかなかに面白いのであります。
そもそも本作では、大納言の姫が男装して陰陽寮に入ったり、廃位寸前とはいえ皇子に気に入られて個人的に召し抱えられたりと、豪快な展開が多いように見えるかもしれません。しかしそれはそれなりに、大きな嘘を成り立たせるロジックが用意されているのが楽しい。
もちろんそれでも無理な部分は残るのですが――それが実は一つの伏線になっていたりして、物語構成がなかなか良くできていると感心させられます。
しかしそれ以上に魅力的なのは、主人公とその相手役、小夜と千尋の人物像でしょう。
かたや星に魅せられ、生まれつき宿曜の才を持つ姫、かたや生まれた時から不吉の子と呼ばれ忌避されてきた皇子。二人に共通するのは、望んだわけでもない境遇に縛られ、自分らしく生きることを――大げさに言えば、人間らしく生きることを許されない暮らしを送ってきたことであります。
そんな二人が、自分の存在を認め、自分らしく生きる支えとなってくれる相手と出会い、互いを求め合う姿は――思い切りコミカルに、そしてちょっぴり切なく味付けはされているものの――実に魅力的に感じられるのであります。
そしてもう一人、そんな二人の出会いのきっかけを作り、その後も二人に何かとかかわっていく信明の存在も実に面白い。
美形で才能に溢れた陰陽師(宿曜師)という、これまた定番のキャラクターに見える信明ですが、しかし小夜の才を利用して金を稼いだり、貴族(の家の女性たち)に取り入っていたりと、何かと油断できない顔を見せる人物であります。
そんな彼の姿は、ある種極めて純粋な若者二人とは対照的な、小狡い大人として映るのですが――それでとどまらないのが、これも本作らしい捻りの効かせ方と言うべきでしょう。
終盤に明かされる彼の真の想いは、その大人なりの生きることのままならなさを描き出していて、物語に陰影を与えているのであります。
一見荒唐無稽なファンタジーのようでいて、丹念に物語を構築し、その中で読者に身近で、切実な想いを抱えたキャラクターたちの姿を浮かび上がらせる本作。
宿曜道という、本作ならではのガジェットの使い方も面白く、なかなか良くできた作品であると言ってもよいと思います。
『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』(山本風碧 KADOKAWAビーズログ文庫)
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