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2018.11.21

『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトルアンソロジー『忍者大戦』の第二弾、『赤ノ巻』の紹介の後編であります。引き続き、収録作品を一作ずつ紹介いたします。

『月に告げる』(羽純未雪)
 信長に見初められ、側に侍ることとなった伏屋家の養女・清夜。口が利けない彼女は、召し出されるまで屋敷の奥の離れで侍女とともに静かに暮らしていたのですが――見張りと侍女が離れたほんのわずかな時間に、離れは血がしぶき、無惨に切り刻まれたモノが転がる地獄絵図と化していたのでした。
 実はその惨劇の背後に潜んでいたのは伊賀でも屈指の腕利きの女忍・紫乃。織田軍の侵攻により大切な人々を奪われた彼女が目論む復讐の行方は……

 本作は、この『忍者大戦』でも数少ない女忍を主人公とした物語。本書でも幾度か題材(遠景)となっている天正伊賀の乱に端を発する復讐譚ですが――それが全く思わぬ形で始まるのが面白く、その先の物語をより印象的なものにしていると感じます。
 とはいえ、紫乃の前に立ち塞がる敵の正体がすぐわかってしまうのは残念なところで、途中で語られる信長○○説の処理が至極あっさりしているのも勿体ないところではあります。


『素破の権謀 紅城奇譚外伝』(鳥飼否宇) 難攻不落の市房城を攻略せんとする梟雄・鷹生龍久に、自分ならば籠城した軍勢を城から誘き出してみせると語った元根来衆の素破・田中無尽斎。自らを含め僅か三人の手勢で向かった無尽斎は、底なし沼と広い堀に囲まれた城に巧みに忍び込むのですが……

 戦国の九州を舞台としたゴシック・ミステリともいうべき『紅城奇譚』――紅城に拠る鷹生龍政とその一族が、次々と奇怪な事件に巻き込まれていく姿を描いた物語の「外伝」と冠された本作は、その鷹生家の龍久に仕える素破を主人公とする物語。
 詳細を述べるわけにはいきませんが、次から次へと策を巡らせ、市房家を陥れていく無尽斎の姿には、一種のケイパーノベルの味わいがあります。

 ただ作中、*をつけて「好事家のための忍術解説」がこまめに入るのは、物語のテンポを削がずにトリックを解説する手段として面白いのですが、やりすぎに感じる方もいるのではないかな、という印象。
 また、ある意味本作の肝ともいうべき『紅城奇譚』との関連については――外伝は後に読んだ方がよいかな、とだけ申し上げます。


『怨讐の峠』(黒田研二)
 かつては周囲に一目置かれた腕前だったが、織田軍に眼前で最愛の妻を殺されて以来、無気力に生きてきた下忍・音吉。ある日上がった召集の狼煙に何ごとかと駆けつけれみれば、その場にいたのは服部正成――本能寺の変の発生に、三河へと逃れる家康の警護を求めていたのであります。
 自分には無縁の話と無視しようとしたものの、妻を殺した武士の首元にあった髑髏の形の痣が家康にもあることを知った音吉。彼は仇を他の者に討たせるわけにはいかないと、家康を護衛することを決意するのですが……

 本書の掉尾を飾るのは、これも天正伊賀の乱によって運命を狂わされた忍びの物語。伊賀忍者の功績として史上名高い神君伊賀越え秘話ともいうべき作品なのですが、これが幾重にも捻りが加えられた内容なのであります。
 突然服部半蔵に、つまり家康に頼られていい迷惑なはずが、思わぬことから仇と判明した家康を護る――護った上で自分が殺す――ことを決意した主人公の皮肉な立場がまず面白いのですが、そんな状況下で家康に襲いかかる敵との死闘の様も見所です。

 特にクライマックスは戦場、シチュエーションともちょっと珍しいもので、そんな中で殺したい相手を命がけで護るという音吉の苦闘ぶりが際だつのですが――しかし真のクライマックスはその先にあります。
 思わぬ形で明らかになった真実と、さらにその先にあったものとは――いやはや、その度胸といい狸ぶりといい、天下を取る人間は違う、と嘆息するほかありません。この先の物語も見てみたい、と思わされる結末であります。


 以上、忍者ものとしてもミステリとしても、前作『黒ノ巻』以上に粒よりの印象もある全6編。この巻もまた、極めてユニークな企画ながら、それだけに実に読み応えのあるアンソロジーであったと思います。
 是非また、このような時代小説ファンとミステリファンの双方を楽しませてくれる――そして双方に橋をかけてくれるようなアンソロジーを刊行してほしいと、切に願う次第です。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

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