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2018.12.01

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』


 盲目の美少女修法師が付喪神の引き起こす怪異に挑むミステリタッチのシリーズ『百夜・百鬼夜行帖』の第7章――吉原編の後半、第7章の4(第40話)から第7章の6(第42話)までのご紹介であります。

『青輪の龍』
 重陽の節句に吹き荒れた野分の翌日から、吉原上空で目撃されるようになった怪異――空に浮かんだ青白い輪の中を龍がくるくると回るという姿を目撃して体調を崩した者の依頼で吉原を訪れた百夜は、さらに路上に龍を見上げて佇む僧侶の亡魂の存在を知ることになります。
 この僧侶の亡魂が鍵を握ると睨んだ百夜が知った龍の正体とは……

 実に本シリーズ三回目の登場となった龍の怪異を描く今回、龍といえば強大で荒々しいイメージもありますが、夜の吉原の上空を静かに龍が飛び回るというのは、どこか不気味な迫力が感じられます。
 今回はそれに謎の僧侶の亡魂まで登場し、入り組んだ事件を予感させるのですが――明かされた真相は、むしろ何故龍が出現したか、よりも何故吉原なのか、という場所にまつわるホワイダニットなのが面白いところであります。
(そしてまたその推理の中で、吉原とあの場所がある意味同一と喝破するのがまた痛快です)

 ちなみに作中で、廓内に百夜を快く思っていない輩がいると語られるのですが、それは次のエピソードでより明確に描かれることになります。


『於能碁呂の舞』
 ある晩、吉原の松竹楼の男衆五人に襲撃された百夜。もちろん軽々と撃退した百夜ですが、自分が疎まれていると知って吉原の出入りを断とうと彼女が決意した矢先、当の松竹楼から仕事の依頼が舞い込みます。
 かつて身請けされて吉原を去り、その後亡くなった花魁・桐壺太夫の霊が夜毎出没し、神楽舞を踊るという怪異に、不承不承挑むことになった百夜ですが……

 冒頭で描かれる吉原の荒っぽい連中と百夜の対決。百夜の存在が怪異を招いているのではないかと彼女を疎む者たちの存在は前話をはじめこれまでも語られていましたが、常の世間とは異なる吉原からも阻害される彼女の心の痛みは、彼女がいわば制外の民であるだけに、より一層突き刺さるものがあります。

 そしてその疎外感、その哀しみは実はこのエピソードで描かれる怪異――吉原の花魁にまでなろうとも、周囲から疎外されていた桐壺にも共通するものであることは明らかでしょう。
 夜毎現れ、自分がかつて舞った伊弉冉と伊弉諾の国生みの儀式を描いた神楽を舞う怪異を鎮めることができるのは、なるほど百夜のみと感じます。

 ――というエピソードだけに、今回は随所で描かれる左吉のクズっぷりが際立ちます。無神経な男の側の象徴なのだとは思いますが……


『紅い牙』
 吉原の松屋で、敵娼を待っていた男の前に現れ、ざわざわ ざわざわいう音とともに床を這い回り、足に噛みついてきた怪異。無数の髪の毛が絡みついたような形だったことから鬢頬玉と呼ばれたこの怪異が現れた部屋は、開かずの間として封印されるのでした。
 松屋に上がった際に好奇心から部屋を覗きに行き、部屋からあふれ出した髪の毛に仰天した左吉に泣きつかれた百夜は、七瀧とともに松屋を訪れることに……

 第7章ラストのエピソードは、実体を備えて人を襲う、不気味な怪異との対決を描く物語。髪の毛の塊の隙間から、紅く小さい牙を覗かせるというその姿だけでも不気味ですが、何よりも怖いのは、それがいつまでも実体を持って、封印された部屋の中で這いずり回っているということでしょう。
 怪異が――それも肉体的被害を与えてくるものが――その時々に出没するだけでなく、ずっと存在して、すぐ隣にいるというのは、これは何よりも恐ろしいことではないでしょうか。

 お話的にはそれほどスケールが大きなものではないのですが、しかしだからこそ、この物語は、そして明かされる怪異の正体は、吉原を舞台とした第7章の掉尾を飾るに相応しいと感じます。
 結末で百夜にかけた七瀧の言葉もまた、一つの救いとして、そして一つの願いとして、実に沁みるのです。


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