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2018.12.20

畠中恵『むすびつき』(その二) 変わるものと変わらぬものの間の願い


 「生まれ変わり」を題材とした物語を集めた、『しゃばけ』シリーズ第17弾の紹介の後編であります。ユニークなエピソードが集まった本書でも、後半二話はさらに先の読めない展開が続くことになります。

『くわれる』
 長崎屋で栄吉の新作団子を食べていた若だんなたちの元に遊びに来た許嫁の於りん。しかし彼女の後からやって来た男女、もみじと青刃の二人組は人を食らう悪鬼――しかももみじの方は、三百年前に出会った若だんなの前世を慕い、縁談を蹴って家を飛び出してきたというのであります。
 その縁談の相手である青刃はもみじを連れ戻そうとしているのですが彼女は相手にせず、しかも栄吉がもみじに一目惚れしてしまったからややこしいことに。どちらがもみじと彼女の親の仲を取り持てるか、というお題で勝負することになった二人ですが、そこに緊急事態が発生して……

 本書の中では、「ひと月半」に並んで全く先の読めない展開を見せる本作。前世で若だんなと出会っていた妖が現れて――という展開自体は本書のモチーフに沿ったところですが、そこからはジェットコースターのような急展開が連続することになります。
 気がつけば若だんなの前世はどこへやら、騒動の連続の末に、果たして物語がどこに落着するかと思えば、実は栄吉の存在が色々な意味で物語の中心となっていく――という展開が実に面白いところです。

 思えばほとんど変わらない若だんな(といっても本作に登場する於りんのように変化は生じているのですが)に対し、時間の流れを最も感じさせるキャラクターである栄吉。
 その彼の悩みを描きつつ、彼に対する存在として、人間と姿が同じでも時間感覚だけでなく決定的にメンタリティが異なる悪鬼を置くことにより、変わるもの、変わらないものを対比してみせる構図(後に述べるように、これは本書に共通するものではありますが)も巧みな一編です。


『こわいものなし』
 苦しんでいる飼い主を助けてほしいという猫又・ダンゴに頼まれて薬を用意した若だんなたち。しかしダンゴが口を利いているのを聞いてしまった飼い主の隣人・夕助が、人間は生まれ変われることを知ってしまい、さらに若だんなが妖と関わりがあることまで気付いてしまうのでした。
 転生できるならば死んでも怖くないと浮かれる夕助。彼を寛朝に説教してもらおうと広徳寺に連れて行った若だんなたちは、そこで寺を騒がす騒動に巻き込まれることになります。そしてその末に夕助が……

 掉尾を飾る本作は、これまでのとは異なり、若だんなの生まれ変わりではなく、生まれ変わりに憧れる男・夕助にまつわるお話。
 転生できるんだったら死ぬ気で頑張っても怖いものなし、これで俺もヒーローだ! と無邪気に張り切る夕助は、当然のようにトラブルメーカーぶりを発揮するのですが――そこからの展開が恐ろしい。

 詳細は伏せますが、思わぬピタゴラスイッチ的展開の果てに描かれるのは、一種の因果応報譚的シチュエーションながら、むしろいわゆる「転生もの」への強烈なカウンターとも受け取れる物語なのであります。
 一見ユーモラスでありながら、畳みかけるように描かれる終盤の展開の容赦のなさには、ただただ震え上がるばかり。タイトルに反して、ある意味最も本書で怖いお話です。


 というわけで、「生まれ変わり」「転生」を題材する本書ですが――個人的なことを申し上げれば、個人の力の全く及ばぬところで現世の自分が振り回されるようで、これまでこのモチーフにはあまり魅力を感じていませんでした。
 しかし本書では、まさにその点を巧みに使って、時にユーモラスな、時に重い物語を描いてみせるの実に楽しい。この辺りのバラエティの豊かさと緩急の付け方は、やはり本シリーズならでは面白さというべきでしょう。

 何よりも、時を経て変わっていく(というか別人になる)外面と、時を経ても変わらない(正確にはそうでもないのですが)内面という、「生まれ変わり」の相反する二つの要素が、そのまま「人間」と「妖」の関係性に重なって感じられるのが面白い。
 折に触れて描かれる登場人物の切ない想いは、まさにこの変わるものと変わらないものの関係性に起因するものであり――そしてそれは何よりも両者の間に立つ若だんなにとって、より強く感じられるものなのでしょう。

 結末で描かれるその切なさへの一つの答えは、ある意味身も蓋もないものなのですが――しかしそれだけにそれを求める想いもよくわかります。それは妖との間だけでなく、我々が人と人が触れ合う中でも、常に求め、願うものなのですから……

『むすびつき』(畠中恵 新潮社)

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