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2018.12.19

畠中恵『むすびつき』(その一) 若だんなの前世・今世・来世


 先日『新・しゃばけ読本』も発売され、相変わらず絶好調の『しゃばけ』シリーズ。その最新巻、第17弾が本書であります。毎回趣向を凝らしたシリーズですが、今回は収録された全5話のいずれも「生まれ変わり」を題材にした内容、いずれもユニークな作品揃いですので、1話ずつ紹介していきましょう。

『昔会った人』
 ある日、広徳寺の寛朝和尚から呼び出され、付喪神になりかけの玉「蒼玉」を見せれた若だんなと妖たち。まだ片言しか喋ることが出来ないこの玉が「若」と喋ったことから、若だんなたちと相談しようとしたという和尚ですが、彼らの前で玉は「若長」に会いたいと言い出します。
 それを聞いた貧乏神の金次は、かつてこの玉と若長に出会っていたことを思い出します。それは戦国時代も終わりの頃、土砂崩れで生き埋めにされた金次を、村を占拠した野武士を追い払うために寺に頼みに行く途中の若者――若長と連れが助け、金次は彼らと旅をしたというのですが……

 本書の冒頭を飾るエピソードは、少々意外なことに、貧乏神の金次を主人公とした物語。長崎屋の裏の一軒家に住み着いて楽しく暮らしている何とも人間臭い金次は、これまでも何かと印象深い活躍を見せてきたのですが――その彼が戦国時代に出会った出来事が語られることになります。
 人間と異なり、数百年は普通に生きる妖たちが登場するだけで、本シリーズでも幾度か過去を舞台とした物語が描かれてきましたが、戦国時代というのは珍しいと感じます。

 そしてここで描かれるのは、戦国時代の陰の部分――力ある者に苦しめられる弱き者の姿であります。もちろん本シリーズらしいどこか緩やかなムードではありますが、しかしそこで描かれる現実はどこまでも厳しく、弱き者が生きるために時に他者を傷つけても足掻く姿の苦さは、別の意味で本シリーズらしいと言うべきでしょう。
 そしてそんな人間の姿を見つめる金次の旅の果てに待つのは――ちょっと切なくも暖かい、そして不思議な結末なのであります。


『ひと月半』
 若だんなと兄やたちが箱根に行って一月半、暇を持て余して長崎屋の離れでゴロゴロしていた妖たち。その前に現れた三人の男は、彼らに対してとんでもないことを語り始めます。
 実は彼らの正体は死神――というのはまだしも、何と彼らはそれぞれ、自分は箱根で事故で死んだ若だんなの生まれ変わりだと言い出したではありませんか!

 若だんなが死んで死神に生まれ変わったというだけでも信じがたいのに、それが三人もいるはずはありません。自分こそが本物だと言い張る彼らの正体を暴こうとする妖たちですが、成り行きはどんどんおかしな方へ……

 ユニークなお話揃いの本書の中でも――いやシリーズ全体を通してみても、極めつけに奇っ怪な設定の本作。
 三人の死神が若だんなの生まれ変わりを主張するというのは、冷静に考えると、いや考えなくても無理すぎる設定なのですが(作中でもツッコまれているように、そもそも転生が早すぎるとか)、だとしたら何故死神たちが長崎屋に現れ、そんなことを言い出したのか?

 その謎を抱えたまま、日限の親分まで巻き込んで物語は予想外の方へ、予想外の方へと突き進むのですが――それが最後には、きっちりと伏線を回収して終わるのは、ミステリとしての本シリーズの面目躍如たるものがあります。まあ、冷静に考えるとやはりちょっと無理があるような気もするのですが……


『むすびつき』
 もしかすると自分も若だんなの前世と縁があったかも、と考え出した鈴彦姫。数十年前に亡くなった、自分のいる神社の宮司こそがそれに違いない、と思いこんで宮司のことを調べる彼女ですが――当の宮司は何やら事件に巻き込まれて死に、しかもその幽霊が今も出没していると知ることに……

 本書の表題作である本作は、シリーズ冒頭からのレギュラーである鈴彦姫の主役回。付喪神である彼女ですが、そういえばその本体についてはあまり細かく描かれていなかった――と思いきや、思わぬ形で事件に巻き込まれることになります。

 謎解きや物語展開等は、正直に申し上げて本書の収録作品の中では一番小粒の印象はあるのですが、自分も若だんなの前世と会っていたい、いたに違いないと思いこむ鈴彦姫の乙女ぶりとうっかり加減が実に可愛らしく、結末で描かれる彼女の感傷にも、何やら共感できてしまうのであります。


 長くなりましたので、残り二話は次回ご紹介いたします。

『むすびつき』(畠中恵 新潮社)

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