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2018.12.03

光瀬龍『所は何処、水師営 SF〈西郷隆盛と日露戦争〉 』 現実に存在した虚構の歴史、現実と化した虚構の歴史


 今年の大河ドラマもいよいよ終盤――つまり西郷隆盛の最期の時が近づいているということですが、西郷は死なず、ロシアに逃れたという有名な伝説があります。本作はそれを踏まえつつ、西郷によって日露戦争でロシアが勝利したことをきっかけに、大きく歴史が変わっていく姿が描かれるのですが……

(以下、作品の性質上、内容の詳細に触れますのでご容赦下さい)

 西南戦争に敗れ、城山で自害した西郷隆盛。しかし彼の生存説はその後も根強く残り、ロシアに渡り、消えた戦艦畝傍に乗ってくる、あるいはニコライ皇太子と共に帰ってくる――そんな奇説が真面目に人の口に上ったほどであります。

 そして本作のほぼ前半を使って描かれるのは、その西郷がロシアに客将として遇され、やがて日露戦争に遭遇する姿であります。
 当時、巨大な国家に相応しい規模の軍隊を持ちながらも、皇帝の親政の名の下に到底近代軍隊とは言い難い制度に留まっていたロシアと、小国ながらもロシアの存在に危機感と怒りを抱き、挙国一致で対決を望んだ日本と――その対決の様が、西郷の視点を中心に描かれるのであります。
(ここでの双方の国家とその軍の在り方の分析、さらに当時の日本と太平洋戦争時の日本の比較分析は、それ自体が非常に興味深いものがあります)

 結果、あまりに杜撰すぎるロシア軍の体制にも助けられる形で日本は快進撃を続け、ついに旅順で両軍は最大の激戦を繰り広げるのですが――ここで西郷の奇策によりロシア軍が大逆転。西郷の指揮により一気に反撃に転じたロシア軍は日本軍を散々に打ち破り、水師営の地において、西郷と乃木大将は勝者と敗者として会談することになって……


 そして一体このまま物語はどこに向かっていくのか――と不安になってくる頃に、舞台は現代に移ることになります。中国に、日本近海に、そして東京のど真ん中に出現する謎の軍隊。強大な戦力を有し、日本共和国を名乗るその軍隊の出現に、元・かもめ・笙子の三人は、恐るべき敵の存在を察知して……

 というわけでここで登場するのはお馴染みの三人組――作者のシリーズキャラクターであります。ある任務を帯びつつも、普段は古本屋や骨董屋に身をやつし、一朝事あらば人知れず奮闘する彼女たちの正体は時間監視員――というわけで、ここに至り、本作は歴史改変テーマのSFであるということを明らかにします。

 過去のある時点で歴史が改変されたことにより、未来、すなわち現代において異変が生じ、それがやがて世界全体を覆い尽くし、歴史を塗り替えるほどになっていく――というのは、この時間監視員シリーズの多くに共通するシチュエーション。
 しかし本作は、ある意味前半で丹念に種明かしをすることによって、逆にその改変された歴史の重さ・大きさを感じさせるのが面白いところでしょう。
(現実にはあり得ない過去の絵葉書や雑誌の出現という、小さなところから広がっていく異変の描写も相変わらず巧みです)

 しかしまあ、それは正直なことを申し上げれば、シリーズの先行する作品、例えば『征東都督府』と同じパターン。ということは、どれだけ派手な事件が起きても、結局なかったことになってしまうのでしょう? と、意地悪なことを言いたくなってしまうのですが――まあ、その予想通りの展開ではあります。

 もっとも、本作は西郷生存説という、「現実」に存在した「虚構」の歴史を題材することによって、更なる「虚構」の歴史に一定の強度を与えていることは、これは流石と言うほかありません。
 また、現代における「敵」の工作員のちょっと意外な正体、そして真の「敵」の意外かつとんでもない正体(といっても冒頭で明かされているのですが……)などはなかなか面白く、特に後者については、ある種メタな意味でも時間監視員の最大の敵に相応しいと言えるでしょう。

 終盤には時間監視局始まって以来の大ピンチ――といっても、この事態は想定できなかったのかしら、という印象――もあり、お話としてはそれなりに盛り上がるところではあります。


 何よりも本作の題名が実に格好良くミステリアスで――これはもちろん、「水師営の会見」の唱歌の一節の引用ではあるのですが、それだけでグッと惹きつけられます。この辺りは間違いなく、練達の技と言うべきではないでしょうか。


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