平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
盲目の美少女修法師・百夜が怪異と対決する連作シリーズもこれでついに第10章。この章は江戸を舞台としてきたこれまでとは趣向を大きく変え、倉田屋の箱根への湯治旅に同行することになった百夜が、その旅路で出会った怪事の数々に挑むことになります。
『光り物』
というわけで、倉田屋徳兵衛の湯治旅に誘われた百夜。忙しい身ではあるものの、日頃から世話になっている倉田屋が自分を骨休めさせるために誘っていると知った彼女は、左吉ともども、箱根への旅に同行することになるのでした。
そしてここから展開するのは温泉エピソード、本作のちょっとドキッとするような表紙はそれゆえ――ではなく、今回の舞台となるのは、戸塚の少し先の小さな村。雨で村に宿を請うた一行は、そこで起きている怪異の存在を知ることになります。
それがタイトルの光り物――西の山の上に宙を漂う光る物体が、さらには青白い人影が現れ、目撃した者たちが寝込んでしまったというのであります。早速、調伏に向かう百夜と左吉ですが……
と、新章の導入部である本作ですが、しかし登場する怪異はかなり奇妙なもの。ほとんどUFOのようにも思われるその正体は――いやはや、こう来るか! と大いに驚かされました。
さらにそこからもう一ひねりの真相には驚かされるとともに、その先の切なくもどこかホッとさせられる結末に感心させられるのであります。
『大筆小筆』
旅は続き、大磯で百夜が出会ったのは、彼女にしか見えぬ赤い着物の若い女二人。獣臭い臭いをまとった二人が、「みよしや」と囁いて消えたことから、一行は次の小田原の旅籠・三善屋を訪ねることになります。
そこで宿の主人から、書院に小さな鼠のような生き物が時折現れることを聞いた百夜が解き明かす、二人の女の正体とは……
北条氏康の死にまつわる北条稲荷の伝説が残る小田原を舞台に描かれるのは、もののけが依頼人ともいうべき事件。しかし問題は、その依頼の内容がわからないことで――と、何ともユニークなシチュエーションで物語が展開することになります。
小田原という土地の特殊性が、思わぬ世界にまで繋がっているという世界観が楽しいところで、内容的にはちょっと地味ながら、本シリーズならではの物語であります。
(にしてもラストで語られる、百夜の気の休まる場所にはどうリアクションしたものか……)
『波』
ようやく箱根湯本に辿り着いた一行が訪れたのは、徳兵衛の定宿・如月屋。しかし先代から宿を継いだ若い主人はならず者まがいの人物、宿もあまり良い雰囲気ではないのですが――そこで百夜は不思議な気配を感じることになります。
その晩、百夜が耳にしたのは波の音――海から遠く離れた地で聞こえるはずもないその音の源を追った百夜が宿のある部屋で見たものは、部屋一杯の海と、そこに漁舟を浮かべた老漁夫の姿で……
この世の常ならぬ世界を描く物語であるためか、必ずしも真っ当な人間ばかりが登場するわけではない本シリーズですが、今回登場する如月屋の主人は、その中でも結構イヤな人物。
そんな相手のために百夜が一肌脱ぐいわれはないわけですが、しかし彼女の依頼主は必ずしも人間ばかりではない――というのは『大筆小筆』同様であります。
そんなわけで怪異の正体自体は早い段階で判明するのですが、しかしそこからの展開は意外かつ何とも痛快。古の霊異譚を彷彿とさせる味わいの一編であります。
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