平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の1『紅い花弁』 第11章の2『桜色の勾玉』 第11章の3『駆ける童』
北の美少女修法師が様々な怪異に立ち向かう本シリーズも第11章に突入。ある意味日常の事件が多い本シリーズですが、この章では奇怪な術者による巨大な陰謀が進行、シリーズ始まって以来の大事件に展開していくことになります。
『紅い花弁』
倉田屋徳兵衛たちとの湯治旅の帰りに現れた桔梗に迎えられ、急遽江戸に帰ることとなった百夜。桔梗によれば、浅草寺の境内で毎日早朝に、どこからともなく無数の真っ赤な椿の花びらが散り、そして消えるというのであります。
その様子を桔梗とともに確認した百夜は、もう一人その場に、男装の女修法師が居たのに気づきますが、仲見世に逃げ込まれてしまうのでした。
翌日、探索に出かけた奥山で、修法師の気配を漂わせる唐手使いの男・弥五郎と出会った百夜。そして古書を調べていた徳兵衛から、浅草寺にまつわる恐るべき怪事の存在を聞いた百夜ですが、時すでに遅く……
というわけで連続エピソードの色彩が強いこの章の開幕編にふさわしく、一気に様々なキャラクターと情報が繰り出される本作。
神仏に詳しい桔梗もお手上げの浅草寺での怪異を皮切りに、百夜と同じく侍の霊を憑けた――それも江戸の遠方からやってきた――女修法師、(何故か素性を偽ろうとする)唐手使いと、何とも気になるのですが、これがすべて序の口なのですから凄まじい。
ラストには百夜&桔梗の殺陣が前座でしかないような、とんでもない大妖怪バトルが繰り広げられるのですから、待ってました! と言うほかありません。
伝奇性も非常に濃厚な展開で、まさに作者の面目躍如たる内容の本作ですが――しかし謎のほとんどは残されたままで、今後のエピソードに続くことになります。
『桜色の勾玉』
毎年恒例のおばけ長屋の花見に参加することなった百夜(鐵次は二日酔いで欠席)。その途中、百夜は自分に相談があるという長屋のおかみさんの内職仲間・いとと出会うことになります。
二十日ほど前、家の縁の下に桜色の勾玉を見つけたものの、いつの間にか消えていたといういと。その十日後に勾玉は縁側に現れて消え、そして今朝は家の水瓶の中に現れたというのであります。その話の内容だけで怪異の正体を察したらしい百夜は、この花見にも勾玉がついてきていると言い出すのですが……
一大伝奇巨編(の幕開け)であった前話とは裏腹に、いきなり長屋の花見が舞台という落差に驚く今回。もちろん前話とは全く関わりのない内容ですが――それはさておき、物語自体はなかなかよくできた人情ものです。
怪異の姿が勾玉という時点で、勘の良い方は正体に気づくのではないかと思いますが、それを受けての百夜の心遣いと、いとたちの反応が印象に残るところであります(そしてそれに水を差す左吉のゲっスいリアクションも)。
と思いきや、ラストでは前話の怪事件の背後に潜む者たちの存在が浮かび上がり、不穏な予感はいよいよ高まります。
『駆ける童』
百夜のもとに、真夜中に町を走る子供の話を持ち込んできた怪談専門の読売屋・文七。体は青白く光り、足元を霞ませて尋常ではない速さで駆け抜ける童子が、江戸の各所で目撃されているというのであります。
不忍池を始まりに西回りで町を駆ける童子の往く先々に、ある共通点があることに気付いた百夜は、次に童子が谷中に現れると読むのですが……
と、今回も章の本筋とは無関係な内容ではありますが、夜に猛スピードで走る子供という、実に都市伝説的な怪異が面白い本作。ちょっと江戸の地理を理解していないとわかりにくい部分もありますが、結末で明らかになるその正体は、ある意味実に本シリーズらしいもので唸らされます。
そしてもう一つ注目すべきは、文七の再登場。あちこちの怪談を集めては読売にしているという、現代でいえば実話怪談作家のようなキャラですが、初登場の『千駄木の辻刺し』以来、実に十数話ぶりの登場であります。
左吉との凸凹コンビぶりもなかなか楽しい文七ですが、彼は情報収集という得難いスキルの持ち主。それがこれから大いに力を発揮することになるのですが――それはまた今後のお話で。
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