平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
盲目の美少女修法師が江戸の怪異に挑む連作シリーズの第9章後半の紹介であります。今回は比較的小規模な怪異ではありますが、ちょっとイイ話が続きます。
『天気雨』
小石川の小普請組の御家人・吉野虎之助宅にのみ降るという天気雨。三日連続の天気雨を薄気味悪くなった虎之助の妻の相談を受けた百夜は、これが土地にまつわるものか人にまつわるものか、調べ始めるのですが……
怪異としてはかなりおとなしい部類に入る本作。しかし周囲は全く晴れているのに、自分の家の敷地の真上だけ雨が降るというのは、やはりなかなか不気味で、作中後半、百夜たちが外からその様子を目撃した時の描写が印象的です。
この怪異に対して、その原因が土地なのか人なのか、そこから着手するのが、怪奇探偵としての百夜ならではというべきでしょう。そしてその果てに明らかになる真実は――なるほど、こういう形で史実に絡めてくるか、と感心させられるのと同時に、虎之助がそれに対して自分自身になぞらえた感慨を持つのも印象に残ります。そしてその先の不思議な因縁も……
ちなみに本作の冒頭で、天気雨のことを聞いた百夜と左吉の二人が、雨にまつわる妖怪談義を展開するのもちょっと楽しいところです。
『小豆洗い』
駄菓子屋から大店にまで成長した麹町の菓子舗・真田屋で夜毎響く、小豆をとぐような音。半年間我慢したものの堪りかねた主人・五兵衛の依頼を受けて店を訪れた百夜は、何故か遠回りのような行動ばかりを取るのですが……
夜中に小豆をとぐような音が――とくれば、小豆を扱う菓子屋が舞台ということもあり、これはもうタイトルどおりの妖怪・小豆洗いの仕業では? と思ってしまう今回。
冒頭、依頼内容を聞いた百夜が、左吉の小豆洗いの真似に、普通の娘のように腹を抱えて笑う場面が妙に新鮮なのですが――それはさておき、本シリーズがそんな直球で終わるはずもありません。
早々に正体を見抜いたような様子を見せたものの、すぐにその正体を暴くのではなく、先代が営んでいた駄菓子屋跡を検分したり、当代の五兵衛の菓子作りの腕を確かめたりと、何やら迂遠な行動を取る百夜。
しかし怪異の思わぬ、しかしユニークな正体を知ってみれば、なるほどと納得させられることになります。
シリーズの中ではちょっと異色の怪異ではありますが、小粒ながら心温まる結末が心地よいエピソードです。
『竜宮の使い』
夜目覚めてみると、自分が海の中に沈んでいて、天井の近くに海亀が浮いているのがはっきり見える――夢かと思えば、潮の匂いが翌朝も残っている怪異が三日続いているという駿河屋から依頼を受けた百夜。
百夜が見抜いたその正体は、そして怪異を鎮めるために彼女が取った行動とは……
竜宮といえば、以前左吉が酷い目に遭わされた『わたつみの』を思い出しますが、今回はそれとは全く異なる印象の、幻想的で、ちょっと切なくもいい話であります。
自分が海の中に沈んでいる――そしてそこにもの悲しげな目で海亀が見つめてくるというのは、これはなかなか美しい夢ではありますが、しかし毎晩続けばだんだん不安になってくるのは頷ける話。
何故、そして何がこの夢を見せているのか――そんな一種のホワイダニットとフーダニットも気になるところですが、しかし本作は、いや本シリーズは、その正体を暴いておしまい、というものではないのは、これまで見てきたとおりであります。
百夜が早い段階で見抜いたその怪異の正体には驚くと同時に納得させられますが、さらに印象に残るのはその祓い方。一種の鎮魂の技法は、もともとがイタコである百夜ならでは――というべきでしょうか。
と、その百夜の異常なまでの博識ぶりには毎回驚かされてきましたが、今回ついにその秘密が明らかになります。が、それがまたある意味身も蓋もないというか反則というか――ジト目の左吉に対して、ムキになる百夜の可愛らしさも印象に残ります。
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