« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »

2019.01.31

堀米薫『仙台真田氏物語 幸村の遺志を守った娘、阿梅』 幸村・重綱・阿梅を繋ぐ「義」の糸


 大坂の陣で徳川方を翻弄し、壮絶な討ち死にを遂げた日本一の兵・真田幸村(信繁)。その直系の子孫が、伊達家に仕える仙台藩士として残っていたことをご存じな方も多いかもしれません。本作はその幸村の娘としてやはり仙台藩で生きた阿梅の視点から描かれる児童文学、ユニークな真田の物語であります。

 父・昌幸の代から徳川家と激しく対立し、流刑先の九度山から脱出して大坂城に入場した幸村。武運つたなく、落城が近いと悟った幸村は、最後の出陣を前に、その子の一人である阿梅を呼びます。
 阿梅に対し、伊達政宗の腹心・片倉重綱(後の重長)を頼れと語る幸村。しかし伊達軍とは直前に激突したばかり、しかも重綱はその伊達軍を率いて大坂方に大打撃を与え、「鬼の小十郎」と呼ばれた相手であります。

 そんな相手を頼るという父に驚きつつも、重綱の義の心を信じ、阿梅に真田家を再び世に出すことを託すという父の言葉に、単身重綱のもとに身を投じる阿梅。
 そして託された重綱の方も、幸村の大胆さに驚きつつ、自分を信じて託したその想いに胸を熱くたぎらせ、政宗ともども彼女たちを庇護することを誓うのでした。

 そして幼い弟や妹たちとともに、重綱の白石城で暮らすことになった阿梅。徳川の厳しい残党狩りを避けながらも、白石で懸命に生きる彼女には、思わぬ運命が待ち受けていました。
 自分にとっての義の意味を探しつつ生きた阿梅が最後に見つけたものとは……


 大坂の陣を巡る逸話の中でも、その意外さとドラマチックさで、一際印象に残る真田家の遺児を巡る物語。
 あの幸村の子供たちの多くが、敵であった伊達家に託されて生き延び、後に真田の名を復活させていたというのは、実に格好良く、泣かせるエピソードであります。

 もっとも、それが本当に史実であったかは怪しいところでもあります。
 いきなり身も蓋もないことを言ってしまえば、阿梅は幸村から重綱に託されたのではなく、大坂落城時に乱取り(戦利品として略奪)されたものが、後で真田家の者だとわかった、という説の方が有力のようなのですから……

 もちろん、この辺りを突き詰めてしまえば、「幸村」などはいなかった、などという話になってしまうわけですが、それはさておき――しかし本作で描かれる阿梅の、そして何よりもその父である真田幸村の姿は、かなり脚色されて描かれていると言ってよいのではないかと思います。

 とはいえ、その点を以て本作に厳しい評価を下すのは、それは早計に過ぎると私は感じます。
 少なくとも阿梅が後に片倉重綱という仙台藩の重臣と結ばれたこと、そして重綱と阿梅の(養)子である景長が、伊達騒動に際して主家を守り抜いたのは事実であります。そして真田幸村の二男・大八が片倉守信と名を変え、そしてその子の代で真田の姓に復したこともまた。

 そこに至る真実がどのようなものであれ、これらはいずれもあまりに興味深すぎる史実であることは間違いありません。
 そして本作でも描かれているように、徳川幕府による苛烈な大坂方の残党狩りが行われていた中で、あえて真田家の者を迎え入れ、重用したという事実には、その陰に様々なドラマを想像してしまうのも無理はないことではないでしょうか。。

 そしてそんなある意味当然の人情に対して、幸村・重綱・阿梅を繋ぐ「義」の糸を繋ぐことによって一つの答えを与えることも、歴史「小説」として許される――いや歴史「小説」として描くべきものとして感じられます。
 何よりも、武将同士の「格好良い」関係性の間に、阿梅というある意味普通の感性しか持たない少女を置いてみせることで、そこに新たな視点を用意してみせたのは、本作ならではの優れた趣向と言うべきでしょう。


 刊行時期的に、本作は『真田丸』放送時に刊行された様々な真田ものの一冊と言ってよいかと思いますが、題材といい視点といい、本作がその中でもユニークな位置を占める物語であることは、間違いないところであります。


『仙台真田氏物語 幸村の遺志を守った娘、阿梅』(堀米薫 くもん出版) Amazon
仙台真田氏物語: 幸村の遺志を守った娘、阿梅

| | トラックバック (0)

2019.01.30

『どろろ』 第四話「妖刀の巻」

 行商人の少女・お須志と出会ったどろろと百鬼丸。その直後、数多くの人間を斬殺した人斬り・田之介と遭遇し、辛うじて退けた百鬼丸だが、刀に触れたどろろが操られてしまう。その所業も知らず、生き別れの兄であった田之介との再会を喜ぶお須志。しかし田之介は妖刀への執着を捨てることなく……

 琵琶丸とはいつの間に別れたか、再び二人旅のどろろと百鬼丸。雨が降ってきた中、濡れるのも構わず立ち尽くす(皮膚の感覚は戻ったのかと思っていましたが――あるいはそれ故にか)百鬼丸に声をかけたのは今回のヒロイン・お須志であります。粗末な着物を着ながらも、どろろの目から見ればいいとこのお嬢さんらしさが消えないという彼女は、元々は名のある家の出とのことで、戦に行った兄を待っているというのですが……

 と、その時響きわたった悲鳴に駆けつけてみれば、そこ待ち受けていたのは無数の斬殺死体と――そしてその中に刀を手に立つ白髪の男・田之介。どろろと百鬼丸にも襲いかかってきた田之介の鋭い太刀筋に、さしもの百鬼丸も苦戦し、崖に追いつめられるのですが――百鬼丸は咄嗟に作り物の方の脚に貫かせて刀を奪い、田之介は勢い余って崖下に消えるのでした。

 そして百鬼丸に代わり、刀が刺さったまま外れた脚を取りに行くどろろですが――その刀を手にしたどろろの様子がおかしくなります。そして百鬼丸の方も、義手の刃を再び露わにすると、そんなどろろに襲いかかるではありませんか。
 実は百鬼丸の「眼」に映るのは、赤い色に輝く――すなわち妖の証である――刀。その赤しか見えぬのか、容赦なく襲いかかる百鬼丸から逃げ出したどろろですが、しかし妖刀に操られるままに、(未遂で済んだものの)周囲の村人にまで襲いかかるのでした。

 一方、倒れた田之介を見つけて驚くお須志。まあ予想通りというべきか、田之介こそはお須志の兄だったのであります。以前とは変わり果てた姿ながら、それでもいまや唯一の肉親となった彼との再会を喜び、思い出話など語りかける彼女ですが、しかし田之介は上の空。彼の心に浮かぶ思い出は、あの妖刀との地獄のような出会いでありました。

 武士として仕官しながらも、冷酷無惨な主の命で、城を造った大工たちの口封じを命じられた田之介。無実の人々を殺すことはできないと一度は拒否した彼に対し、主は嘲りの言葉とともに一本の錆刀を投げ与えます。
 主命を果たせぬのであれば腹を切れという言葉に逆らえず、倉に眠っていたというその刀「似蛭」を手に、ついに大工の一人を殺める田之介。そして歯止めを失ったように大工たちを斬っていくうちに、刀から錆は消え、そして田之介の目には狂気の光が浮かびます。そしてこれだけでは足りぬと、ついには主を(そして恐らくは周囲の家来たちも)その手に掛けた田之介は、呪われた人斬りとして放浪し――一度は奪われた妖刀を再び求めていたのであります。

 そんな中、妖刀に操られるまま、お須志と田之介のいる町にやってきたどろろと、その前に立ちふさがる百鬼丸。再び容赦なく襲いかかる百鬼丸の攻撃を、辛うじて躱すどろろですが――しかしついに百鬼丸の一撃が、どろろの手から妖刀を弾き飛ばします。しかし、その妖刀を掴んだのは田之介――お須志の悲痛な叫びも意に介することなく、田之介と百鬼丸は再び激突することになります。
 田之介の猛攻に追いつめられる百鬼丸。しかし一瞬の交錯の末、地に伏したのは田之介の方でした。折れた妖刀を手にしたままで……

 と、突然苦しみ出した百鬼丸の顔から落ちた作り物の耳。実はこの妖刀も鬼神の一体だったのですが――奪われた耳を取り返した百鬼丸が最初に聴いたものは、降り続く雨音と、お須志の悲痛な泣き声なのでした。


 『どろろ』で「妖刀」といえばこれ、という妖刀・似蛭(このアニメ版でもこの表記かは不明ですが、とりあえず原作に倣います)。時代劇にニヒルって――とか、長いこと倉に入っていた刀が百鬼丸の体を食う暇があったのかしら、とか余計なことを言いたくなりますが、まだほとんどの感覚が戻っていない百鬼丸が、それゆえに妖刀に操られるどろろに容赦なく襲いかかるのは、このアニメ版ならではのユニークな展開でしょう(もっとも、どろろの魂の色は見えているはずなので、刀を狙っていたのだはと思いますが)。

 一方、田之介とお須志のドラマは、原作に比べるとちょっと掘り下げ不足の印象で、画の方もそろそろ疲れが感じられます。
 しかし、前番組のように自分自身の言葉で語るわけではなく、ただ持つ者を凶行に走らせる――それ故に見ようによっては持った者の意志にも見える――妖刀の不気味さは、それを生み出した人の心の醜さとともに、十分に描かれていたのではないかと思います。



関連記事
 『どろろ』 第一話「醍醐の巻」
 『どろろ』 第二話「万代の巻」
 『どろろ』 第三話「寿海の巻」

関連サイト
 公式サイト

| | トラックバック (0)

2019.01.29

麻貴早人『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第1巻 激突、異形の復讐鬼vs異形の英雄


 今なお様々な形でエンターテイメントの題材となっている大江山の酒呑童子の物語――すなわち源頼光と四天王の鬼退治。本作はサブタイトルどおり、その大江山の鬼退治の異聞――酒呑童子が倒された後から始まる、復讐の物語であります。

 大江山に籠もり、周囲を騒がせた鬼の大頭目・酒呑童子とその一党が、「朝家の守護」たる源頼光と四天王によって倒されてから数十年後――どこからどこへ行くのか、旅を続ける隻腕の男・バラと、盲目の幼い少女・葵。
 ある村で盗賊の群れに襲われる二人ですが、しかしそれを察知したバラは身の丈ほどもある巨大な得物、そして牛とも虎ともつかぬ異形の姿に変じ、盗賊たちを叩き潰していくのでした。

 そう、彼こそはバラ――すなわち茨木童子であり、そして彼の連れる葵の内に眠るものこそは、かの酒呑童子。渡辺綱の娘である葵を憑代に復活した酒呑童子は、大江山の者たちを皆殺しにされた復讐のために、京に向かっていたのであります。

 しかし未だ不完全な復活しかしておらず、真の力を発揮できない酒呑童子たちの前に現れたのは、怨敵たる頼光と四天王。
 飲んだ者に異形の肉体と超絶の力を与える酒呑童子の血(さけ)を飲んだ彼らを前に、酒呑童子を守りつつ茨木童子はいかに立ち向かうのか……


 冒頭で述べたように、現代に至るまで様々な形で語り直されている酒呑童子の物語。本作もその一つであることは言うまでもありませんが、強く目を引くのは、本作が酒呑童子が討たれた後の物語であり、そしてまた、酒呑が文字通りの童子(童女)の姿と化していることでしょう。
 もとよりこれは真の姿ではありませんが、世に名高い鬼の中の鬼が、幼い少女――それも葵と酒呑童子、別々の人格を持って――として登場するのには意表を突かれます。

 そして意表を突かれるといえば、「英雄」たるべき頼光と四天王もまた、異常な存在として描かれるのにも驚かされます。
 「正義」や「美」について、独自の奇怪なロジックを持つ頼光と、彼から酒呑童子の血を与えられた四天王。その血の効果か、数十年を経ても姿を変えぬ、いや、ひとたび戦いともなれば茨木童子同様の怪物と化す四天王との対決が、本作の中心となることは間違いありません。

 その一番手となるのは卜部季武――かの坂上田村麻呂の末裔を名乗る不敵な男。ただでさえ尋常ではない弓の使い手である彼が、異形と化して繰り出す恐るべき攻撃を、いかに茨木童子が迎え撃つか、その対決がこの巻のクライマックスであります。


 が、設定といいキャラクター描写といい、大いに異彩を放つ本作ですが、この第1巻の時点では、まだまだピンとこない、というのが正直なところ。
 物語展開が謎と伏線、ほのめかしだらけ――というのは、これはまだ始まったばかりであり、むしろ望むところでありますが、キャラクターに今一つ魅力を感じにくいのであります。

 もちろん、異形の(文字通り)復讐鬼と、これまた異形の英雄たち、ともに相手を――いや周囲の関係ない者たちも含めて――殺す気満々の面々とくれば、これはあえて感情移入をできないように造形しているとは想像がつきます。
 特に酒呑童子と葵、双方に複雑な想いを抱えるらしい茨木童子については、これから様々に語られるのだと思いますが――その宿敵たる源頼光が、意味深なことを口走るばかりで、敵の首魁としての凄みも魅力も感じにくいのをどう見るべきか。

 こちらももちろん、これからが本領発揮なのだとは思いますが、これが「史実」という土台があるからまだしも、完全にオリジナルのキャラクターであったらさらにどうだったか(これは実は他のキャラにも言えることなのですが)――という印象は否めないところであります。


『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第1巻(麻貴早人 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon
鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治 1 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)

| | トラックバック (0)

2019.01.28

あさのあつこ『火花散る おいち不思議がたり』 母と子を巡る事件の先に


 医者である父を助けて日夜懸命に働く少女であり、そしてこの世ならざるものを「見る者」「聞く者」であるおいちの奮闘を描くシリーズの第4弾であります。ある晩、おいちが往診の帰りに出会い、赤子を産み落として姿を消した妊婦を巡り、おいちは思わぬ事件に巻き込まれることになります。

 医者として貧しい人々を助ける父・松庵と父一人子一人で暮らしながら、自分も日夜修行を重ねるおいち。実は彼女には、この世に想いを残した者の姿を見て、声を聞く力を持つという秘密がありました。
 その力を活かして、あるいはその力のために、おいちはこれまで様々な事件に巻き込まれ、そしてその中で様々な人々の姿を目の当たりにしながら、人間として、医者として少しずつ成長してきたのであります。

 そんなある日、老舗の薪炭屋・吾妻屋の主・藤吉と内儀から、彼の母であり先代の内儀であるおきくの治療を依頼された松庵。父に付き添って吾妻屋を訪れたおいちは、そこで老いたおきくの顔に重なる若い鬼女の顔を見てしまうのでした。
 おきくの病の根底に、この心の歪みがあることを感じたおいちは、往診で吾妻屋に通い、おきくと言葉を交わすようになります。

 そして中秋の名月の晩、吾妻屋からの帰り道に異様な気配を感じて物陰に隠れたおいち。その前を姿は町人ながら侍言葉を使う一団が通り過ぎた直後、おいちは「かかさまを助けて」という何者かの微かな声を聞くことになります。
 そしてその声に導かれたおいちが見つけたのは、今にも赤子を産み落としそうな身重の女性でありました。

 自分の長屋に連れ帰り、長屋のおかみさんの助けを借りて何とか赤子を取り上げたおいち。滝代と名乗った女性は、赤子に十助と名付けるのですが――しかし夜のうちに、彼女は何処かへ姿を消してしまうのでした。
 そして翌朝、剃刀の仙こと岡っ引きの仙五朗親分がもたらした悲報。滝代が無惨に殺されていたというのであります。

 事件に武家が絡んでいるらしいと早々に奉行所が手を引く中、下手人を執念で追う仙五朗。一方おいちは、十助の世話をしながら、彼の引き取り手を探すことになります。そんなある日、おいちが十助を連れて吾妻屋に往診に向かったことで、事態は意外な方向に向かっていくことに……


 見かけは何不自由ない暮らしを送るおきくの抱えた心の歪みと、十助を残して何者かに殺された滝代の謎――この二つを軸に展開していく本作。一見全く関係ないこの二つの物語ですが、しかしそこに共通するのは、「母と子」の姿――さらにいえば、「母」という存在の姿であります。

 この世で唯一、命を新たに生み出すことができる母。その強さと覚悟には、ただ頭が下がるばかりですが、しかしその姿は、決して一様ではないことは言うまでもありません。
 そしてそれは、決して彼女が望んだ形で得たものではないこともあります。たとえば周囲の者たちの思惑によって歪められる形で……

 そんな状況に置かれたとき、彼女たちは母としてどう生きるのか。本作が描き出すのは、そんな母たちの想いの行方であると言えるかもしれません。
 そしてそれは、未だ母ではない身の――しかし様々な人の想いを人一倍感じ取ってきたおいちの目を通すことにより、より鮮烈に感じられるように思えます。


 正直なところを申し上げれば、本作はこれまでのシリーズに比べれば、「不思議」の部分は少ない物語であります。描かれる物語の内容、その真相も、決して非常に珍しいというものでもありません。

 しかし一つの物語として見たとき、食い足りないなどという言葉からはほど遠い、満ち足りた印象を与えてくれるのは、もちろん人物配置や物語展開の妙もありますが――それ以上に、この母たちの物語が、結末においておいち自身の物語として動き出すことによるのではないかと感じます。

 そう、本作の結末で描かれるのは、おいちの新たな決意。この物語の中で見たものを通じてこれまで抱いていた夢、そして新たな夢を、より具体的な形で彼女が心に刻む姿は、特にこれまでシリーズを通じて彼女を見守ってきた身としては、感慨深いものがあります。

 『文蔵』誌に連載されていた時には『おいち不思議がたり 飛翔篇』という題名であった本作。最初はその副題部分が不思議に感じられましたが――なるほどそうであったか、と納得させられたところでもあります。


『火花散る おいち不思議がたり』(あさのあつこ PHP研究所) Amazon
火花散る おいち不思議がたり


関連記事
 「おいち不思議がたり」 彼女が謎に挑む理由
 「桜舞う おいち不思議がたり」 彼女にとっての能力の意味
 あさのあつこ『闇に咲く おいち不思議がたり』 二つの事件と主人公の存在感

| | トラックバック (0)

2019.01.27

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第11巻 歴史を動かす一人の男の「侠」


 張良の戦いもいよいよ佳境、悲願である秦打倒も目の前に迫りました。しかしそこに立ちはだかるのは意気軒昂な秦軍。これに対して張良は非情の覚悟を決めることになります。そして終わりを告げる一つの戦い。しかしそれは新たなる戦いの始まりに過ぎないのであります。

 打倒秦を巡る劉邦と項羽のデッドヒートは、張良の奇策に次ぐ奇策で関中に入った劉邦が一歩リード。しかしここから先はいわば敵の本拠であります。
 これに対して張良は、数に勝る秦軍の「心を折る」べく戦いを展開、その策は成ったかに思われたのですが、秦を壟断していた宦官・趙高が秦王・子嬰によって除かれたことにより、秦軍の士気は一挙に高まることになります。

 ここに至り張良は殲滅戦を決意するのですが――いかに彼に神算鬼謀があったとしても、彼我の戦力差は歴然。しかし張良は勝利のため、打倒秦のため、味方に多大な犠牲が出ることを覚悟の上の戦いを始めて……


 というわけでこの巻の前半で展開するのは、劉邦軍と秦軍の最後の総力戦。ここで繰り出される張良の策は、偽装や伏兵など、一つ一つはおなじみのものではあるものの、その二つを組み合わせ、あるいは連続して繰り出すなど、次々と変化球が繰り出されてくるのは、決戦らしく実に盛り上がります。

 しかしそれ以上にこの戦いを熱く盛り上げるのは、そこに臨んだ者たちの覚悟でしょう。いかに張良の策ありとはいえ、それを実行に移すのは、そしてそれを支えるのは、劉邦軍の面々。そこでは大将たる劉邦もまた、文字通り己の命を的として戦うのですから。
 それでもなお、張良にも読み切れなかった人の心が、戦いの結果を大きく左右するのですが――しかしそれをひっくり返すような事件が、ここで描かれることになります。そう、歴史に残る項羽最大の悪行が。

 いかに白髪三千丈の国といえども、あまりにもけた外れの規模で、そしてそれだけに非道さが際だつ項羽の「それ」。
 項羽の「兇王」としての名を決定付けた「それ」を、しかし本作は意外とあっさりと描いてみせます。

 個人的にはもっと恐ろしく描いてもよかったようにも思いますが――しかし真に恐るべきは、その命をあっさりと、むしろ平然とした表情で下す項羽の精神性なのでしょう。
 ここで描かれる章邯の言葉、「項羽とは何だ?」とは、まさしく我々読者の言葉でもあります。


 といってもこれは、ある意味項羽の盛大極まりないオウンゴール。これが決め手となって、子嬰はついに劉邦に降伏することになります。(ちなみにここで有名な咸陽に入った劉邦軍の三者三様の姿が描かれているのですが、完全にギャグとして描かれている劉邦以上に、真面目な蕭何の姿が妙におかしい)

 ある意味あっさりとした結末ですが、しかしいずれにせよ、ここに張良の悲願であった秦打倒は成ったことになります。が――ここから真の戦いが始まるのは、歴史が示す通り。
 いつも通りというべきか、張良以外の人間の下策に動かされて窮地に陥る劉邦。しかし今回は、項羽を敵に回すという――見開きで激怒する項羽の迫力!――一番やってはいけないことをやらかしてしまうのですから。

 世にも恐ろしい(そして実に彼らしい)宣告とともに劉邦討伐を決めた項羽。大志を果たして虚脱状態の張良もその動きを察知できぬ中、一人の男の「侠」が、思わぬ形で歴史を動かすことになります。
 その名は項伯――その名の通り項羽の伯父である彼は、かつて雌伏時代の張良と仲間たちに窮地を救われたことがある身。その恩義を返すには今しかない! と覚悟を決めた彼の姿は――ビジュアル的には普通の中年男性にもかかわらず――この巻で描かれたどの英雄豪傑の姿よりも格好良く映ります。


 史記という確たる「原作」に則って描かれる本作。しかし史実は「原作」に描かれているかもしれませんが、そこに生きる人の心は、その動きは、本作独自の、本作ならではのものであります。
 それはこれまでに幾度も感じ入ったところですが――しかし今回の項伯の決意は、その最たるものというべきでしょう。格好いいのも道理、ここで描かれたのは、普通の男が歴史を動かす英雄となったその瞬間なのですから。

 そして動かされた歴史が向かう先は――史上名高い「鴻門の会」。見せ場だらけのこの出来事を、本作がいかに描くのか――次巻も目が離せません。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第11巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(11) (講談社コミックス月刊マガジン)


関連記事
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』 第1-3巻 史実と伝説の狭間を埋めるフィクション
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第4巻 史実の将星たちと虚構の二人の化学反応
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第5巻 激突、大力の士vs西楚の覇王!
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第6巻 覇王覚醒!? 複雑なる項羽の貌
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第7巻 覇王の「狂」、戦場を圧する
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第8-9巻 劉邦を囲む人々、劉邦の戦の流儀
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第10巻 最終決戦目前! 素顔の張良と仲間たちの絆

| | トラックバック (0)

2019.01.26

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の1『紅い花弁』 第11章の2『桜色の勾玉』 第11章の3『駆ける童』


 北の美少女修法師が様々な怪異に立ち向かう本シリーズも第11章に突入。ある意味日常の事件が多い本シリーズですが、この章では奇怪な術者による巨大な陰謀が進行、シリーズ始まって以来の大事件に展開していくことになります。

『紅い花弁』
 倉田屋徳兵衛たちとの湯治旅の帰りに現れた桔梗に迎えられ、急遽江戸に帰ることとなった百夜。桔梗によれば、浅草寺の境内で毎日早朝に、どこからともなく無数の真っ赤な椿の花びらが散り、そして消えるというのであります。

 その様子を桔梗とともに確認した百夜は、もう一人その場に、男装の女修法師が居たのに気づきますが、仲見世に逃げ込まれてしまうのでした。
 翌日、探索に出かけた奥山で、修法師の気配を漂わせる唐手使いの男・弥五郎と出会った百夜。そして古書を調べていた徳兵衛から、浅草寺にまつわる恐るべき怪事の存在を聞いた百夜ですが、時すでに遅く……

 というわけで連続エピソードの色彩が強いこの章の開幕編にふさわしく、一気に様々なキャラクターと情報が繰り出される本作。
 神仏に詳しい桔梗もお手上げの浅草寺での怪異を皮切りに、百夜と同じく侍の霊を憑けた――それも江戸の遠方からやってきた――女修法師、(何故か素性を偽ろうとする)唐手使いと、何とも気になるのですが、これがすべて序の口なのですから凄まじい。

 ラストには百夜&桔梗の殺陣が前座でしかないような、とんでもない大妖怪バトルが繰り広げられるのですから、待ってました! と言うほかありません。
 伝奇性も非常に濃厚な展開で、まさに作者の面目躍如たる内容の本作ですが――しかし謎のほとんどは残されたままで、今後のエピソードに続くことになります。


『桜色の勾玉』
 毎年恒例のおばけ長屋の花見に参加することなった百夜(鐵次は二日酔いで欠席)。その途中、百夜は自分に相談があるという長屋のおかみさんの内職仲間・いとと出会うことになります。
 二十日ほど前、家の縁の下に桜色の勾玉を見つけたものの、いつの間にか消えていたといういと。その十日後に勾玉は縁側に現れて消え、そして今朝は家の水瓶の中に現れたというのであります。その話の内容だけで怪異の正体を察したらしい百夜は、この花見にも勾玉がついてきていると言い出すのですが……

 一大伝奇巨編(の幕開け)であった前話とは裏腹に、いきなり長屋の花見が舞台という落差に驚く今回。もちろん前話とは全く関わりのない内容ですが――それはさておき、物語自体はなかなかよくできた人情ものです。
 怪異の姿が勾玉という時点で、勘の良い方は正体に気づくのではないかと思いますが、それを受けての百夜の心遣いと、いとたちの反応が印象に残るところであります(そしてそれに水を差す左吉のゲっスいリアクションも)。

 と思いきや、ラストでは前話の怪事件の背後に潜む者たちの存在が浮かび上がり、不穏な予感はいよいよ高まります。


『駆ける童』
 百夜のもとに、真夜中に町を走る子供の話を持ち込んできた怪談専門の読売屋・文七。体は青白く光り、足元を霞ませて尋常ではない速さで駆け抜ける童子が、江戸の各所で目撃されているというのであります。
 不忍池を始まりに西回りで町を駆ける童子の往く先々に、ある共通点があることに気付いた百夜は、次に童子が谷中に現れると読むのですが……

 と、今回も章の本筋とは無関係な内容ではありますが、夜に猛スピードで走る子供という、実に都市伝説的な怪異が面白い本作。ちょっと江戸の地理を理解していないとわかりにくい部分もありますが、結末で明らかになるその正体は、ある意味実に本シリーズらしいもので唸らされます。
 そしてもう一つ注目すべきは、文七の再登場。あちこちの怪談を集めては読売にしているという、現代でいえば実話怪談作家のようなキャラですが、初登場の『千駄木の辻刺し』以来、実に十数話ぶりの登場であります。
 左吉との凸凹コンビぶりもなかなか楽しい文七ですが、彼は情報収集という得難いスキルの持ち主。それがこれから大いに力を発揮することになるのですが――それはまた今後のお話で。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『紅い花弁』 Amazon/ 『桜色の勾玉』 Amazon/ 『駆ける童』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖61 紅い花弁 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖62 桜色の勾玉 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖63 駆ける童 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)

関連記事
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の4『瓢箪お化け』 第10章の5『駒ヶ岳の山賊』 第10章の6『首無し鬼』

 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

| | トラックバック (0)

2019.01.25

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 7 妖怪奉行所の多忙な毎日』 少年たちが見た(妖怪の)大人の世界?


 先頃、森野きこりによる漫画版の連載もスタートし、すっかり人気も定着した感のある『妖怪の子預かります』。その第7弾は、これまでと少々趣を変えて、人間の世界ではなく、妖怪世界の妖怪奉行所の日常の姿を、烏天狗の双子の視線から描いていくこととなります。

 漫画版でひさびさにシリーズ冒頭を読み返して思い出しましたが、この『妖怪の子あずかります』という物語のほとんど冒頭から登場しているのが、本作の舞台となる「妖怪奉行所」。
 その名の通り妖怪たちにとっての奉行所として、主人公の弥助――いやその保護者である千弥と縁浅からぬ大妖怪・月夜公を奉行に戴くこの役所は、妖怪の世界の秩序維持をはじめとする様々な任に当たっているのです。

 そしてこの妖怪奉行所の与力、同心など諸々のに当たるのが烏天狗一族。その中でも烏天狗筆頭にして月夜公の右腕とも称されるのが飛黒――本作の中心となる少年、右京と左京の父親であります。
 化蛇一族の美女・萩乃との熱愛の末、右京と左京を授かった飛黒。将来は妖怪奉行所でお役目に就く身と、二人の子を妖怪奉行所に連れてくる飛黒ですが――かくて、mこの二人の目から見た、タイトル通りの状況が本作では描かれることになります。


 日夜を問わず助けを求めてやってくる様々な妖怪の相手をする妖怪奉行所。それだけでも人間の世界の奉行所よりもはるかに忙しそうですが、何しろ相手は妖怪、一筋縄ではいかない連中ばかりです。
 そんなわけで、夫婦喧嘩の仲裁、淵の主の脱皮の手助けといった、字面だけ見れば大したことのないようなことでも、けた外れの大騒動になるのが常なのであります。

 さらに普段は強面美形ながら甥っ子の津弓にだけはデレッデレになる月夜公が、津弓を喜ばせるためだけに奉行所を挙げての武芸大会を開いたりして、色々と賑やかな職場なのですが――その内幕が右京と左京というピュアな子供たちの目から、一種の社会科見学的な味わいで描かれるのは、なかなか楽しいところであります。

 冒頭に述べたとおり、人間世界ではなく妖怪世界がメインとなるため、本作は時代小説というより完全にファンタジーの領域のお話ではあります。(もちろん、元々後者の要素がかなり強いシリーズでしたが)
 そのためもあって、シリーズの主人公である弥助たち人間界サイドのキャラクターがほとんど脇役となってしまっているところでもあります。

 その点は、個人的には少々残念ではありますが――しかしさすがは数々の異界を描いた作品を送り出している作者だけあって、そんなひねくれた読者の目から見ても、世界観の作り込みとそれを活かしたエピソードは楽しいものばかり。妖怪たちのある意味微笑ましい奮闘ぶりを存分に味わわせていただきました。


 ……が、楽しいばかりではなく、底冷えするような恐ろしさをも描くのがこのシリーズの、そしてこの作者の持ち味であります。
 終盤に近づくにつれて明らかになっていく、物語の背後で蠢く悪意と狂気の存在。それが物語の中で巧みに伏線として描かれていたのにも大いに唸らされますが――しかし何よりも印象に残るのは、その圧倒的な悍ましさであります。

 そこまでくると、もはや少年たちの楽しい社会科見学などとは言っていられない状況。あまり覗き込みたくない大人の世界に巻き込まれた少年たちの物語は、ひとまずの終わりを迎えますが、しかしまだまだ一件落着とはいきません。
 その先に何が待つのか――久々に弥助たちが活躍するという、次なる物語にも期待であります。


(しかし妖怪時代の千弥、やっぱり月夜公の寵愛を受けていたという周囲の認識だったのだなあ……いやヤンデレ目線だけのことかもしれませんが)


『妖怪の子預かります 7 妖怪奉行所の多忙な毎日』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
妖怪奉行所の多忙な毎日 (妖怪の子預かります7) (創元推理文庫)

関連記事
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります』 「純粋な」妖怪たちとの絆の先に
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 2 うそつきの娘』 地獄の中の出会いと別れ
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 3 妖たちの四季』 大き過ぎる想いが生み出すもの
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 4 半妖の子』 家族という存在の中の苦しみと救い
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 5 妖怪姫、婿をとる』 新たな子預かり屋(?)愛のために大奮闘!
 廣嶋玲子『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』 恐ろしくも美しき妖猫姫の活躍

| | トラックバック (0)

2019.01.24

梶川卓郎『信長のシェフ』第23巻 思わぬ攻防戦、ケンvs三好!?


 上杉謙信との対峙を経て、もはやほとんど向かうところ敵なしとなった信長。しかし未来を知るケンにとってはこれからが正念場、歴史を変えるために最後の現代人・望月を探すべく、三好家に接近しようとするのですが――その矢先に、松永久秀の無理心中に付き合わされたケンの運命やいかに!?

 謙信と信長の対面という、正史に残らぬ一大イベントを何とか成立させ、信長の作る世界を見届けるべく、歴史を変える決意を新たにしたケン。
 そのためには、不確定要素である自分たち現代人(この時代にとっては未来人)を複数揃える必要がある――と考えた彼は、この時代に来た直後に自分たちを襲ったのが四国の三好の残党であったと知り、そこから手がかりを得ようと考えるのでした。

 しかしケンはあくまでも信長のシェフ、勝手に持ち場を離れて三好の領国に行くわけにはいきません。おまけにここで謀反を起こした松永久秀がケンとの対面を要求。
 平蜘蛛の釜を手に入れてこいと信長の無茶ぶりもあって、ケンは信貴山城に向かったものの、久秀はケンを捕まえるともろともに自爆を……

 と、それ自体は火力が小さくて助かったものの、炎に包まれた信貴山城からの脱出は容易ではありません。それどころか、久秀はケンを道連れにしようとするのですが――ここでケンを救ったのは意外な「もの」。
 それが久秀に自分の時代の終わりを納得させ、従容と死に向かわせるというのが何とも切ないのですが、しかし一代のトリックスターに相応しい最期であったと感じさせます。


 そして年は改まり、自分の天下一統が五年後には終わると、各方面軍の司令官ら重臣たちに語る信長。しかし信長は、その先を――ケン以外にはほとんど理解できない目的を語ることになります。
(ちなみにここで登場する荒木村重、なかなかのポンコツ感が)

 さらに光秀を、その片腕とも言うべき役目に抜擢し、光秀もそれを受けて感激に震えるのですが――さて、こんな理想的な主従が、何故道を違えることになるのか。
 それはまだわかりませんが、光秀をも敬愛するケンは、彼も救う道を探すことになります。そしてそのためのか細い糸が望月の存在なのであります。

 そんなわけで本能寺の変を止めるために、まずは三好家に渡りをつけようとするケン。折りよく堺に行く用事を見つけた彼は、河内に所領を持つ三好康永を訪ねようとするのですが……

 と、ここからこの巻の後半で描かれるのは、何とか康永に会おうとするケンと、ケンのことを信長のスパイと勘違いした康永以下三好家との攻防戦(?)。
 自分がそんなとんでもない勘違い――まあ、信長のエージェントではあるような気がしますが――をされてるとは思いもよらぬケンと、様々な手段でケンを追い返そうとする三好家と、ボタンの掛け違いが妙に可笑しいのですが、もちろんそこで待ち受ける難局をくぐり抜けるのは料理の力であります。

 そしてもう一人の料理人との出会いもあって、誤解も解けたケンに対して康永が語るのは何か――正直に申し上げて今回、展開的には地味ではあり、史実ともほとんどリンクしないお話ではありますが、あまり緊迫感を感じずに読めるエピソードというのは、これはこれで貴重と言うべきでしょうか。
(そしてこのエピソードのオチというべきか、ジャガイモを巡る主従の問答がほとんど漫才で異常におかしい)


 この巻のラストでは謙信が逝き、一つの時代の終わりを感じさせるのですが――さて、本能寺の変まであと四年、長いようで短い時間の中で、ケンに何が為せるのか、何を為すのか?
 以前に信長を大敗させた村上水軍との戦い(?)が始まる予感もあり、引き続き次の巻も楽しみになります。


『信長のシェフ』第23巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 23 (芳文社コミックス)


関連記事
 「信長のシェフ」第1巻
 「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?
 「信長のシェフ」第3巻 戦国の食に人間を見る
 「信長のシェフ」第4巻 姉川の合戦を動かす料理
 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり
 梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と

| | トラックバック (0)

2019.01.23

『どろろ』 第三話「寿海の巻」

 侍の過去を捨て、医師として人々を救っていた寿海。ある日、川に流れ着いた無惨な姿の赤子を拾った彼は、赤子を救うことを決意し、彼に体と戦う術、百鬼丸の名を与える。しかし何故か襲ってくる妖怪を容赦なく殺していく百鬼丸に心を痛める寿海。そんな中、ある妖怪を倒した百鬼丸の体に変化が……

 冒頭とラスト以外、モノクロというかほとんど色のないビジュアルで描かれる今回は、百鬼丸と彼の育ての親の寿海の過去編です。

 かつて斯波氏に仕えていながらも、戦で殺した、いや捕らえた相手を磔にして晒し、あるいは磔に悲しむその親族たちまで殺していくような所業に絶望し、海に身を投げた寿海。そこで大陸の船に拾われて海を渡った彼は、義手義足を作る技を学んで帰ってくると、小さな診療所を開き、無償で人々を助ける毎日を送るようになります。
 そんな寿海を献身的に助けるのは、幼い頃に彼に義足を与えられた青年・カナメ。しかしある日、寿海が父を磔にしたことを知ってしまった彼は、一度に怒りをぶつけるものの、なおも人々を救おうとする寿海を殺すに殺せず、「あなたは俺を救えない」と義足を捨てて去っていくのでした(きっと再登場するのだろうなあ)。

 そんな逃れられない己の過去の所業に絶望していた寿海が、河原で見つけたもの――それは小舟に乗せられてどこかから流れ着いた、無惨な赤子でありました。しかしそんな赤子から生きたいという意思を感じた寿海は、赤子を育てることを決意します。
 そして六年後、義手義足をはじめとして全身に寿海製の人工の体を付けた子供は、常人も及びもつかないような身体能力を見せるようになります。彼を育てることに生きがいを感じるようになった寿海は、この世の鬼よりも恐ろしいものに負けることなく超えていけと、百鬼丸という名前を与えるのですが……

 ある日百鬼丸を襲う見たこともないような鉤爪を持った獣・鎌鼬。寿海の助けで難を逃れた百鬼丸ですが、その後ももののけたちは百鬼丸につきまとい、寿海は百鬼丸に身を守るための技を叩き込むことになります。
 その甲斐あって、襲い来るもののけたちを次々と屠っていく百鬼丸ですが――彼は自分の痛みを感じることがない代わりに相手の痛みを感じることなく、次々と無惨に相手の命を奪っていくのでした。その姿に、寿海はまたもや過ちを犯してしまったのかと悩むことになります。

 そんなある日、わりとプレデター似の、長い舌を持つ妖怪に襲われ、これを返り討ちにする百鬼丸。すると彼の右の義足が外れ、下から生身の(ただし皮膚のない)足が生えてきたではありませんか! さすがに驚く寿海ですが、百鬼丸が妖怪たちに肉体を奪われたことに思い至ると、腕の仕込み刀などを与え、赤子の時に身に着けていたお守り袋を渡すと、百鬼丸を旅に送り出すのでした。
 結局殺生を教えただけだったと悔やむ寿海。しかし百鬼丸は名残を惜しむかのように寿海の顔に触れて……

 時は前話の続きの時間軸に戻り、百鬼丸の運命を悟るどろろと琵琶丸。鬼神が人間の(赤子の)体の一部を食っても腹の足しにはならないだろう、とよく考えたらもっともなことを言い出すどろろですがそれはさておき――無頓着に焚き火に足を踏み入れた百鬼丸は、生身のほうの足に何かを感じて足を引っ込めます。どうやら前回万代さまを倒して戻ってきたのは痛覚――いや感覚を司る神経だったようです。

 そしてそんな百鬼丸の姿を知らず、しかし彼の身を案じながらも、寿海は今日も戦場の亡骸に義手義足を与えて全き姿に戻してから手を合わせる日々を送り……


 冒頭に述べたように、本編のほとんどが(冒頭の寿海の過去と、ラストの現在の場面を除き)色のない世界で描かれる今回。それは過去を意味する演出かと思いますが、その中で百鬼丸のあの視界のみ、色がついて描かれるのが印象に残ります。

 さて、お話の方は、百鬼丸の過去編であると同時に、サブタイトルのとおり寿海という男の姿を描く物語でもあります。自分の過去の所業を悔い、人々に治療を――五体を与える暮らしを送るという彼の設定はこのアニメ版オリジナルかと思いますが、百鬼丸を挟んで醍醐景光とは鏡合わせのような存在であるのは実に面白いと思います。
 自分の未来のために百鬼丸の体を奪った男と、自分の過去のために百鬼丸に体を与えた男――しかしそんな寿海でも心まで与えられないというのが何とも切ないところであります。おそらくは心は、百鬼丸が旅の――どろろとの旅の中で手に入れていく、いや育てていくものなのでしょう。

 そして気になるのは以前からちらちらと描かれている多宝丸の姿。単なるボンボンではなさそうですが……



関連記事
 『どろろ』 第一話「醍醐の巻」
 『どろろ』 第二話「万代の巻」

関連サイト
 公式サイト

| | トラックバック (0)

2019.01.22

作楽シン『ハイカラ娘と銀座百鬼夜行』 「ぼく」の目から見たお嬢様とあやかし大騒動


 文明開化して久しい明治後半の銀座を舞台に、元気と好奇心一杯の男爵令嬢と、彼女に振り回されまくるワケありの書生の凸凹コンビ(トリオ?)が繰り広げる百鬼夜行騒動を描く、第3回カクヨムWeb小説コンテスト キャラクター文芸部門 特別賞受賞作であります。

 明治数十年、既にガス灯など新しい風物が定着し、さらに新しいものへと移り変わりつつある時代――そんな中で気を吐くのは、あたらしき女として毎日好奇心と元気いっぱいで駆け回るハイカラ娘こと環蒔お嬢さん。
 長崎の田舎から出てきて、お嬢様の父である男爵に拾われた「ぼく」こと溝口青年は、書生として高辻男爵の世話になりつつ勉学に励む毎日なのですが――しかし何かとお嬢さんの持ってくるトラブルに巻き込まれることになります。

 銀座の煉瓦街に百鬼夜行が出た、消えたり空を飛ぶ巨大な黒い犬が現れた、女学校の友達の袂に恋文が入っていた等々……
 平穏に生きて、男爵に恩返しをすることが望みの「ぼく」ですが、こうも面倒ごとに巻き込まれてはそれもままなりません。しかも相次ぐ事件には、どうやら人ならざるものが絡んでいて――とくればなおさらであります。

 実は人ならざるものとは無縁ではない――どころか、深い関係にある「ぼく」は、お嬢さんに振り回されるまま、難事件に挑むことに……


 というわけで、タイトルに違わず、流行の最先端のそのまた先を行くハイカラ娘と、それとは正反対の存在である百鬼夜行――すなわち妖(あやかし)が物語の中心となる本作。
 あやかしものはライト文芸の花(の一つ)ですが、それを明治も後半のこの時代、そして銀座というこの場所――すなわち、こうした古い時代の存在とは対極を成す世界に持ってきたのは、本作の着眼点の良さでしょう。

 しかし本作の主人公は、そのハイカラ娘ではなく、彼女に――いや彼女の父に仕える書生であり、物語はその一人称で進んでいくのも面白い。
 基本的にトラブルメーカーであり、そしてそのトラブルの始末を(悪気は全くないとはいえ)主人公にブン投げてくるお嬢さんは、一歩間違えれば読者のヒートを買いそうなキャラクターではありますが、ここで最大の被害者(?)である「ぼく」が真っ先にツッコミを入れることで、その印象をうまく緩和しているのに感心させられます。

 理解のある主人とお嬢様に囲まれて平和に暮らす実は○○○の主人公が、怪異絡みの事件に巻き込まれて――という設定自体は、正直なところなんとなく既視感があります。しかし妖の仕業なのか、妖のふりをした人間の仕業なのか、幾重にも捻った末にとんでもないクライマックスが、という物語展開は大いに楽しめました。
 お嬢さんと「ぼく」だけでなく、意外なキャラクターが思わぬ味を出してきたり、また明治ものとして見た場合でも、あまり他の作品では取り上げられないような風俗が物語で思わぬウェイトで語られたりといった点も目を引くところです。


 そんなわけでキャラクターの点でも物語の点でもなかなか楽しい本作なのですが――個人的にどうしても気になった点が一つ。それは物語の終盤、「ぼく」があるキャラクターに対して示した態度であります。

 物語の核心に近い部分なので詳細は述べませんが、このキャラクターはある意味「ぼく」とは鏡合わせの立ち位置であり――そして裏返せば最も近い存在、似たような運命を背負った存在です。
 しかしそんな相手に対しての「ぼく」の態度はいささか冷たすぎるのではないか――もちろんそんな態度を取る気持ちもわかるのですが、しかしそこにいわゆる生存者バイアスを感じてしまうのは、これは穿った見方でしょうか。

 物言う人間に対してどこか感じられる冷たさ(まあこれは明らかにダメな連中なのですが)も含めて、読んだ後になんとなくすっきりしないものが残るのは、それ以外の部分は楽しめただけに、残念なところではあります。


『ハイカラ娘と銀座百鬼夜行』(作楽シン 富士見L文庫) Amazon
ハイカラ娘と銀座百鬼夜行 (富士見L文庫)

| | トラックバック (0)

2019.01.21

肋家竹一『ねじけもの』第3巻 大妖が見た人間の生の意味と無意味さと


 戦国時代末期の九州を舞台に、復讐に生きる山賊・カガシと、彼に興味を持ってつきまとう大妖の女・縣の姿を描く本作もこれで最終巻。自分の仲間たちを皆殺しにした戦闘集団・蜥蜴を追い続けたカガシは、伊東義祐の下についていた蜥蜴と戦うため、島津家の下で決戦の時を待つのですが……

 自らが生きるために容赦なく他の者から奪い、殺しながら放浪を続けるカガシ。ある時、妖が住まうという山に立ち入った彼は、そこに長きにわたり逼塞していた強大な妖怪・縣と出会います。
 長い生のうちに激情を失っていた縣は、復讐のために生きるカガシに興味を持ち、山を出て勝手に彼の旅に同行することに。そして旅の末、蜥蜴が佐土原城の伊東義祐に仕えていることを知ったカガシは、伊東を攻める島津義弘と対面することになるのでした。

 というところから始まるこの最終巻ですが、互いの利害関係が一致して、カガシは島津の兵となり、戦場で生き生きと暴れ回る姿を見せます。そして高城川で島津家と伊東家の求めで派兵した大友家が激突する中、カガシは以前仕留めた蜥蜴の副頭領の息子、そして真の仇である頭領と対峙することになります。
 一人で彼らに挑むカガシと、戦いを見つめる縣。あまりに強大な頭領との戦いの行方は、そしてその先にカガシを、縣を待つものは……


 第2巻辺りからそうであったように、構図的には人間と妖の物語というよりも、人間同士(と彼らを見つめる妖)の物語となった感のある本作。その印象はこの巻の背景が高城川の戦い(耳川の戦い)であることで、より強まります。

 一時は九州の覇権に王手をかけた宗麟の大友家がこの戦いで島津家に大敗したことにより、以後の大友家の運命を事実上決定づけたとも言える高城川の戦い。
 九州の戦国史において重要な位置を占めるこの戦いですが――しかし本作においては、あくまでもカガシが、蜥蜴がその中でぶつかり合い、殺し合う舞台に過ぎません。そしてその一方で、カガシと蜥蜴はまた、歴史に名を残すことのない無数の兵に過ぎないのであります。

 そしてそのある種の空漠さは、戦いの果てに明らかになる蜥蜴の頭領の意外な「正体」によって、さらに強まると言えます。復讐という激情のままに、己の身を砕きながらも目の前の敵を殺していくカガシ。しかしその最大の目標である頭領は……
 いやはやこう来たか! と言いたくなるような、ある意味危険球であります。しかしその強烈さは、そのままカガシの苛烈な生き方のアンチテーゼというべきでしょう。


 そして結末――この物語の中で語られた因果因縁というものとはほとんど無関係に、登場人物たちの生が続き、あるいは終わる様を見れば、索漠たる想いはより一層強まります。
 それでは彼らの生が無意味なのか? 一時の激情に駆られた愚かなものなのか? そして縣が自分にとっての人間の存在として喩えたように、蟻のようにとるに足らないものなのか?

 確かに人間の生とは、この世の時の流れとは無縁に生きる縣の視点からすれば、そのように感じられるかもしれません。しかしもし、それが無意味なものであったとするならば――たとえそれが小石を指先で転がす程度のものであったとしても――なぜ縣を動かしたのか。
 本作はその答えを明確に出すことはありませんが、そこに一つの小さな小さな意味を見いだすのは、人間の生というものに希望を見過ぎているでしょうか?

 どこまでも一貫してドライで殺伐とした物語の中で、人間の生の意味を――あるいは無意味さを――描く本作。
 その物語を読み終えた時、我々は結末に描かれた縣の姿に、なにがしかの感慨を覚えるのではないでしょうか。


『ねじけもの』第3巻(肋家竹一 新潮社BUNCH COMICS) Amazon
ねじけもの 3 (BUNCH COMICS)


関連記事
 肋家竹一『ねじけもの』第1-2巻 人間と妖怪、激情と平静の間で

| | トラックバック (0)

2019.01.20

『どろろ』 第二話「万代の巻」

 百鬼丸につきまとい、ある村に現れる化物退治の話を持ってきたどろろ。村に泊まった晩、さっそく化物が現れるが、百鬼丸はそれを無視したどころか、村長の女・万代に斬りかかろうとする。放り込まれた牢で琵琶丸と出会った二人だが、そこに襲いかかる謎の化物。百鬼丸の「眼」に映る真実とは……

 前回のラストから、百鬼丸と行動を共にするどろろ。といってもどろろの方は百鬼丸という名も知らず(口を利けないので)、一方的に絡むばかりなのですが――百鬼丸の方も完全にマイペース、マイペース同士が組み合わさって、何となくウマがあったように旅は続いていきます。と、ここでナレーションが語るには、百鬼丸はその「眼」で「命の炎」を見て、その色で相手が何者か――その危険度が見えるとのこと。そういえば前回、百鬼丸が泥鬼を捉えたシーンでは赤く表示されていましたが、どろろは白い色のようです。

 さて、とある村で化物が出没して旅人が行方不明になっているとの話を仕入れてくると、礼金目当てに百鬼丸を引っ張っていくどろろ。訪ねた村は田畑も大してない割には裕福そうな様子でしたが――現れた村人は化物を退治するという二人を歓待するのでした。
 その晩、馬小屋で寝る二人の前に突然現れたのは「やろうかぁ」と語りかけてくる頭の大きな不気味な化物。これが件の化物かと驚くどろろですが、百鬼丸はこれを完全に無視し、化物も消えてしまうのでした。

 当然ツッコミを入れるどろろを、百鬼丸がスルーしているところに、村長の万代さまが二人に会いたがっていると呼びにきた村人たち。行ってみれば、そこで待っていたのは、足が悪いと寝所から上半身のみを覗かせた美しい女でありました。
 と、百鬼丸に何やら見覚えがある様子の万代さまに対し、突然刀を抜いて襲いかかる百鬼丸。当然ながら百鬼丸は村人たちに押さえつけられ、二人は牢に放り込まれます。もちろんどろろは怒り心頭、あんた本当に見えてねえ! と罵りますが、そこで語りかけてきたのは先客――琵琶法師の琵琶丸です。

 どろろに対し、自分やどろろにとっての――目明きと異なるものの見え方、先にナレーションが説明した内容を語る琵琶丸。と、そんな時に突然灯りが消え、真っ暗になった中で何者かが襲い掛かってきたではありませんか。しかし百鬼丸は冷静にこれを迎撃し、相手が現れ、再び逃げ込んだ井戸(?)に自らも飛び込んでいきます。そして琵琶丸に引っ張られてどろろもまた……
 一同が表に出てみれば、そこで待ち受けていたのは万代さま。しかし琵琶丸の目に映る彼女の魂の炎の色は――どす黒い血のような赤! 琵琶丸に言わせれば、化物なんてものではなく「鬼神」のそれであります。

 そして隠れていた万代さまの下半身が姿を表してみれば、それは顔の周りに無数の触手を垂らしたおぞましくも巨大な怪物。触手に貫かれながらも意に介することなく相手の巨大な目を叩き切り、怪物を追い詰める百鬼丸ですが、怪物は竹藪に逃げこみます。無数の竹を槍代わりに飛ばす相手に苦戦しつつも、そこに現れた「やろうかぁ」の化物に怪物が気を取られた隙に脱出した百鬼丸は、怪物を一刀両断。そしてその前に再び現れ、アレだけがお前を取れなかった、などと意味深なことを言いながら鬼女に変身しようとした万代さまを、百鬼丸は問答無用で倒すのでした。
 そして明らかになる真実――村に現れた万代さまの力を恐れた村人たちは、彼女が喰った旅人の身につけていたものを奪い、暮らしの糧としていたのであります。そして「やろうかぁ」の化物――金小僧は、かつて万代に食わせた遍路が持っていた金を守っていたのであり、村人たちは金小僧の鳴らす鐘の音に怯えていたのでした。

 そんな村人たちをなじるどろろですが――しかし反省するのはどろろも同じ。さすがにしょんぼりと百鬼丸に謝るどろろに対し、百鬼丸はなだめるように顔に手をやります。名無し野郎のくせに! とヒートするどろろに対し、地面に自分の名を書いてみせる百鬼丸。字を読めないどろろに代わり、琵琶丸が字を触って読むという少々奇妙な形で、どろろは百鬼丸の名を知るのでした。
 そして醍醐景光の所領では、突如国境で隣国な不穏な動きを見せ始めます。そしてそれと地獄堂の鬼神像の一つが崩れ、時を同じくして百鬼丸の体(神経?)にも異変が……


 万代と金小僧という、原作でも非常に印象に残るビジュアルの妖怪二体が登場する今回。物語的には原作を踏まえつつ、村人たちが万代に怯えつつも依存し、利用していたという、戦国地獄絵図が印象に残ります。
 そしてもう一つ印象に残るのは百鬼丸や琵琶丸の「眼」の設定。目で見えたものが真実ではないという今回の物語に巧みに絡められていましたが、後半で琵琶丸が解説するのであれば、前半のナレーションは不要だったのでは、とナレによる解説があまり好きではない私としては思うのでした。


関連記事
 『どろろ』 第一話「醍醐の巻」

関連サイト
 公式サイト

| | トラックバック (0)

2019.01.19

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の4『瓢箪お化け』 第10章の5『駒ヶ岳の山賊』 第10章の6『首無し鬼』


 北から来た美少女陰陽師の戦いを描く本作の第10章の後半のご紹介であります。これまでとは趣向を変えた箱根編もいよいよ佳境、倉田屋徳兵衛のお供をして箱根にやってきた百夜を迎えるのは温泉――だけではなく、もちろん怪異と、そして悪人たちとの戦いであります。

『瓢箪お化け』
 芦之湯に流れる怪異の噂――阿字ケ池弁天の杜に、瓢箪の形をした白いお化けが出没するというのであります。そこでおかしな気配を感じていた左吉は、百夜の命で肝試しに行く羽目になるのですが、果たして白いお化けに追われ、羽織を引っ張られるのでした。
 左吉の目撃譚からお化けの正体を察知して弁天社を訪れた百夜が明かす真実は……

 本シリーズの王道ともいうべき、怪異の正体探しが中心となる本作。手足を生やした瓢箪のような姿のお化けとはなかなかユーモラスですが、しかし夜道を追いかけられたら怖すぎる相手なのはいうまでもありません。
 この瓢箪、上側の膨らみが細長く、正面が平らという少々変わった形、そして下の膨らみには何やら文字のような模様が描かれているというのですが――そこから正体を推理するのは我々には困難ですが、百夜、そして徳兵衛ならではの推理には納得であります。

 しかし本作のクライマックスは、その正体を解き明かすために百夜が行った口寄せでの、左吉のリアクション。普段の脳天気さ、軽薄さとは裏腹の、情に厚い彼の姿が印象に残ります。
 そしてこの一件のきっかけとなった相手を退治することを宣言する百夜ですが――その成り行きは次回に。


『駒ヶ岳の山賊』
 瓢箪お化け出現のきっかけが、山賊の跳梁にあると知り、仇討ちを決意した百夜。しかし相手は箱根山中にいくつもの砦を構え、30名以上の手下を従えた凶悪な連中であります。数で遙かに勝る相手に対する、百夜の目論みとは……

 というわけで、前作を受けて山賊退治に立ち上がった百夜ですが、一人一人の戦闘力はともかく、数の上では敵とは相当の差があります。ここは旅先ということもあり、彼女の味方となる(だけの力を持つ)人間はいないのであります。人間は。

 ……と書いてしまえば想像はつくかと思いますが、ここで繰り広げられるのは、百夜が怪異を退治するのではなく、百夜と怪異が山賊を退治するという変則パターンのお話。
 これに関しては文字通りの自業自得とはいえ、恐怖の一夜を経験した挙げ句に百夜に成敗され、死ぬよりも恐ろしい目に遭わされる連中には、ほんのちょっぴりだけ同情であります。


『首無し鬼』
 箱根の麓、小田原の西の集落に、30年ぶりに出現した首のない大鬼。6メートル余りの黒い巨躯で、どこから出すのか箱根の山に向かって咆吼を上げる鬼に手を焼いた村人は、偶然帰路に通りかかった百夜に調伏を依頼するのでした。
 その正体は簡単に見抜いた百夜ですが、何故いま、そして何のために鬼は出現したのか? 鬼を追った百夜たちが見たものは……

 箱根編のラストを飾るのは、またもや奇妙な外見の怪異を巡る物語。鬼はこれまでも何度かシリーズに登場しましたが、今回は首のない鬼で、それが夕方に現れて咆吼を上げるというのですから(そしてそれがその村でしか聞こえないというのが実に面白い)、そのインパクトはかなりのものがあります。
 しかし物語の中心となるのは、鬼との対決ではなく、その鬼が出現した理由探しというのが、やはり本シリーズらしいところでしょう。正直なところ、終盤の展開はこれまでのエピソードと重なるところがあるのはちょっと気になるところですが……

 しかし、ラストに待ち受けているのは大事件の予感。果たして江戸で何が――そこで描かれるシリーズ最大の激闘については、また次回にご紹介いたします。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『瓢箪お化け』 Amazon /『駒ヶ岳の山賊』 Amazon /『首無し鬼』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖58 瓢箪お化け 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖59 駒ヶ岳の山賊 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖60 首無し鬼 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


関連記事
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』

 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

| | トラックバック (0)

2019.01.18

速水時貞『蝶撫の忍』第3巻 全面戦争、甲賀と伊賀 十vs十!


 覇王・信長の首を巡る甲賀と伊賀の争奪戦はいよいよヒートアップし、ついに最強の甲賀十忍衆と伊賀忍十座の全面戦争が開戦することになります。次々と命が消えていく中で、鱗と半坐、二人の若き忍びの運命は……

 信長暗殺の命を受けながら、信長と不思議な絆で結ばれ、本能寺の変の直後に甲賀を裏切ったくノ一・鱗。蝶の能力を模した凄まじい忍法を操る彼女を師・服部半蔵の命で謀り、捕らえた半坐ですが、しかし半蔵に欺かれたことを知り、彼も伊賀を離反するのでした。
 そして伊賀忍十座の一人・「蟻地獄」獅子丸を倒したものの、毒に倒れた鱗を救うため、甲賀十忍衆と結び、色里に潜伏した半坐。しかし色里は既に伊賀忍十座に包囲され、半坐は鱗を逃すために単身立ち向かうものの……

 というわけで、自分たちを遙かに上回る力を持つ甲賀と伊賀、双方の最強クラスのメンバーを相手にすることになった鱗と半坐。あまりに分の悪い戦いですが、しかしここで覇王の首の存在が、事態を大きく動かすことになります。
 そう、首の行方は、甲賀も伊賀も(というよりその背後の二人の武将が)等しく求めるもの。だとすれば甲賀と伊賀は不倶戴天の敵、並び立つことなし……

 かくて始まる甲賀十忍衆と伊賀忍十座の全面戦争。既に前の巻の時点で甲賀と伊賀の戦いは始まっていたといえますが、ここに正面衝突、忍者ものの華であるトーナメントバトルが開始されるのですから、もう盛り上がるほかありません。

 そもそも甲賀十忍衆とは、鱗の師である鬼多川無法をはじめ、天牛・蓮柔郎・「泡吹」伊呂波・「華潜」厳臓・「御器噛」巡魅・「ヤゴ」彦左衛門・「羽衣」嘉納菊之介・更紗・「蛍」灯の十人。
 そして伊賀忍十座は、「螻蛄」服部半蔵・「蟻地獄」獅子丸・「蝉」服部針蔵・「蜘蛛」綾乃・「糞転」蘭・「田鼈」燕・亀十郎・「蠅」旻七・百地丹波の面々。

 ここで「」の中身は、それぞれの忍法を象徴する昆虫の名ですがまだ明らかになっていないものも多く、そしてこちらの見落としでなければ、伊賀側は九人しか登場していないように思うのですが、それはさておき……
 やはりこうして一癖も二癖も――いやそれどころではない面々がずらりと並ぶと、やはり大いにワクワクさせられます。

 何よりも本作の最大の特徴である、忍者たちが繰り出す昆虫の能力・性質を模した忍法が、これまで以上に次々と飛び出すのがたまりません。
 自然界で昆虫たちが繰り広げる生存のための激しい争い。それを移し替えたような忍法バトルは、最強の遣い手たちによって、より激しく、より多種多様に繰り広げられるのであります。

 忍法が繰り出されるや、実在の昆虫の驚くべき能力を引いての解説が入るのは本作のパターンですが、その解説もまた、存分に楽しませていただきました。
(ちなみに今回炸裂した真蔵の忍法が期待通りのものだったのも楽しい)


 とはいえ、折角の最強メンバーが、技を見せた後は意外とあっさりと消えていったり(これはまあ、忍者ものの様式美と言えないこともありませんが)、鱗はともかく半坐が今ひとつ埋没してしまった感があったりと、少々もったいない部分はあります。

 それでもやはり、本作の楽しさは唯一無二。物語は終盤に入ってきたようですが、このままの勢いで突き進んでくれることを期待したいと思います。


『蝶撫の忍』第3巻(速水時貞&村田真哉 スクウェア・エニックスガンガンコミックスJOKER) Amazon
蝶撫の忍(3) (ガンガンコミックスJOKER)


関連記事
 速水時貞『蝶撫の忍』第1巻 昆虫の力持つ忍者たちの死闘開幕
 速水時貞『蝶撫の忍』第2巻 さらなる昆虫忍者登場 頂上決戦勃発寸前!?

| | トラックバック (0)

2019.01.17

戸南浩平『菩薩天翅』 善悪の彼岸に浮かび上がる救いの姿


 明治初頭を舞台に、幕末を引きずる男の苦闘を描いた『木足の猿』の作者の第2作は、やはり明治初頭を舞台とした苦い味わいの物語。大罪人だけを狙う謎の殺人鬼の跳梁を縦糸に、人間の中の善と悪、罪と救いを横糸に描かれる、時代ミステリにしてノワール小説の色彩も濃い作品であります。

 廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる明治6年、東京を騒がすのは、大きな悪事を働いてきた者を次々と殺し、仏に見立てた姿で晒す連続殺人事件でありました。この「闇仏」と呼ばれる犯人が次に標的として宣言したのは、閻魔入道こと大渕伝兵衛――悪逆非道を繰り返してのし上がり、今は金貸し、そして死の商人として財を蓄えた男であります。

 そして闇仏から身を守るべく閻魔入道が集めた用心棒の一人が、本作の主人公である倉田恭介――侍崩れで剣の使い手である恭介は、故あって共に暮らす10歳の少女・サキとの暮らしのために、心ならずもこの極悪人の用心棒として雇われたのであります。
 一方、その恭介に接近してきたのは、司法省の役人を名乗る男。彼は閻魔入道が裏で集めた新式銃300丁の在処を、政府転覆を企む一団に売られる前に突き止めて欲しいと恭介にもちかけるのでした。

 将来の警官としての採用と引き替えに、スパイとして危険な立場に身を置くことになった恭介。そんな恭介の正体を知ってか知らずしてか、閻魔入道は彼に見せつけるように、様々な非道を働いてみせるのでした。
 そんな中、自分の恩人であり、孤児たちを育てる老尼を救うために大金が必要となった恭介は、ある覚悟を固めるのですが……


 閻魔入道が秘匿する新式銃300丁の行方、そして何よりも怪人・闇仏の正体と目的という大きな謎を中心に据えたミステリである本作。しかしまず印象に残るのは、維新直後の混乱の中、泥濘を這いずるような暮らしを送る者たちの姿であります。
 時代の流れに取り残され、あるいは時代のうねりに巻き込まれ、輝かしい新時代とは無縁の、食うや食わずやの暮らしを送る人々。その代表が恭介とサキですが――彼らが追いつめられ、そこから抜け出すべく危ない橋を渡る姿を、本作は生々しく描き出します。

 そもそも恭介は、浪人となった父と母を失い、妹と二人で子供の頃から放浪してきた身、その途中に妹と生き別れ、後に出会ったサキを妹のように感じている男であります。
 身につけた剣の腕はあるものの、それ以外何もない恭介が生きるために、大事な者たちを守るために何ができるのか――それが多くの人々を苦しめる大悪人・閻魔入道を守るという、結果として悪に手を貸す行為となる矛盾を、何と表すべきでしょうか。

 そう、冒頭に述べたとおり、本作において描かれるのは、人間の中の善と悪。善のために悪を為し、悪を為したことが善に繋がる――それは恭介のことでもあり、彼が対峙する闇仏のことでもあります。
 そんな複雑で皮肉な、そしてもの悲しい人間たちの姿からは、まさに本作の底流に存在する仏教的な世界観が感じられるのです。

 しかしそんな中で一際異彩を放つのが、自らが生きるためではなく、自らの楽しみのために悪を為す閻魔入道の存在であります。
 驚くべきことに、深く仏教に帰依しているという彼は、自らの悪に自覚的でありながらも、なおも後生を思って行動するというのですが――そんな彼の存在そのものが、本作で描かれる善と悪の線引きの儚さを象徴していると言ってもよいのではないでしょうか。

 そして本作で描かれるその善悪の彼岸で明かされる真実の超絶ぶりには、おそらくは誰もが驚くだろう、とも……


 本作を読み進めるにつれて強まる、この世に仏はないものか、という想い。結末において、我々がその答えをどう出すかは、人によって様々かもしれません。
 しかし私は、やはりそこには一つの救いがあると――それは多分に運命という、あやふやなもに頼ったものかもしれませんが――そう考えたくなります。

 ノワールとして、ミステリとして、剣豪ものとして、明治ものとして、そして何よりも人間の中の善悪と救いの姿を描く物語として――様々な顔を持ち、それが複雑に絡み合って生まれた佳品であります。


『菩薩天翅』(戸南浩平 光文社) Amazon
菩薩天翅(ぼさつてんし)


関連記事
 戸南浩平『木足の猿』 変わりゆく時代と外側の世界を前にした侍

| | トラックバック (0)

2019.01.16

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻 怪異とギャグと絆が甦らせる新しい古典の姿


 4世紀に東晋の学者・干宝が著した怪談・奇談集である『捜神記』。その名を副題に関する本作は、その『捜神記』をモチーフに、一人の妖狐とその周囲の妖怪・神仙と人々の姿を、時にコミカルに、時にシリアスに、時に感動的に描く、風変わりな連作集であります。

 中国は晋の時代(3世紀頃)、役人の張華を訪ねてきた美しい書生・廣天。博学で知られる張華も到底及ばぬ知識を持つ廣天を、張華の友人・孔章は妖怪ではないかと疑うのですが――果たして廣天の正体は、千年を生きた狐でありました。
 犬をけしかけても正体を現さない廣天に対し、千年生きた木を燃やせば妖怪が正体を現すと知った孔章は、燕昭王の墓地に立つ華表(柱)が千年を経た木を用いたものだと知り、切りに行くのですが……

 この冒頭のエピソードは、第18回MFコミック大賞を受賞し、本書には第0話「張茂先、狐と会う事」として収録されているもの。そしてこのあらすじ自体は『捜神記』の「張華擒狐魅」とほぼ同じ内容でありますが――しかし実際の作品を読んでみれば、その印象は大きく異なります。
 ……というのもこのエピソードに限らず、本作の基本的なトーンは実にコミカル。大いに真面目な話をしているはずが、ちょっとしたところにギャグが入り、それがまたテンポよく実におかしいのです。
(冒頭、狐姿の廣天が禹歩だか反閇を踏むシーンだけで爆笑であります)

 しかし本作は古典を忠実に漫画化しただけのものでなければ、それをギャグにしただけのものでもありません。そんな本作の独自性は、この第0話によく現れています。

 これは物語の内容を明かしてしまって恐縮ですが、原典の結末では、華表を燃やした火に照らされて正体を現した狐はそのまま殺されてしまいます。
 しかし本作は原典とはある意味全く逆の結末を迎えることになります。そこにあるのは人間と妖怪の対立ではなく、むしろ人間と妖怪の間に生まれた絆の姿をなのですから……
(まあ、とんでもないギャグも描いているのですが)


 そしてこれ以降、張華が往古の物語から怪異を――なかんずく狐の怪異を集めたという態で描かれる物語も、原典を踏まえつつも、ギャグと、そして人と妖怪の絆を陰に陽に描いていくこととなります。
(それにしても、中国の怪異譚のどこかすっとぼけた味わいは、ギャグとの相性が実にいいと今更ながら感心)

 三国時代の琅邪王・孫休に召された道士の物語、漢の時代に冥府の使いと出会った漁師の物語、宿屋に現れ人を殺す妖怪と対峙した豪傑の物語、奇怪な獣を産んだ皇帝の男妾の物語、漢の時代に狐に魅せられて軍を脱走した青年の物語……
 もちろんギャグによってうまく中和されている部分はあるものの、ここで描かれるのは、人と妖怪の関係性が決してネガティブなものに留まらないということであり――そしてそれは人と人との関係性と変わるものではないことすら、本作は描き出すのであります。

 そして最後の物語――もう一度張華の時代に戻って語られる物語においては、さらにその先が描かれることとなります。
 その物語とは、廣天自身の物語。そこに浮かび上がるのは、これまで狂言回し的に多くの物語に顔を出していた廣天の想いであり、そして何よりも、何が人と妖怪を分かつのか――その答えの一端であります。

 正直に申し上げれば、軽みのある絵柄と物語展開から、ここまで描かれるとは思ってもみなかった――というのはこちらの不明を恥じるばかりですが、いやはや嬉しい驚きであります。


 そしてこの第1巻のラストでは、ほとんどオールスターキャストで物語が展開し、一応の大団円を見るのですが――しかしこの先も物語はまだまだ、それも思わぬ方向に続いていく様子。
 怪異とギャグと絆と――古典を踏まえながらも、この先もまだまだ新しく刺激的な物語を見せてもらえそうであります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon
千年狐 一 ~干宝「捜神記」より~ (MFコミックス フラッパーシリーズ)

| | トラックバック (0)

2019.01.15

「コミック乱ツインズ」2019年2月号


 今年初の「コミック乱ツインズ」誌、2019年2月号であります。表紙は『用心棒稼業』、巻頭カラーは『そば屋幻庵』――今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけで、『勘定吟味役異聞』がお休みの間、三号連続で掲載の本作。ある晩、幻庵の屋台の隣にやってきた天ぷら屋兄弟の屋台。旨いそば屋の横で商いすると天ぷら屋も繁盛すると商売を始めた二人ですが、やって来た客たちは天ぷら蕎麦にして食べ始め、幻庵の蕎麦の味つけが天ぷらに合わないと文句を付け始めて……

 もちろんこの騒動には黒幕が、というわけなのですが、それに対する幻庵の親爺こと玄太郎の切り返しが実にいい。「もう食べる前から旨いに決まっている!!」という登場人物の台詞に、心から共感であります。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 今回から新展開、本家から失われた初代・大橋宗桂の棋譜集を求めて、長崎に向かった宗桂。追いかけてきた平賀源内の口利きで、その棋譜集の今の持ち主であるオランダ商館長・イサークと対面した宗桂ですが、イサークは将棋勝負で勝てば返してやると……

 というわけで、ゲーム漫画ではある意味お馴染みの展開の今回。表紙で薔薇の花を手にしているイサークを見て感じた悪い予感通り、彼がオネエで宗桂の体を狙ってくる――という展開は本当にどうかと思いましたが、イサークの意外な強豪っぷりは、漫画的な設定でなかなか楽しい。
 何よりも、将棋に慣れていないというイサークが要求した八方桂(桂馬が前だけでなく八方向に桂馬飛びできる)という特殊なルールを活かしたバトルは、本作ならではの新鮮な面白さがあり、これなら源内も満足(?)。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安迷い箸」の後編。料理茶屋での梅安の仕掛けを目撃しながらも、偽りの証言で結果的に梅安を救った女中・おとき。彼女の口を封じるか迷った梅安は、医者の方の仕事で、彼女の弟を治療することになるのですが……
 と、完璧に針のムシロの状況のおとき。すでに梅安の方は彼女を見逃すことに決めていたわけですが、そうとは知らぬ彼女にはもう同情するほかありません。(自分と)梅安のことを邪魔する奴は殺すマンとなった彦さんも久々に裏の住人っぽい顔をしているし。

 結末は梅安の私的制裁ではないか――という気もしますが、梅安・おとき・彦さんの微妙な(?)すれ違いがなかなか面白くもほろ苦いエピソードでした。


『カムヤライド』(久正人)
 連載1周年の今回も、主人公はヤマトタケル状態、謎の男・ウズメとの死闘の最中に彼が思い出すのは、熊襲平定軍の副官となった武人・ウナテのことであります。自分以外の皇子はほとんど皆敵の状態で、仲の悪い兄に仕えるウナテのことを疑っていたタケルですが……

 第1話で土蜘蛛と化したクマソタケルに惨殺された兵たちにこんなドラマが!? という印象ですが、しかしウズメの奥の手の前にはそんな感傷も効果なし。ひとまず水入りとなった戦いですが、タケルにはまだ秘められた力が――?
 ウズメの求めるものも仄めかされましたが、これはもしかして巨大ヒーローものにもなるのでは、と妄想を逞しくしてしまうのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回の主人公は、本誌の表紙を飾った仇討浪人の海坂坐望。兄の仇を討ち、その遺児・みかんを連れて故郷に帰ってきた坐望ですが、そこはみかんにとっても故郷であります。
 彼女と別れ、実家に帰った坐望を待っていたのは、彼とは絵のタッチまで違うぼんやりした顔立ちの妹婿。既に居場所はなくなった実家に背を向けて旅に出ようとする坐望ですが、義弟の思わぬ噂を聞きつけて……

 片田舎が舞台となることが多い印象の本作ですが、久々に賑やかな町の風情が描かれる(坐望の若き日の放蕩ぶりがうかがわれるのが愉快。張り合おうとする雷音も)今回。しかしそこでも待ち受けるのは憂き世のしがらみと悪党であります。降りしきる雪の中、無音で繰り広げられる大殺陣の最中、終始憂い顔の坐望の姿が印象に残るエピソードでした。

 物語的にはあまり生かされているとは思えなかったみかんも今回で退場か、と思われましたが――しかし彼女の存在は、全てをなくした坐望にとっては一つの希望と考えるべきなのでしょう。


「コミック乱ツインズ」2019年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年2月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)

| | トラックバック (0)

2019.01.14

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 これはもう、別に調べなくても確実に毎年同じことを書いていると思うのですが、楽しかった年末年始のお休みもあっという間に終わり、もう新年のお仕事が始まることに……。もう楽しみは来月の新刊しかない! と新年早々後ろ向きで恐縮ですが、2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 さて2月は新作こそ少ないものの、点数自体はかなりのもの。
 その新作としては、平谷美樹がweb連載していた作品の文庫化である『口入屋賢之丞江戸を奔る(仮)』が登場。また、新刊情報では題名未定でしたが、双葉文庫から刊行される鳴神響一でということで、まず間違いなく『おいらん若君徳川竜之進』シリーズの第3弾であろう作品も楽しみであります。

 また、復刊・文庫化の方では、本編はもちろんのこと、各巻に収録の作者あとがきが面白すぎる(第2巻での告白には仰天!)風野真知雄の完本『妻は、くノ一』第3巻が登場。作者の作品では(これは新作ですが)『おさらば座敷牢 勝小吉事件帖』も期待です。
 そして谷津矢車『曽呂利 秀吉を手玉に取った男』は、単行本版から何と数割程度加筆修正が入っているとのことで、元がユニークな作品だっただけにこれは楽しみです。

 そのほか、畠中恵『明治・金色キタン』、田牧大和『彩は匂へど 其角と一蝶』、小松エメル『総司の夢』、周防柳『蘇我の娘の古事記』と楽しみな作品が並びますが、面白いところでは田辺聖子の平安ファンタジー『王朝懶夢譚』も復刊であります。


 さて、漫画の方は完全にシリーズの新刊ばかりですが、しかしラインナップが素晴らしい。
 和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第2巻、永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草子』第20巻、唐々煙『煉獄に笑う』第9巻、岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第6巻、北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第4巻、石川優吾『BABEL』第3巻、重野なおき『真田魂』第2巻――時代も内容も様々ですが、待望の新刊ばかりであります。

 そして海外を舞台とした作品の方も、岩崎陽子『ルパン・エチュード』第3巻、許先哲『ヒョウ人 BLADES OF THE GUARDIANS』第2巻、伊藤勢『天竺熱風録』第5巻と、これまた期待の作品が並んでおります。


関連記事

| | トラックバック (0)

2019.01.13

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』


 盲目の美少女修法師・百夜が怪異と対決する連作シリーズもこれでついに第10章。この章は江戸を舞台としてきたこれまでとは趣向を大きく変え、倉田屋の箱根への湯治旅に同行することになった百夜が、その旅路で出会った怪事の数々に挑むことになります。

『光り物』
 というわけで、倉田屋徳兵衛の湯治旅に誘われた百夜。忙しい身ではあるものの、日頃から世話になっている倉田屋が自分を骨休めさせるために誘っていると知った彼女は、左吉ともども、箱根への旅に同行することになるのでした。

 そしてここから展開するのは温泉エピソード、本作のちょっとドキッとするような表紙はそれゆえ――ではなく、今回の舞台となるのは、戸塚の少し先の小さな村。雨で村に宿を請うた一行は、そこで起きている怪異の存在を知ることになります。
 それがタイトルの光り物――西の山の上に宙を漂う光る物体が、さらには青白い人影が現れ、目撃した者たちが寝込んでしまったというのであります。早速、調伏に向かう百夜と左吉ですが……

 と、新章の導入部である本作ですが、しかし登場する怪異はかなり奇妙なもの。ほとんどUFOのようにも思われるその正体は――いやはや、こう来るか! と大いに驚かされました。
 さらにそこからもう一ひねりの真相には驚かされるとともに、その先の切なくもどこかホッとさせられる結末に感心させられるのであります。


『大筆小筆』
 旅は続き、大磯で百夜が出会ったのは、彼女にしか見えぬ赤い着物の若い女二人。獣臭い臭いをまとった二人が、「みよしや」と囁いて消えたことから、一行は次の小田原の旅籠・三善屋を訪ねることになります。
 そこで宿の主人から、書院に小さな鼠のような生き物が時折現れることを聞いた百夜が解き明かす、二人の女の正体とは……

 北条氏康の死にまつわる北条稲荷の伝説が残る小田原を舞台に描かれるのは、もののけが依頼人ともいうべき事件。しかし問題は、その依頼の内容がわからないことで――と、何ともユニークなシチュエーションで物語が展開することになります。
 小田原という土地の特殊性が、思わぬ世界にまで繋がっているという世界観が楽しいところで、内容的にはちょっと地味ながら、本シリーズならではの物語であります。
(にしてもラストで語られる、百夜の気の休まる場所にはどうリアクションしたものか……)


『波』
 ようやく箱根湯本に辿り着いた一行が訪れたのは、徳兵衛の定宿・如月屋。しかし先代から宿を継いだ若い主人はならず者まがいの人物、宿もあまり良い雰囲気ではないのですが――そこで百夜は不思議な気配を感じることになります。
 その晩、百夜が耳にしたのは波の音――海から遠く離れた地で聞こえるはずもないその音の源を追った百夜が宿のある部屋で見たものは、部屋一杯の海と、そこに漁舟を浮かべた老漁夫の姿で……

 この世の常ならぬ世界を描く物語であるためか、必ずしも真っ当な人間ばかりが登場するわけではない本シリーズですが、今回登場する如月屋の主人は、その中でも結構イヤな人物。
 そんな相手のために百夜が一肌脱ぐいわれはないわけですが、しかし彼女の依頼主は必ずしも人間ばかりではない――というのは『大筆小筆』同様であります。

 そんなわけで怪異の正体自体は早い段階で判明するのですが、しかしそこからの展開は意外かつ何とも痛快。古の霊異譚を彷彿とさせる味わいの一編であります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『光り物』 Amazon /『大筆小筆』 Amazon /『波』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖55 光り物 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖56 大筆小筆 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖57 波 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


関連記事
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』

 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

| | トラックバック (0)

2019.01.12

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻 死闘の中に浮かぶ柱二人の過去と現在


 アニメもこの春からスタート、連載中の本編の方も決戦に突入と追い風に乗りまくる本作。この単行本最新巻では、刀鍛冶の里編がいよいよクライマックスに突入、前巻では炭治郎と玄弥の同期コンビが奮戦しましたが、この巻では二人の柱がついにその真の力を見せることになります。

 鬼殺隊の日輪刀を打つ刀鍛冶の里の位置を突き止め、襲撃してきた上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗。偶然里に居合わせた炭治郎・玄弥・禰豆子と、霞柱の無一郎は迎撃に向かうものの、やはり上弦の名は伊達ではありません。
 一見非力な老人のような外見ながら、四体もの分身を創り出した半天狗に苦しめられる炭治郎たち。一方、謎の刀を研ぐことに没頭する鋼鐵塚らを襲う玉壺に立ち向かった無一郎ですが、脱出不能の水玉・水獄鉢に閉じ込められて絶体絶命のピンチに……


 この刀鍛治の里編の冒頭で、その無神経とも冷徹とも傲慢とも言うべきキャラクターをいきなり披露し、あの炭治郎をして妹絡み以外で反感を抱かせた無一郎。
 しかしその一方で、彼には記憶の欠落――それもリアルタイムでの――があることが折に触れて描かれ、その過去には相当複雑なものがあることがほのめかされてきました。

 そして今回、玉壺戦の中で描かれる――彼が思い出す――過去は、予想通り凄絶極まりないもの。彼が柱となるまでに何があったのか、いや何を失ってきたのか――その痛切な物語が、実に本作らしい形で、容赦なく描かれることになります。
 しかしそこにあるのは、喪失の物語だけではありません。同時に描かれるのは再生の物語――過去と直面し、失われた記憶を甦らせた無一郎が、ついに全き人間として立つ姿は、この巻最高の名場面であることは間違いありません。
(特に彼の名前に込められたものが語られるシーンはただ涙……)

 これはこれまで何度も何度も繰り返してきたことではありますが、本作はキャラクターの――ほとんどの場合ネガティブな――第一印象を、その過去を描くことによって一気にひっくり返してみせるのが非常に巧みな作品であります。
 それはこちらも十分承知していたはずですが、しかし今回もしてやられた――と、もちろん大喜びしながらひっくり返った次第であります。
(そしてそんなシリアスなシーンの直後に、すっとぼけたギャグを投入してくる呼吸にも脱帽)


 そして後半に描かれるのはもう一人の柱、恋柱・甘露寺蜜璃。半天狗の四分身が合体して登場した第五の分身・憎珀天に圧倒される炭治郎たちの前に駆けつけた蜜璃は、たちまち柱の力を発揮して彼らの窮地を救うのですが――しかし分身といえども、攻撃力的には憎珀天は実質半天狗の本体であります。
 一瞬の隙を突かれ、憎珀天の攻撃をまともに食らった蜜璃は……

 と、この巻の表紙で笑顔で決めている蜜璃ですが、ビジュアル的にも、「恋」という謎の呼吸法的にも、そしてゆるふわなキャラ造形も、本作では明らかに異質なキャラクター(この巻のおまけページでもその面白キャラぶりはたっぷりと……)。
 一歩間違えれば賑やかしの色物になりかねないところですが――そんな読者の目をエピソード一つで変えてみせるのが、やはり本作の恐ろしいところであります。

 大ダメージを受けた彼女の走馬燈の形で描かれる回想――そこで描かれるものは、他の登場人物とは少々違う形ながら、やはり自分が自分として生きることができる場を求めて、鬼殺隊にたどり着いた者の真摯な姿にほかなりません。
 それは無一郎のそれとはあまりにベクトルの違うものではありますが、己の過去を背負い、それを乗り越えるべく懸命な者の姿を描いて、こちらの心を大いに揺り動かすのであります。


 さて、柱二人が奮起したとあれば、炭治郎たちも負けているわけにはいきません。蜜璃の援護の下、半天狗の本体を追う炭治郎たちですが――あまりのしぶとさに玄弥がブチ切れるほどの半天狗を倒すことができるのか。
 かなり長きに渡ってきた戦いだけに、そろそろ決着といってほしいものであります。


『鬼滅の刃』第14巻(吾峠呼世晴 集英社ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 14 (ジャンプコミックスDIGITAL)

関連記事
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻 残酷に挑む少年の刃
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻 ついに登場、初めての仲間……?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第8巻 柱の強さ、人間の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第10巻 有情の忍、鬼に挑む!
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第11巻 遊郭編決着! その先の哀しみと優しさ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第12巻 新章突入、刀鍛冶の里での出会い
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻 物語を彩る二つのテクニック、そして明らかになる過去

| | トラックバック (0)

2019.01.11

『どろろ』 第一話「醍醐の巻」

 領地の繁栄と己の栄達のため、地獄堂に祀られた12体の鬼神と取り引きした醍醐景光。その代償に体中の各部位を奪われた景光の子は、川に流されて何処かへ姿を消す。それから16年後、盗みで暮らしを立てていた子供・どろろは、怪物に襲われたところを人形のような外見の少年に助けられるが……

 というわけで、この1月からスタートした手塚治虫原作の妖怪時代劇『どろろ』アニメ版。これまで様々な形でリメイクされてきた原作を、今どのようにアニメ化するのか――第1話の時点では、想像以上に手堅い印象です。

 時は戦国――加賀国守護職・富樫政親(実在。ということは15世紀後半か)に仕える武士・醍醐景光は、初の子が生まれようとするその時、地獄堂なる恐ろしげな堂宇を訪れるのでした。「外道に落ちる」「この先待つのは地獄」と止める上人を、「もう落ちている」「地獄とはこの世のことよ」とありがちなことを言いながらバッサリ切り捨て、中に祀られた奇怪な鬼神像に取引を持ちかける景光。困窮する領土を救い、自分に天下を取らせれば、自分の持つ好きなものを何でもやろうと彼が語った時……
 地獄堂に、そして景光の屋敷に落ちる激しい雷。まさにその時、景光の妻・縫の方が産み落とした赤子は、雷が止んでみれば、顔の皮膚をはじめ、目も鼻も手足もない、無惨な姿となっていたのです。周囲の者たちが驚き怯え、そして悲しむ中、ただ一人哄笑するのは景光。そう、この赤子の姿こそは、彼と鬼神の契約が成った証なのですから。

 もはや赤子に興味をなくした景光は、乳母に捨ててくるように命じるのですが――思いとどまった乳母により、殺される代わりに小舟に乗せて流される赤子。その直後に現れた妖怪によって乳母が食い殺されたため、赤子の生存を知る者は誰一人いなくなったのでした。その場を通りかかって妖怪を一刀の下に切り捨て、そして流れ去る小舟を見送った(見送るのか)、琵琶法師のほかは……

 そしてそれから16年後、賑やかな口上で道行く人を呼び止めては、様々な物を売りつけようとするのは、まだ幼い子供――名はどろろ。しかし彼が売っていたのは人足たちが運んでいた荷物、どうやらこれまでも同様のことをやらかしていた様子です。
 追いかけてきた人足たちを身軽に振り切り、一度は逃げ切ったかに見えたどろろですが、河原で出会った野良の子犬に情をかけたばっかりに、人足たちに捕まり、袋叩きにあう羽目に。それでもまあ、ボコボコにするくらいで見逃そうとした人足に対して、石をぶつけて目を潰したりするもんだから、ついに本気で簀巻きにされて殺されそうに……

 と、その時、傍らの古ぼけた橋の上に立つ一人の少年。およそ生気の感じられない不気味な彼に声をかける人足たちですが、少年が見ているのは、自分たちの後ろだとどろろは気づきます。その後ろにあったのは、川から流れてきた泥ともゴミともつかぬものの塊――が、それが突然立ち上がり、腕を伸ばして人足たちに襲いかかった!
 次々に泥に飲まれていく人足たちに続き、怪物――泥鬼に捕まったどろろ。そこを、己の腕を引き抜き、仕込まれた刃でもって少年が泥鬼を斬って救い出します。そしてどろろ以上に身軽な動きで泥鬼を翻弄し、橋の上に誘き寄せながら橋に切りつける少年。泥鬼の重みも相まって橋は崩れ去り、泥鬼は橋の下敷きとなって生き絶えるのでした。

 命の恩人である少年に喜び勇んで飛びつくどろろ。しかし少年はその前で突如苦しみだします。少年の顔から落ちる精巧な面。その下の顔は生皮を剥がれたような無惨なもの――と思いきや、少年の顔は瞬く間に皮膚で覆われるのでありました。
 時を同じくして、何かを察知して地獄堂に向かった景光が見たものは、真っ二つにされた鬼神像の一体。一方、彼の屋敷では、五体満足な景光の息子・多宝丸を前に、縫の方は16年前のあの日を思い出していたのでした。そしてもう一人、打ち捨てられた死体に、失った手足や顔を付けて弔っているという医者・寿海は、何かを案じるように「百鬼丸……」と呟いて……


 と、一話の中に基本設定からメインどころのキャラクターの顔見せまでソツなく織り込んでみせた今回(百鬼丸が何者か、妖怪を倒したら何故皮膚が甦ったかは明確に語られませんが、それは一目瞭然でしょう)。
 ビジュアル的にはキャラクター原案の浅田弘幸のタッチがはっきり現れた百鬼丸が印象的で、彼の目には周囲が暗視ビジョンのように見えるという演出もなかなか面白いところ。アクションもかなりよく動いていましたが、これはまあ、第1話だからかなあ……

 何はともあれ、魔物の数が12という手頃な数に変わったこともあり、原作を踏まえつつ本作ならではのものをどう見せてくれるか――それが見所と言うべきでしょうか。



関連サイト
 公式サイト

| | トラックバック (0)

2019.01.10

横田順彌『火星人類の逆襲』 押川春浪と天狗倶楽部、火星人と対決す!

 大河ドラマに登場したことでにわかに注目を集めることとなった明治の熱血冒険科学小説家・押川春浪と、彼を中心に集まったバンカラ書生集団・天狗倶楽部。その彼らが、何と帝都東京を襲撃した火星人類に戦いを挑んでいた――本作はそんな奇想天外痛快無比な明治SFであります。

 明治43年の暮れに、千里眼の持ち主・御船千鶴子が予知した光景。それは真っ赤に染まった帝都東京の姿でありました。その不吉な光景が何を意味するのかわからぬまま――翌年の夏、大森海岸に宇宙からの物体が落下したことから全てが始まります。

 海に沈んだその物体からやがて現れたのは、タコのような怪物と、その怪物が操る巨大な歩行戦闘機械。それは13年前にロンドンを襲撃した火星人類の再来でありました。
 大森海岸に上陸した火星人類に対し、かつてロンドンで人類を救ったウィルスを以て攻撃する帝国陸軍。しかしウィルスは効かないどころかかえって火星人類を活発化させ、多大な犠牲をもたらす結果となるのでした。

 行く先々に繁茂する奇怪な赤い植物――火星草とともに、行動範囲を火星人類。その高熱光線と触手で、街を、人々を、軍隊を薙ぎ払う戦闘機械に対しては、かの乃木大将率いる帝国陸軍の精鋭も敗走するのみ。
 そしてさらに悪いことに、この混乱に乗じて、ロシアが南下を開始。もはや風前の灯火となった帝都の、いや日本の運命――いや、日本には押川春浪が、天狗倶楽部がいる!

 火星人類の出現当初から、その科学知識と義侠心、そして何より野次馬根性から、火星人類の動向を追っていた春浪と天狗倶楽部。火星人類の猛攻により幾度も窮地に陥りながらも、彼らは火星人類に一矢報いるべく、独自の活動を開始するのでありました。

 そしてついに帝都に侵入した火星人類の戦闘機械に対して、意外極まりない迎撃作戦を計画する春浪たち。そして天狗倶楽部の総力を挙げた作戦が展開するのとほぼ時を同じくして、火星人類の意外な秘密が明らかになっていくこととなります。
 果たして最後に帝都に響くのは、火星人類の奇怪な咆哮か、天狗倶楽部勝利の雄叫びか? 奇絶! 怪絶また壮絶!!


 ……と、紹介しているこちらがだんだん熱にやられておかしなテンションになっていく本作ですが、その熱源が、押川春浪と天狗倶楽部にあることは言うまでもありません。

 『海底軍艦』をはじめとする軍事冒険科学小説を次々と発表するとともに、冒険小説雑誌「冒険世界」主筆として活動し、青少年に絶大な影響力を有した春浪と、彼を中心とするアマチュアスポーツ団体にしてバンカラ書生集団・天狗倶楽部。
 元々大の野球ファンであった春浪をはじめ、早稲田大学応援団の虎髭野次将軍こと吉岡信敬ら様々な人々が集まった彼らは、時に野球や相撲に興じ、時に無茶な冒険旅行に出か、そして終わった後は大宴会を開き――そんな豪快かつ愉快な活動を行う面々が、こともあろうに火星人類に立ち向かってしまうのですから面白くないはずがありません。

 そもそも火星人類とは何かいえば、これがあのHGウェルズの古典『宇宙戦争』の火星人。火星人といえばタコ型という印象を残したあの火星人が、再び(本作においては『宇宙戦争』は史実なのであります)地球に、それも日本に来襲したのであります。
 実は『宇宙戦争』のパロディ・パスティーシュは少なくないのですがしかしその中でも一際異彩を放ち、そして何よりも面白いのが本作であることは間違いありません。

 それは火星人類と対決するのが実在の、それもキャラが立ちまくった春浪と天狗倶楽部であることに依るところが大であるのは言うまでもありません。そしてまた、予兆→異変→拡大→蹂躙→反撃という、侵略SFというか怪獣映画的な文法を踏まえた手に汗握る展開(いや原典がその元祖の一つなわけですが)も大きな魅力であります。

 しかしそれだけでなく、本作は火星人類の正体と目的について、原典を踏まえつつも新たな解釈を加えている点が素晴らしい。終盤で描かれる意外な真実は、本作をして古典SFの優れた返歌たらしめているのです。
 そしてそれを受け、ラストで春浪が語る言葉は、戦いの先の一つの希望を語るものとして、胸に響くのであります。


 実在の快男児たちをいきいきと描いた痛快な明治小説として、そして古典SFの巧みな再生として――30年前の作品でありながら、全く古びたところのない本作。
 続編である『人外魔境の秘密』、ある意味副読本ともいうべきノンフィクション『快男児押川春浪 日本SFの祖』ともども、ぜひこれを期に復活していただきたい作品です。


『火星人類の逆襲』(横田順彌 新潮文庫) Amazon


関連記事
 横田順彌『星影の伝説』 ハレー彗星輝く夜の怪事と愛
 横田順彌『水晶の涙雫』 消えた少年と南極からの友が繋ぐ想い
 横田順彌『惜別の祝宴』 帝都に迫る鱗を持つ影 明治SFシリーズ大団円

 横田順彌『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』 明治の科学小説家が出会う七つの怪事件
 横田順彌『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』 明治のリアルが描く不思議の数々
 横田順彌『風の月光館 新・秘聞七幻想探偵譚』 晩年の春浪を描く明治のキャラクター小説!?

 「押川春浪回想譚」 地に足の着いたすこしふしぎの世界

| | トラックバック (0)

2019.01.09

滝沢志郎『明治銀座異変』 狙撃事件に浮かび上がる時代の悲劇と運命の皮肉


 『明治乙女物語』で松本清張賞を受賞した作者の受賞後第一作は、前作から数年を遡った明治16年を舞台とした物語。銀座で起きた鉄道馬車の御者狙撃事件の背後に潜む闇を、散切り頭の新聞記者と、記者見習いの少女、そして日本語よりも英語が堪能な美女の三人が追うことになります。

 ある日、銀座で起きた鉄道馬車の御者の狙撃事件。偶然その場に居合わせた開化日報の見習探訪員・直太郎こと男装の少女・直は、暴走する鉄道馬車に飛び乗り、転覆の危機を救うことになります。
 そしてその馬車に乗り合わせていたのは、「山本咲子」を名乗る妙齢の美女。何故かおかしな日本語を操る彼女は、直を助手に巧みな医術を振るうと、御者の命を辛うじて救うのでした。

 しかし運び込まれた先の病院で息を引き取る御者。彼が撃たれた直後に「「青い眼の子よ、許せ」と呟いていたことを咲子――実は山川捨松から聞いた開化日報の敏腕記者・片桐は、直太郎を助手代わりに、実松の言葉の意味を探るべく調査を開始するのでした。

 やがて明らかになったのは、開港直後の横浜で三人組の侍が、ささいなことから英国人商人ロバート・ブラウンを、その妻子の眼前で殺害した事件。
 その直後に横浜で大火が起きたことから有耶無耶になっていたこの事件と、今回の狙撃事件に関わりがあるのではないか? さらに調査を進める三人ですが、そこに第二の事件が発生。やがて明らかになる意外な真相とは……


 というわけで、元武士でやさぐれ気味の新聞記者、秩父から出てきた素直なんだけど抜けてる男装の少女記者見習、そして大山巌との結婚を間近に控えた山川捨松――と、ある意味明治時代を象徴するような三人が探偵役となって描かれる本作。

 上で述べた維新直前の横浜での英国人殺しはプロローグとして配置されており、どう考えても狙撃はこの事件に繋がっていくのだろうな、さらに言ってしまえば三人の侍が物語の中に名と姿を変えて登場するのだろうな、と予想できてしまうところであります。
 その予想が当たっているかどうかはここでは詳しく述べませんが――ミステリ的にはそれほど大きな仕掛けがあるわけではないものの、ちょっとしたボタンの掛け違えが次々と悲劇の連鎖を引き起こしていくという皮肉さ、やるせなさは強く印象に残ります。

 そしてそれがこの時代――明治16年という、近世と近代の境目を舞台としていることから、より一層大きな意味を持って感じられます。
 江戸時代において支配階層であった武士という存在がなくなり、そして幕末においては夷狄と呼ばれていたものたちの文化を積極的に取り入れる。そんな新しい時代において、それまで抑圧されてきた者が幸せになったかといえば、否というほかありません。

 そんな時代の軋みや歪みを象徴するのが、本作で描かれる事件であり――本作の登場人物たちは、その時代の悲劇と運命の皮肉に巻き込まれた者たちと言うこともできるでしょう。
 上で「ある意味明治時代を象徴するような三人」と述べましたが、彼らもまた、そうした時代を――時代の陰を背負ってきた人物。そんな三人が事件の真相を解き明かし、そこに縛られた人々を解放するのは、彼ら自身をもまた、過去から解放することに繋がっていくのも、興味深いところであります。

 何よりも、本作の結末で描かれるある祝宴の姿、そこで語られるある言葉は、ひどく象徴的に感じられるのです。


 と言いつつも、やはり因果因縁話のように見えるほど、物語展開に偶然が作用するのはどうかと思いますが――しかしそれがある種のミスリードになって、終盤のある場面に思い切り引っ掛けられたりしたのは、果たして狙ったものかはわかりませんが大いに楽しませていただきました。
 このメンバーでの新たな物語、この先の物語も読んでみたいところであります。


『明治銀座異変』(滝沢志郎 文藝春秋) Amazon
明治銀座異変

| | トラックバック (0)

2019.01.08

輪渡颯介『別れの霊祠 溝猫長屋 祠の怪』 今度こそ一件落着? 四人組最後の事件!?


 長屋の祠に詣でたことで、幽霊が分かるようになってしまった四人の子供。しかし祠にいた霊が成仏し、子供たちも奉公に出て一件落着かと思いきや、まだまだ騒動が――というわけで、これで本当に完結(?)の『溝猫長屋祠之怪』の最終巻であります。

 かつて長屋で亡くなった少女・お多恵の霊を祀っていた祠。この祠に詣でた子供は幽霊と出会うようになってしまうのですが――今年その番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、何故かそれぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(そして全く感じない――かと思えば最後にまとめてくる)と分担してしまうのでした。
 しかしそれもお多恵殺しの犯人が捕まったことで彼女の霊も成仏し、怪異もなくなって……

 という前作を受けて始まる本作ですが――祠の霊もいなくなり、四人もそれぞれ長屋を出て奉公することになって、これでもう幽霊騒動から卒業――かと思えば、もちろん(?)そうは問屋が卸しません。

 徐々に力は弱まっていったものの、まだ怪異を感じてしまう四人組。しかしそれどころではない、とんでもない事件が勃発することになります。そう、これまで散々四人を振り回してきたトラブルメーカーの(自称)箱入り娘・お紺に縁談が、それも二件も持ち上がったのです!
 どちらもお紺の実家と同じ質屋の、それも次男坊。しかし一方の杢太郎は強面で無愛想、そしてもう一方の文次郎はイケメンで愛想よし。これは既に勝負あった――ように見えますが、しかしそれはそれで「あの」お紺の夫となるのも災難ではあります。

 そしてそんな二人の婿候補に、何故か色々な形で関わってしまう四人組。夢で屋根の上に立つ不気味な女を目撃した忠次、姿なき白粉の匂いを嗅ぐ新七、行く先々で不思議な声から助言を受ける留吉――銀太だけはまあ関係なさそうですが、彼は彼で「幸運を呼ぶ」観音像にまつわる事件に巻き込まれたりと、相変わらずであります。
 そして騒動の果てに明らかになる恐るべき因縁とは……


 というわけで繰り返しになりますが、お多恵ちゃんの霊も成仏して、幽霊を感じる能力もなくなったはずの四人組。これでめでたくシリーズも終了か――と思いきや、最後の最後に爆弾を落とすのが本作であります。

 四人組が長屋を出ただけでなく、長屋の猫たちもあちこちに貰われ(そして唯一の犬も姿を消し)、ついでに古宮先生も手習所を辞め、おまけにお紺に縁談が――と、完全に終了ムード。
 しかしそのほとんどがおかしな方向に転がり、そして一見無関係に見えた事件の数々が繋がった末に真実が――というのは、本シリーズ、というより作者の作品ならではの醍醐味というべきでしょう。

 そしてそれを彩るのは真剣に怖い怪異の数々。今回は四人組がそれぞれ奉公に出たことで怪異が分散してしまったのは痛し痒しですが、しかしそれによって、ある意味怪異が同時多発的に現れるようになるというのは、これはこれで今までになかった新鮮な見せ方です。
 そしてその怪異がまた、実に厭な、というより忌まわしい感じなのがイイのであります。

 もっとも、普通とは別の意味で人間が一番怖いのが本シリーズ。今回描かれるのは完全に洒落にならない事件の数々、特に今回の悪役はシリーズでも相当の外道なのですが――まあ、そんな連中が古宮先生に、ち○こ切りの竜にどんな目に合わされるかも本シリーズのお楽しみなので、それはそれで……


 一番怖かった怪異が、あれっというような扱いで終わったり、ある意味オールマイティーなキャラクターが登場して四人組の存在がちょっと薄くなったりという点はあるものの、本シリーズらしい結末はやはり楽しく、満足できる幕切れでした。
 もちろん第二シリーズが始まっても大歓迎なのですが、まずは怪異に笑いに、最後の最後まで楽しませてくれたシリーズに感謝であります。


『別れの霊祠 溝猫長屋 祠の怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
別れの霊祠 溝猫長屋 祠之怪

関連記事
 輪渡颯介『溝猫長屋 祠之怪』 四人の子供、幽霊を「感じる」!?
 輪渡颯介『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』 犠牲者の、死んだ後のホワイダニット!?
 輪渡颯介『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』 パターン破りの二周目突入!?
 輪渡颯介『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』 ついに大団円!? 江戸と江ノ島、二元中継の大騒動

| | トラックバック (0)

2019.01.07

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第12巻 信長の仮面が外れる時!


 父・信秀亡き後ついに織田家の当主の座に就いた信長。しかし織田家の内情は四分五裂、さらに大国・今川の脅威が目前に迫る中、まさに内憂外患であります。そんな中、今川家と結び、叛旗を翻した清洲城小守護代・坂井大膳との戦いの中で、ついに信長の仮面の下の素顔が明らかに……

 父・山口教継ともども今川に寝返り、尾張切り取りを狙った山口教吉と赤塚で激突し、倍近い戦力差でありながら互角以上に戦って見せた信長。しかし尾張の内乱はうち続き、今度は坂井大膳が織田彦五郎・坂井甚介・織田三位・川尻左馬丞らとともに信長方の松葉城・深田城を落として信長の叔父たちを人質に取ることになります。

 しかしそれこそは信長の思う壺。腹心の武羅衆とともに立ち上がった信長は、爺こと平手政秀から彼の愛馬・鬼葦毛を譲られると、勇躍戦場に向かうのですが――しかしそこに、信長の弟・信行派である柴田勝家が、信長の真価を見極めるために加わることになります。
 そして疾風迅雷の勢いで清洲に迫る信長軍は、慌てふためいて清洲から打って出た坂井甚介と萱津で激突することに……


 というわけで、前巻の赤塚の戦いに続き、この巻で描かれるのは萱津の戦い――と、以前の派手な展開が嘘のように、マイナーな戦いが続く本作。もちろん、桶狭間以前の信長の戦いとしてそれなりの位置づけがあるのは間違いありませんが、それにしても――と驚かされます。

 しかし本作ならではの位置づけが、この戦いには成されているのであります。それは作中で沢彦が語るように、尾張衆に初めて信長の仮面――うつけの仮面の下の素顔を見せる戦いであること。
 内憂外患の中で潰されることを避けるため、父の、爺の、そして信長自身の深謀遠慮によって、うつけの仮面の下に秘め隠してきた英傑としての素顔が、ここで初めて明かされるのであります。

 ……いや、読者にとっては物語開始当初から散々素顔を見てきたわけで、その意味では新鮮味はありません。しかしここで素晴らしいリアクションを見せる男がいます。
 そう、それこそが柴田勝家――上で述べたように反信長派でありながら、史実の上でもこの萱津の戦いに加わった勝家が、ここで信長の素顔を目の当たりにするのです。

 本作ではある意味珍しく史実から受けるイメージ通りの、髭面の豪傑肌の人物である勝家。そのいわゆる「いくさ人」である彼が、戦場で何を見ることになるのか――その瞬間の描写が、実に作者らしく気持ちがいい。
 信長軍が使ったことで有名な長槍を使って切り開いた道を駆け抜ける信長と勝家。そこでの信長のある行動、ある表情を見た勝家が、一瞬にして信長の真実を悟る場面が、この巻のクライマックスであることは間違いありません。
(そして勝家が、それとほぼ同時に信長の本質――それも意外で、かつどこか納得させられるそれを見抜くのも実にいいのです)

 正直なところ、悪役・敵役(この巻でいえば甚介)がほとんど人外のビジュアルと言動なのは相変わらずどうかと思いますが、しかしその一方で描かれる信長たち英雄豪傑の姿は痛快で、この辺りの魅せ方はさすがというべきでしょう。


 しかし、この戦いで信長の素顔を知ったのは、尾張の者だけではありません。美濃の蝮・斎藤道三もこの戦いの結果から、そして信長にすっかり心酔した感もある光秀の言から、ついに動き出す決意を固めることになります。
 一歩間違えれば信長の、尾張の絶体絶命の危機となりかねぬこの事態に、爺こと平手政秀はある決意を固めて……

 というところでこの巻は終わり。なるほどこの史実をこう描くか! と驚かされますが、その影響は、その波紋はこれから描かれることになります。さてそれがどのように料理されるのか――本作流のエモーショナルな描写に期待したいと思います。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第12巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 12 (ゼノンコミックス)

関連記事
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第1巻
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第2巻 あまりにも原哲夫な…
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第3巻 父と子の涙!
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第4巻 風雲児、海へ!
 「いくさの子 織田三郎信長伝」第5巻 意外なヒロインと伝説の宝と
 『いくさの子 織田三郎信長伝』第6巻 立ちすぎたキャラクターの善し悪し
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第7巻 加速する現代の講談
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第8巻 さらばひげ船長! そして新たなる戦いへ
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第9巻 内憂外患、嵐の前の静けさ?
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第10巻 内憂外患に豪快に挑め!
 原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第11巻 小さな戦の大きな大きな意味

| | トラックバック (0)

2019.01.06

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第5巻 激闘の果て、驚愕の新展開へ


 生き延びて海を渡った源義経がテムジンを名乗り、新たなる戦いを繰り広げる姿を描く本作も、気付いてみればもう第5巻。メルキトに攫われたボルテを追って単身乗り込んだテムジンは果たしてボルテを奪還できるのか、そしてその先に待つものは?

 放浪の末にキャト氏に拾われ、タイチウトやケレイトとの微妙な関係を危険な綱渡りで切り抜けてきたテムジン。しかし何となくいい感じだったコンギラト族の娘・ボルテがメルキトの族長・トクトアに略奪されたことから、テムジンはただ一人メルキトに乗り込むことになります。
 とはいえメルキトはモンゴル三強の一つであり、鉄資源を擁して力を蓄えてきた強大な部族。行く手に立ち塞がる無数の兵、そして剛力を誇るトクトアに、テムジンは……


 というわけで、この巻の前半で繰り広げられるのは、第1部完とでも言いたくなるような死闘。
 義経としての活躍として伝えられるものから想像できるとおり、兵を率いても個人の武勇でも抜きん出たものを持つテムジンですが――しかし個人の力にはもちろん限界があります。

 そんな彼を助けるのは、ボォルチュやカサル、ベルクテイといったキャト氏の面々だけでなく、ジャムカやオン・ハーンといった、時に手を組み、時に利用し合ってきた面々。
 もちろんこれはお互いの利害関係が合致したからでもあるのですが――しかしそれでも、たった一人で大陸に流れ着いた異邦人がいかなる理由であれこれだけの人を動かすというのは、それは間違いなくテムジンの力であり、運であり、才といえるのではないでしょうか。

 そして死闘の果てに様々なものを得たテムジン。ボルテを傍らに、新たな道を踏み出した彼の向かう先は……


 と、仰天させられたのは、ここで物語の時間は大きく流れ、4年後を舞台とした物語が始まること。テムジンはキャト氏の族長となり、そして大国ケレイトのオン・ハーンは、弟の反乱によって国を追われ――え!?

 いや、テムジンがキャト氏の英雄イェスゲイの子として族長を継ぎ、弟であるカサル、ベルクテイを率いて高原統一に乗り出したのも、一方ケレイトでオン・ハーンがその王位を追われたのも史実通りではあります。
 しかしそれを直接描かずにスルーしてしまうとは――おそらくは非常に長い期間を描くことを想定しているであろう本作で、どこかで時間が飛ぶのはむしろ当然とはいえ――さすがに驚かされました。

 特にオン・ハーンは、物語が始まって以来テムジンやジャムカにとって、壁として立ち塞がってきた人物。強大とも凶暴ともいうべきその人物像は、テムジンの最大の敵かつ目標として描かれていたのですが――しかしその(一時)退場がこのような形で処理されるとは、どうなのかなあ――という印象はあります。
 史実通り(といってもおそらくベースは『元朝秘史』だとは思いますが)タイミングなどアレンジも可能だったのでは、と素人考えながら感じてしまいました。もっとも、この後より詳しく描かれるのかもしれませんが……

 さらにいえば今回テムジンとジャムカの間に決定的な影響を与えるジャムカの弟の登場も、いささか唐突な印象があり――過去エピソードも今回描かれてはいるものの――本作独特のテンポの良さが、今回はいささか性急な印象に繋がってしまったように思えます。


 とはいえ、終盤には本作ならではの展開――テムジンではなく、源義経に恨みを持つと思しき謎の人物が登場。彼の存在がこの先のテムジンの運命と物語に如何なる影響を与えるかは気になってしまうところで、その辺りはやはり巧みと言わざるを得ません。


『ハーン 草と鉄と羊』第5巻(瀬下猛 講談社モーニングコミックス) Amazon
ハーン ‐草と鉄と羊‐(5) (モーニング KC)


関連記事
 瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第1-2巻 英雄・義経の目を通して描かれる異郷の歴史
 瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第3巻・第4巻 テムジン、危機から危機への八艘跳び

| | トラックバック (0)

2019.01.05

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』


 盲目の美少女修法師が江戸の怪異に挑む連作シリーズの第9章後半の紹介であります。今回は比較的小規模な怪異ではありますが、ちょっとイイ話が続きます。

『天気雨』
 小石川の小普請組の御家人・吉野虎之助宅にのみ降るという天気雨。三日連続の天気雨を薄気味悪くなった虎之助の妻の相談を受けた百夜は、これが土地にまつわるものか人にまつわるものか、調べ始めるのですが……

 怪異としてはかなりおとなしい部類に入る本作。しかし周囲は全く晴れているのに、自分の家の敷地の真上だけ雨が降るというのは、やはりなかなか不気味で、作中後半、百夜たちが外からその様子を目撃した時の描写が印象的です。
 この怪異に対して、その原因が土地なのか人なのか、そこから着手するのが、怪奇探偵としての百夜ならではというべきでしょう。そしてその果てに明らかになる真実は――なるほど、こういう形で史実に絡めてくるか、と感心させられるのと同時に、虎之助がそれに対して自分自身になぞらえた感慨を持つのも印象に残ります。そしてその先の不思議な因縁も……

 ちなみに本作の冒頭で、天気雨のことを聞いた百夜と左吉の二人が、雨にまつわる妖怪談義を展開するのもちょっと楽しいところです。


『小豆洗い』
 駄菓子屋から大店にまで成長した麹町の菓子舗・真田屋で夜毎響く、小豆をとぐような音。半年間我慢したものの堪りかねた主人・五兵衛の依頼を受けて店を訪れた百夜は、何故か遠回りのような行動ばかりを取るのですが……

 夜中に小豆をとぐような音が――とくれば、小豆を扱う菓子屋が舞台ということもあり、これはもうタイトルどおりの妖怪・小豆洗いの仕業では? と思ってしまう今回。
 冒頭、依頼内容を聞いた百夜が、左吉の小豆洗いの真似に、普通の娘のように腹を抱えて笑う場面が妙に新鮮なのですが――それはさておき、本シリーズがそんな直球で終わるはずもありません。

 早々に正体を見抜いたような様子を見せたものの、すぐにその正体を暴くのではなく、先代が営んでいた駄菓子屋跡を検分したり、当代の五兵衛の菓子作りの腕を確かめたりと、何やら迂遠な行動を取る百夜。
 しかし怪異の思わぬ、しかしユニークな正体を知ってみれば、なるほどと納得させられることになります。

 シリーズの中ではちょっと異色の怪異ではありますが、小粒ながら心温まる結末が心地よいエピソードです。


『竜宮の使い』
 夜目覚めてみると、自分が海の中に沈んでいて、天井の近くに海亀が浮いているのがはっきり見える――夢かと思えば、潮の匂いが翌朝も残っている怪異が三日続いているという駿河屋から依頼を受けた百夜。
 百夜が見抜いたその正体は、そして怪異を鎮めるために彼女が取った行動とは……

 竜宮といえば、以前左吉が酷い目に遭わされた『わたつみの』を思い出しますが、今回はそれとは全く異なる印象の、幻想的で、ちょっと切なくもいい話であります。
 自分が海の中に沈んでいる――そしてそこにもの悲しげな目で海亀が見つめてくるというのは、これはなかなか美しい夢ではありますが、しかし毎晩続けばだんだん不安になってくるのは頷ける話。

 何故、そして何がこの夢を見せているのか――そんな一種のホワイダニットとフーダニットも気になるところですが、しかし本作は、いや本シリーズは、その正体を暴いておしまい、というものではないのは、これまで見てきたとおりであります。
 百夜が早い段階で見抜いたその怪異の正体には驚くと同時に納得させられますが、さらに印象に残るのはその祓い方。一種の鎮魂の技法は、もともとがイタコである百夜ならでは――というべきでしょうか。

 と、その百夜の異常なまでの博識ぶりには毎回驚かされてきましたが、今回ついにその秘密が明らかになります。が、それがまたある意味身も蓋もないというか反則というか――ジト目の左吉に対して、ムキになる百夜の可愛らしさも印象に残ります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『天気雨』 Amazon /『小豆洗い』 Amazon /『竜宮の使い』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖52 天気雨 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖53 小豆洗い 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖54 竜宮の使い 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)

関連記事
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』

 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

| | トラックバック (0)

2019.01.04

野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと


 網走監獄での決戦で大きくその様相を変えつつも続く、アイヌの黄金を巡る戦い。潜伏する土方は幕末を引きずって生きるもう一人の男と対峙し、アシリパを追って樺太を行く杉元は思わぬ方法で自分たちの存在をアピールすることになります。そしてキロランケには意外な過去の存在が明らかに……

 網走監獄でのキロランケと尾形の思わぬ裏切りによって散り散りとなった一行。キロランケと尾形は、アシリパと白石を連れて北に向かい、その後を追う杉元と谷垣は、鶴見中尉と手を組み、鯉登・月島とともに行動することになります。
 一方、土方と永倉、牛山は北海道に残って潜伏することになり――というわけで、この巻の序盤では、網走以来大きな動きを見せていなかった土方たちの姿が描かれることになります。

 網走監獄の隠し部屋で見つけた手がかり――エトゥピリカの嘴を頼りに、根室で季節労働者として暮らす刺青囚人・土井新蔵こと人斬り用一郎のもとに向かう土方一行。
 しかし折悪しくというべきか、用一郎と彼に恨みを持つ者たちが送り込んだ刺客の間で始まった戦いに、一行も巻き込まれて……

 というわけで、新たに登場した刺青囚人は、かつて京都で天誅を繰り返していた攘夷派の人斬り浪人。つまり土方とは天敵の間柄であり――そして彼と同じく既に年老いた身であります。
 既に耄碌し、日常生活も覚束ない状態となった用一郎ですが、しかし一度覚醒すれば往年の人斬りぶりを発揮して――と、ナメてた××が、のパターンを地で行くような殺人兵器ぶりを見せる怪物。ここで彼と土方は、因縁の対決に及ぶことになりますが――しかし、土方が老いてなお大望に燃える一方で、用一郎は既に死に場所を探すだけの存在となっているのが哀しい。

 覚醒するや、目に映る周囲の景色が幕末のそれに変わっていく用一郎。漫画ならではの見事な表現ですが、しかしそれはすなわち、彼の目には既に現実が映ってはいないことを意味します。そんな彼と土方の対決の行方は歴然としているとも言えるのですが――しかし用一郎が生きてきた道程を否定することは、決して誰にもできないでしょう。
 本作の魅力である、陰影に富んだキャラクター描写が光るエピソードであります。


 しかし粛然たるムードを完膚なきまでに破壊してしまうのは、その後に描かれる杉元サイドの物語であります。

 ある事件がきっかけで、曲馬団・ヤマダ一座と出会った一行。ロシアで大評判だったという彼らが、樺太でも興業を行うと知った杉元は、ここで名前を上げればアシリパさんに自分の生存が伝わるはず! と、強引に曲馬団名物のハラキリショーに志願することになるのですが……(この辺りで既に色々おかしい)

 しかし、鯉登に思わぬ軽業の才があること(単なるギャグ描写かと思いきや……)を知ったヤマダ団長は、むしろ鯉登の方に執心、基本的に犬猿の仲の杉元と鯉登の間を余計にヒートアップさせることになります。
 一方、余った形の谷垣と月島は、バックダンサーである少女団に入れられて特訓を受ける羽目に……

 いやいやいや、何故そこでそうなる! と言いたくなる展開ですが、これまた本作の魅力である、テンポのよいドタバタと、ベタかつ豪快なギャグを交えて描かれてしまえば、もう面白がるしかありません。
 かくて増長の末、とんでもない秘技(with猿叫)を披露する鯉登、乙女衣装で涙する谷垣、傍観する月島、そしてとんでもない手違い(?)から公衆の面前で文字通りの真剣勝負を見せる杉元――前のエピソードでしみじみさせられたと思ったらこれだよ!

 いやはや、もはや脱線暴走大爆発、という感がありますが、これもまた『ゴールデンカムイ』という作品。無茶苦茶をやりながらも思わぬ着地を見せ、先の展開にきっちり繋がっていくのには、ただ脱帽であります。


 そしてこの巻の終盤では、一足先に北に向かったアシリパたちの姿が描かれるのですが――ここで明らかになる、全くもって意外というほかないキロランケの正体。
 得体の知れないながらも、レギュラー陣の中では常識人の部類に思われた彼が、ある意味一番の危険人物だった! というのにはシビレるほかありません。

 そしてアシリパたちを襲う新たな強敵を前に最近アシリパを見る目が色々と心配な尾形の本領発揮となるか――もはやこれまで以上に闇鍋状態の本作ですが、もうここまで来たら、どんどんこちらを振り回していただきたいものです。


『ゴールデンカムイ』第16巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) 

ゴールデンカムイ 16 (ヤングジャンプコミックス)

野田 サトル 集英社 2018-12-19
売り上げランキング : 90
by ヨメレバ

関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい

| | トラックバック (0)

2019.01.03

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 逃亡中の嘯狂狷を利用して、殤不患に挑戦状を叩きつける婁震戒。それに応えて魔脊山に向かった殤不患は、凜雪鴉と二人で婁震戒に立ち向かうが、七殺天凌の力を得た婁震戒の前に苦戦を強いられる。追い詰められた殤不患に残された起死回生の秘策とは……

 最終回らしくオープニングなしでスタートした今回。冒頭に登場するのは、前回ボッコボコにされて逃走途中の嘯狂狷、そして彼がすれ違ったのは、七殺天凌を背負った婁震戒であります。婁震戒が殤不患を探していることを知った嘯狂狷は、それを利用して復讐しようと彼をけしかけるのですが――嗚呼。
 嘯狂狷を追ってきた殤不患・凜雪鴉・浪巫謠の三人組が見たのは、樹にぶら下げられた上、胸元に挑戦状を留められた嘯狂狷の姿。ここまで生き延びたのにこんな最期を遂げるとは、自業自得とはいえ、あまりに無惨と言うほかありません。それはともかく挑戦状に指定された決戦の地、かつて玄鬼宗が根城にしていた魔脊山に向かう殤不患たちですが――七殺天凌を封印するための筆はあるものの、それを使うためには遣い手に手放させる必要があるわけで、それが難しい。

 その難事のために婁震戒と対峙する殤不患。不思議な因縁の二人ですが、今は(特に勝手に嫉妬に燃える婁震戒にとって)不倶戴天の敵同士、待ったなしで始まる両者の対決ですが――七殺天凌の魅了の力は健在の状況では、殤不患は眼を逸らして戦うほかありません。もちろん殤不患ほどの達人ともなれば、相手の気から動きを察知することは可能ではありますが、それは畢竟受けの剣でしかありません。さらに小技も交えて揺さぶりをかけてくる婁震戒に対し、凜雪鴉もついに参戦しますが、しかしそれでも七殺天凌を手にした婁震戒はあまりに強い。追い詰められた二人ですが――そこで凜雪鴉が取り出したのは、あの魔剣・喪月之夜!?

 そして凜雪鴉の振るう喪月之夜の一撃を受け、半ば異形と化した顔の下から、鋭い瞳を輝かせる殤不患。自分の意志を失った殤不患ですが、既に喪月之夜に操られる彼にとっては七殺天凌の魅了も効果なく――そしてその彼を操るのは、剣を取っては実は天下無双の凜雪鴉であります。無双の達人二人が力を合わせ、何の遠慮もなく戦うのですから、強いのなんの!(そして自在に殤不患を操る凜雪鴉は超ご満悦で、これはこれでまあよかったよかった)。
 さすがに追い詰められた婁震戒は、しかし魔力の源である喪月之夜さえなければ、と凜雪鴉に襲いかかります。激しくぶつかる七殺天凌と喪月之夜――と思いきや、喪月之夜に見えたのは凜雪鴉の煙管! 凜雪鴉得意の幻術にさすがの婁震戒も驚いた隙に、飛び込んできた浪巫謠は本物の魔剣を手にすると、殤不患の心臓を貫いて元に戻すのでした。

 そして凜雪鴉に動きを封じられている婁震戒に、拙劍無式・鬼神辟易を放つ殤不患。しかし敵もさるもの、婁震戒は以前空飛ぶ魔剣をへし折った蹴り足ハサミ殺しを再び放つ! ……が、相手の気を暴発させるのが鬼神辟易、その太刀を受けてしまったことが婁震戒の命取り――さすがの剣鬼もついに七殺天凌を手放して吹き飛ばされるのでした。
 そしてあの筆で中空に記される封印。そこに吸い込まれていく七殺天凌に飛びつく婁震戒――しかし一瞬遅く封印は閉じ、弾かれた婁震戒は深い谷に落ちていくのでした。

 そして無事魔剣目録を守りきった捲殘雲も(勝手に危ない任を引き受けたとおかんむりの丹翡ともども)合流し、封印の筆で魔剣目録に七殺天凌を戻す殤不患ですが――そこに描かれたのは婁震戒の片腕。封印の瞬間、婁震戒が片腕を犠牲にして七殺天凌を取り戻し、共に地の底に消えたのであります。
 しかしさすがにもはや再び人界に現れることはないだろうと(崖落ちは武侠ものでは生存フラグですが……)考えた一同、これで魔剣が2本減ったはずが、ようやく誤解を解いた伯陽候から3本の神誨魔械を託されて数が増えたりもしましたが、まずはめでたしめでたしであります。

 ……が、西幽の闇の中では、今回ほとんど出番のなかった禍世螟蝗たちが、蠍瓔珞など所詮一番の小物、などと悪役らしい言葉と共に敵意を燃やします。そしてそんな彼らに助力を申し出る魔界の者の影。殤不患と凜雪鴉に恨みを持つというその声の主は、かつて彼らと行動をともにした女、刑亥……


 というわけで、まずは大団円の本作。振り返ってみれば、ほとんど通りすがりのキャラがラスボスになったり、舞台の大半が狭いエリアの中だったり、凜雪鴉にいいところがほとんどなかったりしましたが、しかし普段は仲が良くない二人が息のあったところを見せたり、小技のトリックで一発逆転したりと、ラストバトルには十分満足させられました。

 そして第三期決定とのことですが――さてここから何を見せてくれるのか? 何のかんの言って参りましたが、もちろん大いに期待しているのであります。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』第4巻(アニプレックス) Amazon
Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2 4(完全生産限定版) [Blu-ray]


関連サイト
 公式サイト


関連記事
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第1話「仙鎮城」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第2話「奪われた魔剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第3話「蝕心毒姫」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第4話「親近敵人」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第5話「業火の谷」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第6話「毒手の誇り」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第7話「妖姫の囁き」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第8話「弦歌斷邪」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第9話「強者の道」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第10話「魔剣/聖剣」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第11話「悪の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第12話「追命靈狐」


 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第1話「雨傘の義理」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第2話「襲来! 玄鬼宗」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第3話「夜魔の森の女」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第4話「迴靈笛のゆくえ」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第5話「剣鬼、殺無生」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第6話「七人同舟」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第7話「魔脊山」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第8話「掠風竊塵」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第9話「剣の神髄」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第10話「盗賊の矜恃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第11話「誇り高き命」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第12話「切れざる刃」
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その一)
 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて
 『Thunderbolt Fantasy 生死一劍』 剣鬼と好漢を描く前日譚と後日譚

| | トラックバック (0)

2019.01.02

平谷美樹『唐金の兵団 鉄の王』 出雲に甦る怨念の系譜


 鉄にまつわる人々の戦いと、伝説の不死者の謎を描く伝奇活劇シリーズの第3弾は、前作同様、歩き蹈鞴衆の少女・多霧を主人公とした物語。出雲を訪れた多霧たちを待ち受ける奇怪な事件と新たな敵とは、そして古代からの怨念とは……

 諸国を巡って製鉄を行う歩き蹈鞴衆の一つ・橘衆の長の長女である多霧。越後山中で、何者かに皆殺しにされた蹈鞴場と、瀕死の重傷を負った青年と出会ったことがきっかけで、彼女と仲間たちは伝説の不死者・無明衆を狙う武士たちの陰謀に巻き込まれることになります。
 その中で母と兄の一人を喪いながらも、仇である女忍・早苗を討った多霧。しかし恐るべき力を持つ無明衆本流によって、恐るべきカタストロフが訪れて……


 という前作に続く本作では、神話の地・出雲で、神代から続く恐るべき怨念の存在が描かれることになります。

 越後での戦いを生き延び、出雲を訪れた多霧と橘衆。しかし彼らの蹈鞴場を、一帯を治める山根家の山廻の侍たちが訪れている時、突如唐金(青銅)の鎧に身を包んだ猪の集団が一行を襲撃し、侍たちは無惨な姿となるのでした。
 ここで侍たちと何者かが争っていること、そして自分たちがその争いに巻き込まれてしまったことを悟った橘衆は、さっそく山で、里で調べを始めるのですが――唐金の鎧の猪だけでなく、同じ鎧をまとった熊や狼までもが、彼らに襲いかかります。

 一方、里では、山根家が地中から出土した唐金の品を集めては鋳つぶしていること、これに反対した唐金吹の岳見屋が誅殺されたことを知る多霧たち。そして岳見屋の者たちが、唐金の蹈鞴衆である八千矛衆と繋がっていたことを知った彼女は、自分たちを襲撃したのが八千矛衆と確信することになります。

 一方、陸奥の橘衆の里で巫女としての修行を積んでた多霧の妹・夷月は、恐るべき魔物の前に多霧たちが窮地に陥る様を予知し、出雲に急ぎます。
 さらに山根家の側について暗躍する無明衆の一員、無明銑之介と兄の兼高。そして彼らの傍らには、不死の肉体を得て蘇った早苗の姿が……


 「甲冑で武装した猪が襲来!!」という、一目見て何事!? と驚かされる帯が極めて印象的な本作。しかしその帯はまだ序の口、その先に現れるのは、唐金をまとった様々な動物たち、そしてそれを操るのは――と、本作は、冒頭からいきなりクライマックスのテンションのまま、一気に突っ走っていくことになります。
 その果てに待ち受けるのは、古代からの秘密を巡る蹈鞴衆と侍たちの死闘――という点では前作と重なる部分も多いように見えますが、しかし本作は敵と味方が入り乱れた末、実に物語のかなりの部分を割いて、激しい攻防戦が繰り広げられることになります。

 そのアクション描写――何よりもゲリラ戦法では右にでる者のない蹈鞴衆たちの戦闘スタイルなど――だけでも大いに魅力的な本作ですが、しかし本作の真の魅力は、その戦いの背後に秘められた超伝奇的「真実」、太古から黒々と蟠る怨念の存在であります。
 と、ここから先は物語の核心に触れてしまうため、あまり多くは語れないのですが、出雲といえば神話の地神々の地と言えば、ある程度は察せられるかもしれません。もっとも、そこに本作ならではのある要素が絡むことによって、状況はより混沌としたものになるのですが……

 そしてその先に繰り広げられるのは、これまでの戦いが前座に過ぎなかったほどの恐るべき敵との戦いであります。
 前作とは若干ベクトルが異なるものの、ここに横溢しているのは、(最近の)作者の時代小説では少し抑え気味だった濃厚な伝奇味。いや、堪能させていただきました。


 そして一つの戦いが、一つの物語が終わった先に残されるのは、幾つもの更なる謎。多霧と橘衆につきまとう無明衆・兼高の目的とは何か。銑之介と多霧の想いの行方は。そして多霧たちの物語は、いつか鉄澤重兵衛の物語と、再び交わることがあるのか――
 この先もまだまだ続くであろう「鉄の王」を巡る冒険の向かう先が、楽しみでなりません。


『唐金の兵団 鉄の王』(平谷美樹 徳間文庫)

平谷 美樹 徳間書店 2018-12-07
売り上げランキング : 54820
by ヨメレバ

関連記事
 平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い
 平谷美樹『伝説の不死者 鉄の王』 伝説再臨 鉄を巡る驚愕の伝奇SF開幕

| | トラックバック (0)

2019.01.01

あけましておめでとうございます。

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
 おかげさまで昨年も毎日ブログの更新を続けることができました。13年連続更新ですが、今年も気を緩めず一日一日を積み重ねていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 昨年は商業出版の方でも少しずつお仕事をさせていただきましたが、本年はより一層の飛躍の年にしていきたいと思います。まずはブログ以外の場で文章を発表していく場を考えているところです(が、もちろん予定は未定ということで……)。

 それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

| | トラックバック (0)

« 2018年12月 | トップページ | 2019年2月 »