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2019.01.10

横田順彌『火星人類の逆襲』 押川春浪と天狗倶楽部、火星人と対決す!

 大河ドラマに登場したことでにわかに注目を集めることとなった明治の熱血冒険科学小説家・押川春浪と、彼を中心に集まったバンカラ書生集団・天狗倶楽部。その彼らが、何と帝都東京を襲撃した火星人類に戦いを挑んでいた――本作はそんな奇想天外痛快無比な明治SFであります。

 明治43年の暮れに、千里眼の持ち主・御船千鶴子が予知した光景。それは真っ赤に染まった帝都東京の姿でありました。その不吉な光景が何を意味するのかわからぬまま――翌年の夏、大森海岸に宇宙からの物体が落下したことから全てが始まります。

 海に沈んだその物体からやがて現れたのは、タコのような怪物と、その怪物が操る巨大な歩行戦闘機械。それは13年前にロンドンを襲撃した火星人類の再来でありました。
 大森海岸に上陸した火星人類に対し、かつてロンドンで人類を救ったウィルスを以て攻撃する帝国陸軍。しかしウィルスは効かないどころかかえって火星人類を活発化させ、多大な犠牲をもたらす結果となるのでした。

 行く先々に繁茂する奇怪な赤い植物――火星草とともに、行動範囲を火星人類。その高熱光線と触手で、街を、人々を、軍隊を薙ぎ払う戦闘機械に対しては、かの乃木大将率いる帝国陸軍の精鋭も敗走するのみ。
 そしてさらに悪いことに、この混乱に乗じて、ロシアが南下を開始。もはや風前の灯火となった帝都の、いや日本の運命――いや、日本には押川春浪が、天狗倶楽部がいる!

 火星人類の出現当初から、その科学知識と義侠心、そして何より野次馬根性から、火星人類の動向を追っていた春浪と天狗倶楽部。火星人類の猛攻により幾度も窮地に陥りながらも、彼らは火星人類に一矢報いるべく、独自の活動を開始するのでありました。

 そしてついに帝都に侵入した火星人類の戦闘機械に対して、意外極まりない迎撃作戦を計画する春浪たち。そして天狗倶楽部の総力を挙げた作戦が展開するのとほぼ時を同じくして、火星人類の意外な秘密が明らかになっていくこととなります。
 果たして最後に帝都に響くのは、火星人類の奇怪な咆哮か、天狗倶楽部勝利の雄叫びか? 奇絶! 怪絶また壮絶!!


 ……と、紹介しているこちらがだんだん熱にやられておかしなテンションになっていく本作ですが、その熱源が、押川春浪と天狗倶楽部にあることは言うまでもありません。

 『海底軍艦』をはじめとする軍事冒険科学小説を次々と発表するとともに、冒険小説雑誌「冒険世界」主筆として活動し、青少年に絶大な影響力を有した春浪と、彼を中心とするアマチュアスポーツ団体にしてバンカラ書生集団・天狗倶楽部。
 元々大の野球ファンであった春浪をはじめ、早稲田大学応援団の虎髭野次将軍こと吉岡信敬ら様々な人々が集まった彼らは、時に野球や相撲に興じ、時に無茶な冒険旅行に出か、そして終わった後は大宴会を開き――そんな豪快かつ愉快な活動を行う面々が、こともあろうに火星人類に立ち向かってしまうのですから面白くないはずがありません。

 そもそも火星人類とは何かいえば、これがあのHGウェルズの古典『宇宙戦争』の火星人。火星人といえばタコ型という印象を残したあの火星人が、再び(本作においては『宇宙戦争』は史実なのであります)地球に、それも日本に来襲したのであります。
 実は『宇宙戦争』のパロディ・パスティーシュは少なくないのですがしかしその中でも一際異彩を放ち、そして何よりも面白いのが本作であることは間違いありません。

 それは火星人類と対決するのが実在の、それもキャラが立ちまくった春浪と天狗倶楽部であることに依るところが大であるのは言うまでもありません。そしてまた、予兆→異変→拡大→蹂躙→反撃という、侵略SFというか怪獣映画的な文法を踏まえた手に汗握る展開(いや原典がその元祖の一つなわけですが)も大きな魅力であります。

 しかしそれだけでなく、本作は火星人類の正体と目的について、原典を踏まえつつも新たな解釈を加えている点が素晴らしい。終盤で描かれる意外な真実は、本作をして古典SFの優れた返歌たらしめているのです。
 そしてそれを受け、ラストで春浪が語る言葉は、戦いの先の一つの希望を語るものとして、胸に響くのであります。


 実在の快男児たちをいきいきと描いた痛快な明治小説として、そして古典SFの巧みな再生として――30年前の作品でありながら、全く古びたところのない本作。
 続編である『人外魔境の秘密』、ある意味副読本ともいうべきノンフィクション『快男児押川春浪 日本SFの祖』ともども、ぜひこれを期に復活していただきたい作品です。


『火星人類の逆襲』(横田順彌 新潮文庫) Amazon


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