平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の4『桑畑の翁』 第11章の5『異形の群(上)』 第11章の6『異形の群(下)』
北から来た盲目の美少女修法師が妖を討つ本シリーズの第11章もこれにて完結――奇怪な牛鬼たちを集め、何事かを起こさんとする南から来た謎の修法師との対決もいよいよ佳境です。本シリーズ初、上下編構成の一大クライマックスで描かれるものとは?
『桑畑の翁』
謎の修法師と薩摩藩の関わりを疑い、品川の薩摩藩下屋敷を見張る桔梗。しかし彼女が身を潜める桑畑には、奇怪な面を着けた亡魂が彷徨っていました。
思わぬところからその正体を知り、亡魂と対峙する百夜。彼女が亡魂を鎮めるために選んだ手段とは……
クライマックスを前に、今回も本筋とは距離を置いたエピソードである本作。早く先を読みたい、と逸る気持ちにもなりますが、しかしここで登場する怪異――翁の亡魂の正体は、なかなか珍しく、そして切ないところであります。
珍しいといえばその正体にまつわる答えをもたらしたのは何と左吉。百夜の一番弟子を自認しながらも、文七や桔梗などに比べれば――な彼の珍しい活躍には驚かされますが、弟子たちの教育に心を砕く百夜が描かれるのも、なかなか愉快であります。
そしてラストではいよいよ牛鬼にまつわるもう一つの勢力――南から来た男装の娘修法師と唐手使いの青年が登場、一気に物語は緊迫の度合いを増すことになります。
『異形の群』上・下
日本各地で牛鬼たちを集め、使役する奄美の修法師。百夜たちは、彼が薩摩藩と結んである企みを巡らしていることを知ります。その企てを止めようとする娘修法師・嬉与と彼女を護る唐手使いの弥五郎と手を組み、奔走する百夜ですが、その前に薩摩の刺客団が立ちふさがることになります。
示現流の使い手の前に思わぬ不覚をとった百夜。江戸絶体絶命の危機に嬉与らとともに立ち上がったのは、百夜の弟子たち、そしてもう一人の北から来た修法師。そう、あの男がついに……
というわけで、初の連続エピソードのクライマックスに相応しく、オールスターキャストで展開するラスト2話。もちろんそれだけにここで繰り広げられるのは死闘また死闘であります。
恐るべき力を持つ異形の群――牛鬼たちと、そしてあの百夜をも倒した剣鬼を擁する薩摩剣士団。そんな敵たちと、江戸を護るべく集った百夜チームが三つ巴でバトルを繰り広げるのですから、盛り上がらないはずがないのであります。
そして個人的に嬉しいのは、満を持して登場したあの男の活躍です。
百夜が主人公のシリーズだけに、これまで彼女のすぐ近くに暮らしながらも端役に甘んじていた彼が、頼もしすぎる助っ人として大暴れしてくれるのは、作者のファンとしてはたまらないところであります。
(クライマックスでのナイスフォローもまた彼らしい)
しかしここで忘れてはならないのは、百夜と彼は、今回の敵である奄美の修法師たちとは合わせ鏡――いや、極めて近しい存在であることでしょう。
デビュー以来多くの作品で、陰に陽に、中央の圧制に苦しむ奥州の人々の姿を描いてきた作者。しかしこの時代に苦しんでいたのは、彼ら北の民だけではありません。同様に南の民もまた、中央の圧制に、そして無理解に苦しめられてきたのも、確かな史実であります。
そんな相手であっても、いやそんな相手だからこそ、江戸を血に染めるようなことをさせるわけにはいかない――百夜たちのヒロイズムに胸を熱くしながらも、同時に「同族」が争わなければならないことの空しさを味わうことになるのもまた、この作者らしい趣向と言えるかもしれません。
それでもなお、江戸で暮らし、江戸の人々を守ろうとする百夜たちの物語はまだまだ続きますが――しかしこの先も大事件が待ち受けている様子。
短編としての面白さはもちろんのこと、連続ものとしての色彩を強め始めた本シリーズのこれからが、大いに楽しみになろうというものです。
『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『桑畑の翁』 Amazon/ 『異形の群』(上) Amazon/ 『異形の群』(下) Amazon
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