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2019.02.17

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』


 盲目の美少女修法師・百夜が怪異の数々に挑むシリーズ第12章もいよいよ佳境。蘇る死人たちという奇怪な事件に巻き込まれた彼女の前に現れた謎の雲水の正体は、そして奇怪な敵の恐るべき狙いとは――大仕掛けな伝奇世界が展開していくことになります。(以下、内容の詳細に踏み込みますがご容赦下さい)

『還ってきた男(下)』
 一度死にながら蘇った男・六兵衛の謎を追う百夜。ついに六兵衛と対面した彼女は、左吉が助っ人として呼んできた赤柄組の宮口大学とともに、六兵衛が「死んだ」という藤沢宿に向かいます。
 六兵衛が埋葬された寺を訪れた百夜たちの前に再び現れる雲水。二対一の死闘を繰り広げた末、ついに百夜が知った雲水の正体と、一連の事件の構図とは……

 連続エピソードにふさわしく百夜に助っ人が登場する今回。残念ながら桔梗も鐵っつぁんも不在という状況で駆けつけたのは――百夜とは腐れ縁ともいえる不良武士集団の頭領・宮口大学であります。初登場時は刃を交えたものの、以降何かと百夜に助けられていた大学は、意外にも義理堅く、これまでの借りを返す時と二つ返事で駆けつけてくれるのが、嬉しいところです。
 が、前回も登場した謎の雲水は百夜と大学の二人がかりでも手に余る相手。ある意味最強の相手である彼の正体は――次の回で詳しく言及されることになりますが、しかし真の敵は別にいる様子。彼が百夜たちの助力を拒否してまでも追いかける真の敵――蘇者(よみがえり)なる再生した死者を次々と生み出していく敵との決戦は目前であります。
(ちなみに終盤、雲水の台詞の中で「英海」は「慈行」の誤りでは……)


『高野丸(上)(下)』
 各地で人骨から人間を蘇者として蘇らせる怪人・高野丸を追っているという雲水。しかし高野丸の跳梁は続き、高野丸によって小塚原の処刑場で数百人もの罪人が復活、大混乱を引き起こすことになります。処刑場に駆けつけた百夜ですが、さすがの彼女もこの数に苦戦を強いられるのでした。
 さらに、甲州街道は大和田仕置場で、雲水を前に同様に罪人たちを復活させる高野丸。雲水の過去の罪から生み出されたという高野丸の次なる狙いとは……

 というわけで、ついに正体が明らかになった謎の雲水。この章の冒頭、『犬張子の夜』で描かれた不気味な歌の内容、僧形の強者であること、そして何よりも死者の復活という題材から考えれば、ある意味有名人であるこの人物の登場は、ある程度予想できるところですが――しかしここで描かれるのは、そんな予想をさらに上回る奇怪な物語なのであります。

 死後数年を経た死者すら蘇らせるという、恐るべき高野丸の邪法。その邪法で蘇らされた人々が、これまでの事件にどう絡むのか――それはここで詳しくは述べませんが、肉体の復活と魂の帰還を巡る奇怪なロジックはただただ圧巻。それを踏まえて考えれば、これまでの一見矛盾しているようであった雲水の行動にも納得です。

 そして圧巻といえば、連続エピソードにふさわしいこのラスト2話での展開こそ、その言葉にふさわしいでしょう。
 江戸三大処刑場に眠る無数の罪人の死骸。それが一度に蘇って――と、ここで繰り広げられるのは、いわば一大ゾンビハザード。別に人を食ったり、感染して増えるわけではないものの、数百人にも及ぶ蘇者の群れとの戦いは、やはりインパクト絶大であります。

 しかし、そんなクライマックスの展開を描いた上で、それでもなおそれ以上に印象に残るのは、雲水と高野丸の因縁であります。出家したにも関わらず残り続けた、雲水の煩悩とも執着とも呼べる想い。ある意味それが凝って生まれたとも言うべき高野丸は、悪霊の集合体という凄まじい設定でありつつも、しかしどこか哀しみを漂わせます。
 これまでシリーズに登場したどんな怪異とも悪人とも異なる、不思議な存在感を持つ高野丸。雲水を苦しめることを狙いながらも、どこか繋がりを求めているようにも感じられるこの魔人との対決は、ある意味非常に意外な結末を迎えることになります。
(冷静に考えるととんでもない爆弾を炸裂させて……)

 このラスト2話では、百夜の存在感が雲水に食われた印象もあり、連続エピソードの結末としてはすっきりしないものが残るかもしれませんが――しかし終わってみれば、この不思議なもの悲しさが残る結末こそが、この物語に相応しいという印象もあります。
 この章自体が、長い不思議な夢であったような――そんな余韻が残る結末です。

『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『還ってきた男(下)』 Amazon / 『高野丸(上)』 Amazon / 『高野丸(下)』 Amazon
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