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2019.02.16

伊吹亜門『刀と傘 明治京洛推理帖』(その二) 取り残された武士たちを描く時代ミステリ


 ミステリーズ! 新人賞でデビューした俊英・伊吹亜門の初単行本――明治初期の京を舞台とした本格時代ミステリ短編集の紹介の後半であります。残る描き下ろしの二編で描かれるのは、江藤新平と鹿野師光、かつては同志であり盟友であった二人の別れとその道の行き着く先であります。

『桜』
 明治6年(1873年)春、市政局次官の五百木辺典膳と女中を刺殺し、侵入してきた旧幕臣・四ノ切左近を射殺した五百木辺の妾・沖牙由羅。四ノ切が五百木辺らを殺し、自分が仇を討ったという筋書きを立てた彼女は、通りかかった男たちに助けを求めるのですが――その一人が江藤でありました。
 何故か自分の下から離れ、京都府の司法顧問に収まった鹿野を呼び戻しに来て事件に遭遇した江藤は、沖牙の言動に不審を抱き、調べを始めるのですが……

 本書でも一際異彩を放つ本作は、冒頭から描かれる三人殺しの描写からわかるように倒叙もの。自分を妾にした新政府の役人と、彼を仇と付け狙う自分と旧知の元幕臣を噛み合わせる形と見せかけて双方を殺してのけた彼女の計画に、江藤が探偵役として挑むことになります。

 しかし趣向が凝らされた本書の作品らしく、本作もまた、倒叙ものである以上に、犯人の心理に踏み込んだホワイダニットものでもあります。一見冷酷とも異常とも見える彼女の犯行の背後に潜む想いとは――それは結局異常に見えるかもしれませんが、しかしやはりこの時代ならではの動機であることは間違いありません。

 そしてもう一つ、本作において大きな意味を占めるのは、鹿野の離反とも言える行動であります。幕末以来、不思議な縁で結ばれ、傲岸不遜な江藤をよく支えてきた鹿野が、何故今になって袂を分かったのか――は、前話から察せられるのですが、しかし結末で描かれるものは、本作の犯人が抱いた想いとも近しい悲しみなのでしょう。
 物語はそして……


『そして、佐賀の乱』
 明治6年(1873年)10月、征韓論争に端を発して、数多くの人物が新政府から去った明治6年の政変。そしてその中には江藤の姿もありました。佐賀に帰ろうという江藤を巡り周囲の人々の様々な思惑が交錯する中、京に立ち寄った江藤は監獄舎に足を踏み入れることになります。
 しかしそこで何者かの斬殺体を見つけた江藤は、それが彼を追っていた密偵であったこともあり、容疑者として拘束されることになります。かつての盟友・鹿野によって……

 江藤新平が主人公の一人ということで、当然予想されていた最後の事件。江藤が下野した後、どのような運命を辿ったかはここで述べるまでもありませんが、その前に彼が出会った事件が、ここで描かれることになります。
 が、それが江藤が容疑者であり、そして彼が鹿野からかえられたその嫌疑を晴らすために探偵役にもなる――という入り組んだ構造となるのが、実に本作らしく面白いところでしょう

 そしてまた本作も――これまでの各話がそうであったように――一つの事件の謎の奧、ハウダニット・フーダニットの向こうに、ホワイダニットの姿が描かれることになります。
 本作で描かれるそれは――ただただ、瞑目するほかありません。


 以上、本書に収録された五編は、繰り返し述べてきたように、ホワイダニット――すなわち犯人の心情にまで踏み込むことによって初めて描かれるものを中心に据えてみせた、非常に端正な本格ミステリであります。
 そしてそのホワイがいずれもこの激動の時代ならではの――それも、その時代に取り残された「武士」たちに深く結びつくことによって、本作は「時代ミステリ」としても、非常に完成度を得たと言えます。
(ほぼ全話において「切腹」という行為が、大きな意味を持つのはその象徴でしょう)

 そして同時に、本作においては江藤と鹿野という二人の主人公の想いの行方が――二人にとっての法の在り方、正義の姿のすれ違いが――大きな意味を持ちます。
 法の確立のためであれば罪を作り出すことも厭わぬ江藤と、そんな江藤の必要性を理解しつつも許せぬものも感じる鹿野と――二人の路が交わり(そしてある意味必然的に)離れていく姿は、上に述べた時代性とも結びついてより切なく、もの悲しく胸に残るのです。

 もっともそれを描くのであれば、もう少し話数が――江藤と鹿野が同じ路を行く物語が必要だったのでは、という印象もありますが、それは贅沢の言いすぎというものでしょうか。
 何はともあれ、本格ミステリにして時代ミステリの名品を、十分に堪能させていただいたことは間違いありません。


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