伊吹亜門『刀と傘 明治京洛推理帖』(その一) 司法卿と懐刀が見た「ホワイ」の姿
第12回ミステリーズ! 新人賞受賞を受賞した『監獄舎の殺人』で鮮烈なデビューを飾った作者による初単行本――同作で探偵役を務めた司法卿・江藤新平と、その懐刀であり盟友である鹿野師光の二人を主人公とした五編を収録した、本格時代ミステリ短編集であります。
明治初頭、斬首刑を目前とした死刑囚が毒殺されるという奇怪な密室殺人を描く『監獄舎の殺人』で初登場した江藤と鹿野のコンビ。本書は、その二人の出会いから別れまでを描く五編の連作で構成されています。
『監獄舎の殺人』は以前単独で紹介しましたので、ここでは残る四編を個別に紹介していきましょう。
『佐賀から来た男』
慶応3年(1867年)、剣術と英語に優れた黒田浪士・五丁森了介の隠れ家に集った男たち。徳川と薩長の開戦を避けるべく奔走する五丁森は常に刺客に狙われ、その隠れ家を知る者は彼らわずか四名の友人のみでした。
その中の一人・尾張藩の公用人・鹿野師光は、三条公からの紹介だという佐賀から来た傲岸不遜な男・江藤新平を案内して隠れ家に向かうのですが――そこにあったのは、無惨に膾斬りにされた五丁森の亡骸でありました。
隠れ家を知る者はごくわずか、それも皆アリバイがある。そして何より剣の達人である五丁森をどうやって惨殺したのか? この謎を解いて名を上げようとする江藤とともに、鹿野は事件の謎を追うのですが……
というわけで、本書の主人公二人の出会いを描く本作は、不可解な密室殺人の謎を扱った、実にヘビーな本格ミステリであります。ハウ、フー、ホワイと、いずれも不可解な謎が並ぶ中、その先にある真相は、いずれも舞台となる時代背景に密接に結びついたものなのが見事というほかありません。
何よりも、ホワイダニットの真相たるや――意外かつロジカルなそれに唸らされたところに、そこからさらにもう一つのホワイダニットへと繋がっていくのには、ただただ嘆息させられるばかりであります(そして本書を結末まで読んでみれば、それがある種の象徴とも感じられるのですが……)。
法と人の心を挟んで対照的な人物であり、しかしどこか共鳴しあう江藤と鹿野のキャラクター描写も織り込まれ、言うことなしの第一話であります。
『弾正台切腹事件』
明治3年(1870年)、悲願である司法省の設立に向け辣腕を振るっていた江藤。彼はその妨げとなる弾正台追い落としのため、弱味を握った汚職官吏を密偵として弾正台京都支台に送り込むのですが――しかし密偵は密閉された文庫で切腹している姿で発見されることになります。
これは京都支台をを牛耳る大曾根一衛の仕業に違いないと自ら乗り込んでいく江藤。しかし事件の第一発見者は、たまたま旧知の大曾根を訪ねていた鹿野だったのであります。幕末以来の再会に、江藤のとった行動は……
鳥羽伏見の戦を挟み、前話とは大きく時代が変わった中で描かれる本作。前話では一介の佐賀藩士に過ぎなかった江藤は、いまや新政府で肩で風切る身、一方の鹿野は、どこに行っていたものか、尾羽打ち枯らしたような姿で登場することになります。
そんな二人を再び結びつけるのが密室殺人というのは因果な話ですが、正直なところ、ミステリとしてのトリックは(もちろんきっちりとフェアではあるもの)今一つに感じられます。
しかしそれを補って(?)余りあるのは、大曾根の強烈なキャラクターでしょう。
かつては岩倉具視の片腕として暗躍を続けた凄腕でありながら、攘夷から一転開国に転じた主と衝突、左遷されながらも弾正台で隠然たる勢力を誇る――いかにもこの時代らしい怪人ではありますが、しかし物語は、そんな彼もまた、時代の変遷に取り残された存在でしかないことを、容赦なく描き出すのです。
そんな大曾根とは対照的な存在である江藤と、自らをそちら側と言いつつも別の道を行く鹿野と――そこに浮かび上がる主人公たちの姿も印象的です。
『監獄舎の殺人』
本作については、以前の記事をご参照いただきたいのですが、今回改めて連作集の一編として読み返してみれば、最後の一撃的な結末が、決してその場限りのものではない(なくなった)ことに、感慨を抱かざるを得ません。何しろこれ以降……
と、これ以降の物語については次回ご紹介いたします。
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