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2019.02.26

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その二)


 『決戦!』シリーズ第8弾、『決戦! 設楽原』の紹介の第二回であります。今回は武田方と織田方、それぞれで戦い、鉄砲によって運命が分かれた二人を描く作品を取り上げます。

『くれないの言』(武川佑):山県昌景
 いま武田ものといえばこの人、と言いたくなる作者は、時に超自然的な描写を用いて、ある意味それと対極にあるような剛直な武士たちの世界を描き出します。
 本作もそんな作品――武田四天王の一人であり、赤備えで知られた最強の将を悩ませる、ある人物の死後の言葉が大きな意味を持つ物語です。

 敗れるのを覚悟の上の決戦に挑むことになった昌景を悩ませる「四郎勝頼、弑すべし」の言葉。それは、亡き信玄の位牌を高野山に納めに行った際、そこに現れた信玄が命じた言葉でありました。
 しかしそれは昌景にとっては二度目の主君殺しを意味する言葉――かつて信玄の嫡男・義信が、昌景の兄と結んで謀反を起こそうとしていたのを密告し、結果として義信を死に追いやった過去を持つ彼にとって、あまりに残酷な命というほかありません。

 が――物語は、昌景が同じ四天王の馬場信春、内藤昌豊らにこの秘事を語ったところから思わぬ(本当に!)方向に展開。設楽原の決戦へと突入していくことになります。

 前回述べましたが、設楽原の戦いで最も印象に残る武将は、絶望的な戦いの中で勝頼を守る形で死んでいった武田の名将たちであることは間違いないでしょう。
 昌景もその一人ですが、しかし上に述べたように、勝頼に対して屈託を抱える昌景が、どのようにしてその死地に向かったのか――本作はその転回を、信玄の言葉を軸に鮮やかに描いてみせるのです。
(その一方で、昌景と勝頼のある共通項を抉ってみせる一文には脱帽であります)

 さらにその先に待つもの――将たる者の宿命を描く、結末のある会話も、強烈に印象に残る作品です。


『佐々の鉄炮戦』(山口昌志):佐々成政
 設楽原――というより長篠の戦といえば、すなわち鉄砲、という印象がまず浮かびます。さすがに三段撃ちは巷説とのことで、本書にも登場しませんが、しかしそれでも鉄砲の存在がこの戦を決したのは間違いありません。
 が、ここで鉄砲隊を率いたのは誰か、というのは案外印象に残っていないのではないように感じますが――本作の主人公は、その鉄砲隊を率いた武将の一人・佐々成政であります。

 かねてより鉄砲に親しみ、対武田戦の勝利の鍵として、真っ先に鉄砲に注目していた成政。そんな彼にとって、この戦はある意味晴れ舞台だったのですが――しかし周囲の武将たちは彼とはほとんど正反対の立場だったのです。
 特に同じく鉄砲隊を任され、成政の黒母衣と並ぶ赤母衣を率いた前田利家などは、こんなものは戦ではないと不満を隠さないほど。この差から浮かび上がるのは、成政と他の武将たちの意識の違い――鉄砲が戦を変えると信じる成政の視点から見た合戦、いや銃撃戦の姿は、ありそうでなかった設楽原の物語として感じられます。

 正直なところ地味な印象もある成政ですが、この戦の前年、長島一向一揆との戦いで失った長男の存在が、様々な形で「今」の成政に絡んでくるのが印象に残ります。
 そしてまた、その後の成政を知っていると、ここで戦が変わったことが彼にとって本当に幸せであったかと、考えさせられるのですが……


 大変恐縮ですが、次回に続きます。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


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