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2019.03.31

『決戦! 賤ヶ岳』(その二) 八番目の七本槍の姿


 『決戦!』シリーズ第7弾『決戦! 賤ヶ岳』の紹介の続きであります。今回は、奇しくも加藤嘉明と七本槍になり損ねた男・石川兵助を巡る二編を中心に取り上げます。

『権平の推理』(乾緑郎):平野長泰
 賤ヶ岳の戦前夜、秀吉の陣で起きた、石川兵助が正則と喧嘩騒ぎ。喧嘩の末に己の兜を叩きつけて去った兵助は、翌日兜を被らず出陣し、死に急ぐように柴田軍の猛将・拝郷五左衛門に単騎で挑み、討たれてしまうのでした。
 前の晩、中間の報で喧嘩騒ぎの場に駆けつけたものの、何故喧嘩が起きたのか誰も語らず、戸惑う権平(長泰)。しかし彼が後に知った思わぬ真実とは……

 ミステリ作家としても活躍する作者らしく、長泰を探偵役として描かれる一種のミステリである本作。兵助がこの戦で拝郷五左衛門に討たれ、七本槍になり損ねたのは、本書でも何度も描かれる史実ですが――いやはや、その背後にこのようなとんでもない「真実」を描いてみせるとは、脱帽であります。

 ただ一つ残念なのは、本作が兵助を描く物語の側面が強く、長泰の影が今一つ薄いこと。それはそれでらしいと言えなくもありませんが……


『孫六の刀』(天野純希):加藤嘉明
 かねてより戦場での武功を挙げることによって立身出世することを望みながらも、なかなかその機会を与えられず、逆に周囲から窘められるばかりの孫六(嘉明)。
 そんな彼にとって、賤ヶ岳の戦は千載一遇の好機――敵の中でも最強と名高い拝郷家嘉を討たんと焦る孫六ですが、しかし敵はあまりに強い。数少ない理解者である石川兵助までが討たれた時、彼が気付いたものとは……

 前回述べた通り、七本槍の中で大きく立身を遂げた一人である嘉明。本作はその嘉明を、狷介で独断専行のきらいのある武者として描き出します。
 しかし彼を含めた秀吉の小姓たちは、いわば幹部候補生。単なる槍働き以上のものが求められることを理解できない嘉明は、そのギャップに足掻くばかりなのですが――しかし物語は、そこから生まれ変わる嘉明の姿を、鮮やかに描き出します。

 そこに浮かび上がるのは、一人きりの武士・嘉明ではなく、七本槍の一人としての嘉明。実は本書では比較的ネガティブに描かれることの多かった「七本槍」という存在を、一つの絆の象徴として明るく鮮やかに描いてみせた本作は、掉尾を飾るにふさわしい作品と感じます。

 そして本作のもう一人の主役は、八番目の七本槍と言うべき兵助。彼と嘉明の絆が実にいいのですが――先に紹介した『権平の推理』(乾緑郎)と正反対の関係性なのを、何と表すべきか……


 その他の作品――『槍よ、愚直なれ』(木下昌輝)は、想い合った娘と引き裂かれた悲恋を軸に、加藤清正を描くという視点の妙が光る作品。
 フィクションでは荒武者として描かれることがほとんどの清正ですが、本作はそれとはひと味違う、人間の血の通った清正像を描くことに成功しています(そしてそれとは正反対の非人間的な秀吉・三成像もまた作者らしい)。

 『器』(土橋章宏)は、大坂の陣の直前に豊臣家を裏切ったことで悪名を残す片桐且元の物語。色と欲に動かされる且元の俗物ぶりには共感できませんが、終盤で描かれる思わぬ伝奇めいた展開と、そこからさらにひっくり返してみせるラストにはちょっと驚かされました。

 『ひとしずく』(矢野隆)は、これまた荒武者としての印象が強い(本書の収録作の大半でもそんな描写の)福島正則の、酒と戦に明け暮れた人生を巧みに切り取ってみせた一編。
 賤ヶ岳以降の彼の人生に焦点を当て、豪快ながら悩み多き生を送った彼の老いたる姿が切なく胸に残ります。


 というわけで、賤ヶ岳に青春を燃やした若武者たち、あるいは燃えた後の生を生きる元・若武者たちの姿を描いた本書。
 今回は執筆陣がデビュー10年以内の作家で固められているのは、その若武者たちの姿を意識したものでしょう。作家陣のチョイスも含めて、いかにも『決戦!』シリーズらしいユニークな試みに満ちた一冊であります。


『決戦! 賤ヶ岳』(天野純希ほか 講談社) Amazon
決戦!賤ヶ岳


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2019.03.30

『決戦! 賤ヶ岳』(その一) 賤ヶ岳の戦の、その先の屈託


 おなじみ『決戦!』シリーズの第7弾は『決戦! 賤ヶ岳』。ある合戦に参陣した武将たちを、各作家が一人ずつ描く本シリーズですが、今回は少々他とは異なる趣向があります。それは本書に収録されている全7作品が、敵味方それぞれの武将ではなく、賤ヶ岳七本槍たちを主人公としていることであります。

 信長の後継者を巡り、羽柴秀吉軍と柴田勝家軍が激突し、結果として秀吉の天下を招くこととなった賤ヶ岳の戦。ある意味これも天下分け目の戦いではありますが、しかし秀吉と勝家が直接対決したわけではなく、規模も(シリーズの他の戦に比べれば)大きくない一戦であります。
 はっきり言えばスターが少ない賤ヶ岳の戦を、このシリーズでいかに描くかと思えば、それが冒頭に述べたとおり、いわゆる賤ヶ岳の七本槍――この戦で奮闘した秀吉麾下の加藤清正・糟屋武則・脇坂安治・片桐且元・福島正則・平野長泰・加藤嘉明の七人をそれぞれ主人公にして描くというのは、これは実に面白い趣向でしょう。

 といっても七本槍のうち、(武将として)後世によく知られるのは清正・正則・嘉明くらい。その辺りをどう描くのか――と思えば、これもまた、それぞれに趣向を凝らした内容となっているのが実に面白い。以下、本書の中で特に印象に残った作品を紹介しましょう。


『糟屋助右衛門の武功』(簑輪諒):糟屋武則
 別所家の家臣であった兄と袂を分かつ形で織田家に仕えたものの、周囲からは外様で寝返りものと陰口を叩かれてきた助右衛門(武則)。そんな彼にとって武功を挙げるまたとない機会が、賤ヶ岳の戦でありました。
 しかし七本槍に数えられたものの、逆に正則や清正に比べれて自分の限界が見えてしまった助右衛門は、武将としての立身をあきらめてしまうのですが……

 上に述べたとおり、同じ七本槍といっても、その内実は、そしてその後の境遇も大きく異なる彼ら七人。本書では、賤ヶ岳の戦そのものだけでなく、その後の彼らの姿を――その抱えた屈託を描く作品が少なくないのですが、本作はその中でも最も心に残った作品であります。

 成果さえ挙げれば未来が開けると思い詰めていたものが、いざ挙げてみればその行き着く先が見えてしまった――戦国武将ならずとも何とも身につまされるシチュエーションですが、本作はそこで終わりません。
 本作はそんないわば等身大の悩みを抱えた武則の姿を描きつつも、しかしそこでは終わりません。再び魂を燃やし、再起してみせる姿を力強く描いてみせることで――たとえその結果がどうであろうとも――大きな感動を呼ぶのであります。


『しつこい男』(吉川永青):脇坂安治
 その空気を読まないしつこさと、それと裏腹の微妙な実力のために、かねてより朋輩から、いや時には主君の秀吉からも嘲られてきた安治。
 賤ヶ岳七本槍と呼ばれたものの、その後の致命的な失策で秀吉に勘気を被り、いてもいなくてもいい男とまで秀吉に言われてしまった安治は、腹を括って伊賀上野城を寡兵で攻めるのですが……

 関ヶ原で西軍につきながらも、戦場で小早川ともども寝返って友軍を攻めたことで歴史に名を残る安治。そんな何ともしまらない彼を、さらにしまらない姿で描いてしまうのですから、本作は容赦がありません。
 こういう○○人衆の中ではありがちな「数合わせ」呼ばわりによって、ついに堪忍袋の緒を切らした安治。その行き着く先は――いやはや、これはこれで一個の武士と言うべきでしょうか、結末が妙なカタルシスを呼ぶ一編であります。
(そして、先に紹介した『糟屋助右衛門の武功』の結末とも奇妙な対応を見せるのが何とも……)


 思ったよりも長くなったため、次回に続きます。


『決戦! 賤ヶ岳』(天野純希ほか 講談社) Amazon
決戦!賤ヶ岳


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2019.03.29

東村アキコ『雪花の虎』第7巻 終結、第一次川中島の戦 そして新たなイケメン四人衆


 女長尾景虎(上杉謙信)伝『雪花の虎』第7巻は、いよいよ川中島の戦がスタート――しかしなかなか直接対決に至らぬ中で、景虎は自分なりに川中島で戦う理由を見いだすことになります。そして物語は新たなる舞台へ……

 最愛の兄・晴景を失いながらも、長尾家を背負って戦い続ける景虎。その姿は、混沌の戦国の中で敗軍の将たちを惹きつけていくことになります。その一人、村上義清の求めに応じて、景虎はついに武田晴信と川中島で対峙することとなります。

 というわけで、謙信と信玄といえばこの戦い、というべき川中島。しかしこの巻で描かれるのは、12年にわたって都合5回繰り広げられた戦いの、最初の1回であります。
 この戦いにおいては晴信は景虎側の動きを窺い、積極的には動かぬ籠城戦を選択、結果として引き分けとなったのですが――本作はその背後に、一つのドラマを描くことになります。

 景虎が自分に面影の似た青年・シロを影武者に立て、密かに兵を二手に分けた奇襲をかけんとすれば、晴信はこれを見抜いて牽制を仕掛ける――そんな戦いの末に、数週間に及ぶ膠着状態に陥った戦線。もちろん合戦ではこうした状況も珍しくありませんが――しかしそれが景虎にダメージを与えます。
 そう、若い女性であれば避けられない現象でもって。

 月に一度の体調の不良に苦しみ、シロを残して戦場を離れることとなった景虎。その途中、弱った彼女が出会ったのは、川中島近くの善光寺の門前の薬屋の娘でありました。
 彼女から、善光寺が女性のための寺、この時代には珍しい女性の参拝を拒まぬ寺であったことを知った景虎は、一つの決意を固めることになります。

 女性のための寺であれば、当然、その門前には女性が集まることになる。いわば女性のための一種のアジールである善光寺が武田方の手に落ちれば、そのアジールは喪われることでしょう。
 それを守るため、景虎は戦うことを決意したのであります。

 もちろんこれは本作ならではの一つの極端な見方ではあります(もっとも、川中島が善光寺を巡る戦いでもあったというのは、本作のみの視点ではありませんが)。しかし本作であれば、本作の景虎であれば、こう決意しなければおかしい――それもまた、間違いのないことでしょう。
 自分自身のために戦う理由を見つけた景虎の川中島は、これからも続いていくのであります。
(ちなみに、ここでシロが思わぬ人物の前身であることが語られるのですが、これはさすがに吃驚)


 しかし、ここで景虎の物語は、新たな舞台に移ることになります。その舞台とは京都――位階の叙任御礼のために上洛することになった彼女の姿を描く、京都上洛編がここから始まることになります。
 そしてそこに登場するのは新たなイケメン――それも四人! 足利義藤(義輝)、近衛晴嗣(前久)、細川藤孝、進士藤延――都を追われ、朽木谷に暮らす将軍と、彼と志を一にする貴族、そして将軍の忠実な家臣であります。

 体育会系の義藤、いかにも育ちの良さげな晴嗣、優美な藤孝に忠実かつ温厚な藤延。いやはや、それぞれにタイプの異なる四人の美形の設定には驚いた――というのはさておき、後世から見ればとんでもないメンバーですが、しかし彼らがここに存在したことも、景虎と交誼を結ぶこともまた史実であります。

 景虎というと、越後のみが活動範囲であったような印象がありますが、それを巧みにひっくり返した上に、「中央」の動きと絡めてくる――それも実に本作らしい形で――とは、着眼点の面白さに唸らされます。


 そしてこの四人の中で、もっとも虎と縁を結ぶことになりそうな、意味ありげな描写が為されているのが進士藤延であります。

 正直に申し上げれば、この人物のことはこれまで知らなかったのですが――作中で義藤たちのために料理を作る描写が多かったのも道理、進士家は、代々将軍の食膳を司る家とのこと。
 なるほどそれで――と納得しつつ、これも作中でちらりと描かれたように、彼は決してただの料理人ではない、歴とした武士でもあります。

 藤延については、とんでもない奇説があるようですがそれは今はさておき、この先、この一風変わった武士が景虎といかに絡むことになるのか――京都上洛編、早くも気になる展開であります。


『雪花の虎』第7巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックス) Amazon
雪花の虎 (7) (ビッグコミックススペシャル)


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2019.03.28

『どろろ』 第十二話「ばんもんの巻・下」

 百鬼丸を鬼子と呼び、矢を射かける景光。その場を逃れた百鬼丸は、景光の屋敷で綾の方と多宝丸に対面、景光から真実を聞かされる。一方、朝倉に捕らえられたどろろは、助けを呼ぶために脱走するも一足遅く、ばんもんで処刑が始まってしまう。そして醍醐と朝倉の戦端が開かれる中、九尾が再び現れる……

 前回、ばんもんの前で九尾と戦っていたところに、手勢を率いて現れた醍醐景光に矢を射かけられ、九尾を逃がしてしまった百鬼丸。もちろん雑兵の矢にやられる百鬼丸ではなく、躱して景光に肉薄するのですが――そこで景光から「生まれ損ないの鬼子」と呼ばれることになります。その場を逃れた百鬼丸ですが、景光の態度と言葉が気にかかった彼は(耳が聞こえるようになったばかりに……)、景光の屋敷に向かうのでした。
 折しもそこでは、多宝丸が綾の方を問いつめている最中。父と母の所行を責める多宝丸ですが、しかしそこに現れた景光は、百鬼丸の犠牲がなければ、今も醍醐領は飢饉や戦乱で地獄の有様だったと語ります。そして己の善良さのために民を地獄に落とすのかと問う景光に、多宝丸も黙るしかありません。そしてその有様を目撃し、己の出自を知った百鬼丸は、再び景光に矢をもて追われることに……

 一方、前回助六とともに朝倉の兵に捕らえられてしまったどろろは、岩牢に入れられ、他の人々とともに見せしめに処刑の時を待つ状態。しかし捕虜たちがあきらめに沈む中、ただ一人あきらめないのはどろろ。壁の上に穴が開いているのを知ったどろろは、百鬼丸の助けを呼ぶため、助六たちの手を借りつつ、そこから脱出するのでした。そして何とか彷徨う百鬼丸と再会したどろろですが――時既に遅く、朝倉の兵によってばんもんに括り付けられた助六たちに、無数の矢が襲いかかるのでした。
 時同じくしてばんもんに軍勢を率いて現れた景光。朝倉と醍醐がまさに戦端を開かんとした時――そこに九尾が再び現れ、朝倉方に襲いかかります。その九尾を追う百鬼丸ですが――その前に現れたのは、多宝丸であります。悩み苦しみ、地獄堂の鬼神たちをも目の当たりにした末、兄・百鬼丸こそがこの国にとっては鬼神と断じて斬ると決めた多宝丸(しかしここで大秘事ともいうべき景光と鬼神のと取引のことを、兵たちの前でデカい声で話してよいものか……)。そしてその弟と百鬼丸が激しく刃を交わす中、戻ってきた九尾がどろろに襲いかかります。助けを求めるどろろの声に、百鬼丸は多宝丸の右目に切りつけ、そのままの勢いで九尾を叩き斬る!

 と、静けさが戻ったその場に現れたのは、観音像を手にした綾の方であります。百鬼丸に涙ながらに詫びながらも、自分は百鬼丸を救えない、国のために犠牲になってくれと叫ぶ綾の方。彼女は、しかしせめて自分が犠牲になると、己の胸に懐剣を突き立てるのでした。そしてそんな人々の激情に応えるように、百鬼丸に斬られた九尾が吸い込まれたばんもんは崩壊――多宝丸と綾の方を連れて景光は退き、その場に静けさが戻ります。
 奇跡的に矢が逸れて助かった助六も、村を焼かれて死んだかと思われた母と再会。助六を置いて再びただ二人、醍醐領を離れる百鬼丸とどろろであります。


 物語の折り返し地点にふさわしく、何とも圧巻の人間ドラマが繰り広げられた今回。このアニメ版においては、どろろが鬼神を倒し、自分の体を取り戻すたびに、それを贄にして醍醐領に与えられていた恩恵が奪われていく――すなわち、醍醐の人々が苦しむことになるという描写が幾度も描かれてきましたが、今回ついに繁栄と犠牲の関係が、正面から取り上げられることになります。

 ここで描かれる、多くの人々の繁栄のために、一人の子供に理不尽かつ無惨な犠牲を強いる(そしてそれがなければ繁栄は失われてしまう)という構図には、アーシュラ・K・ル・グインの『オメラスから歩み去る人々』を連想する方も少なくないでしょう。その意味では多宝丸も綾の方も、歩み去れなかった人々というべきなのですが――しかし、そこに単なるエゴや弱さだけでなく、人々の命を預かる施政者としての悩みを重ねてみせるのが、本作ならではの捻りと感じます。
 そしてそんな悩みすら乗り越えたかに見える景光の振りかざすある種の正論を、百鬼丸は乗り越えることができるのか……? その答えはもちろんすぐに出るはずもありません。我々に今できるのは、それを理不尽と断じ、百鬼丸のために本気で怒るどろろの姿に強く共感することのみかもしれません。

 そして原作と異なり、ばんもんで生き残った多宝丸(しかし百鬼丸との戦いで片目を失ったことは、ある意味鬼神の贄になったということでは……)、そして自ら死を選ぼうとした綾の方の運命も含め、後半の展開が、そして物語の行き着く先が、大いに気になるところであります。


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 『どろろ』 第十話「多宝丸の巻」
 『どろろ』 第十一話「ばんもんの巻・上」

関連サイト
 公式サイト

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2019.03.27

野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと


 北海道を離れ、樺太はてはロシアも舞台に広げる黄金争奪戦――『ゴールデンカムイ』第17巻では、引き続きアシリパ一行と杉元一行、二つの視点から描かれることとなります。そして二つのチームの交わるところにあるもの、それは……

 網走監獄からウイルクの足跡を辿り、キロランケと尾形に連れられて北へ北へ旅を続けるアシリパ(と白石)。一行は現地のウイルタ族に紛れ、樺太からロシア国境を越えようとするのですが――しかしそこにロシア軍が立ちふさがります。
 その過去から、ロシアにおいては重罪人の指名手配者であるキロランケたちを狙って襲いかかるロシアの狙撃手。しかし狙撃手といえば言うまでもなく日本には尾形がおります。かくて日露戦争延長戦、非情のスナイパー同士の静かな死闘が繰り広げられることに……


 というわけで、前巻のラストで明らかになったキロランケのとんでもない過去――ロシア皇帝を暗殺した実行犯という、ある意味本作に登場したキャラクターの中でも最凶の罪が災いする形となったこの戦い。
 相手の数は少ないものの、しかしその中に狙撃手がいるとなれば話は別――動けばそれが即、死につながという、極めて緊迫した空気の中で戦いが繰り広げられることになります。

 しかしその中で描かれるのは、同時に尾形という男の恐ろしさでもあります。仲間の死を一顧だにせず、自らのチャンスを最大限に生かす狙撃手である尾形。しかし彼はそれ以上に、キロランケとは別の意味で最凶の人物と言えます。

 師団長の妾腹の子として生まれ、父に捨てられて気が触れた母を、師団長の子として真っ直ぐに育った弟を、そして父自身を――それぞれ手に掛けてきた尾形。
 殺害した数や罪の内容で彼を上回る死刑囚は様々にいますが、しかし肉親を次々と、しかも巧妙な形で手に掛けるその精神性は、彼をして本作でも有数の凶人たらしめていると言ってよいでしょう。

 そんな尾形の父母にまつわるエピソードは以前描かれましたが、今回、熱に浮かされる彼の幻覚の形で描かれるのは、その弟とのエピソード。
 純粋無垢な青年として成長し、尾形のことも兄と慕う弟に対して、尾形が何を思い、何故手を下したのか――その微妙な心の動きを、直接彼に語らせるのではなく、物語を通じて浮き上がらせていく展開は、なかなかに読み応えがあります。

 そしてその中からかすかに感じられるのは、尾形の心の中の揺らぎのようにも思えるのですが――さて、それは穿った見方でしょうか。
 しかし今回、彼がついにあの言葉を口にしたことを思えば、そこにある種の人間味を期待してしまうのも、また無理のないことではないかと思うのです。


 さて、そんな彼らの手がかりを得るため、曲馬団に入ってまで奮闘する杉元一行は――吹雪の中で遭難。さしもの不死身の男も大自然の猛威の前には無力か、と思われたところで、思わぬ救い主が現れることになります。
 その恩を胸に、さらに北に向かう一行ですが――そんな杉元一行と、アシリパ一行の運命が交錯する日も近づいているようであります。

 その運命の地はアレクサンドロフスカヤ監獄――そこにキロランケの仲間がいることを知り、必ずや彼らが現れると急ぐ杉元一行。
 はたして一足先にキロランケはその地にたどり着き、その仲間を脱獄させるべく、活動を開始します。彼とウイルクにとっては同志であり指導者でもあったその女性を……


 というわけで、またもや大波乱の予感を漂わせて終わるこの第17巻。冷静に振り返ってみると、これまでよりもバトル少な目の巻ではありました。
 しかしそれでももちろん食い足りないということは全くないのは、作品の勢いはもちろんのこと、本作ならではのキャラ描写の冴えあってのことでしょう。
(この巻で描かれた、白石のある行動も泣かせてくれます)

 この中の誰一人として欠けることなく旅を終えてほしいと、そう思わされるのですが――それはやはり、叶わない望みなのでしょうか。


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2019.03.26

唐々煙『煉獄に笑う』第9巻 彼らの刃の下の心 天正伊賀の乱終結


 戦国時代を舞台に、呪大蛇の復活を巡る死闘を描く『煉獄に笑う』第9巻で描かれるのは、単行本3巻の長きに渡って繰り広げられてきた第二次天正伊賀の乱の終幕。佐吉の前に現れた信長の意外な素顔とは、破れ逃れる伊賀の人々を待つ運命とは、そして彼らを前にした芭恋の、阿国の想いの行方は……

 伊賀を舞台に、激しく激突する織田軍と伊賀の忍びたち。その中で引き裂かれる形となった曇の双子、そして大蛇の候補者たちは、ある者は傷つき、ある者は斃れ――と、敵味方入り乱れた壮絶な戦いが展開していくことになります。
 そんな中で佐吉は信長の小姓として従軍することになるのですが――それは言い換えれば、信長の近くから離れられないことを意味します。その佐吉を呼び出した信長は、しかし義手の持ち主で……

 と、冒頭から思わずひっくり返るような展開が待っている本書。いやはや、確かに本作の信長はどう見ても比良裏その人、呪大蛇を巡る戦いの中で幾度も転生することを運命づけられている彼だけに、この時代ではこういう人間なのか、と思ってみれば――これが!
 転生ネタを逆手に使ったような(というのは勝手なこちらの思いこみなのですが)ミスリードにはただ仰天、そして何となく安心いたしました。

 そして晴れて(?)戦場と化した伊賀に向かう佐吉ですが――しかしそこで惑うのは、「兄弟」として契りを交わした曇の双子であります。
 自分の出生の秘密を知り、一度は伊賀の将としてその才を発揮しながらも、小を殺して大を生かす戦場の非情を知り、心乱れる芭恋。その芭恋の変心が理解できず、殺戮の嵐吹き荒れる戦場で孤独に怯える阿国。

 物語の冒頭から――それが実は一種の虚勢と諦めに過ぎなかったにしても――傲岸不遜な態度を見せ、佐吉を翻弄してきた二人ですが、ここでそれぞれに描かれるのは、そんな二人の人間らしい弱さと悩みであります。
 その闇の中から二人を救い出せるものは――もちろん佐吉以外おりません。相変わらず正論ど真ん中、空気を読まずにぶつけてくる熱い思いが二人を動かす姿は実に気持ちが良く――ここにめでたく「石田三成」復活であります。


 しかし、いかに三人が再び揃ったからといって、それだけで全てが解決するわけではもちろんありません。彼らがいるのは相変わらず戦場――それも、もはや織田軍(というよりほとんどファンタジーものの蛮族状態の森長可軍)によって一方的に伊賀が蹂躙されていく地獄なのですから。
 その地獄の中で、一人でも多くを救うべく奮闘する三人なのですが――しかしここで彼ら以上にクローズアップされるのは、八咫烏たちなのであります。

 百地丹波の忠実かつ凄腕の八人の配下である八咫烏。その存在は、当初はいわゆる敵の○人衆――要するに強めの敵集団という印象でした。
 正直なことを申し上げれば、ただでさえ登場人物の多い本作で、これ以上キャラを増やしてどうするのか、と思ったものですが――しかし、その存在は、物語の中でどんどんと膨らんでいくことになります。

 当初は単なる敵――それも非情な、すなわち個人の情を持たない敵に見えた八咫烏。しかし自分たちの本拠であり故郷である伊賀を舞台とした戦いの中で、彼らは自分たち自身の情を――抱いた想いを、そして戦う理由を見せていくのであります。

 それはあるいは、この巻で丹波が八咫烏の一人を断じたように、忍び失格なのかもしれません。
 しかしこの忍びの故郷が滅ぶこととなった戦いの果てに、そんな刃の下の心が露わになったことは、それはこの先の伊賀にとって、一つの希望と言えるのではないか――と思ってしまうのは、センチメンタルな感傷でしょうか。


 もちろん、戦いの爪痕は浅くはありません。いや、芭恋や阿国、八咫烏にとっては、極めて深いといえるでしょう。そしてその痛みは、これから激しく彼らを苦しめることは間違いありません。
 その中で彼らの心が、力となるのか鎖となるのか――前者であることを祈りたいと思わされる、そんな天正伊賀の乱の結末であります。


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2019.03.25

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』


 これまでほぼ毎週お送りしてきた北の美少女陰陽師が江戸を騒がす怪異に挑む『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの紹介も、ついに最新話に追いつきました。旗本・土井勇三郎から百夜への依頼、それは強請を止めること――あまりに不可解な謎と真実が、シリーズ初の上中下編で描かれることになります。

『強請』(上)(中)(下)
 これまで再三にわたり百夜の腕を試してきた旗本・土井勇三郎。旗本・御家人専門のトラブルシューターともいうべき彼が、何故百夜に接触してきたのか――その真実がついに明かされることになります。

 近頃、数十人にも及ぶ旗本・御家人を強請る謎の人物。<やまそう>と名乗る小僧を手足に使い、被害者の過去のスキャンダルをネタに強請をかけるという謎の人物は、神出鬼没の亡魂でもなければ知らないような秘密を知っているというのです。
 そう、土井が家老の村島たちを使って悪霊憑きを探し、そして悪霊を祓う力を持つ百夜の腕を確かめていたのは、悪霊憑きとしか思えぬこの相手を見つけ、滅ぼさんとしていたためだったのであります。

 村島の言葉にまだ裏があることを感じながらも<やまそう>の後を追い、彼が末吉という名の子供であり、背後に<和尚さま>なる人物がいることを知った百夜。しかし末吉の周囲には悪霊の痕跡はなく、悪霊憑きというのは勘違いかと思われたのですが……
 そんな中、向こうから百夜のもとに乗り込んできた末吉。百夜の身の回りの者に犠牲を出したくなければ、この一件から手を引けという<和尚さま>の言葉を伝える末吉ですが、もちろんそれで百夜が引き下がるわけがありません。

 仲間たちとともに調べを続け、強請のネタに関するある事実から、ついに敵の正体を知った百夜。しかしその正体故に、如何にこの件を収めるか百夜が悩んでいる間に、土井は配下の武士を使い、強硬手段に出ることに……


 比較的ストレートなタイトルが多かったこの章ですが、しかしこの三話以上のものはないでしょう。「強請」――直球ですが、まさにその強請が本作の中心であることは、上に述べてきたとおりであります。そしてそれが百夜と彼女の稼業にどのように結びつくかも。

 正直なところ、その強請の張本人については、比較的早い段階で正体が察せられるところではあります。しかしその「状態」はさすがに予想外であり――そしてそれだからこそ百夜には手の打ちようがない、という状況設定には、唸らされました。
 これまで本シリーズの複数話構成のエピソードでは、派手なバトルが展開することが通例でした。今回ももちろん、ラストでは大殺陣が展開されるのですが――しかしそこで描かれるのは、これまでとは一風異なる、捻った展開であることは間違いありません。


 本シリーズの主人公・百夜は、もちろん悪霊を祓い、悩める人間を救うヒーローであります。しかし彼女の価値判断の基準は、決して世間の――いや正確に申し上げれば、世の権力者たちのそれとは大きく異なります。
 それは東北という彼女の出身や、この世ならぬ世界を活動の舞台とするという理由があるかもしれません。しかしそれが何であるにせよ、今回のエピソードは――なかんずくラストの展開は、ある意味極めて百夜らしい、本シリーズらしい内容であると感じます。

 今回の結末に、釈然としないものを感じる向きもあるかもしれませんが――しかしその違和感こそが逆に本シリーズの独自性を証明する、極めてユニークなエピソードでありました。
(それにしても<やまそう>、彼だけで一大伝奇小説が描けてしまいそうな、実にユニークなキャラクターであります)


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2019.03.24

「コミック乱ツインズ」2019年4月号


 一号間が開いてしまいましたが、「コミック乱ツインズ」4月号の紹介であります。今月の表紙はどどんと大きな海老天が目印の『そば屋幻庵』、巻頭カラーは『宗桂 飛翔の譜』。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『土忍記 砂塵と血風』(小島剛夕)
 小島剛夕の名作を再録する「名作復活特別企画」第八回は、前号にも掲載された『土忍記』シリーズの一編。刺客に追われながら諸国をさすらう抜け忍たちの姿を描く短編集であります。
 風と砂塵の中、とある村にやってきた旅の侍・平八。破落戸に襲われていた土地の豪農の娘・八重を助けた平八は、請われて彼女の屋敷に滞在することになります。
 父を亡くした後、隣の土地の郷士に嫌がらせを受け続けている八重と土地の者を助けるため、荒れ果てた地の開墾を始める平八。八重に慕われる平八に、彼女に仕える青年・助次郎は敵意を燃やすのですが……

 流れ者が苦しむ弱者を救い、また去って行くという定型に忠実な本作。タイトルのとおり、アクションシーンのバックに吹いている風の激しさ、厳しさが印象に残る物語であります。
 が、内容的にはちょっと驚くくらいストレートで、実はこちらの方が抜け忍なのでは――と思った方が本当にただの人間だったのはちょっと吃驚。いや、こちらが勝手に深読みしただけなのですが……


『カムヤライド』(久正人)
 今号から新章突入の本作、国津神を覚醒させる男・ウズメと対決したものの傷を負わされ、取り逃がしてしまったモンコとヤマトタケルは難波を訪れることになります。
 折しも湊には百済からの交易船が到着し、ヤマトの精鋭部隊・黒盾隊が警備を行っていたのですが――そこに出現したのは毒霧と強靱なハサミを操る国津神。さしもの黒盾隊も苦戦する中、現れた彼らのお頭の力とは……

 というわけで、いきなり登場したごっつい連中・黒盾隊。その名の通り、巨大な盾を用いたアクションがユニークなチームなのですが――しかしそんな彼らでも国津神には敵わない、という時に現れた彼らの隊長は、腹筋シックスパックの女傑、その名はオトタチバナ……!!!
 いつかは登場するだろうと思っていた人物ですが、あまりに意外なビジュアルに驚いていれば、ラストにはさらなる驚きが。「魂遷(ダウン)」なるかけ声の下に巨大な盾の中から現れたその姿は、メタルヒーロー……?(何となく女バトルコップを連想)

 ついに登場した第二の変身能力者。ヤマトに属する彼女は味方なのか、そして一体何者なのか――大いに気になるヒキであります。
(ただし、絵はちょっと荒れ気味だった印象が……)


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 前号から続くエピソード「雲助の楽」の後編である今回、とある宿場の雲助・楽と出会った用心棒三人組とみかんですが、楽は自分の息子とその嫁、お腹の子供を面白半分に殺した大名を殺すために雲助となった男だったのです。
 その楽の想いに共鳴し、命を捨てて大名行列を襲おうとする雲助たち、そして彼らに雇われた三人組――というわけで、この後編で描かれるのは、楽と雲助たちの復讐戦の有様であります。

 いかに雲助たちが多数とはいえ、相手は鉄砲隊も備えて完全武装した、いわば軍隊。三人組の助太刀があったとしても、普通であれば到底敵うはずもないのですが――しかし降りしきる雪の中、文字通り決死の覚悟で襲いかかる楽と雲助たちの姿は壮絶の一言、さしもの三人組も一歩譲った感があります。
 そしてその復讐戦の中心はいうまでもなく楽――普段は実に「いい」顔つきの中年男性である彼が、鎌一丁片手に大名行列に阿修羅の如く突っ込む様はただただ凄まじく、クライマックスの5ページ余りは、自分が何を見ているのかわからなくなるほどのドドドド迫力でありました。

 雷音のしみじみとした述懐もどこか空々しく聞こえる、ただただ凄まじい、怒濤の如き回でありました。


 さて、次号からは『勘定吟味役異聞』が再開。これは以前からの予定通りですが、「コミック乱」の方で連載されていた『いちげき』が移籍というのはちょっと吃驚であります。


「コミック乱ツインズ」2019年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年 04 月号 [雑誌]


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2019.03.23

皆川亮二『海王ダンテ』第7巻 大乱戦、エジプト地底の超科学都市!


 超古代文明の遺産の継承者である若き日のネルソンが、若き日のナポレオンを向こうに回して大活躍する大冒険伝奇活劇『海王ダンテ』も、この巻から新章・エジプト編に突入。海どころか地上でもない、謎の地下都市を舞台に、「書」の謎を巡るバトルロイヤルが始まります。

 オーストラリアでの戦い――いやこれまでの戦いの数々を経て、ナポリオの監視兼行動阻止の任を与えられることになったダンテ=ネルソン。
 早速ナポリオを追ってダンテと仲間たちが向かったのはエジプト――そこで案内役として女性考古学者ジェーン・カーターの協力を得たダンテは、ナポリオが何やら地中を調査しているのを目撃することになります。

 と、その時砂漠に奇怪な文様が浮かび、地の底へと引きずり込まれるダンテ一行。意識を取り戻した時に彼らを待っていたのは、ジャッカルの頭を持つ巨人やミイラたちでありました。
 この地こそは「冥界」――数千年前に「構成」の書が造り上げた地下都市。人間は一人もおらず、人造人間たちが住まうこの理想郷を統括する少年姿の管理者・セトは、ダンテに「悠久のドゥランテ」と呼びかけるのでした。

 一方、ダンテたちの後を追って、「生命」の書の持ち主・ジョゼとコロンバス、そして狂気の不死人フランシス・ロロノアが冥界に潜入。さらにナポリオも冥界に突入し、三つの書が地下都市に集まった中、突如牙を剥いたセトたちの襲撃を受けたダンテたちですが……


 タイトルにあるとおり、これまで「海」がほとんどのエピソードの背景となっていた本作には珍しく、海から遠く離れた地が舞台となる今回のエジプト編。しかしナポレオンの事績を考えれば、むしろエジプトが舞台にならないのが不思議といってもよいかもしれません。
 しかし、本作に登場するエジプトが普通の場所であるはずもありません(そもそも、今回のゲストキャラ・カーター女史からして、実に皆川イズム溢れる造形のキャラクター)。

 このエピソードの舞台となるエジプトに眠る地下世界・冥界は、超科学力で創り出された地下都市という、実に胸躍らされる地。
 そしてそこで繰り広げられるのが、巨人やミイラとのバトルというのはまだまだ序の口。エジプト神話を背景にしつつもとんでもないアレンジを加えられた奴を相手に、空中対地上(地上側のキャラ(?)もまたとんでもないのですが……)の追撃戦まで繰り広げられるのですから、仰天するほかありません。

 もちろん、ド派手なアクションだけでは終わらないのが本作であります。これまで幾度もほのめかされてきたダンテ自身の謎の一端が語られるだけでなく、彼をこの冒険に駆り立てることとなった育ての親・コロンバス牧師のとんでもない正体(と思われるもの)まで明かされ、ドラマ面も大きく動き始めることになります。

 もちろんまだまだ解けない謎、明かされない秘密はいくつもあるのですが――しかし優れた伝奇物語が持つ理屈抜きのワクワク感が、ここにはあるのです。
(これまで憎たらしい敵役だったナポリオにも、決して譲れない信念があることが描かれるのも実に良いのであります)


 そしてダンテ一行、ナポリオ、ジョゼとコロンバス一味、セトと冥界の民と、三つ巴、四つ巴に入り組んでいくバトルで引きとなるこの第7巻。
 さらにオルカとアルビダまで飛び込んできて、オールスターキャストとなったところで何が起こるのか――まだまだ幾重にも波乱が待ち受けていることだけは間違いないでしょう。もちろん、それはこちらとしても大いに望むところであります。


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2019.03.22

『どろろ』 第十一話「ばんもんの巻・上」

 醍醐領に向かったどろろと百鬼丸。そこで朝倉との国境の巨大な板塀「ばんもん」に妖怪が出現すると聞き、退治に向かった二人は、ばんもんによって故郷の両親と引き離された少年・助六と出会う。国境を越えるために見張りがいなくなる夜を待つ助六に協力する二人だが、その前に狐の鬼神が現れた……

 前回ラストで化物蟹から多宝丸たちを救った百鬼丸。百鬼丸の異形と異能に驚く多宝丸たちですが、どろろの言葉に応じて化物退治の代金を払うのはやはり育ちがよろしい。そして名を問う多宝丸に、百鬼丸は答えるのですが……
 さて、この辺りで一番栄えているという醍醐領ですが、そこは確かに今まで描かれてきた寂しい村や町の風景とは全く異なり、様々な商品や娯楽が溢れた賑やかな世界。そこで(何だか時代設定的に微妙な感じの)芝居を見物した二人は、この地では醍醐景光が鬼神を倒した英雄として讃えられていることを知ることになります。

 そこで久々に出会った琵琶丸ともすぐに別れ、そろそろこの町を出て行こうとしていた二人は、町で化物の噂を聞き、これは丁度いいと出かけていくことになります。その化物が出るという場所は、朝倉との国境の砦跡に残る一枚の大きな板塀「ばんもん」。かつて朝倉との衝突が繰り返された頃、そこに砦と巨大な板塀が作られ、二つの国を厳しく分かったというのであります。そして今も、国境を越えようとする者は、朝倉の見張りによって殺され、ばんもんに晒されると……

 そこで二人の前に現れたのは、どろろとあまり年も変わらぬような少年・助六。朝倉側の住人だった彼は、偶然醍醐側に遊びに来ている時に塀が建てられ、両親と引き離されて以来、何とか国境を越えて両親の元に帰ろうとしていると二人に語ります。
 と、その手の話を聞いて黙ってはいられないのがどろろ。助六を手助けすると決めたどろろは、昼間は国境を朝倉の兵が守り、夜は化物が出る――という助六の言葉に、それならば丁度いいと、夜を待つことにするのでした。

 そして夜――ばんもんの前で三人の前に現れたのは、不気味に輝く狐の群れ。一匹一匹はどろろの投石で消えるほど弱いのですが、何しろ数が多い。その間に二人を置いて国境に走っていってしまう助六をどろろに追わせ、百鬼丸は単独で狐の群れに対峙することになります。
 と、集合した狐たちは、巨大な狐の鬼神・九尾に変化。一度は九尾に地面に押し倒された百鬼丸ですが、巴投げの要領で弾き返し、さあ逆襲か――と思われたところで、百鬼丸の周囲に幾本もの矢が突き立ちます。そこに現れたのは兵を率いた景光――間者から体中が作り物の若者が鬼神を討って回っているとの報を受けた彼は、自ら出向いて百鬼丸に矢を向けたのであります。

 そしてその頃、町をうろつく狂女が実は縫の方に仕えていた女房であったことを知った多宝丸は、彼女の口からかつての出来事を聞くことに……


 国境に立てられ、望まぬまま引き裂かれた人々を無情かつ無惨に隔てる壁「ばんもん」――何をモデルにしているかは明確ですが、少なくともその一つがいまだに残っていることを思えば、助六の抱く嘆きと悲しみはこのアニメでも描かれる必要があると言うべきでしょう。

 と、そうした物語が展開する一方で、今回、ついに父と子の対面が描かれることになります。そして多宝丸も十数年前の真実を知り、次回には兄と弟としての対面を果たすことになると思われるのですが――しかしそれらの出会いが何を生むことになるのか、もう嫌な予感しかいたしません。
 いずれにせよ、次回は物語の前半の締めくくりに相応しい内容になることだけは間違いないでしょう。


 にしても百鬼丸、いつの間にかずいぶんと喋れるようになって……。声優さんの出番があってちょっと安心であります。


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TVアニメ「どろろ」Blu-ray BOX 上巻


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 『どろろ』 第二話「万代の巻」
 『どろろ』 第三話「寿海の巻」
 『どろろ』 第四話「妖刀の巻」
 『どろろ』 第五話「守り子唄の巻・上」
 『どろろ』 第六話「守り子唄の巻・下」
 『どろろ』 第七話「絡新婦の巻」
 『どろろ』 第八話「さるの巻」
 『どろろ』 第九話「無残帳の巻」
 『どろろ』 第十話「多宝丸の巻」

関連サイト
 公式サイト

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2019.03.21

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健


 気鋭の歴史時代小説家集団・操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の紹介もこれで最終回。今回ご紹介するのは、ある意味本書で唯一の伝奇プロパーとも言うべき朝松健の作品であります。

『夢斬り浅右衛門』(朝松健)
 というわけで、本書でほぼただ一人、発表する時代小説がほとんど全て伝奇ものである作者。そして当然本作も、作者のライフワークであり、最近刊行された『朽木の庭』のように、室町ものと思いきや――作者がかつて『異形コレクション』で、全く無関係に見えるテーマから次々と時代伝奇の佳品を生み出していたのを思い起こさせるような、そんな「秘宝」譚でありました。

 江戸の香具師の元締め専属の殺し屋として、五十人近い人間を始末してきた鋭二郎。その彼が新たに的として狙うことになったのは、首斬り役人・四代目山田浅右衛門吉寛でした。
 しかし殺しの技も全く及ばず、死を覚悟した鋭二郎に対して、彼の鋭二郎の幼かった頃の記憶を言い当てる浅右衛門。実は浅右衛門は、他人の心に共鳴し、その内奥を見る力を持っていたのであります。

 その浅右衛門に、内なる善心の存在を指摘され見逃され、元締めからの制裁を逃れるため江戸を離れ、各地を転々とすることとなった鋭二郎。
 そして旅の果て、元締めからの追っ手もようやく撒いたと安心した彼は、ふとしたことから知り合った浪人とその幼い娘、二人と旅することになります。そんな鋭二郎の心には、これまでなかったような安らぎが訪れるのですが……


 ノワールものを愛好し、これまでもその味わいを取り込んだ作品を描いてきた作者。江戸の暗黒街に生きる男を主人公とした本作は、そうした作品の一つとも言えるでしょう。
 本作は、そこに、強力なエンパシーの持ち主である浅右衛門という伝奇的な存在を落とし込むことにより、異形の人情譚とも言うべき味わいを生み出した物語。残酷すぎる生を生きた男が手にした「秘宝」――その温かさが刺さります。


 というわけで、この朝松健の作品だけでなく、全九編のうち、どれ一つとして似たところのない、非常にバラエティに富んだアンソロジーである本書。その多様性は、操觚の会の最初のアンソロジー『幕末 暗殺!』を上回ると言っても過言ではないと感じます。

 そしてその多様性の源について、朝松健は本書の序文において、かつて編纂した伝奇時代小説アンソロジー『伝奇城』において故えとう乱星と語った、「伝奇とは何か」という問いかけについて述べています。
 その内容については、是非実際に読んでいただきたいのですが――ここにあるのは紛れもない伝奇ものへの「愛」であり、同じ問いかけを日々念頭においている私のような人間にとっても、素晴らしい答えであると感じられます。

 そして作者の作品はもちろんのこと、本書の作品はいずれもその多種多様な「愛」の形を描いたものと――そう言うことができるのではないでしょうか。
 そしてその「愛」こそが「秘宝」である――と言ってしまうのはさすがに気恥ずかしいのですが、しかし、同じ伝奇ものへの「愛」を抱く人間であれば、是非とも本書を手に取っていただきたいと、そう願うことは許されるでしょう。

 そしてまた、新たなる『伝奇無双』の登場も……


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.20

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その三) 誉田龍一・鈴木英治・芦辺拓


 操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の紹介もいよいよ佳境の第三回であります。

『三十九里を突っ走れ!』(誉田龍一)
 操觚の会の切り込み隊長というべき存在であり、イベントでは名司会ぶりを発揮する作者の作品は、戦国時代を舞台としたロードノベル。人並み優れた体格と武術の腕を持ち、数々の手柄を挙げながらも、禄高が引き合わないと主家を飛び出して文無し状態の男・与吉が、秘宝を巡る冒険を繰り広げます。

 茶店で破落戸どもを叩きのめしたのがきっかけで、源左と名乗る男に声をかけられた与吉。越前と近江の国境から、信長と対立する石山本願寺まで、あるものを輸送する源左たちの護衛をして欲しいという依頼を、与吉は二つ返事で引き受けるのでした。
 かくて道中三十九里を往くこととなった与吉と源左一行。しかし秘宝を巡り、山賊が、織田方の侍が、そして妖魔が彼らの行く先々に現れて……

 と、破天荒なタフガイ・与吉の暴れっぷりが痛快な本作。源左との凸凹コンビぶりもなかなか楽しいのですが、結末に描かれるある事実には、なるほど、と納得であります。
 その一方で少々残念なのは、妖魔たちが今一つ個性に乏しく、「強い敵」以上の存在となっていないことでしょうか。秘宝の正体とも絡めて、もう少しインパクトを持たせても良かったのでは――という印象はあります。


『享禄三年の異常気象』(鈴木英治)
 季節はずれの雪や花どころか、魚が降るなどと異様な天候が相次ぐ享禄三年の駿河国。そこで侍に出世することを夢見て戦に出ていた工藤平一郎は、空から何百枚もの明銭が降ってきたという噂を耳にするのでした。
 銭の雨の下にいたのは、自分と同姓同名の相手を討ったばかりの侍だったというのですが――その直後の戦で兜首を取った平一郎が知ったのは、何とその相手が自分と同姓同名であったという事実でした。

 そして次の戦でも、そのまた次の戦でも、自分と同姓同名の相手と戦う羽目になる平一郎。いつか自分の頭上にも銭の雨が降るのではないかと恐れる平一郎ですが……

 文庫書き下ろし時代小説家として既に大ベテランの域に入る作者ですが、江戸ものだけでなく、戦国ものも得意とするところであります。というより作者のデビュー作は、本作と同じ駿河国は今川家を舞台とする伝奇色濃厚なミステリ『義元謀殺』なのですが――しかしそんな作者の作品の中でも、本作ほど奇妙な作品はないでしょう。
 いかにも作者らしい、どこかのんびりとしたムードの文章で描かれる、何とも理不尽極まりない現象。その先に待つ、あまりにも身も蓋もない真実には、ただただ天を仰ぐほかありません。


『ちせが眼鏡をかけた由来 江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 奇想に満ちた本格ミステリで大活躍する一方で、かねてより伝奇チャンバラへの愛を語ってやまなかった作者。当然本作は――と思いきや、こちらで来ましたか、と言いたくなる作者の趣味の幅広さを窺わせる一編であります。

 九戸南武家に仕える学者・江波戸鳩里斎の娘・ちせ。学問に熱中するあまり近視気味の彼女は、捻挫した父に代わり、自領内に秘蔵された古の財宝を捜し出せとの藩主からの命に挑むことになります。
 財宝が眠るという落人村に向かったちせ。しかしそこでは読本を手にした人々が宝を探し回り、さらに読本を題材にした芝居の一座まで出ているではありませんか。そんな中、父が殿から託された金属板に記された十六の文字の謎を解き明かしたちせですが……

 というわけで、少女探偵もの、少女活劇に対しても強い興味を示す作者が、江戸時代を舞台にそれを描いてみせた本作。実は本書でも数は多くない「宝探し」という王道の題材を用いつつ、そこに暗号ミステリの要素を投入してみせるのも、また作者らしいところであります。
 しかし本作の魅力は、彼女を非力な少女として侮る大の男どもに対して、知恵と勇気で互角以上に渡り合うちせの姿であります。副題を見れば、シリーズ化への意欲が窺われる本作。ぜひ、江戸の眼鏡っ娘少女探偵の活躍を見てみたいものです。


 長くなりましたが、次回で紹介は最終回であります。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.19

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その二) 早見俊・秋山香乃・新美健


 気鋭の歴史時代小説家集団・操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の収録作品紹介、その二であります。

『帰雲の童』(早見俊)
 戦国時代末期、一夜にして山崩れに消えた帰雲城。仕官を願ってきた元高山藩の山林奉行・大槻から城に眠る莫大な財宝の噂を聞いた柳沢保明は、配下の山師・山鹿に探索を命じるのでした。
 高山の百姓たちから、山中に一人暮らす少年・与助が山の神の城の在処を知ると聞き出した大槻と山鹿。与助の案内で山中に踏み込んでいった彼らの一行は、しかし一人また一人と、無惨な死を遂げていくことに……

 大地震によって城一つが山に飲まれたというインパクト、そして現代に至るまでその正確な位置が不明のままであり、おまけに城には埋蔵金が――と存在自体が実に伝奇的な帰雲城。
 本作はその伝説の城を題材としつつも、秘宝を求める者たちが次々と惨殺されていく――という、ホラーめいた展開が印象に残ります。

 正直なところ、タイトルといい冒頭の文章といい、どう見ても怪しいのは一人なのですが――そこから一ひねりして本当に恐ろしいものの存在を描く物語は、定番ではあるものの、因縁譚めいた複雑な後味を残します。


『ヤマトタケルノミコト 予言の章』(秋山香乃)
 本書の中でも最も過去の時代を舞台とすることは、そのタイトルからも明らかな本作。誰もが知る神話の時代の英雄ヤマトタケル――しかし本作はいささか意外な角度から、その英雄にアプローチしていくことになります。

 ヤマトを支配するスメラギの皇子として、兵や民衆から絶大な支持を受ける黒皇子ことオオウス。しかしスメラギは自分の後継者たる日嗣皇子として、オオウスの弟・オウスを選び出します。
 その矢先に平和だったヤマトに魔物が現れ、さらにうち続く異常な日照り。周囲から疑いの目を向けられるようになったオウスに、二人の兄である神官クシツヌは意外な言葉を告げます。オウスこそはヤマトを救う英雄であり、そのためにはオオウスを殺さねばならないと……

 クマソの王・タケルを討ち、その名を取ってヤマトタケルと名乗った英雄。その本来の名が、小碓尊であることを知る方も多いでしょう。そして神話は、彼の兄として大碓皇子、そして櫛角別王がいたことを語ります。
 言うまでもなく、本作のオウスたち三兄弟はこれをモチーフにしたもの。それだけに、物語の方も神話をなぞったものになるとばかり思いきや……

 しかしここで展開されるのは、三人の母が残した予言に翻弄される三人の若者たちの姿。予言を成就させ、ヤマトを、人を救う王を生み出すためには、愛する者を贄として差し出さねばならない――そんな運命に悩み苦しむ彼らの姿は、神話の英雄とはほど遠い、しかしだからこそ我々と等しい人間として、魅力的に感じられるのです。

 「神話」という「現実」を踏まえつつ、それを新たに解釈した「物語」を描く――本作もまた、見事に「伝奇」と言えるでしょう。


『妖説<鉄炮記>』(新美健)
 「砲術師の家宝とは、どのようなものであるか?」そんな不可思議な問いかけで始まる本作は、ある晩、人里離れた洞穴で山伏と浪人との間の問答を綴った物語。
 天狗とも噂される山伏と、破門され諸国を放浪する砲術師の浪人の間で交わされる問答は、やがて恐るべき「妖銃」を巡る物語へと変貌していくことになります。

 本書にも既に登場している「妖刀」。しかし「妖銃」なる言葉はほとんど全く聞いたことがありません。それは何故なのか――歴史の陰に蠢く奇怪な銃を巡る秘史を語りつつ、同時に鉄砲という武器の持つ本質的な異質さを語る本作は、まさしくもう一つの「鉄砲記」と言うべき物語なのです。

 デビュー作『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』において、銃を武器とする者たちの視点から武士の時代の神話的終焉を描いた作者ならではの、悪夢めいた奇談であります。


 次回に続きます。


『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.18

操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その一) 谷津矢車・神家正成


 歴史時代小説界で気を吐く実力派集団・操觚の会。本書『伝奇無双 「秘宝」』は、その操觚の会によるオリジナルアンソロジーであります。もちろん、「伝奇」「秘宝」とくればこのブログが黙っていられるわけがなく、掲載作品全九作を、一つずつ紹介させていただく次第です。

『ソハヤの記憶』(谷津矢車)
 源平の合戦から十年後、ある理由から妖を討つ力を持つ霊刀を打つため、回国修行を続ける青年・典太。しかし旅の途中に彼が訪れた村は、霊刀によって滅ぼされかかっていたのでした。
 かつて坂上田村麻呂が佩いていた霊刀・騒早(ソハヤノツルギ)――ひとりでに飛び回り、敵を斬り殺すというこの剣の封印を村の領主が解いたために、騒早は次々と村人を襲い、その命を奪っているというのであります。

 そこで出会った妖を視る力と霊刀を持つ武士・平佐兵衛とともに、騒早と対決することになった典太。しかし想像を遙かに超えて強大な騒早を前に、兵衛までもが敗れ……

 アンソロジーの一番手は、本書で最年少にして、次々と意欲作を繰り出す作者が描く、霊刀を巡る物語。刀で典太といえば――そう、あの刀匠の若き日の物語であります。
 元々伝奇的要素が少なくない作品を描いてきた作者ですが、人ならざる魔、そしてその存在がある程度当たり前に受け入れられる時代を描くのはおそらくこれが初めて。それだけにどのような物語を描くのか、興味津々でしたが――妖刀に挑むのが、決してヒーロー然とした人物ではないのが、作者らしい面白さであります。

 妖の存在に触れたために運命を狂わせ、そしてそのことに強い怨念を抱える典太。その彼の屈託が、刀、そして刀造りを通じて浮き彫りになっていく様は、デビュー作以来、己の技を武器に世の中に挑んでいくアーティストたちの姿を幾度となく描いてきた作者ならでは――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。


『朝鮮の秘宝』(神家正成)
 まだミステリ作家としての印象が強いものの、しかし操觚の会に参加していることからわかるとおり、歴史時代小説への志向も強い作者。本作はその作者が強く感心を寄せる題材の一つである、朝鮮を扱った意外な秘宝物語であります。

 時は将軍吉宗の時代。病気の息子を救うため、時には後ろ暗い仕事にまで手を染めていた亀尾忠三郎は、名古屋の地に泊まる朝鮮通信使の一行から「秘宝」を奪うという、危険な仕事を引き受けることになります。

 同じように集められた仲間たちとともに通信師の宿に忍び込み、首尾良く秘宝の入った長持を奪った忠三郎。しかし彼はその場に居合わせた童に足を掴まれ、そのまま隠れ家まで連れ帰る羽目になります。
 しかしようやく隠れ家に帰ったと思えば、突然その場を襲撃する黒装束の一団。次々と仲間が倒されていく上に朝鮮の剣士までもが乱入し、大混乱となった中を何とか逃れた忠三郎は、一味の一人であった狐目の男とともに、奪われた秘宝と童を追うのですが……

 金のために盗賊に加わった男――という主人公の設定もなかなかユニークな本作ですが、物語はその先二転三転、次々と思わぬ事態が発生し、息もつかせぬ勢いで展開していくことになります。
 問題の秘宝の正体も二段構えで面白いのですが――何よりも驚かされたのは、ある登場人物の正体。ここでこの人物を持ってくるか、と驚かされると同時に、それが秘宝の正体と結びついた末に生まれる、爽やかな結末が印象に残ります。
(印象に残るといえば、大混戦の中で焙烙玉が炸裂した場面のリアリティは、これは作者ならではないでしょうか)


 次回に続きます。

『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
伝奇無双「秘宝」 操觚の会書き下ろしアンソロジー (戯作舎文庫)


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2019.03.17

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の1『あぐろおう』 第14章の2『妖刀』 第14章の3『幽霊屋敷』


 盲目の美少女修法師が様々な怪異に立ち向かう『百夜・百鬼夜行帖』シリーズ、最新の第14章前半の紹介であります。ある謎を巡って展開していくこの章ですが、前半で描かれるのは、何やら百夜の腕前を試そうという不可解な試みで……?

『あぐろおう』
 怪異専門の読売屋・文七が仕入れてきた奇怪な噂。ある侍を中心に、悪霊憑きを探している一団がいるというその噂を探っていた文七は、悪霊に取り憑かれたとある商家の娘を、件の侍が大身旗本・土井勇三郎の屋敷に連れ込んだことを探り当てるのでした。
 と、そこで百夜のもとを尋ねてきたのは当のその侍――村島孫兵衛と名乗った彼は、娘に憑いた悪霊「あぐろおう」調伏を百夜に依頼してくるのですが……

 というわけで、悪霊を調伏する修法師ではなく、悪霊憑きを探している侍という、何とも奇妙で不可解な出来事から始まった本章。しかもその侍が仕えるのが、無役ながら旗本寄合席――すなわち三千石以上の大身旗本なのですからなおさら奇妙であります。
 一体何が起きているのか、まだ百夜にも分からない状態ですが――しかし悪霊に憑かれて苦しんでいる者がいるのであれば、もちろん放っておくわけにはいきません。しかも取り憑いているのが「あぐろおう」、すなわち東北最強の悪霊ともいうべき悪路王だとすれば――ん? 「あくろおう」ではなく?

 と、本章を貫く大きな謎はさておき、ユニークなのはこの小さな謎。わかってみればなあんだ、という印象もありますが、これはある意味、百夜だからこそ(まあ、鐵次でもOKですが)解決できた事件かもしれません。


『妖刀』
 持つ者を不幸にするという妖刀・夕凪。大枚はたいてこの妖刀を手に入れた土井家の家老・村島孫兵衛から、百夜は調伏を依頼されることになります。
 度重なる奇怪な依頼に、百夜から一連の出来事の背後を探るよう命じられた左吉は、不良武士・宮口大学から、土井勇三郎が旗本たちの厄介事処理を生業としていることを聞かされるのでした。

 さらに夕凪が、戦国時代から持つ者を操り、次々と殺戮を繰り返してきたことを知った百夜は、土井家に急ぐのですが――時既に遅く、夕凪に魅入られた村島が百夜に襲いかかってきて……!

 前話に引き続き、百夜に絡んでくる土井家の村島。その真意はどうやら腕試しらしいことはわかるのですが、何故百夜の腕を確かめようというのか、そして前話の悪霊憑き探しとの関係は――まだまだ謎だらけであります。

 それはともかく、本作の題材はそのものずばりのタイトルが示すとおり妖刀。付喪神との対決を中心としてきた本作ではこれまで登場しなかったのが不思議なくらいの存在ですが――妖刀ものの定番と言うべきか、遣い手の手に渡ってしまってさあ大変、となります。
 互いに達人同士の戦いの行方は――旗本絡みのエピソードということで出張ってきた大学のリアクションも愉快な一編であります。


『幽霊屋敷』
 とある大身旗本の屋敷に幽霊が出ると聞きつけた村島。屋敷の離れに老婆の幽霊が出没するのを目撃した村島は、百夜に三度調伏を依頼してくることになります。そこで屋敷に赴いた百夜は、幽霊が出没する理由にすぐに気付くのですが……

 今回も非常にストレートなタイトルの一編。実際には幽霊屋敷という言葉から受けるイメージほど大がかりな怪異ではないのですがそれはさておき、冒頭で村島が経験する怪異は、作者ならではの迫真の描写で印象に残ります。
 そして百夜が解き明かす真相も小粒ではあるのですが、しかし――これが原因でそんなことになるなんて、というある種の残酷さも含めて――個人的には身につまされるものであります。

 さて、本作の怪異調伏の一方で、本章の本筋も少しずつ明らかになっていくことになります。大学の調べによれば、土井家を頻繁に訪れている旗本たちが、何者かに強請られているらしいのですが――それと百夜の腕試しにどのような関係があるのか。
 章の後半では、シリーズ初の全三話構成で、奇怪な真実が描かれることになるのですが、さて……


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『あぐろおう』 Amazon/ 『妖刀』 Amazon/ 『幽霊屋敷』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖79 あぐろおう 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖80 妖刀 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖81 幽霊屋敷 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
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2019.03.16

『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』


 定番の江戸猫漫画アンソロジーの最新号『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』であります。その名に相応しく、華やかで爽やかな作品を数多く収録した一冊です。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介しましょう。

『ねこ神社』(つるんづマリー)
 神主が亡くなって寂れてしまい、猫が集まるばかりの神社。神主に育てられた大工の青年と、病気の父を抱えながらも職を失った娘の二人は、神社に人を集めるため祭りを企画して……
 という本作、ページ数は少なくお話もシンプルなのですが、作者の線の太い、良い意味で漫画的な絵が物語の明るいムードによく似合います。特に娘が特技の剣舞を見せる場面、クライマックスの大騒動など、この絵柄と展開がマッチして、何とも楽しい気分にさせられる作品です。


『平賀源内の猫』(栗城祥子)
 今号で最もページ数の多かった本作は、それも納得の力作。源内と彼の身の回りの世話に雇われた少女、そして帯電体質の猫という二人と一匹が、実在の様々な人物に絡むシリーズですが――今回中心となる人物の一人は源内自身なのであります。

 大名たちの間で流行する菓子勝負。それぞれが菓子を作って持ち寄り、優劣をつける――というまことに太平の世らしいイベントですが、当然ながら家臣たちはそれに振り回されることになります。
 かつて源内が仕えていた松平頼恭の下で、後輩の藩医・池田玄丈が苦労しているのを知った源内は、勝負の審判探し、そして砂糖探しにと一肌脱ぐのですが、勝負は思わぬ方向に転がることに……

 高松藩の藩士でありながら、藩を飛び出した源内が、頼恭の怒りを買い、奉公構を出された(=他の藩に仕官することを禁じられた)というのは有名なエピソードですが、今回はその後日談ともいうべき物語。
 しかしこれまでも、題材を一つだけでなく、二つ三つと組み合わせてさらにユニークな物語を描いてきた本作らしく、そこに先に述べた大名同士の菓子勝負、さらに○○○の誕生秘話まで絡めてしまうのですから、感心するほかありません。

 源内と頼恭の、ある意味一触即発の対面から、源内に彼自身の生きる道を語らせる展開もよく(そしてその後、頼恭のある申し出に対する答えにもシビれる!)、完成度の高い作品です。
(それにしても本誌、史実に絡んだ作品が本作くらいしかないのがちょっと寂しい)


『姫様は猫忍者』(芋畑サリー・キタキ滝)
 亡くなった母が、猫に生まれ変わったと信じ込んでいるさる武家の姫様。しかし彼女はそれだけでなく、夜な夜な件の猫と一緒に、忍び姿で町に忍び出て……
 と、無茶に無茶を重ねたような設定ですが、絵柄の可愛らしさ(特に眉毛が特徴的な姫様がカワイイ)で読んでしまう一編。

 また、姫様の警護役ながらいつも一服盛られて出し抜かれる忍びの存在も楽しく(そして存外人がいいのもいい)、そんな彼だけが思わぬ真実(?)を知ってしまうオチも愉快なのです。


『江戸の足元』(鈴木伸彦)
 江戸の町でたくましく生きる片目のヤクザ猫。彼がある日出会った子猫は、せっかく手に入れた魚を井戸の中に落としていて――と、完全に猫の視点から描かれる、ちょっと児童書めいた味わいの作品です。

 もちろん物語は、なぜ子猫が井戸の中に魚を投げ込んでいるのか、という謎を中心に描かれるのですが――猫好きとしては考えるだけで胸が痛む真実を、しかし幸せな結末に変えてみせる本作。甘いと甘いのですが、何ともホッとさせられる結末には笑顔になります。


『日暮れて』(下総國生)
 読者層ゆえでしょう、ほとんどの作品の主人公が女性(もしくは猫)の今号にあって、くたびれた中年の浪人が主人公という異色作。活動資金を盗んで蓄電した男・船井を追う志士の一団が、妻と娘のもとに船井が戻ってくるのを待ち伏せるも――という非常にシブいシチュエーションの物語であります。

 主人公の鉄三郎は志士の一人ながら、全てに疲れ果てて、どこか投げやりで飄々とした態度で生きる男。そんな鉄三郎と、追っ手に怯える生活に疲れた船井の妻、父が残した言葉を無心に信じる娘の関係性が絡み合う姿は、完全に時代劇画と言っても通じる内容です。

 ちょっと絵が荒れ気味なのが気になりますが、船井が娘に残した言葉の奇妙な内容も印象に残る、得難い個性の作品です。


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2019.03.15

北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第4巻 四半世紀前からの伏線、ついに……


 孤独で荒ぶる魂を持つ源義経の戦いを描く『ますらお 秘本義経記』第2シリーズも、ついにサブタイトル通り屋島の合戦に突入。ついに那須与一を配下に加え、屋島の内裏へ出陣した義経。思いも寄らぬ奇策によって奇襲を成功させた義経を待つのは、しかし……

 京で不遇をかこつ中、少年時代からの縁である瀬戸内の海賊衆の頭目・瑠璃と再会した義経。その彼女を騙して潜り込んだ与一と幾度か目の激突の末、戦意をなくした与一を捕らえた義経は、佐藤継信の取りなしで彼を配下に加え、屋島へと出陣することになります。
 その義経の秘策の要となるのが、瑠璃たち海賊党の船。荒れ狂う海を船に馬を乗せて往くことで、屋島を奇襲しようというのであります。

 兵も馬も船に乗れる数はわずかである中、総大将自ら本隊とは別行動を取って四国に渡り、屋島に乗り込む義経ですが……


 というわけで、ついに始まった屋島の合戦。義経が戦から遠ざけられていたこともあり、大きな戦は久しぶりの印象もありますが、本作のサブタイトルとなっているとおり、ここではこれでもか、と言わんばかりに冒頭からラストまで、いやその先まで、様々な形で死闘が描かれることになります。

 その中心に在るのはもちろん義経。静や萌子の前で見せるのとは全く異なる、狂気に満ちた戦のカリスマとでもいうべき顔を見せる彼に引っ張られる形で、源氏軍は文字通り怒濤の進撃を繰り広げることになります。
 そんな正気の人間であればやるはずもない蛮行の前に立たされた平家の側こそ災難と言うべきか、特に前の巻で生き残るために醜い顔を見せた者たちが、あまりにあっさりと消えていくのには唖然とさせられるほどであります。

 しかし義経たちの目標は平家の兵ではなく玉――屋島の内裏に座す帝の身柄を確保し、そして三種の神器を手に入れれば、そこで戦の帰趨は決するのであります。
 そのために内裏に乱入する義経たちですが――しかし運命はここでも残酷なすれ違いを用意していたのでした。

 与一がこの世で唯一大切に想う存在であり、彼が――義経の下に立って――戦う理由である「姉」、日々子。その彼女はここ屋島で、建礼門院に仕えていたのであります。
 源氏軍の突入によってある「真実」を知らされながらも、懸命にこの地から脱しようと
(ほとんどホラー映画のような展開をくぐり抜けて)する彼女は、しかしその使命感に縛られたが故に、愛しい与一を間近にしながらも名乗り出ることができず……


 この『波弦、屋島』では、もう一人の「ますらお」、もう一人の主人公とも言ってよい存在である与一。
 しかしこの巻では、先に述べた義経の破滅的なカリスマの前に、(実はけっこう常識人である)与一の影は少々薄くなっていたのですが――それをこういう形で、別の角度から光を当ててみせるか、と感心させられます。

 そして、そんなある意味新しいますらおのドラマが繰り広げられる一方で、元祖ますらおの方も、もちろん留まってはいません。この巻の解説ページで、作者自身から幾度も触れられるように、ここでは第1シリーズの時点から用意されていた伏線の数々が、ついに生きることになります。

 それにしても――考えてみれば第1シリーズは、ほとんど四半世紀前の作品。そこでの伏線がついに意味を持つとは、作者にとってはもちろんのこと、当時からの読者にとっても、感慨深い、深すぎるものがあります。


 ……と、浸っているばかりではいられません。

 ここで義経を待ち受けるのは、いずれも彼とは因縁深い平教経――そして彼に策を授けるのは平知盛。いずれも今の平家を支える将ですが、特に知盛は、その幾重にも張り巡らせた策によって義経を散々に苦しめてきた相手であります。
 その知盛の策は――なるほど、この史実をこう描くか、と唸らされるような見事なアレンジで、敵ながら平家最強と呼ぶに相応しい存在感に、感心させられるばかりであります。

 そしてこの死闘の果てに待つものは――あの、源平合戦の中でも屈指の名場面なわけですが、それを本作が如何に描くのか。それを目にする日が少しでも早く来ることを願う次第です。


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2019.03.14

賀来ゆうじ『地獄楽』第5巻 激突、天仙対人間 そして内なる不協和音と外なる異物と


 不老不死の仙薬を巡り、謎の孤島で死罪人たちが繰り広げるデスゲーム――であったかに見えた物語が、思わぬ方向に向かっていくことになった本作もこれで第5巻であります。島を支配する天仙との戦いの中、見えてきた小さな光明。しかしその一方で思いもよらぬ、それも幾つもの波乱が……

 仙薬を巡る探索と戦いの最中、死罪人と浅ェ門たちの前に現れた謎の存在――天仙。
 これまで現れた怪物たちとは桁外れの戦闘力と生命力を持ち、そして何よりも人間同様の知性を持つ天仙たちの前に、画眉丸をはじめ、死罪人も浅ェ門たちも、多大なダメージを受けることになります。

 そしていま、単独行動をとった画眉丸たちを追いかける佐切、杠、仙汰が辿り着いた島の中心・蓬莱の門で、三人の前に現れた天仙の一人・不空就君ムーダン。
 「人間いじり」が好きという不空就君は、三人のことを歯牙にもかけず、その圧倒的な方術で以て翻弄するのですが……


 というわけで、これまで圧倒的な戦闘力を誇ってきた天仙の一人との決戦が描かれる第5巻。その戦いがこの巻の約7割を費やして描かれているといえば、その激闘ぶりがわかるというものでしょう。
 何しろ、斬っても死なない。常人には見えない攻撃を放つ――と、あの画眉丸ですら、瀕死にまで追い詰められた天仙。その天仙を相手に、いかに三対一とはいえ、生き残り組の中でも比較的常人に近い(ように見える)佐切たちの勝機はなきに等しいというほかありません。

 そんな中で逆転の鍵となるのは「タオ」――天仙たちが操る一種の生命力、いわゆる「気」であります。天仙の力の全てを支えるタオ。しかしそれは彼らの専売特許ではなく、元々は生きとし生けるものが持つものです。だとすれば、タオを使いこなせば、天仙に並ぶことができるかもしれない……
 いや、もちろんそうそう簡単にいくわけはないのですが、しかしそれは、小さくとも決して無視できない希望であることは間違いありません。そして実際に、死罪人たちにも浅ェ門たちにも、以前からそうと知らぬままタオを使っていたもの、あるいはタオに目覚めるものが現れることになります。

 この辺り、何でもタオに収斂してしまうのは、一歩間違えれば強さの全てが同じ源に、同じ表れ方になりかねないところがあって、正直なところちょっと残念ではあるのですが――しかしそれでも、圧倒的な力を持つ相手に戦いの中で成長しながら挑む主人公サイド、というシチュエーションは大いに燃えることはいうまでもありません。
 そしてその戦いの形――定命の人間が不老不死の天仙に挑む姿は、ある意味本作で幾度となく描かれてきた「強さ」と「弱さ」の構図と重なり合わさることによって、これまでにない盛り上がりを見せるのであります。

 が、死力を尽くして天仙を倒したと思えば、彼らは(おそらく皆)第二形態持ち。時代アクションであったはずが、ほとんど狩りゲーのボスキャラのような巨大な、そして即死攻撃持ちの相手に如何に挑むのか……
 いやはや、最後の最後まで気が抜けない、そして同時に人間の、人間の命の強さをこれでもかと見せつけてくれた、本作始まって以来の激闘にして名勝負であります。


 が――死罪人と浅ェ門、いや人間たちの側に微かな光明が見えたかに思われたところで、全く思わぬところから突きつけられる、ある疑い。
 一歩間違えれば、本作を支えるものの一つが根こそぎ喪われてしまうかもしれない、そんな恐るべき疑いが生まれただけで大変なところに、画眉丸に生じたある異変は、この先の戦いが、決して一筋縄ではいかないことを物語ります。

 そして前巻のラストに登場した新たなる四人の浅ェ門と、画眉丸が属していた忍び・石隠れ衆の精鋭四人――先発隊の援軍として送り出される名目ではあるものの、しかし彼らが天仙と戦う人間たちの助けだけになるとは到底思えません。
 倒すべき者とそのための術が見えたかに思われる一方で、内に抱えた不協和音と、外からやって来る異物――この先も予定調和で終わりそうにない物語が続きそうであります。


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2019.03.13

『どろろ』 第十話「多宝丸の巻」

 父母が何かを隠していることに苛立つ多宝丸。しかしそのことを尋ねた父に強く撥ね付けられ、傷心のまま遠乗りに出た多宝丸は、湖近くの村で、村人が湖に潜む妖怪の餌食となっていることを知る。妖怪退治を買って出た多宝丸は、妖怪をあと一歩のところまで追い詰めるのだが……

 このところ醍醐領内で相次ぐ天災や兵乱の原因が、地獄堂の魔神たちが次々と倒されていることであると察した醍醐景光。地獄堂で魔神たちに問い糾した彼は、闇の中に朧に浮かぶ百鬼丸の姿を目の当たりにするのでした。一方、そんな父の行動や、首無しの観音像に祈るばかりの母の姿に苛立ちを隠せない多宝丸は、側近の侍・兵庫と陸奥に命じて父の隠密を捕らえ、自白剤を使ってまでその秘密を探ろうとするのですが――辛うじてわかったのは、父が十数年前に生まれた赤子とその産婆を探していたことのみであります。
 しかしそのことを正面から父に問うても、これまで見たことがないような厳しい態度で拒絶されるばかり(それはまあ、お前の兄を生け贄にして、自分とこの地の繁栄を手に入れた、とは言えないわけで)。やり場のない想いに駆られて飛び出した多宝丸ですが、子供の頃から一緒の兵庫と陸奥にはあっさり見つかってしまうのでした。

 と、そんな三人の目に入ってきたのは、醍醐家の侍たちが、とある村の人々に何やら懇願されている姿。侍たちはそれを邪険に押しのけようとするようですが――領主の一族としての責任感に駆られて多宝丸が話を聞いてみれば、湖に巨大な渦が現れては、村人を何人も飲み込んでいるというではありませんか。領民の苦難を見過ごしにはできん、と多宝丸は、尻込みする侍を引き連れて、湖に舟を漕ぎ出します。

 と、突然湖面に現れる渦。事前に湖畔の木に綱を結びつけて備えていた多宝丸たちの舟は踏みとどまったものの、その前に渦の中から出現したのは、巨大な蟹に似た化物――平家蟹の甲羅の口に見える部分が、本当に口になっているといえばいいでしょうか――化物蟹はその巨大な鋏で侍の一人を捕まえて、早速その口で補食しようといたします。
 そこに跳躍一番、切りかかった多宝丸。いくら何でも硬そうな甲羅にそれは無謀では――と思いきや、ばっさりと鋏の一本を両断、なおも蟹にダメージを与えます。どうやらこれまでの剣術自慢も伊達ではなかったようですが、しかし形勢不利と見た蟹は水中に隠れ、舟の下から鋭い足で攻撃をしかけてきます。さすがにこれはこちらが危ういと、陸に撤退する多宝丸でした。

 しかしもちろんこれで退くわけにはいきません。湖を見下ろして考え込んでいた多宝丸は、湖が入り江のような形で区切られているのを見るや、村人や侍たちを指揮して、またたくまに水門を二つ作ると、化物蟹をそこにおびき寄せるのでした。そして湖側の水門を閉め、反対側の水門を開ければ――水はたちまち流れ出し、陸の上に打ち上げられた格好の蟹。そこにとどめをささんと打ち込む多宝丸に、村人たちも大興奮であります。
 しかしあと一歩というところで、鋏で岩を掴んで、閉じた水門に投げつけるというクレバーな行動に出た蟹。多宝丸たちの奮闘むなしく水門は破られ、蟹に逃げられるどころか、多宝丸も押し流されないようにするのがやっとの有様ですが……

 そこにすっかり忘れていた百鬼丸参上! 甲羅の上に飛び乗って腕刀一閃、蟹に止めを刺すのでした。
 彼にとっては見ず知らずの少年に助けられた格好の多宝丸。彼が醍醐の紋の入った守袋を持つことを、そして父が探す赤子の成長した姿であることも知らずに……


 これまで何度か顔を見せてきた百鬼丸の実の弟・多宝丸が完全に主役の今回。よく見ると眉毛とか景光にそっくりな多宝丸ですが(原作とは違い)その性格はむしろ母親似か、真っ直ぐでノーブレスオブリージュを身につけた良い子であります。
 精神性だけでなく、武芸の腕や指導力、カリスマ性と言うことなし、お供の兵庫と陸奥も彼のためなら爆弾背負って蟹の口に特攻する勢いで心酔している多宝丸ですが――そんな彼だからこそ、父の秘密を知り、百鬼丸の存在を知った時、どうなるのか心配にもなります。

 次回、ついに百鬼丸と本格的に対面するらしい多宝丸。ちょうど物語も折り返し地点目前のところで、一体何が起こるのか――重いものが待ち受ける予感がひしひしといたします。

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2019.03.12

鳴神響一『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』 死神医者の跳梁と若君の危機!?


 尾張前藩主・徳川宗春の御落胤でありながら、吉原一の花魁・篝火に身をやつす徳川竜之進が、秘剣・見返り柳剣で悪を成敗するシリーズの第三弾であります。今回、篝火/竜之進が挑むのは、江戸の町を騒がす謎の死神医者騒動。そしてその背後には、思わぬ悪の跳梁が……

 初午の日、賑やかな吉原で、今日もしつこい客を手酷く振って帰ってきた大見世初音楼の花魁・篝火。それも当然、篝火の正体は藩の政争に巻き込まれて赤子の頃に命を狙われ、筆頭家老配下の五人の忍びによって吉原に匿われ、成長した徳川竜之進なのであります。
 しかし、如何に母の命を奪い、今も自分の命を狙う敵方の刺客から身を隠す奇策とはいえ、女装して暮らすのはストレス以外の何ものではないのは当然のこと。そんな彼の唯一の楽しみは、吉原を抜け出して、浅草の馴染みの煮売り屋で、常連の仲間たちと飲むことです。

 さてその晩は、仲間の一人である読売屋見習いの娘・楓が、自分が初めて書いたという読売を持ってきたのですが――そこに書かれていたのは、「死神医者「鵜殿六斎」江戸の夜を走る」という、何とも奇怪な内容。
 読売を読んでみれば、鵜殿六斎なる名を記した乗物医者の駕籠が深夜の江戸に出没、しかしその医者を呼んだ者もいなければ、そもそもそのような名の医者もいないというのであります。

 それを、冥土の使い=死神が医者の姿をして寿命の尽きた病人を迎えに来たのだ――と書いてしまうのは、まあ江戸の読売ならではですが、しかし謎の医者駕籠が夜の江戸に出没しているのは事実。
 その陰に悪事を企む何者かの陰を感じた竜之進は、自分に仕える忍び・成瀬四鬼に、背後を探るように命じるのですが――しかしその矢先に、楓が謎の武士に襲われるという事件が起きるのでした。

 思わぬ助っ人によって楓は助かったものの、彼女が狙われたのは、あの読売が原因に違いない――そう考えた竜之進は、初音楼に彼女を匿うことになります。
 そして竜之進は、配下たちの調べで、事件の背後に忍びたちの姿があること、そして医者駕籠が出現した場所で、ある事件が起きていたことを知るのですが……


 これはシリーズに共通する趣向ということか、今回もまた、江戸の夜を騒がす怪人の跳梁に絡んだ事件に挑むことになる竜之進。しかし第三作ともなれば、新たな風を入れることも――ということでしょうか、前二作と比べると、色々と変わった趣向が施されているのが目を引きます

 その一つが、シリーズのヒロインの一人・楓が、こともあろうに竜之進が篝火の姿で暮らす吉原の初音楼にやってくることでしょう。
 もちろん、大がかりで危険な陰謀に巻き込まれてしまったらしい彼女の身を保護するのに、ある種の閉鎖空間であり、それ故に外敵の侵入が難しい――そして初音楼の場合、実際に竜之進を守る砦でもあるわけで――吉原に匿うのは一つの手であります。

 とはいえ、もちろん竜之進=篝火であることは色々な意味で絶対の秘密(御落胤である以前に、ねえ……)。いずれその秘密が友人たちに!? という展開はあるかと思っていましたが、それをこういう形で持ってくるか、というのに唸らされます。

 さらにまた面白いのは、死神医者の正体でしょう。江戸の夜を騒がす怪異に見えたものが実は、というのは――そしてそれを、ある意味夜の住人である篝火=竜之進が討つのは――先に述べたようにシリーズに共通する趣向ですが、今回はそこから更に一ひねりが用意されているのであります。
 内容的に詳細は伏せますが、ここでは通俗時代小説で使い古された題材を、作者が得意とするミステリ性を幾重にも付与することによって、また新しい味わいを与えているのに注目すべきでしょう。
(それが、今回竜之進と仲間たちがこの事件に挑む必然性を与えている点もまた)


 そしてもう一つ、本作にはこのシリーズならではの趣向が用意されているのですが――これもまた、物語の核心に触れるため、ここでは詳細は述べません。
 しかしそれが、より大きな物語としての、シリーズ全体に関わるものである――と言うことくらいは書いてもよいでしょう。

 本作は本作として、きっちりと独立した物語でありつつ、これから始まるより大きな、そして真の戦いの序章なのかもしれない――そんな印象もある快作であります。
(そういえばもう一つ、今まで全く良いところがなかったあのキャラクターがちょっぴり報われるのも、なかなか気持ちの良いところであります)


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伏魔-おいらん若君 徳川竜之進(3) (双葉文庫)


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2019.03.11

伊藤勢『天竺熱風録』第5巻 玄策という男の姿と彼の武器


 ついに始まった摩伽陀国との決戦――陰謀に巻き込まれ、仲間たちを囚われた唐の外交使節・王玄策と、ネパール・チベット連合軍の戦いはいよいよヒートアップ、緒戦は大勝利を収めたものの、まだまだ薄氷を踏む状況であります。果たして玄策たちに逆転の目はあるのか……?

 摩伽陀国の王位を簒奪したアルジュナによって投獄され、仲間たちの期待を背負って副官の蒋師仁とともに牢から脱出した玄策。苦難の末にネパール・カトマンドゥにたどり着いた彼は、ネパールの美しき猛将ラトナと、チベットの豪勇ロンツォン・ツォンポ将軍が率いる八千の兵を得て摩伽陀国に戻ることになります。
 しかしそこで待ち受けていたのは、アルジュナに加勢する異形の一団、アナング・ブジャリの一人・ヴァンダカ率いる三万の兵。これを背水の陣で迎え撃った玄策たちは、乱戦の中でヴァンダカを倒したかに思われたのですが……

 ロンツォンとの激突の最中、暴走する犀に轢かれながらも、どっこい生きていたヴァンダカ。それどころかまさかのキマイラ化――いや獣化兵化――それも違いますがまあそんな感じの大暴れであります。原作では玄策軍大勝利、で済んだこの戦いですが、何とも気を持たせてくれるものであります。

 それでも何とか勝利を収めた玄策たちですが――痛快かつ血沸き肉躍る大合戦の後に描かれるのは、玄策の意外な姿。
 いや、意外と思ったのはこちらのみ、これこそが玄策の真の姿――というべきその姿を、この勝利の直後に描き出すのは、見事というほかありません。そう、玄策は軍人でもなければ英雄でもない、一人の外交官なのですから……


 しかしそれでもまだまだ戦いは続きます。緒戦の勝利を最大限に利用して、アルジュナに揺さぶりをかける玄策。しかしそれは同時に、玄策が牢の中にいないということを知らしめてしまうことでもあります。
 牢の中では彼の従弟・玄廓が替え玉を務めているとはいえ、これはむしろ玄廓が大ピンチ――というところで、すっかり忘れかけていたあの人物が登場! そのほかにも、以前玄策を助けてくれたヤスミナやラージャシュリーたちも再登場、いよいよ「帰ってきた」という気分は高まります。

 そんな中で、アルジュナに決戦を挑む玄策ですが――その前に、師仁とともに、古今の軍略を語り合うのがなんとも楽しい。
 以前の背水の陣ももちろんその一つですが、玄策の持つ武器は外交官としての弁舌のみではなく、彼の学んだ歴史――その中で様々登場した、数々の軍略の知識もまた、彼の武器であるであることを、ここで再確認させられます。

 そしてさらに、ここである理由から絶対使えない――ここで描かれる玄策のコスモポリタンとしての態度もまたシビレる――と思われた策を、とんでもない抜け道を用意して利用してみせるのは、これも玄策の、いやこれは作者ならではの冴えでしょうか。
 さて、この決戦の行方は――これまた本作ならではの大バトル。特に前巻同様、ラトナ将軍の華麗にして苛烈な活躍には魅了されるほかなく――さすがは○○○○の頂点であります。

 しかし、配下が激闘を繰り広げている一方で、どう見てもアルジュナは大将の器ではありません。この辺り、原作ではちょっと残念なところだったのですが――しかしその辺りも本作はきっちりと埋めてきた感があります。
 この漫画版の冒頭から描かれてきたあるキャラクターの思わぬ正体が描かれ、むしろここからが真の戦いとも思わされる本作。この先に待つであろう最後の戦いと、大団円が待ち遠しい――原作を読んでいても、いや原作を読んでいるからこそ思わされる快作であります。


『天竺熱風録』第5巻(伊藤勢&田中芳樹 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
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 田中芳樹『天竺熱風録』 普通の男のとてつもない冒険譚

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2019.03.10

4月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 寒い寒いと思っているうちに梅が咲いて桃が咲いて、桜の芽も膨らむ時期になってきました。今年ももう三分の一が過ぎて――ということからは目を逸らして、新刊に目を向けましょう。というわけで4月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 これはちょっと点数は少な目かな――と思いきや、どうしてどうして結構な充実ぶりの4月。
 文庫小説では、まず楽しみなのは好調シリーズの第5弾、霜島けい『ろくろ首の涙 九十九字ふしぎ屋商い中』と、シリーズ第3弾の鳴神響一『イーハトーブの亡霊 謎ニモマケズ』。そして内容はわからないのですが作者的に期待度は高い平谷美樹『鍵番清左衛門横槍帖』も注目であります。さらにもう一点、ある意味一番歴史時代ものを書いてもらいたかった柴田勝家(作家の方です)の昭和伝奇『ヒト夜の永い夢』も!

 そして文庫化・復刊の方では、天野純希『剣風の結衣(仮)』が――と、見覚えのないタイトルですが、これはまず間違いなく、作者の忍者バトル『風吹く谷の守人』の文庫化でしょう。

 そのほか、あとがきも楽しみな風野真知雄 完本『妻は、くノ一』第4巻、『秘剣 水鏡』の好評に応えてか、戸部新十郎『秘剣 龍牙』が登場。
 また、二冊組の単行本で刊行された泡坂妻夫『泡坂妻夫引退公演 絡繰篇』『手妻篇』が文庫化されますが、『絡繰篇』には、『亜智一郎』シリーズの未単行本化分が収録されているのでこちらも要チェックです。


 一方、漫画の方では、いよいよアニメ放送開始の吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第15巻、現在放送中のアニメの漫画化(ということでよいのかな?)士貴智志『どろろと百鬼丸伝』第1巻が登場。
 さらに続刊が楽しみだったゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第2巻に、山口貴由『衛府の七忍』第7巻も刊行。そして個人的には、ついに最終巻の木原敏江『白妖の娘』第4巻がどのような結末を迎えるか、楽しみなところであります。

 また、『星のとりで 箱館新戦記』第3巻が刊行される碧也ぴんくは、同時に『天下一!!』が全3巻の愛蔵版で刊行。
 そのほか、冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第2巻、響ワタル『琉球のユウナ』第3巻、琥狗ハヤテ『ねこまた。』第5巻と、バラエティーに富んだラインナップです。

 さらに海外を舞台とした作品では川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第12巻、DOUBLE S『イサック』第6巻が登場――と、楽しみな新刊の多い4月であります。


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2019.03.09

『どろろ』 第九話「無残帳の巻」


 旅の途中で熱を出して倒れたどろろ。百鬼丸によって寺に運び込まれたどろろは、そこで自分の両親――農民出身の野伏の頭目だった父・火袋と、その妻・お自夜の最期を思い出す。配下に裏切られても最後まで侍と戦った父と、放浪の末にどろろをかばって倒れた母の姿を……

 百鬼丸と相変わらずの旅を続ける中、熱を出して倒れてしまったどろろ。道行く人にたどたどしく呼びかける百鬼丸ですが、なかなか助けは現れず、途方に暮れていたところに声をかけてくれたのは一人の尼僧でした。寺に運び込まれたどろろはやがて目を覚ますのですが――そこに生けられた曼珠沙華に目を留めるます。曼珠沙華は、母が死んだ時に辺り一面に咲いていた花――どろろは両親の、自分の過去を語り始めます。

 農民出身者ばかりで構成され、侍たちだけを襲うという風変わりな野伏の頭目であった父・火袋と、彼に寄り添う母・お自夜。時に侍の逆襲にあって仲間たちの多くを失いながらも、しかしほどなくして再び前にも劣らぬ数の仲間を集める火袋は、力だけでなく、リーダー性も優れた人物だったのでしょう。
 そんな彼の片腕であり、幼いどろろとも顔馴染みだった男・イタチは、そろそろ侍側について立身出世してはどうかと火袋に勧めるのですが――しかし彼の怒りを買ったのみ。その場は引き下がったイタチですが、こういうタイプは絶対後で何かやらかす……

 という予感通り、密かに武士側に通じたイタチの罠にはめられて仲間の多くを失い、自らも足に無数の矢を受けた火袋。命は助けられたものの、傷ついた身一つとなった彼は、妻と子ともども放浪することになります。そしてその途中、戦の邪魔になると百姓の家に火をつけていた侍と遭遇した火袋。その一人がかつて襲った相手であったことから、彼は侍たちと大立ち回りを演じた末に、相打ちの形で倒れるのでした。

 そしてただ二人放浪することとなったお自夜とどろろ。食う物にも事欠く中(どんどんやつれていくお自夜のビジュアルがキツい)、炊き出しが行われていると聞いた二人は、そこに向かうのですが――炊き出しを行っていたのは、すっかり侍の一人となったイタチでありました。兵を集める勧誘のために炊き出しをやっているというイタチに反発するお自夜ですが、それでもどろろに食事をさせようと、もう器がないというにもかかわらず、煮えたぎった粥を手で受けると、どろろに食べさせます。
 しかしそんな無茶が祟ってついに曼珠沙華が咲き乱れる中に倒れたお自夜。彼女はどろろに、いつか戦は終わる、それまで負けるなと語り、ついに息を引き取るのでした……

 そして体調も元に戻り、再び旅に出るどろろ。そんなどろろに対し、尼僧は「年端もいかぬ女の子を連れての旅はさぞかし難儀でしょう」と心配げな顔を見せます。ん、女の子――? と、しれっと秘密を明かされた上に、着替えやら何やらで、そのことを百鬼丸も知ってしまったと悟ったどろろ。真っ赤になって百鬼丸を追いかけるどろろですが、百鬼丸はいつもながらの鉄面皮で……


 というわけで、今回はほぼ全編を使ってのどろろの過去編&正体(?)バレ回。妖怪変化の類は全く登場せずほぼ完全に普通の時代もの、それもかなり地味で重い内容だったのですが――しかしそれだけに何とも言えぬ後味を残します。
 ここで描かれるものは、この時代の一つのリアル――侍たちの華々しい戦いとは無縁の、庶民(の延長線上に立つ者)たちの姿。もちろんそれはこれまでも一貫して描かれてきたものではありますが、しかしバイタリティの固まりのようなどろろも、そんな時代に翻弄されてきた者の一人だったことを、今回の物語ははっきりと描き出すのです。そして以前、自分たちの田畑を持とうとするミオと子供たちに、何故どろろがあれだけの共感を示したのかも。
 もちろんそこにあるのは悲劇だけでなく、どろろが火袋の反骨と、お自夜の愛を受け継ぐ存在であるということでもあるのですが……

 そして個人的に今回印象に残ったのは、どろろをそんな境遇に落とす原因を作った男・イタチであります。自分の立身出世のために仲間を、火袋たちを売った許すべからざる裏切り者であることは間違いないのですが――その行動の節々には、どこか甘さというか、情のようなものが感じられるイタチ。
 お自夜の軽蔑のまなざしにも、どろろの怒りにも平然と構えるその姿はふてぶてしいというよりどこか達観したものが感じられるのですが――さてこの印象が正しいか、間違いなく今後待ち受けている再登場の時にわかることでしょう。

 しかし百鬼丸は――そもそも性別というものを理解しているのやら。


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2019.03.08

星野之宣『海帝』第2巻 海に命を賭ける者「たち」の旅立ち


 明の時代、七度もの大航海を成功させた実在の宦官・鄭和の冒険を描く本作も、この第2巻でついに艦隊が出航することになります。彼らが最初に向かう地は占城――そこで思わぬ窮地に陥った鄭和の運命は、そしてその先で描かれる意外な物語とは……

 明の威信を諸国に知らしめるため、時の皇帝・永楽帝から大船団派遣を命じられた鄭和。倭寇・黒市党の協力を取り付けた鄭和は、いよいよ出航の時を迎えるのですが――鄭和は、永楽帝に除かれた建文帝とその娘を匿い、海の向こうに逃がそうという大胆な企てを胸に秘めていたのです。
 しかしその動きを察知した秘密警察・東廠が船内に侵入。建文帝の存在を永楽帝に知られれば全ては無に帰すことになるのですが……

 と、出向前から大ピンチですが、それに屈する鄭和ではありません。武闘派宦官の面目躍如たる大暴れを見せた鄭和は、これ以上ない形で、船出を飾ることになります。
 そして出航した艦隊の最初の目的地は占城(南ベトナム)。使節として訪れていた王子を送っての寄港ですが、温暖な気候で平和な地と思われたこの地もまた、争いとは無縁ではないことがすぐに明らかになります。

 それは占城の北、越南の存在――王を追ってその座に就いた簒奪者ホー・クイ・リが、今度は占城を狙って、大胆にも鄭和の目の前で侵攻を開始したのであります。
 一歩間違えれば越南と占城の、いや越南と明との開戦になりかねないこの事態。いやそれ以前に、鄭和自身の命が危険に晒されているのですが――ここ不敵にも単身ホーと交渉してのけるのが、鄭和の強さであります。

 冒頭で鄭和自身の武威を見せておいた上で、それよりもさらに大きな働きを見せる彼の外交手腕を描いてみせる――なるほどこの人物ならば未曾有の大業も成せるかもしれないと思わせる、心憎い展開であります。
 それと同時に、占城と越南の姿に、数百年後の南北ベトナムの姿を重ねて見せるのも、また作者らしい描写と言うべきでしょうか。


 さて、ここまででこの巻の中間辺りですが、ここから先の後半部分では、少々意外な展開が描かれることとなります。
 南シナ海を進み、満刺加海峡の手前までやってきた艦隊。哨戒を命じられた射馬九郎率いる黒市党は、海峡で待ち伏せしていた海賊を易々と発見、追い払うのですが――ここで思いも寄らぬこ事態が発生します。

 逃げ出した海賊船の下から突如として現れた何本もの触手。その巨大な触手は、船員たちを捕まえては次々と海中まで引きずりこむではありませんか! そう、この海峡こそは、現代で言うダイオウイカの群れが潜む海域。無数のダイオウイカが、船を狙って襲いかかる魔の海域だったのであります。

 しかし襲われたのは海賊船の方、黒市党の船は、後退すればこの難から逃れることができる――とは射馬は、黒市党は思わない。
 この海で、人々の航行を脅かす海魔を見逃すわけにはいかない。これを滅ぼすのは、海に生きる自分たちの務めだ――そう決めた黒市党の面々は、勇敢にもこの怪物たちに戦いを挑むのであります。

 実に巨大海棲生物(との戦い)は、ある意味作者の定番の展開。すでに本作にはメガロドンの生き残りも登場しているのですが――ここで描かれるのは、まさかここまでやるとは思わなかった人間vs巨大烏賊の大激突。それを作者の画力で描くのですから盛り上がらないわけがないのですが、しかし本当のクライマックスは、その先にあります。

 戦いが終わり、鄭和に対してある事実を語る射馬。彼らの死闘が、単なる闘志だけでなく――あまりのことに読んでいるこちらが言葉を失うほどの苛烈な――その事実を背負ってのものであったと知る時、大きな感動が胸を打つのであります。

 そしてここで鄭和と黒市党が、実は極めて近い存在であることに気づかされます。
 出航前に東廠を撃退し、誰も知らない広い広い世界を見るために戦うと宣言した鄭和。海に生き海に死ぬ者の誇りと未来のために戦うと誓う黒市党――彼らは共に、未知の世界で生き、そしてそれを妨げるものに命を賭して立ち向かう者たちなのであります。

 そしてそんな人々の姿は、作者のあの名作に重なる――と言うと牽強付会のようですが黒「市」党の射馬九郎(いるまくろう)や弖名(てな)という名を見ると、これは意識しているとみて間違いないのでは……


 何はともあれ、海に挑むのが一人鄭和のみではないと示された本作。この先彼らがどのような冒険を繰り広げるのか、いよいよますます楽しみになるのであります。


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2019.03.07

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第6巻 激突、鉄砲突き! そして動き続ける時代


 伊庭の小天狗こと伊庭八郎の一代記もますます快調の第6巻。攘夷浪士絡みの一件でついに命のやりとりまで経験することとなった八郎ですが、本書で彼が対峙するのはとんでもない大物。この巻の表紙を飾る豪傑――鉄砲突きの山岡鉄太郎(鉄舟)との大一番が、この巻の前半を飾ることになります。

 一人の花魁の死をきっかけに、講武所の中にまで、尊皇攘夷を叫ぶ浪士たちの集団・虎尾の会との繋がりがある者がいることが判明し、にわかに騒然となった八郎の周囲。
 事件の発端となった旗本の子弟が何者かに斬られたこともあり、浪士たちの逆恨みを警戒した八郎は、講武所を離れ、試衛館への出稽古で腕を磨くことになります。

 はたして、ある晩、芝居見物に出かけた八郎を襲撃する浪士たち。思わぬ救い主のおかげで辛うじて窮地を切り抜けたものの、初めての命のやり取りは、八郎に大きな衝撃を与えることになります。
 しかしどうやら事態も沈静化し、講武所に復帰した八郎。しかしその前に現れたのは、虎尾の会との繋がりを疑われてきた山岡鉄太郎だったのであります。

 八郎と試合を望む山岡。果たしてそれは純粋に剣を磨くためなのか、はたまた試合にかこつけて八郎の命を狙う気なのか――周囲の懸念の中、八郎と山岡の試合が始まることになります。


 後に幕末の三舟と呼ばれ、明治時代には天皇の侍従となった傑物・山岡鉄舟。玄武館に学んだその剣術の腕前は言うまでもありませんが、生来の長身を鍛え上げたその肉体は八郎とはあまりにも対照的であります。
 これまでも様々な相手と対峙してきた八郎ですが、おそらくはその中でも最も大物であり、そして最も強敵の山岡。特に分厚い板をもブチ抜くという通称・鉄砲突きを如何に攻略すればよいのか――と、ここで、前巻での試衛館での出稽古が生きることになります。

 その時から山岡との対決を予感していた八郎。自分より遙かに体格も膂力も上回る相手に、如何に挑むか――それを考えた結果、近藤や沖田と八郎は特訓を繰り返してきました。その間に浪士たちの襲撃という思わぬ事件は挟まりましたが、しかし予感通り山岡と試合うことになった八郎はそこで……
 と、それまでの力と力、力と技、技と技のぶつかり合いにも痺れましたが、そこから一転、山岡の恐るべき鉄砲突きを迎え撃つ八郎の秘策は、実に漫画的ではあるものの、しかし、これまでの伏線を踏まえて実に実に盛り上がるのであります。


 しかし、八郎が剣士として腕を磨く間も、時は流れ続けます。それも、大きな事件を伴って。この巻の後半で描かれるのは、そんな事件の数々と、八郎の生涯を決定付けた出会いであります。

 黒船来航以来、外交――攘夷を巡って険悪な関係にあった幕府と朝廷。その雪解けの第一歩として京から江戸に下向してきたのが、かの皇女和宮であります。
 そしてその和宮を迎えたのは、第十四代将軍家茂。その家茂直衛として新たに設けられた奧詰に父が任じられたことをきっかけに、八郎も初めて江戸城に登城し、そこで家茂と対面することになります。そして八郎の目に映った家茂は……

 これが実に理想的な君主像。果たして実際の家茂がこれほどの人物であったかはわかりませんが、しかし少なくとも本作では、八郎ほどの侍が心酔する主君であることは間違いありません。
 そしてそんな人物だからこそ、混迷に向かいつつあるこの時代を治めてほしい、という気持ちにさせられるのですが――しかし史実は非情というほかありません。

 繰り返された要人襲撃に右往左往するばかりの幕府、勢力伸張を狙う西国諸藩、そして増長する攘夷浪士たち。その状況を本作は庶民の視点を含めて、様々な角度から――相変わらず突然文字(台詞)が増えるのが困り者ですが――浮かび上がらせます。

 その果てに起きた二つの大事件が、この巻のラストで描かれることになります。まもなく八郎の、そして若者たちのモラトリアムが終わる。そんなことを予感させながら、この巻は幕となるのですが……

 その最後の最後にまた面倒な人物が登場。どう考えてもソリの合いそうにないこの人物を前に、八郎はどう動くのか――次の巻は、いきなり不穏な状況から始まることになりそうです。


『MUJIN 無尽』第6巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN -無尽- 6 (6巻) (ヤングキングコミックス)


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2019.03.06

築山桂『影の泣く声 左近 浪華の事件帖』 帰ってきた美剣士、そして在天の意味


 大坂の守り神・在天別流が帰ってきました。在天別流の男装の麗人・左近の活躍を描くシリーズの、実に7年ぶりの新刊であります。血生臭い事件や噂が絶えない廻船問屋の謎と、敬愛する兄や馴染みの情報屋の過去の秘密と――二つの謎に翻弄されながら、左近は真実を求め奔走することになります。

 難波宮の昔から大坂を密かに守護してきた一団・在天別流。彼らは四天王寺の楽人を表の顔としつつ、大坂の町の人々を守るため、時の権力者から距離を置き、歴史の闇の中で活躍してきた守護者であります。
 本シリーズの主人公は、その当主・弓月王の腹違いの妹で男装の美女・東儀左近。最近まで暮らしていた江戸を出奔し、大坂にやってきた彼女は、お目付役であり兄の親友の若狭とともに、在天別流の一員として活躍しているのであります。

 そんな彼女が四天王寺の境内で出会ったのは、死んだ息子の仇をとってほしいと呼びかける、粗末な身なりに不似合いな大金を持った女。聞けば彼女の幼い息子は、廻船問屋・長浜屋の荷車にひき殺され、しかし長浜屋も車夫もお咎めなしだったというのであります。
 はたして彼女の話が真実か、探索を始めた左近。しかし彼女が知ったのは、毎日子供のために祈る長浜屋を褒めそやす人々の評判と、子供の父親の悪評でした。

 子供が死んだのは真実、しかし本当に悪いのは何者か――悩んだ左近に近づいてきたのは、顔馴染みの情報屋・赤穂屋。普段は居酒屋を営みながらも、在天別流も及ばぬ情報収集能力を持つ彼は、左近にある条件と引き替えに、情報提供を申し出ます。
 その条件とは、京都所司代・水野忠邦に対する弓月の動きを教えること――以前、刺客に狙われた忠邦一行を救った弓月に対して、忠邦は仕官を求めてきたのであります。

 一方、左近の前に現れた水野家の家臣・小田切は、在天別流の存在を察知しただけでなく、何故か長浜屋にも興味を持ち、左近につきまとうことになります。そして弓月もまた、以前から長浜屋のことを探っていたことを左近は知るのでした。
 果たして長浜屋で何が起こっているのか。長浜屋と弓月、水野家の関係は。謎めいた動きをみせる赤穂屋と弓月の真意は。そして二人の過去に何があったのか……


 作者のデビュー作『浪華の翔風』に登場し、その後ドラマ化された『緒方洪庵・浪華の事件帳』のヒロインとして活躍し、スピンオフである本シリーズの主人公となった左近。
 残念ながら諸事情により本シリーズは長きに渡り中断した形となっていましたが――昨年『緒方洪庵・浪華の事件帳』が舞台化されたのに伴い、旧作の新装版が刊行され、そしてついにこの新作の登場に至りました。

 そんな記念すべき復活作である本作ですが、しかし左近は、謎めいた状況と周囲の動きに、大きく翻弄されることになります。
 元々、周囲の者たちがそれぞれの思惑を秘め、誰が味方で誰が敵かわからなくなるような、謎めいた展開が多い本シリーズ(というより作者の作品では多く見られる趣向に感じます)。その中でも本作は、特に左近の翻弄される度合いが大きいと感じられます。

 そもそも、本作で左近を振り回すのは、彼女が最も敬愛し、最も信頼する兄・弓月と、在天別流の人間ではないものの、弓月の半ば子飼いのような形で活動し、彼女とも表裏に渡って馴染み深い赤穂屋の二人。
 つまり彼女にとって最も近しい二人が、それぞれに不可解な動きを見せ、彼女を悩ませるのであります(ちなみに二人は、左近ともども『浪華の翔風』からのキャラクター)。

 まだ若く、そして二人に頼る部分も多い左近にとって、それは大いに心悩ませる状況。事実、本作は復活作であるにもかかわらず、終盤まで彼女は翻弄されっぱなしという印象もあるのですが――しかしそれが逆に、彼女が真に信じるもの、求めるものが何であるかを浮かび上がらせるように感じられるのが、実に面白いところであります。

 それは言い換えれば、左近がどのような人物であるのか、そして同時に、そんな彼女の居場所である――そして本シリーズで最も特徴的な存在であり、物語の中心に位置する――在天別流とは何なのか、という根本的な問いかけに繋がっていくことになります。
 そう、本作には7年ぶりに左近を描くに当たり、彼女と物語世界の再確認、再定義を行っている――そんな印象すらあります。その意味では、復活作に実に相応しい内容と言えるでしょう。


 何はともあれ、左近と在天別流の物語は再び始まりました。この先、時系列的には後に当たる『緒方洪庵・浪華の事件帳』に至るまで、左近が何を見て、何を感じるのか――大きな楽しみが帰ってきた、そんな気持ちであります。

『影の泣く声 左近 浪華の事件帖』(築山桂 双葉文庫) Amazon
影の泣く声-左近 浪華の事件帖(3) (双葉文庫)


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2019.03.05

石川優吾『BABEL』第3巻 八つの徳目に対するもの、それは……


 あの名作を踏まえつつ、自由奔放奇想天外に物語を展開してみせる新釈八犬伝の第3巻であります。邪悪な闇の侵攻を前に、ついに現れた八つの玉。その一つ・孝の珠を手にした信乃、丶大、浜路は、扇谷定正の佐倉城に向かうのですが――そこでついに真の敵の正体の一端が明かされることになります。

 魔女・玉梓によって滅亡寸前まで追い込まれた里見家。霊犬・八房と伏姫、そして信乃が手にした孝の珠の力によって撃退された玉梓ですが、しかし不死身の魔女がこれで滅びるはずがありません。
 丶大と、玉梓によって村の者を皆殺しにされた少女・浜路とともに、珠と仲間を求めて旅立った信乃。不思議な犬たちの導きによって佐倉城を訪れた一行ですが、しかしそこは定正と玉梓によって、人と人が殺し合う巨大な闘技場を中心とした魔窟と化していたのであります。

 その闘技場で15年もの間生き延びてきた男・現八と遭遇した信乃。定正の命じるまま襲いかかってきた現八と信乃――二人はやがて巨大な芳流閣の屋根の上で対峙することに……


 と、八犬伝随一の名場面から始まるこの巻。なるほど、ここで原典通り屋根から転がり落ちた二人は川に流されて――と思えば、その予想は完全に裏切られることになります。

 魔ではない人との戦い、それも己の自由のために全く容赦しない現八に敗れて牢獄に囚われ、やがて闘技場の戦士として戦わされる運命に陥った信乃。
 一方の現八は自由を手に入れ、両親と妹の待つ故郷に向かうことになります。そして何故か犬たちに妙に懐かれる現八を追って、丶大と浜路も同行するのですが……

 ここで物語は、信乃と現八、両者の視点から描かれることになります。深手を負って牢に入れられた末、ついに死のバトルロワイヤルに参加させられる信乃の運命は。そして故郷で現八を待つ過酷な現実とは……
 そしてその合間に描かれる、定正と玉梓が奇怪な企みを巡らせる姿。そして玉梓が定正に対して呼びかけたある名前とは――ええええええっ!? と、ここでこの巻最大のサプライズが描かれることになるのであります。


 定正が「忌み名」と呼ぶその名――それだけでも驚きなのですが、注目すべきはそれが象徴する「もの」。
 これから読む方の興を削ぐといけませんのではっきり書けないのがもどかしいのですが、八犬伝という物語を支える八つの徳目――仁義礼智信忠孝悌に対するものとして、なるほどこれがあったか! と目から鱗と言うほかありません。

 ……現代における八犬伝リライトにおいては、幾つもの作品で、八犬士のライバルとなる存在・八犬士と対になる存在が、様々な形で描かれてきました。
 人間の善を象徴する八人の勇士とくれば、それに対する悪の勇士(?)たちを用意したい、というのはこれはある意味人情。しかしそれがなかなか容易いことではないのは言うまでもありません。

 その最大の理由は、犬士たちに対する悪の側のキャラクターを用意することはできても、その彼らの精神的支柱――八犬士の側の仁義礼智信忠孝悌――を用意することが難しいこと、これに尽きるでしょう。
 それを本作は、思わぬ形で飛び越えてしまったのです。

 いや、数はちょっとずれてはいますし、果たしてこれが八犬伝の世界と食い合わせが良いのかどうか、それはまだまだわかりません。しかし少なくとも、これまで描かれてきた八犬伝リライトではほとんど全く見たことがないアイデアであることは間違いない――それは間違いありません。


 と、敵側の設定にテンションが上がってしまいましたが、この世にはびこる悪意や陰の前に苦しみ、翻弄される人々を描いてこそ八犬伝。その意味ではこの巻で描かれる信乃と現八の姿はまさしく八犬伝の王道を往くものと言えるでしょう。
 一度は離れたものの、やがて二人の魔――定正と玉梓に呼び寄せられるように、再び佐倉城で交錯する信乃と現八、二人の運命。巨大すぎる悪意の、まさしく地獄の謀の前に、二人の力が及ぶのか――これが楽しみにならないはずがありません。

 牢に入れられた信乃の前に現れた狡っ辛い少年の名にも驚かされますが――まだまだ仰天させられることだらけであろう本作。これからも八犬伝を知らない方はもちろん、八犬伝ファンをこそ驚倒させる、そんな作品であって欲しいものであります。


『BABEL』第3巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon
BABEL (3) (ビッグコミックス)


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2019.03.04

重野なおき『真田魂』第2巻 表裏比興の本領発揮!? 武田魂から真田魂へ


 実に約2年9ヶ月ぶりに、『真田魂』の第2巻が発売されました。真田昌幸、信幸、信繁と真田一族の生き様を描く本作ですが、この巻ではある意味彼らの本領発揮。主家の、そしてそれを滅ぼした覇王亡き後の大混乱の中で、したたかに、そして必死に生きる彼らの姿が描かれることになります。

 武田信玄そして勝頼に仕え、奮闘を続けてきた昌幸。しかし長篠で、そして天王山で織田信長に敗れた武田家に、ついに最期の時がやってきて……
 と、前巻での頑張りも空しく(?)この巻の冒頭でついに滅亡してしまった武田家(ここでも長坂釣閑斎がえらく良いことを言うのに、前巻に引き続きびっくり)。悲しみと怒りに沈む昌幸ですが、その想いに浸っているひまはありません。

 何しろ織田軍の侵攻は止むことがなく、武田の遺臣は降るか滅びるかの二択状態。しかもそのどちらを選ぶかの選択権は、時に自分たちの側になかったりするのであります。
 そんな危ない綱渡りの状況で、信長と対面し、大きく領土を減らされることになりながらも首は繋がった昌幸。しかしその直後に起きたのが何であるか――言うまでもありません。

 そう、昌幸が降ったわずか三ヶ月後に、本能寺に消える信長(仕方ないとはいえ、スピンオフの方で先に何度も死ぬ信長さん……)。ここで昌幸ら武田家家臣たちの魂の叫びには思わず噴き出しましたが――それはさておき、ある意味、ここからが本当の戦いの始まりであります。

 武田家が滅び、織田家が大混乱のまま残された甲斐・信濃・上野地域。周囲の勢力からの草刈場にされかねない地域の真っ只中にある真田領を如何にして守るか――この巻の大半を費やして描かれるのは、実にそのための苦闘なのです。

 そしてそれをこれ以上なくはっきりと示すのが、巻末に収録された年表なのですが――
天正十年三月 織田家に従属
同 六月 上杉家に従属
同 七月 北条家に従属
同 十月 徳川家に従属

と、これだけ見れば「何なのこの人!?」となりかねないところを、その原因と周辺事情、各勢力の動きを交えてわかりやすく描いてみせるのは、これはもう歴史四コマのベテランと呼んでもよいであろう作者の筆の冴えというべきでしょう。

 そして、客観的に見ればまさしく「表裏比興の者」としか言いようがない昌幸の行動の根幹に、ただ生き残りのためだけでなく、あるもう一つの想いがあった――というのが実にうまい。
 それはもちろん本作独自のアレンジではあろうと思いますが、しかしこの描写があるだけで、様々な者に屈した――しかし見方を変えれば何者にも屈しなかった昌幸の、真田の魂の在り方が、全く違った形で見えてくるのですから。


 そしてそんな昌幸たちの魂の姿を、ちょっとユニークな角度から描いてみせるのが、本書の巻末に収録された、武川佑による短編小説であります。
 長編デビューの『虎の牙』をはじめ、いま歴史時代小説界で武田家を描かせたらこの人! という印象のある武川佑ですが、ここで題材に選んだのが依田信蕃というのには、さすがに驚かされました。

 昌幸と同じく武田家の旧臣であり、北条氏直と徳川家康が激突した天正壬午の乱において、昌幸を徳川方に手引きしたという信蕃。
 ある理由から後世では無名に近い人物であり、彼を中心に描いた作品もほとんどないのではないかと思いますが――しかし本作で描かれるのは、そんな彼が掲げる最後の「武田魂」とでも言うべきものなのであります。

 この辺りはさすが武川佑と言うべきか、「武田魂」から「真田魂」への変遷を描く、見事な作品であったこの短編。重野なおきと武川佑、どちらの作者にとっても、どちらのファンにとっても、最良の結果に終わったコラボと言うべきではないでしょうか。


 さて、そんな中でも時は流れ、この巻のラストは天正十三年。さすがに家康も怒るよ、という展開を経て、ついに第一次上田合戦開幕!! というところでこの第2巻は終わることになります。
 その直前、信繁が上杉景勝と直江兼続に語ったある事実――誰か一人ではなく、真田「一族」を主人公とする本作にまことに相応しいそれを以て終わるのも、実に心憎いところであります。

 真田ファンとしては大満足の本書、第3巻はこれほど待たないようにしていただきたい――それだけが今の望みであります。


『真田魂』第2巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
真田魂 2 (ヤングアニマルコミックス)


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2019.03.03

まわれぎみ『響銅猫見聞録』  人と猫を繋ぐ道具と涙


 おかしな商人が奇妙な対価と引き替えに、不思議なアイテムを貸して/譲ってくれる――そんなスタイルの作品はしばしば見かけますが、本作もその一つ。しかしユニークなのは、その商人が人間大の猫であって、貸してくれる道具も猫にまつわるものであること。ちょっと不思議で暖かい連作であります。

 時は大正――夜毎家に現れては呼びかけてくる謎の女性に心を惹かれていた小説家の行人先生。そんな彼の前に現れたのは、旧知の道具屋・響銅であります。
 道具屋といっても並の者ではありません。響銅は人間大で二本の足で歩き、人間の言葉を喋る赤銅色の猫。彼は気ままな旅を続けながら、悩める人間に様々な道具を貸し出しているのであります。客の涙を対価に……

 響銅から相手の心の内を聞くことができる「筒抜けの猫」を借りた行人は、ついに幻の美女の真実を知るのですが、その正体は……

 そんな第1話から始まる本作は、「ねこぱんち」「世にも奇妙なねこぱんち」誌を中心に掲載されていた連作シリーズ。物語展開は基本的に第1話と同じで、悩める者の前に現れた響銅が貸し出した道具が不思議な奇跡を起こし、そして客の流した涙を響銅が代価として回収していく――というものであります。
 その意味では物語のスタイルはほぼ固定されているのですが、しかし登場する猫道具が、毎回毎回、バラエティに富んだ内容なのが楽しいところであります。

 例えば、怠け猫を特訓するために響銅が貸し出した「言霊になった猫」を燃料にして動くという「荒魂水滴」。
 言霊になった猫って? というこちらの疑問を、なるほどと思わせる仕掛けも面白い上に、そのビジュアルも実に可愛らしく、漫画ならではの楽しさを味わわせてくれる秀逸な道具であります。

 もちろんそのほかにも不思議で、そして夢のある道具が登場するのですが――それだけでなく、それを借りる人間側の事情、そしてまた涙を流す理由も、それぞれに趣向に富んでいるのが、本作の最大の魅力でしょう。

 特に、心にわだかまりがある人が落とす木の実を見る力を持った孤独な少女が、響銅からその実を割る道具を借りてみれば、そこから出てきたのは……という「虚噛人形」、とある学生寮で昔から名誉監事を務める猫・小杜さんの秘密を探る学生が不思議な毛糸玉の力で知った真実「追懐解きの玉」など、物語の内容と道具の力、そしてその中に浮かび上がる人と猫との結び付き――と、なかなか完成度の高いファンタジーと言えます。

 もっとも、最初のうちは明らかにこの世の者ならぬ存在である響銅を、周囲がごく普通に受け入れているのに違和感を感じたり、舞台が大正の割にはあまり「らしさ」がなかったり――という点がひっかかりはしました。
 しかし前者については物語をラストまで読めば、その理由は何となく察せられますし、後者については、この手の作品ではちょっと珍しい、シベリア出兵を題材にした――それも想像以上にスケールの大きな幻想譚「幽結びの井筒」があったりと、すぐにそんなことは忘れて、存分に猫幻想の世界を楽しませていただいた次第です。


 さて、そんな物語の狂言回しとなるのが響銅ですが――ある意味このような作品の定番と言うべきか、謎だらけであった彼自身のことも、物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていくことになります。
 貸出の対価である、人の涙が凝って生まれる不思議な結晶・猫想石を集めていること。その猫想石とは対照的に人の心の歪みが生み出す極界石を集める、彼とは同業者の猫・秘色の存在。そしてその秘色が響銅のことを、「先生」を隠したと恨んでいること……

 基本的には一話完結のエピソード故に、大きく動き出すのは物語終盤なのですが、そこで語られる響銅と秘色、そして「先生」の真実も、これまでに語られてきた物語同様、人と猫の関わりを、どこかもの悲しく、そしてどこまでも暖かく描くという点では、全く変わることはないのです。


 本作のタイトルである『響銅猫見聞録』。これは、第1話に登場した行成先生が、響銅の体験を小説としてまとめたそのタイトル――すなわち本作イコールその小説という趣向――なのですが、結末に至り、そこにもう一つの意味があったことに気付かされるのもまた、唸らされるほかありません。

 単行本全2巻と決して長い物語ではありませんが、端正な人と猫のファンタジーが幾つも集められた本作。本作自体がまるで猫想石の結晶のような――というのはいささかセンチメンタルな表現かもしれませんが、美しい物語であることは、間違いないのであります。


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2019.03.02

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の4『四十七羽の鴉』 第13章の5『錆』 第13章の6『あきらめ聖』


 盲目の美少女修法師・百夜が付喪神や亡魂を向こうに回して活躍する『百夜・百鬼夜行帖』の第13章も後半戦に突入。大敵との連戦で霊力が弱まった百夜の力もほとんど復活してきた様子ですが、さてそんな彼女の前には相変わらず奇怪な事件が……

『四十七羽の鴉』
 雑司ヶ谷の産土神の社に現れ、社の周囲にのみ聞こえる声で鳴き続けるこの世のものならざる鴉。地元の神主もお手上げのこの怪異を収めるため、百夜(の弟子の桔梗)を頼ってきた村の男の依頼で、百夜たちは山を下りることになります。
 聞けばその社では、数ヶ月前に一人の女が自殺しているとのこと。その亡魂の正体が、板橋宿の女郎であったことを知った百夜は、鴉たちの正体に気付くのですが……

 前回、再修行のために山に籠もり滝行を行っていた百夜と桔梗ですが、しかし成果はあったらしく、今回でそれも終了。はるばる桔梗を尋ねて雑司ヶ谷からやってきた依頼者のために、山を下りることになります。
 されはさておき、今回の物語はタイトルそのものがヒントとなっている事件であります。民間信仰に詳しい方であれば、何が事件の引き金となっているかにはすぐ気付かれるかもしれませんが――しかし物語はそこからが本番です。

 何故女の亡魂が鴉たちを招いたのか、そして何故女は死んだのか――それこそが、この物語で真に明らかにすべき謎。不幸な女の想いのために百夜が取った行動も面白いのですが、左吉の意外な(?)男気も印象に残るエピソードです。


『錆』
 油問屋・大和屋に夜毎現れる錆の山。さらに奉公人たちが店の中を歩く亡魂を目撃し、百夜のもとに依頼が舞い込むことになります。
 店の主の兄が、金策の旅に出てそのまま帰らなかったことを知り、その亡魂が店に現れているのではないかと考えた百夜と左吉。二人は男の足取りを追いながら、推理競争を始めるのですが……

 ほぼ完全復活した百夜が今回挑むのは、出現した後に錆を残すという謎の亡魂。その正体は早い段階で判明するものの、それでは何故錆が残るのか――その謎解きが物語の中心となります。

 その謎解きもなかなか面白いのですが、それ以上に今回目を引くのは、百夜がノリノリで左吉と推理競争を始めること。
 元々「名探偵皆を集めてさてと言い」的な行動が好きな百夜ですが、今回はかなり楽しそうで――考えてみれば故あって侍言葉ではあるものの、彼女もまだ若い女性、こういう茶目っ気が本来の彼女なのかな、と思わないでもありません。

 しかし事件自体は迷える亡魂に関わるものです。その調伏を推理競争のネタにしてよいものか……と思っていたら、意外な人物からツッコミが入ることに。それに対する百夜のリアクションもあり、ちょっと彼女の素顔を覗けた印象であります。


『あきらめ聖』
 最近江戸に出没するおかしな聖。その話を聞けばいろいろなことを諦めさせてくれるということから、「あきらめの聖」と呼ばれるその人物の周囲には、「あきらめ衆」なる弟子たちまで集まっているというのであります。
 話を左吉から聞いて聖のもとに向かった百夜は、聖が屁理屈で施しを受けている一種の仕掛者(詐欺師)と見て、その行動を注視するのですが……

 第13章のラストとなるのは、シリーズの中でもある意味最大の異色作。特に怪異らしい怪異が起こるわけでもない中で、百夜は不気味な人物と対面することになります。
 すべてを諦めば、心穏やかに暮らせる――そう語る「あきらめの聖」。彼自身は自分を聖などではなく一種の芸人と語るものの、しかし不思議なカリスマで人々を引きつけるこの怪人物と百夜との問答が、物語の結構な割合を占めることになります。

 果たして彼は何者なのか――それはここでは語りませんが、百夜の目に映るその心の中にあったものは、ある意味、付喪神や亡魂よりも恐ろしく、危険なもの。こんな人間もいるのか――という感慨では済まされぬ不気味さがそこにはあります。
 そしてもう一つ、本作で鋭く抉るのは、そんな彼の回りにたむろする「庶民」の存在です。長いものには巻かれ、一人がやり始めると我も我もとなる。そんな無定見な人々が、聖を存在させているのかもしれない――そんな気持ちもいたします。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『四十七羽の鴉』 Amazon / 『錆』 Amazon / 『あきらめ聖』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖76 四十七羽の鴉 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖77 錆 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖78 あきらめ聖 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の1『千駄木の辻刺し』 第9章の2『鋼の呪縛』 第9章の3『重陽の童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の4『瓢箪お化け』 第10章の5『駒ヶ岳の山賊』 第10章の6『首無し鬼』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の1『紅い花弁』 第11章の2『桜色の勾玉』 第11章の3『駆ける童』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第11章の4『桑畑の翁』 第11章の5『異形の群(上)』 第11章の6『異形の群(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の1『犬張子の夜』 第12章の2『梅一番』 第12章の3『還ってきた男(上)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』
 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』

 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
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2019.03.01

天野純希『雑賀のいくさ姫』 史実の合間に描く未曾有の大合戦


 海に囲まれている国であるにもかかわらず、決して数は多くない、海を舞台とした歴史時代小説。その中に、とんでもない作品が現れました。雑賀のいくさ姫の異名を持つヒロインが大海に飛び出し、巨大すぎる敵を相手に海の大合戦を繰り広げる、壮大かつ痛快な物語であります。

 信長が天下布武に向けて驀進していた頃――イスパニアのイダルゴ(騎士)の家系に生まれ、流れ流れてアジアにたどり着いた青年・ジョアンは、サムライに憧れて日本に向かう途中に乗った船が嵐で難破。漂流した末に、海賊たちに捕らえられることになります。
 しかしそこで海賊の砦を襲撃してきたのが、雑賀の姫君・鶴率いる一党。瞬く間に海賊を退治し、ジョアンの乗ってきた南蛮船と宝物を奪った彼女に拾われ、ジョアンは雑賀に向かう羽目になるのでした。

 姫君でありながらも水軍を率いて暴れ回り、そして将来は海に出ての貿易を夢見る鶴。そんな彼女にとって南蛮船を手に入れたのは文字通り渡りに船、父・雑賀孫一の反対を押し切って海に飛び出した鶴姫に巻き込まれ、ジョアンも船でこき使われることになります。
 そんな中、村上水軍と悶着を起こした鶴たちの前に現れたのは、薩摩水軍を率いる島津の姫であり、鉄砲の名手の巴。鶴は彼女から、東南アジアを荒らし回る明海賊の頭領・林鳳が、九州侵略を狙っていることを聞かされるのでした。

 九州防衛のため、島津を中心に結集しつつあるという各地の水軍。参加を求められた鶴は、しかし複雑な表情を見せます。そう、実は彼女と林鳳の間には、深い因縁が……


 戦国時代を中心に、骨太の歴史小説を次々と発表してきた作者。本作の舞台もその戦国時代ではありますが、しかし物語の雰囲気、そして人物造形は、最近の作品からはかなり異なったものを感じさせます。

 何しろ鶴をはじめとする登場人物たちはいずれも強者揃いの変わり者揃い。まだ十代ながら男たちを顎で使う女傑ぶりを見せる鶴姫をはじめ、寡黙な剣豪・兵庫、マイペースのスナイパー・蛍、猫の亀助(!?)――と、多士済々。
 そこにジョアンも加わるのですが、サムライを夢見ながらも腕前はからっきしで、役目は下働きの記録係――という設定も、何とも愉快で、良い具合に緊張感を緩めてくれます。

 物語の前半は、こんな個性的な面々が海に乗り出す姿がユーモラスに描かれるのですが――しかし物語は、そこから大きく転回していくことになります。海戦――いや、海を舞台とした大合戦へ!

 そう、本作の中盤以降で描かれるのは、九州侵略を企てる大海賊・林鳳一党と、その企てに抗する日本水軍のオールスター戦。島津、毛利、村上、そして雑賀が――各地の水軍が、そしてそれを率いる将たちが手を組んで共通の敵に挑むのですからたまりません。
 しかし敵は500艘というけた外れの数の大戦力。寄せ集めで足並みの揃わぬうちに大打撃を受けた水軍連合に逆転の秘策はあるのか、そしてそこでの鶴たちの活躍は――いや、これが盛り上がらなくて、何が盛り上がるというのでしょう。


 しかし本作の真に素晴らしい――そして恐ろしい点は、この未曾有の大決戦を、その登場人物の多くに実在の人物を配しつつ(実に林鳳も実在の人物であります)、史実の合間にきっちりと成立させている点であります。

 一見自由なように見えて、その実、相当のレベルで研究が進められているために、少なくとも合戦というレベルでフィクションを描く――要するに、合戦そのものを作り上げる――というのはほとんど不可能に近いのではないかと思われる戦国時代。
 そんな時代を舞台に、本作はこれだけの規模の大合戦を、これだけの顔ぶれで描いてみせるのですから驚くほかありません。私も色々と凄いことをやっている作品は見てきましたが、これだけのリアリティレベルで、この規模のフィクションを構築した作品は、これまでほとんどなかったのではないでしょうか。


 キャラクターの面白さ、物語の興趣、大仕掛けの見事さなど、様々な魅力を持つ本作。
 特に作者のファンにとっては、賑やかなチームの姿には『桃山ビート・トライブ』を、戦闘ヒロインが主人公である点は『風吹く谷の守人』を、そして島津の名将たちの活躍からは一連の島津ものを連想するかもしれません。

 こうして考えてみると、本作は作者の集大成的な作品と言ってもよいようにも思えますが――そうした点を抜きにしても、本作は必読の作品であることは間違いありません。
 新たな海洋歴史時代小説の名作の誕生を心から喜びたいと思います。


『雑賀のいくさ姫』(天野純希 講談社) Amazon
雑賀のいくさ姫

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