『決戦! 賤ヶ岳』(その二) 八番目の七本槍の姿
『決戦!』シリーズ第7弾『決戦! 賤ヶ岳』の紹介の続きであります。今回は、奇しくも加藤嘉明と七本槍になり損ねた男・石川兵助を巡る二編を中心に取り上げます。
『権平の推理』(乾緑郎):平野長泰
賤ヶ岳の戦前夜、秀吉の陣で起きた、石川兵助が正則と喧嘩騒ぎ。喧嘩の末に己の兜を叩きつけて去った兵助は、翌日兜を被らず出陣し、死に急ぐように柴田軍の猛将・拝郷五左衛門に単騎で挑み、討たれてしまうのでした。
前の晩、中間の報で喧嘩騒ぎの場に駆けつけたものの、何故喧嘩が起きたのか誰も語らず、戸惑う権平(長泰)。しかし彼が後に知った思わぬ真実とは……
ミステリ作家としても活躍する作者らしく、長泰を探偵役として描かれる一種のミステリである本作。兵助がこの戦で拝郷五左衛門に討たれ、七本槍になり損ねたのは、本書でも何度も描かれる史実ですが――いやはや、その背後にこのようなとんでもない「真実」を描いてみせるとは、脱帽であります。
ただ一つ残念なのは、本作が兵助を描く物語の側面が強く、長泰の影が今一つ薄いこと。それはそれでらしいと言えなくもありませんが……
『孫六の刀』(天野純希):加藤嘉明
かねてより戦場での武功を挙げることによって立身出世することを望みながらも、なかなかその機会を与えられず、逆に周囲から窘められるばかりの孫六(嘉明)。
そんな彼にとって、賤ヶ岳の戦は千載一遇の好機――敵の中でも最強と名高い拝郷家嘉を討たんと焦る孫六ですが、しかし敵はあまりに強い。数少ない理解者である石川兵助までが討たれた時、彼が気付いたものとは……
前回述べた通り、七本槍の中で大きく立身を遂げた一人である嘉明。本作はその嘉明を、狷介で独断専行のきらいのある武者として描き出します。
しかし彼を含めた秀吉の小姓たちは、いわば幹部候補生。単なる槍働き以上のものが求められることを理解できない嘉明は、そのギャップに足掻くばかりなのですが――しかし物語は、そこから生まれ変わる嘉明の姿を、鮮やかに描き出します。
そこに浮かび上がるのは、一人きりの武士・嘉明ではなく、七本槍の一人としての嘉明。実は本書では比較的ネガティブに描かれることの多かった「七本槍」という存在を、一つの絆の象徴として明るく鮮やかに描いてみせた本作は、掉尾を飾るにふさわしい作品と感じます。
そして本作のもう一人の主役は、八番目の七本槍と言うべき兵助。彼と嘉明の絆が実にいいのですが――先に紹介した『権平の推理』(乾緑郎)と正反対の関係性なのを、何と表すべきか……
その他の作品――『槍よ、愚直なれ』(木下昌輝)は、想い合った娘と引き裂かれた悲恋を軸に、加藤清正を描くという視点の妙が光る作品。
フィクションでは荒武者として描かれることがほとんどの清正ですが、本作はそれとはひと味違う、人間の血の通った清正像を描くことに成功しています(そしてそれとは正反対の非人間的な秀吉・三成像もまた作者らしい)。
『器』(土橋章宏)は、大坂の陣の直前に豊臣家を裏切ったことで悪名を残す片桐且元の物語。色と欲に動かされる且元の俗物ぶりには共感できませんが、終盤で描かれる思わぬ伝奇めいた展開と、そこからさらにひっくり返してみせるラストにはちょっと驚かされました。
『ひとしずく』(矢野隆)は、これまた荒武者としての印象が強い(本書の収録作の大半でもそんな描写の)福島正則の、酒と戦に明け暮れた人生を巧みに切り取ってみせた一編。
賤ヶ岳以降の彼の人生に焦点を当て、豪快ながら悩み多き生を送った彼の老いたる姿が切なく胸に残ります。
というわけで、賤ヶ岳に青春を燃やした若武者たち、あるいは燃えた後の生を生きる元・若武者たちの姿を描いた本書。
今回は執筆陣がデビュー10年以内の作家で固められているのは、その若武者たちの姿を意識したものでしょう。作家陣のチョイスも含めて、いかにも『決戦!』シリーズらしいユニークな試みに満ちた一冊であります。
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