野田サトル『ゴールデンカムイ』第17巻 雪原の死闘と吹雪の中の出会いと
北海道を離れ、樺太はてはロシアも舞台に広げる黄金争奪戦――『ゴールデンカムイ』第17巻では、引き続きアシリパ一行と杉元一行、二つの視点から描かれることとなります。そして二つのチームの交わるところにあるもの、それは……
網走監獄からウイルクの足跡を辿り、キロランケと尾形に連れられて北へ北へ旅を続けるアシリパ(と白石)。一行は現地のウイルタ族に紛れ、樺太からロシア国境を越えようとするのですが――しかしそこにロシア軍が立ちふさがります。
その過去から、ロシアにおいては重罪人の指名手配者であるキロランケたちを狙って襲いかかるロシアの狙撃手。しかし狙撃手といえば言うまでもなく日本には尾形がおります。かくて日露戦争延長戦、非情のスナイパー同士の静かな死闘が繰り広げられることに……
というわけで、前巻のラストで明らかになったキロランケのとんでもない過去――ロシア皇帝を暗殺した実行犯という、ある意味本作に登場したキャラクターの中でも最凶の罪が災いする形となったこの戦い。
相手の数は少ないものの、しかしその中に狙撃手がいるとなれば話は別――動けばそれが即、死につながという、極めて緊迫した空気の中で戦いが繰り広げられることになります。
しかしその中で描かれるのは、同時に尾形という男の恐ろしさでもあります。仲間の死を一顧だにせず、自らのチャンスを最大限に生かす狙撃手である尾形。しかし彼はそれ以上に、キロランケとは別の意味で最凶の人物と言えます。
師団長の妾腹の子として生まれ、父に捨てられて気が触れた母を、師団長の子として真っ直ぐに育った弟を、そして父自身を――それぞれ手に掛けてきた尾形。
殺害した数や罪の内容で彼を上回る死刑囚は様々にいますが、しかし肉親を次々と、しかも巧妙な形で手に掛けるその精神性は、彼をして本作でも有数の凶人たらしめていると言ってよいでしょう。
そんな尾形の父母にまつわるエピソードは以前描かれましたが、今回、熱に浮かされる彼の幻覚の形で描かれるのは、その弟とのエピソード。
純粋無垢な青年として成長し、尾形のことも兄と慕う弟に対して、尾形が何を思い、何故手を下したのか――その微妙な心の動きを、直接彼に語らせるのではなく、物語を通じて浮き上がらせていく展開は、なかなかに読み応えがあります。
そしてその中からかすかに感じられるのは、尾形の心の中の揺らぎのようにも思えるのですが――さて、それは穿った見方でしょうか。
しかし今回、彼がついにあの言葉を口にしたことを思えば、そこにある種の人間味を期待してしまうのも、また無理のないことではないかと思うのです。
さて、そんな彼らの手がかりを得るため、曲馬団に入ってまで奮闘する杉元一行は――吹雪の中で遭難。さしもの不死身の男も大自然の猛威の前には無力か、と思われたところで、思わぬ救い主が現れることになります。
その恩を胸に、さらに北に向かう一行ですが――そんな杉元一行と、アシリパ一行の運命が交錯する日も近づいているようであります。
その運命の地はアレクサンドロフスカヤ監獄――そこにキロランケの仲間がいることを知り、必ずや彼らが現れると急ぐ杉元一行。
はたして一足先にキロランケはその地にたどり着き、その仲間を脱獄させるべく、活動を開始します。彼とウイルクにとっては同志であり指導者でもあったその女性を……
というわけで、またもや大波乱の予感を漂わせて終わるこの第17巻。冷静に振り返ってみると、これまでよりもバトル少な目の巻ではありました。
しかしそれでももちろん食い足りないということは全くないのは、作品の勢いはもちろんのこと、本作ならではのキャラ描写の冴えあってのことでしょう。
(この巻で描かれた、白石のある行動も泣かせてくれます)
この中の誰一人として欠けることなく旅を終えてほしいと、そう思わされるのですが――それはやはり、叶わない望みなのでしょうか。
『ゴールデンカムイ』第17巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
関連記事
『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ
野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち
野田サトル『ゴールデンカムイ』第15巻 樺太編突入! ……でも変わらぬノリと味わい
野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと
| 固定リンク