鳴神響一『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』 死神医者の跳梁と若君の危機!?
尾張前藩主・徳川宗春の御落胤でありながら、吉原一の花魁・篝火に身をやつす徳川竜之進が、秘剣・見返り柳剣で悪を成敗するシリーズの第三弾であります。今回、篝火/竜之進が挑むのは、江戸の町を騒がす謎の死神医者騒動。そしてその背後には、思わぬ悪の跳梁が……
初午の日、賑やかな吉原で、今日もしつこい客を手酷く振って帰ってきた大見世初音楼の花魁・篝火。それも当然、篝火の正体は藩の政争に巻き込まれて赤子の頃に命を狙われ、筆頭家老配下の五人の忍びによって吉原に匿われ、成長した徳川竜之進なのであります。
しかし、如何に母の命を奪い、今も自分の命を狙う敵方の刺客から身を隠す奇策とはいえ、女装して暮らすのはストレス以外の何ものではないのは当然のこと。そんな彼の唯一の楽しみは、吉原を抜け出して、浅草の馴染みの煮売り屋で、常連の仲間たちと飲むことです。
さてその晩は、仲間の一人である読売屋見習いの娘・楓が、自分が初めて書いたという読売を持ってきたのですが――そこに書かれていたのは、「死神医者「鵜殿六斎」江戸の夜を走る」という、何とも奇怪な内容。
読売を読んでみれば、鵜殿六斎なる名を記した乗物医者の駕籠が深夜の江戸に出没、しかしその医者を呼んだ者もいなければ、そもそもそのような名の医者もいないというのであります。
それを、冥土の使い=死神が医者の姿をして寿命の尽きた病人を迎えに来たのだ――と書いてしまうのは、まあ江戸の読売ならではですが、しかし謎の医者駕籠が夜の江戸に出没しているのは事実。
その陰に悪事を企む何者かの陰を感じた竜之進は、自分に仕える忍び・成瀬四鬼に、背後を探るように命じるのですが――しかしその矢先に、楓が謎の武士に襲われるという事件が起きるのでした。
思わぬ助っ人によって楓は助かったものの、彼女が狙われたのは、あの読売が原因に違いない――そう考えた竜之進は、初音楼に彼女を匿うことになります。
そして竜之進は、配下たちの調べで、事件の背後に忍びたちの姿があること、そして医者駕籠が出現した場所で、ある事件が起きていたことを知るのですが……
これはシリーズに共通する趣向ということか、今回もまた、江戸の夜を騒がす怪人の跳梁に絡んだ事件に挑むことになる竜之進。しかし第三作ともなれば、新たな風を入れることも――ということでしょうか、前二作と比べると、色々と変わった趣向が施されているのが目を引きます
その一つが、シリーズのヒロインの一人・楓が、こともあろうに竜之進が篝火の姿で暮らす吉原の初音楼にやってくることでしょう。
もちろん、大がかりで危険な陰謀に巻き込まれてしまったらしい彼女の身を保護するのに、ある種の閉鎖空間であり、それ故に外敵の侵入が難しい――そして初音楼の場合、実際に竜之進を守る砦でもあるわけで――吉原に匿うのは一つの手であります。
とはいえ、もちろん竜之進=篝火であることは色々な意味で絶対の秘密(御落胤である以前に、ねえ……)。いずれその秘密が友人たちに!? という展開はあるかと思っていましたが、それをこういう形で持ってくるか、というのに唸らされます。
さらにまた面白いのは、死神医者の正体でしょう。江戸の夜を騒がす怪異に見えたものが実は、というのは――そしてそれを、ある意味夜の住人である篝火=竜之進が討つのは――先に述べたようにシリーズに共通する趣向ですが、今回はそこから更に一ひねりが用意されているのであります。
内容的に詳細は伏せますが、ここでは通俗時代小説で使い古された題材を、作者が得意とするミステリ性を幾重にも付与することによって、また新しい味わいを与えているのに注目すべきでしょう。
(それが、今回竜之進と仲間たちがこの事件に挑む必然性を与えている点もまた)
そしてもう一つ、本作にはこのシリーズならではの趣向が用意されているのですが――これもまた、物語の核心に触れるため、ここでは詳細は述べません。
しかしそれが、より大きな物語としての、シリーズ全体に関わるものである――と言うことくらいは書いてもよいでしょう。
本作は本作として、きっちりと独立した物語でありつつ、これから始まるより大きな、そして真の戦いの序章なのかもしれない――そんな印象もある快作であります。
(そういえばもう一つ、今まで全く良いところがなかったあのキャラクターがちょっぴり報われるのも、なかなか気持ちの良いところであります)
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