平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』
これまでほぼ毎週お送りしてきた北の美少女陰陽師が江戸を騒がす怪異に挑む『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの紹介も、ついに最新話に追いつきました。旗本・土井勇三郎から百夜への依頼、それは強請を止めること――あまりに不可解な謎と真実が、シリーズ初の上中下編で描かれることになります。
『強請』(上)(中)(下)
これまで再三にわたり百夜の腕を試してきた旗本・土井勇三郎。旗本・御家人専門のトラブルシューターともいうべき彼が、何故百夜に接触してきたのか――その真実がついに明かされることになります。
近頃、数十人にも及ぶ旗本・御家人を強請る謎の人物。<やまそう>と名乗る小僧を手足に使い、被害者の過去のスキャンダルをネタに強請をかけるという謎の人物は、神出鬼没の亡魂でもなければ知らないような秘密を知っているというのです。
そう、土井が家老の村島たちを使って悪霊憑きを探し、そして悪霊を祓う力を持つ百夜の腕を確かめていたのは、悪霊憑きとしか思えぬこの相手を見つけ、滅ぼさんとしていたためだったのであります。
村島の言葉にまだ裏があることを感じながらも<やまそう>の後を追い、彼が末吉という名の子供であり、背後に<和尚さま>なる人物がいることを知った百夜。しかし末吉の周囲には悪霊の痕跡はなく、悪霊憑きというのは勘違いかと思われたのですが……
そんな中、向こうから百夜のもとに乗り込んできた末吉。百夜の身の回りの者に犠牲を出したくなければ、この一件から手を引けという<和尚さま>の言葉を伝える末吉ですが、もちろんそれで百夜が引き下がるわけがありません。
仲間たちとともに調べを続け、強請のネタに関するある事実から、ついに敵の正体を知った百夜。しかしその正体故に、如何にこの件を収めるか百夜が悩んでいる間に、土井は配下の武士を使い、強硬手段に出ることに……
比較的ストレートなタイトルが多かったこの章ですが、しかしこの三話以上のものはないでしょう。「強請」――直球ですが、まさにその強請が本作の中心であることは、上に述べてきたとおりであります。そしてそれが百夜と彼女の稼業にどのように結びつくかも。
正直なところ、その強請の張本人については、比較的早い段階で正体が察せられるところではあります。しかしその「状態」はさすがに予想外であり――そしてそれだからこそ百夜には手の打ちようがない、という状況設定には、唸らされました。
これまで本シリーズの複数話構成のエピソードでは、派手なバトルが展開することが通例でした。今回ももちろん、ラストでは大殺陣が展開されるのですが――しかしそこで描かれるのは、これまでとは一風異なる、捻った展開であることは間違いありません。
本シリーズの主人公・百夜は、もちろん悪霊を祓い、悩める人間を救うヒーローであります。しかし彼女の価値判断の基準は、決して世間の――いや正確に申し上げれば、世の権力者たちのそれとは大きく異なります。
それは東北という彼女の出身や、この世ならぬ世界を活動の舞台とするという理由があるかもしれません。しかしそれが何であるにせよ、今回のエピソードは――なかんずくラストの展開は、ある意味極めて百夜らしい、本シリーズらしい内容であると感じます。
今回の結末に、釈然としないものを感じる向きもあるかもしれませんが――しかしその違和感こそが逆に本シリーズの独自性を証明する、極めてユニークなエピソードでありました。
(それにしても<やまそう>、彼だけで一大伝奇小説が描けてしまいそうな、実にユニークなキャラクターであります)
『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『強請(上)』 Amazon/ 『強請(中)』 Amazon/ 『強請(下)』 Amazon
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