『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』
定番の江戸猫漫画アンソロジーの最新号『お江戸ねこぱんち 藤まつり編』であります。その名に相応しく、華やかで爽やかな作品を数多く収録した一冊です。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介しましょう。
『ねこ神社』(つるんづマリー)
神主が亡くなって寂れてしまい、猫が集まるばかりの神社。神主に育てられた大工の青年と、病気の父を抱えながらも職を失った娘の二人は、神社に人を集めるため祭りを企画して……
という本作、ページ数は少なくお話もシンプルなのですが、作者の線の太い、良い意味で漫画的な絵が物語の明るいムードによく似合います。特に娘が特技の剣舞を見せる場面、クライマックスの大騒動など、この絵柄と展開がマッチして、何とも楽しい気分にさせられる作品です。
『平賀源内の猫』(栗城祥子)
今号で最もページ数の多かった本作は、それも納得の力作。源内と彼の身の回りの世話に雇われた少女、そして帯電体質の猫という二人と一匹が、実在の様々な人物に絡むシリーズですが――今回中心となる人物の一人は源内自身なのであります。
大名たちの間で流行する菓子勝負。それぞれが菓子を作って持ち寄り、優劣をつける――というまことに太平の世らしいイベントですが、当然ながら家臣たちはそれに振り回されることになります。
かつて源内が仕えていた松平頼恭の下で、後輩の藩医・池田玄丈が苦労しているのを知った源内は、勝負の審判探し、そして砂糖探しにと一肌脱ぐのですが、勝負は思わぬ方向に転がることに……
高松藩の藩士でありながら、藩を飛び出した源内が、頼恭の怒りを買い、奉公構を出された(=他の藩に仕官することを禁じられた)というのは有名なエピソードですが、今回はその後日談ともいうべき物語。
しかしこれまでも、題材を一つだけでなく、二つ三つと組み合わせてさらにユニークな物語を描いてきた本作らしく、そこに先に述べた大名同士の菓子勝負、さらに○○○の誕生秘話まで絡めてしまうのですから、感心するほかありません。
源内と頼恭の、ある意味一触即発の対面から、源内に彼自身の生きる道を語らせる展開もよく(そしてその後、頼恭のある申し出に対する答えにもシビれる!)、完成度の高い作品です。
(それにしても本誌、史実に絡んだ作品が本作くらいしかないのがちょっと寂しい)
『姫様は猫忍者』(芋畑サリー・キタキ滝)
亡くなった母が、猫に生まれ変わったと信じ込んでいるさる武家の姫様。しかし彼女はそれだけでなく、夜な夜な件の猫と一緒に、忍び姿で町に忍び出て……
と、無茶に無茶を重ねたような設定ですが、絵柄の可愛らしさ(特に眉毛が特徴的な姫様がカワイイ)で読んでしまう一編。
また、姫様の警護役ながらいつも一服盛られて出し抜かれる忍びの存在も楽しく(そして存外人がいいのもいい)、そんな彼だけが思わぬ真実(?)を知ってしまうオチも愉快なのです。
『江戸の足元』(鈴木伸彦)
江戸の町でたくましく生きる片目のヤクザ猫。彼がある日出会った子猫は、せっかく手に入れた魚を井戸の中に落としていて――と、完全に猫の視点から描かれる、ちょっと児童書めいた味わいの作品です。
もちろん物語は、なぜ子猫が井戸の中に魚を投げ込んでいるのか、という謎を中心に描かれるのですが――猫好きとしては考えるだけで胸が痛む真実を、しかし幸せな結末に変えてみせる本作。甘いと甘いのですが、何ともホッとさせられる結末には笑顔になります。
『日暮れて』(下総國生)
読者層ゆえでしょう、ほとんどの作品の主人公が女性(もしくは猫)の今号にあって、くたびれた中年の浪人が主人公という異色作。活動資金を盗んで蓄電した男・船井を追う志士の一団が、妻と娘のもとに船井が戻ってくるのを待ち伏せるも――という非常にシブいシチュエーションの物語であります。
主人公の鉄三郎は志士の一人ながら、全てに疲れ果てて、どこか投げやりで飄々とした態度で生きる男。そんな鉄三郎と、追っ手に怯える生活に疲れた船井の妻、父が残した言葉を無心に信じる娘の関係性が絡み合う姿は、完全に時代劇画と言っても通じる内容です。
ちょっと絵が荒れ気味なのが気になりますが、船井が娘に残した言葉の奇妙な内容も印象に残る、得難い個性の作品です。
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