唐々煙『煉獄に笑う』第9巻 彼らの刃の下の心 天正伊賀の乱終結
戦国時代を舞台に、呪大蛇の復活を巡る死闘を描く『煉獄に笑う』第9巻で描かれるのは、単行本3巻の長きに渡って繰り広げられてきた第二次天正伊賀の乱の終幕。佐吉の前に現れた信長の意外な素顔とは、破れ逃れる伊賀の人々を待つ運命とは、そして彼らを前にした芭恋の、阿国の想いの行方は……
伊賀を舞台に、激しく激突する織田軍と伊賀の忍びたち。その中で引き裂かれる形となった曇の双子、そして大蛇の候補者たちは、ある者は傷つき、ある者は斃れ――と、敵味方入り乱れた壮絶な戦いが展開していくことになります。
そんな中で佐吉は信長の小姓として従軍することになるのですが――それは言い換えれば、信長の近くから離れられないことを意味します。その佐吉を呼び出した信長は、しかし義手の持ち主で……
と、冒頭から思わずひっくり返るような展開が待っている本書。いやはや、確かに本作の信長はどう見ても比良裏その人、呪大蛇を巡る戦いの中で幾度も転生することを運命づけられている彼だけに、この時代ではこういう人間なのか、と思ってみれば――これが!
転生ネタを逆手に使ったような(というのは勝手なこちらの思いこみなのですが)ミスリードにはただ仰天、そして何となく安心いたしました。
そして晴れて(?)戦場と化した伊賀に向かう佐吉ですが――しかしそこで惑うのは、「兄弟」として契りを交わした曇の双子であります。
自分の出生の秘密を知り、一度は伊賀の将としてその才を発揮しながらも、小を殺して大を生かす戦場の非情を知り、心乱れる芭恋。その芭恋の変心が理解できず、殺戮の嵐吹き荒れる戦場で孤独に怯える阿国。
物語の冒頭から――それが実は一種の虚勢と諦めに過ぎなかったにしても――傲岸不遜な態度を見せ、佐吉を翻弄してきた二人ですが、ここでそれぞれに描かれるのは、そんな二人の人間らしい弱さと悩みであります。
その闇の中から二人を救い出せるものは――もちろん佐吉以外おりません。相変わらず正論ど真ん中、空気を読まずにぶつけてくる熱い思いが二人を動かす姿は実に気持ちが良く――ここにめでたく「石田三成」復活であります。
しかし、いかに三人が再び揃ったからといって、それだけで全てが解決するわけではもちろんありません。彼らがいるのは相変わらず戦場――それも、もはや織田軍(というよりほとんどファンタジーものの蛮族状態の森長可軍)によって一方的に伊賀が蹂躙されていく地獄なのですから。
その地獄の中で、一人でも多くを救うべく奮闘する三人なのですが――しかしここで彼ら以上にクローズアップされるのは、八咫烏たちなのであります。
百地丹波の忠実かつ凄腕の八人の配下である八咫烏。その存在は、当初はいわゆる敵の○人衆――要するに強めの敵集団という印象でした。
正直なことを申し上げれば、ただでさえ登場人物の多い本作で、これ以上キャラを増やしてどうするのか、と思ったものですが――しかし、その存在は、物語の中でどんどんと膨らんでいくことになります。
当初は単なる敵――それも非情な、すなわち個人の情を持たない敵に見えた八咫烏。しかし自分たちの本拠であり故郷である伊賀を舞台とした戦いの中で、彼らは自分たち自身の情を――抱いた想いを、そして戦う理由を見せていくのであります。
それはあるいは、この巻で丹波が八咫烏の一人を断じたように、忍び失格なのかもしれません。
しかしこの忍びの故郷が滅ぶこととなった戦いの果てに、そんな刃の下の心が露わになったことは、それはこの先の伊賀にとって、一つの希望と言えるのではないか――と思ってしまうのは、センチメンタルな感傷でしょうか。
もちろん、戦いの爪痕は浅くはありません。いや、芭恋や阿国、八咫烏にとっては、極めて深いといえるでしょう。そしてその痛みは、これから激しく彼らを苦しめることは間違いありません。
その中で彼らの心が、力となるのか鎖となるのか――前者であることを祈りたいと思わされる、そんな天正伊賀の乱の結末であります。
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