操觚の会書き下ろしアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』(その四) 朝松健
気鋭の歴史時代小説家集団・操觚の会のアンソロジー『伝奇無双 「秘宝」』の紹介もこれで最終回。今回ご紹介するのは、ある意味本書で唯一の伝奇プロパーとも言うべき朝松健の作品であります。
『夢斬り浅右衛門』(朝松健)
というわけで、本書でほぼただ一人、発表する時代小説がほとんど全て伝奇ものである作者。そして当然本作も、作者のライフワークであり、最近刊行された『朽木の庭』のように、室町ものと思いきや――作者がかつて『異形コレクション』で、全く無関係に見えるテーマから次々と時代伝奇の佳品を生み出していたのを思い起こさせるような、そんな「秘宝」譚でありました。
江戸の香具師の元締め専属の殺し屋として、五十人近い人間を始末してきた鋭二郎。その彼が新たに的として狙うことになったのは、首斬り役人・四代目山田浅右衛門吉寛でした。
しかし殺しの技も全く及ばず、死を覚悟した鋭二郎に対して、彼の鋭二郎の幼かった頃の記憶を言い当てる浅右衛門。実は浅右衛門は、他人の心に共鳴し、その内奥を見る力を持っていたのであります。
その浅右衛門に、内なる善心の存在を指摘され見逃され、元締めからの制裁を逃れるため江戸を離れ、各地を転々とすることとなった鋭二郎。
そして旅の果て、元締めからの追っ手もようやく撒いたと安心した彼は、ふとしたことから知り合った浪人とその幼い娘、二人と旅することになります。そんな鋭二郎の心には、これまでなかったような安らぎが訪れるのですが……
ノワールものを愛好し、これまでもその味わいを取り込んだ作品を描いてきた作者。江戸の暗黒街に生きる男を主人公とした本作は、そうした作品の一つとも言えるでしょう。
本作は、そこに、強力なエンパシーの持ち主である浅右衛門という伝奇的な存在を落とし込むことにより、異形の人情譚とも言うべき味わいを生み出した物語。残酷すぎる生を生きた男が手にした「秘宝」――その温かさが刺さります。
というわけで、この朝松健の作品だけでなく、全九編のうち、どれ一つとして似たところのない、非常にバラエティに富んだアンソロジーである本書。その多様性は、操觚の会の最初のアンソロジー『幕末 暗殺!』を上回ると言っても過言ではないと感じます。
そしてその多様性の源について、朝松健は本書の序文において、かつて編纂した伝奇時代小説アンソロジー『伝奇城』において故えとう乱星と語った、「伝奇とは何か」という問いかけについて述べています。
その内容については、是非実際に読んでいただきたいのですが――ここにあるのは紛れもない伝奇ものへの「愛」であり、同じ問いかけを日々念頭においている私のような人間にとっても、素晴らしい答えであると感じられます。
そして作者の作品はもちろんのこと、本書の作品はいずれもその多種多様な「愛」の形を描いたものと――そう言うことができるのではないでしょうか。
そしてその「愛」こそが「秘宝」である――と言ってしまうのはさすがに気恥ずかしいのですが、しかし、同じ伝奇ものへの「愛」を抱く人間であれば、是非とも本書を手に取っていただきたいと、そう願うことは許されるでしょう。
そしてまた、新たなる『伝奇無双』の登場も……
『伝奇無双 「秘宝」』(戯作舎文庫) Amazon
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