« 久正人『カムヤライド』第1巻 見参、古代日本の特撮ヒーロー | トップページ | 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」 »

2019.05.04

大塚已愛『鬼憑き十兵衛』 少年復讐鬼とおかしな鬼の、直球ど真ん中の時代伝奇小説


 日本ファンタジーノベル大賞受賞作であり、直球ど真ん中の時代伝奇小説――松山主水の息子・十兵衛が美貌の鬼の力を借りて繰り広げる仇討ちが、やがて思いもよらぬ壮大かつ壮絶な妖戦へと展開していく、キャラ良しストーリー良しの快作であります。

 寛永12年、傷を受けて療養中のところを暗殺された、細川忠利の剣術指南役・松山主水大吉。しかしその直後、下手人の浪人たちを次々と討ち果たしていく、獣じみた動きの影がありました。
 影の正体は、主水の弟子であり、そして彼が山の民の女性との間に作った子・十兵衛――今際の際の父からその真実を知らされた十兵衛は、怒りに燃えて暗殺者たちを全滅させるものの、自らも瀕死の重傷を負うのでした。

 しかし、死闘の場である廃寺に残されていた干からびた僧の死体に十兵衛の血がかかった時、驚くべきことが起きます。
 実はその死体と思われたものこそは、力を封じられ倒れていた強大な鬼。人間離れした美貌を持つ大悲と名乗る鬼は、十兵衛の血で復活できた礼にと彼の傷を治し、彼が死ぬまで憑くと言い出すではありませんか。

 人の血肉を喰らうことにより相手の記憶を読む大悲の力によって、暗殺者たちの記憶を辿り、関係者を次々と暗殺していく十兵衛。
 しかし十兵衛は、やがて父の死が単なる兵法上の遺恨によるものではなく、背後に細川家で隠然たる力を振るう「御方さま」なる存在が潜むと知ることになります。

 さらに潜伏していた山中で、相討ちになったような人々の奇怪な死体と、彼らが運んでいた長持ちの中に入れられていたと思しき金髪碧眼の少女に出くわした十兵衛。
 顔に傷をつけられ、声を失ったその異国の少女を余計なお荷物と知りつつも助け、紅絹と名付けた十兵衛は、彼女を故郷に帰すことを誓うのですが、紅絹の存在は彼自身の復讐行にも絡むことに……


 と、復讐ありバディあり御家騒動ありボーイミーツガールありと盛りだくさんの本作。
 まず事の発端が松山主水――実在の人物でありながら、その二階堂流平法・心の一方など奇怪な逸話には事欠かない剣士――の暗殺という「史実」の時点でニッコリとさせられますが、その先の物語も、一切出し惜しみなしの波瀾万丈としかいいようのない展開なのに目を奪われます。

 そしてそれに加えて、その物語で暴れ回る主人公二人のキャラクターが実に楽しいのであります。
 山の民に育てられ、師(実は父)に剣を叩き込まれた復讐鬼という、ほとんど外の世界を知らない戦闘マシンのような存在ながら、妙に素直で純情なところを持つ十兵衛。
 見かけは絶世の美形ながら、人間を遙かに超える生命力と魔力を持つ鬼であり、それでいて妙に人なつっこい大悲。
(己の影を操って死人を喰らう力を持ちながらも、本当の好物は年月を経た器物(に宿る魂)というのもまた実に愉快なのです)

 人間と人外のバディものというのは珍しくはありませんが、しかし本作の二人は――特に「鬼」とは裏腹な大悲の飄々としたキャラがあって――その噛み合い方、いや噛み合わなさが、決して明るくはない物語を彩るアクセントとして機能しているのであります。


 しかしそれだけでなく、本作の真に優れた点は、作中に溢れるガジェットと、スケール感の巧みな制御にあると感じます。
 実のところ、伝奇もので物語のスケールを大きくすることは(大風呂敷を広げることによって)さまで難しくはないのでしょう。しかしそれを物語の構成要素と物語展開に見合った形で描こうとすれば、話はまた別であり――それを出来ている作品こそが、優れた伝奇小説と呼ばれるのではないでしょうか。

 本作は、松山主水の死から始まり、そこから、大悲の登場や紅絹との出会い、そして黒幕の正体と陰謀――と、物語のスケールは加速度的に広がり、そして内容も現実を(まさしく「ファンタジーノベル」の名にふさわしく)離れていくことになります。
 しかしその流れは同時に、物語の構成要素と破綻を来すことなく、首尾一貫した十兵衛自身の――彼の戦いと成長の――物語として成立しているのであります。本作は作者のデビュー作とのことですが、それでこのクオリティとは――と驚くほかありません。


 正直なところ、大悲の存在など序の口の、中盤以降の波瀾万丈な展開故に、物語の内容に触れられないのが残念なのですが、しかし本作の面白さには太鼓判を押すことができる――そして作者のこの先の作品が楽しみになる、そんな作品であります。

(そして読み終わった後、ぜひ裏表紙に目を向けていただければ――と思います)


『鬼憑き十兵衛』(大塚已愛 新潮社) Amazon
鬼憑き十兵衛

|

« 久正人『カムヤライド』第1巻 見参、古代日本の特撮ヒーロー | トップページ | 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」 »