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2019.05.31

瀬川貴次『ばけもの好む中将 八 恋する舞台』 宗孝、まさかのモテ期到来!? そして暗躍する宣能


 気がつけば前作から1年を経ておりましたが、『ばけもの好む中将』待望の第8巻の登場であります。ばけもの好む中将・宣能に振り回されて恐ろしい目にあってばかりの宗孝ですが、今回は何とモテ期に突入……!? しかしまあ、結局おかしな事件に巻き込まれるのは、いつものとおりなのであります。

 九の姉の遅咲きの自分探しに巻き込まれたり、十二の姉・真白に想いを寄せる東宮のための花見騒動があったりと、春から(というかいつもながら)慌ただしい日々を送っていた宗孝。ついには帝の前で舞を披露する羽目になるのですが――これが思わぬ幸運(?)を彼にもたらすことになります。

 何とその舞が評判になり、宮中の女房からの恋文が舞い込むようになった宗孝。まさかのモテ期到来ですが――そこで調子に乗れないのが彼の彼たるゆえんでしょう。
 そもそも和歌が苦手で返歌に苦しむ上に、相手が本気なのか悩んだりして、状況が一向に進展しないことを宣能が知ってしまい――はい、もう騒動の予感しかしません。

 その予感は的中し、宗孝のもとに来た恋文の数々を、妹の初草に見せてしまう宣能。確かに初草は、筆跡から書き手の感情を読み取る能力はありますが、しかし初草は宗孝のことを――なわけで……
 いかな兄上といえどもそれはさすがに無神経が過ぎるのでは、というより火に油を注ぎすぎではと感じますが、しかしそれも宣能の深謀遠慮。初草の反応を見た宣能は、さらにとんでもない行動に出ることになります。

 そして、そんな宣能の暗躍も知らぬ宗孝に襲いかかる更なる恐怖。何と、恋文の差し出し主の一人は、恋文を出した時には既に身罷っていたというではありませんか!
 死者からの恋文という、実に宣能好みのシチュエーションに放り込まれて怯える宗孝ですが、彼を表に引っ張り出したのは九の姉。そんなこんなで、今は稲荷社の専女衆の振り付けを担当している彼女の次の演目「藤の舞」の手伝いをすることになった宗孝ですが……


 ここのところ、九の姉が過去への未練から暴走したり、宣能が父・右大臣に弱みを握られてその暗部を引き継ぐ羽目になったりと、ちょっと重い展開が続いた本シリーズ。
 そんな中で本作は、ある意味ファンの期待通りの展開が次々と描かれることになります。すなわち、明るく、可笑しく、楽しいスラップスティックコメディが。

 今回は宣能と宗孝の不思議めぐりこそ少なめですが、それ以外の我々がシリーズに期待するものは――言い換えれば、お馴染みのキャラクターたちの活躍は、ほとんど余すことなく盛り込まれていたという印象。
 そう、愛すべき善人の宗孝、いつもながら完璧超人の宣能、相変わらず可憐な初草、個性的で人騒がせな宗孝の姉たち、そして相変わらず真白一直線で暴走する東宮――といった面々の賑やかな大騒ぎが。

 特に宣能は、今回は裏方に回ったような印象もありましたが、しかしクライマックスにはあまりにとんでもない見せ場が――あまりの面白さに書きたいのですが、さすがに未読の方のために伏せますが、まさかの○○○○がっ!――用意されており、全く油断できません。


 しかしそんな中でも、今回特に印象に残るのは、やはり宗孝であります。
 冒頭に述べたとおり、前作において帝の前で舞ったことで、思わぬ名を馳せた宗孝。それはある意味巡り合わせではありますが、しかしそこから先の彼の活躍(?)は、彼自身の誠実さが、これまで積み上げてきたものがもたらしたものと言えるでしょう。

 宣能のように持って生まれた身分も才もなくとも、しかし彼にはその誠実さがある――そんな彼の存在は、遠い平安という過去の時代を描き、ばけもの好む中将という一種の奇人を描きながらも、本作を親しみやすく地の足のついた物語としていると、今更ながらに再確認させられるのです。

 ところが――その一方で、本作を読んでいると、宗孝自身が台風の目になるような予感もいたします。「彼女」のことだけでなく、もう一つ、思わぬところで……
 この予感が正しいかどうかはともかく、これから先、これまで以上に宗孝と宣能の繋がりは強くなっていくのでしょう。そしてそれこそが、父の遺産の負の側面に引きずられていく宣能の救いになるのはないかと思うのですが――これもまた予感であります。


 何はともあれ、物語自体の楽しさはもちろんのこと、シリーズの先行きへの期待も膨らむ本作。ぜひ次の巻はあまり待たせないでいただければ――というのは、これは偽らざる気持ちであります。


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