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2019.06.13

安萬純一『滅びの掟 密室忍法帖』 忍法帖バトルをミステリに再構築した意欲作


 サブタイトルを見ただけで「これは!」と思わざるを得ない――ミステリ作家であり、『忍者大戦 黒ノ巻』にも参戦した作者による本作は、伊賀と甲賀の五対五のトーナメントバトルと、それと平行する奇怪な連続殺人を繋ぐ恐るべき謎を描く、時代伝奇忍者ミステリと言うべき力作であります。

 時は島原の乱から数年後――伊賀に点在する忍びの里の一つ、木挽の里に、江戸の五代目服部半蔵からの使いが現れたことから、この物語は幕を開けることになります。
 その半蔵からの命とは、里の使い手五人――塔七郎、半太夫、五郎兵衛、十佐、湯葉――に対して、甲賀の忍び五人――麩垣将間、藪須磨是清、紫真乃、奢京太郎、李香――を討てというもの。

 しかし、戦国の世ならいざ知らず、共に徳川家に仕える甲賀の忍びを何故殺さなければならないのか? そんな疑問を胸に抱きつつも、しかし忍びにとって上からの命令は絶対、甲賀に向けて伊賀の五人は旅立つのでした。
 しかし早くも最初の犠牲者が――五人の中でも最強と目される半太夫の顔の皮が何者かによって無惨にも剥がされ、集合場所に打ち付けられているのが見つかったではありませんか。

 ところが、塔七郎たちが里を離れた間に、何者かによって里の住人たちが殺されていくという事態が発生することになります。外敵に対しては鉄桶であるはずの里の守りが簡単に破られ、里の者たちの探索も空しく、次々と犠牲者は続くのでした。

 熾烈な忍法合戦が繰り広げられる間も、次々と殺されていく里の人々。この両者に関連があると考えた塔七郎は、戦いの中で知り合った旅の牢人・由比与四郎、そして江戸城勤めの親友の手を借りて、背後にあるものを探ろうとするのですが……


 副題から明らかなように、山田風太郎の忍法帖のオマージュという性格を色濃く持つ本作。なるほど、見方を変えれば忍法帖の忍者たちはそれぞれ独自のトリックによる殺人者であり、そして同時に被害者であります。本作はその点に着目して、忍法帖をミステリとして再構築してみせたものと言えます。
 そして本作の場合、登場する忍者たちが、自分が何故戦うかを知らない――すなわち変形のホワイダニットものというべき内容なのが、また目を引きます。

 さらに本作は、その副題が示すように「密室」にまつわる忍法が――すなわち殺人手段が――全てとはさすがに言わないまでも、数多く登場するのがユニークであります。
 忍者で密室? と思われるかもしれませんが、代表選手の中に密室/機械式トリックマニアがいた、という理由で、本当に次々と趣向を凝らした密室が登場するのが実に楽しい。かなり豪腕ではあれど、そこ繰り広げられる忍法殺人の数々は、副題に偽りなしと言うべきでしょう。


 しかし、本作の魅力は、そんな連続殺人としての忍法バトルのみというわけでは、もちろんありません。忍法バトルが本作の縦糸とすれば、横糸は里で起きる連続殺人――代表選手を派遣しているとはいえ、本来無関係であるはずの忍びの里で、何故人々が殺されていくのかという謎であります。
 その内容に触れるわけにはもちろんいかないのですが――しかしこの謎こそが、本作を時代ミステリとして成立させている、ということはできます。

 忍者たちの使命の陰にもう一つ、ある存在のさらに巨大な、恐るべき意図が、というのは、山田風太郎の『忍びの卍』を思い出させます(そして作者も同作に強い影響を受けていることを言明しているのですが)。
 本作はそんな忍者を題材とした時代ミステリの流れを汲みつつも、本作ならではの謎と仕掛けを用意し――特に「真犯人」も想定しなかったある人物の秘密を絡めることで、事件をさらに複雑なものに変えてみせるのはお見事と言うほかありません――そしてさらに、この時代が生んだ非情と無情、そして理不尽の存在をえぐり出すのであります。


 もっとも、この本作最大の仕掛けについては、ちょっと苦しい部分があるように感じられる点は否めません。ここまで回りくどい手を使わなくとも――と。
 しかしこれは「忍者は殺し合うもの」という忍法帖のルールを内面化している我々だからこそ引っかかるトリックであると考えれば――むしろ本作だからこそできるトリックであると言えるものでしょう(また、読み進めながらちょっと違和感のあったトーナメントバトルの展開もまた――なのにも感心させられました)

 忍法帖をミステリとして読み替え、そして忍法帖であることをトリックとする――そんな意欲的かつ魅力的な作品であります。

『滅びの掟 密室忍法帖』(安萬純一 南雲堂) Amazon
滅びの掟――密室忍法帖


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