『妖ファンタスティカ』(その二) 坂井希久子・新美健・早見俊
操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介の第二弾であります。
『万屋馬込怪奇帖 月下美人』(坂井希久子)
金もなければ女にももてない万屋を営む浪人・馬込慎太郎。そんな彼のもとに久々に舞い込んだ依頼は、さる人形絵師が作った、豪商の亡き愛娘に生き写しの人形を壊して欲しいというものでした。
折しも江戸では、健康な男が一晩で干からびて死ぬという事件が発生、その事件は思わぬ形で馬込の仕事と繋がって……
総勢十三人、様々な作家が居並ぶ本書の中で、ある意味最も意外なのは本作ではないでしょうか。時代小説としては「居酒屋ぜんや」シリーズが代表作となる作者ですが、おそらく本書のメンバーの中で最も伝奇というイメージが薄いのですから。
そんな作者が描く本作は、万屋の浪人と、江戸の夜に徘徊する危険極まりない妖女との対決を描く時代ホラーなのですから、さらに驚きであります。
……が、そこに「艶笑」の二文字が付くとなれば、一転して作者らしいと感じられます。
正直なところ、怪異の正体はこれ以外ない、という存在であって、意外性はないのですが――しかしクライマックスでの馬込のぬけぬけとした(しかししっかり伏線がある)大逆転には、もう脱帽するしかありません。この路線でシリーズを読みたいものです。
『妖しの歳三』(新美健)
禁門の変を経て、京洛にその名を轟かせた新選組。しかし近頃京では、怪鳥の声とともに現れる辻斬りが出没、ついに隊士の一人が斬られたことから、土方は自ら対決を決意することになります。
山南や一夜を共にした島原の太夫らの、この事件には京の都に潜む魔が関わっているという言葉を一笑に付して、犯人と対峙する土方。彼が見た犯人の姿は……
言うまでもなく歴史時代小説界では衰えることのない人気を誇る新選組。伝奇小説ゲリラにして冒険小説残党を名乗る作者も、デビュー作『明治剣狼伝』では(明治の)斎藤一を、『幕末蒼雲録』では芹沢鴨らを描くなど、折に触れて新選組を題材としてきましたが――本作はその新選組を通して、幕末という時代の裂け目に吹き出した魔性の姿を描く作品であります。
多摩の田舎道場から、幕末の混乱の中で時流を掴み、京の治安を守る武士集団に成り上がった新選組。そんな彼らの存在は、ある意味、京の歴史の陰に潜んできた魔とは対になる存在とも感じられます。
クールに野望に燃える土方のキャラクターもよいのですが、京の魔に憑かれたように変貌していく山南や、謎めいた存在感の太夫なども面白く、この先の物語も読んでみたいと思わされる作品です。
『ダビデの刃傷』(早見俊)
赤穂浪士の討ち入りから数年後、ただ一人生き残った寺坂吉右衛門を襲う謎の武士団。窮地の吉右衛門を救ったのは、吉良の旧臣を名乗る野村という浪人でありました。
未だに謎が残る松の廊下の刃傷の真相を知るため、大石内蔵助の書付を探しているという野村。彼に引き込まれ、ともに手がかりを求めて赤穂に向かった吉右衛門は、赤穂のとある神社に眠る思わぬ因縁の存在を聞かされることに……
タイトルからおそらく忠臣蔵ものと想像できるものの、しかしあまりにそれとは不釣り合いな言葉が冠されていることに驚かされる本作。
しかしこれまで(時代伝奇もので)様々に描かれた松の廊下の真実の中でも、屈指の奇怪な真実を描く本作を結末まで読めば、このタイトルは全く以て正しかった、と納得させられます。
何を書いても物語の興を削ぎかねず、なかなか内容を紹介しにくい作品なのですが、ある意味本書において最も「伝奇」を――伝奇ものならではの飛躍感を――感じさせてくれる作品である、と述べれば、そのインパクトは伝わるでしょうか。
次回に続きます。
『妖ファンタスティカ 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
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