東郷隆『邪馬台戦記 Ⅱ 狗奴王の野望』 巨人の謎を追い、海の彼方まで繋がる物語
あの東郷隆が邪馬台国を題材に描く児童文学『邪馬台戦記』の第2巻であります。物語の舞台は前作から十数年後――前作の主人公の子・ワカヒコが、ヒミコの命を受け、巨岩を投じて船を沈める巨人の謎を追い、東に旅立つことになります。
いまだ謎多い弥生時代、邪馬台国を中心とした当時の倭国を舞台に、博覧強記の作者が綿密な考証で描く『邪馬台戦記』。前作は、海人族の少年・ススヒコが、クナ国に連れ去られた幼なじみのツナテを救うために繰り広げた冒険が描かれました。
その後、邪馬台国に暮らすこととなったススヒコとツナテの間には13歳の息子・ワカヒコが生まれ、邪馬台国も一層の繁栄を見せるのですが――しかしそこに生じたある翳りが、新たな物語の始まりとなります。
ヒミコの下で、繁栄と拡大を続けてきた邪馬台国。しかし増えすぎた人口を養うための農地は邪馬台国にはなく、他国との交易で国費を補おうとしていたのです。
そのために邪馬台国から船団が送られるのですが――しかしその途中、霧の中から突如投じられた幾つもの巨岩によって壊滅させらたというのであります。
これは東の国、蓬莱国に住むという巨人の仕業ではないか――そう考えたヒミコによって、ワカヒコは巨人の謎を探る密使として選ばれることになります。。
その父が英雄ススヒコであるだけでなく、大陸の学者の薫陶により海外の言葉を習得しそして何より大人顔負けの冷静さと頭の回転を持つ彼こそは密使に相応しい――と。
こうして東国に旅だったワカヒコですが、早くも危難に見舞われることになります霧の深い日、突如現れた山のような巨船により彼の乗った船は沈められ、助かったのは彼と水先案内の少女・サナメのみだったのです。
実は兄の乗った船を巨船に沈められた過去を持ち、復讐に燃えるサナメと、彼女に協力する風を装い、東国に向かうワカヒコ。二人が旅の先に見たものは……
シリーズ第二弾ということで、基本的な舞台紹介は済ませ、いよいよ物語が本格的に走り出した感がある本作。それは何よりも、キャラ描写の面白さに現れていると感じられます。その中で特に魅力的なのは、もちろんワカヒコとサナメの主役コンビであります
まだ少年の部類に入るワカヒコは、力には劣るものの、苦しい旅の中のサバイバル術、そして巻き込まれた戦闘において見せる軍略など、知識と知恵で活躍する軍師タイプの少年であります
それに対してサナメは弓の達人の戦士タイプで、男勝りのあらくれ美少女(もちろんツンデレ)という設定。そんな凸凹コンビのやりとりは何とも楽しく(年下のワカヒコの方が主導権を持っているのもイイ)、少年少女が大人の中でも負けずに大活躍するのが、何とも痛快なのです。
(その一方で、邪馬台国といえばこの人、のヒミコの、茶目っ気たっぷりの食えないキャラクターも何とも楽しい)
しかし本作の更なる魅力は、そのキャラクターたちが活躍する世界観の広がりにあると感じます。
前作の時点で、大陸や半島から渡来した人々、あるいは黒潮に乗って南方からやってきた人々――言葉や習俗すら異なる人々が寄り集まった国として描かれた倭国。本作ならではの考証の豊かさを通じて描かれたその姿は、混沌としつつも生命力に溢れた、ひどく魅力的な世界でありました。
しかし本作では、その倭国の遙か彼方の世界の存在が描かれることとなります。それは大秦国――すなわち古代ローマ!
西の果ての古代ローマが、この東の果ての邪馬台国の物語に結びつく――それは一見荒唐無稽に見えますが、しかし後漢と古代ローマに、か細いながらも交流があったのは紛れもない事実であります。
邪馬台国と三国の魏が同時代であるのは有名な話ですが、遙か西に目を向ければ、共和制末期のローマが存在している――そんな一種の時間と空間のダイナミズムを、本作は巧みに取り入れることで、破格のスケール感と、そして物語の根幹を為すあるガジェットを違和感なく取り入れることに成功しているのであります。
倭国の少年少女の冒険に、古代ローマがいかなる形で絡むのか? 実は本作は、中盤のクライマックスとも言うべき部分で終わっているのですが、この先で描かれるであろう、本作ならではの冒険物語が今から楽しみなのなのです。
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