久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』 謎と怪異の中に浮かぶ「想い」の姿
少年時代の小泉八雲――ラフカディオ・ハーンと、神学校の寄宿舎で同室の親友「おれ」が、様々な怪異と出会い、その謎を探る英国ホラーシリーズの待望の続巻であります。今回収録されているのは短編2話に中編1話――心温まる怪異あり、心を凍てつかせるような恐怖ありと内容豊かな一冊です。
さる貴族とオペラ歌手の母の間に生まれ、辺境の神学校に厄介払いされた「おれ」ことオーランド。そこで彼は、この世ならぬものを見る力を持ち、怪談を蒐集する変わり者の少年パトリック・ハーンと出会い、意気投合するのでした。
そんな二人が怪談を蒐集する過程で出会う様々な怪異が、本シリーズでは描かれることになります
本書の冒頭の『名もなき残響』は、そんなオーランドが、学校の周囲の森の中に佇む自分自身――それも初めに現れた時には子供だったのが、徐々に成長していく――姿を目撃したことから始まる物語。
「自分」が出現したきっかけが、休日に外出した町で、かつての持ち主の霊が取り憑いた手回しオルガンと出会ったことではないかと考えた二人は、再び向かった町で、オルガンにまつわる過去、そしてもう一人のオーランドの正体を知ることになります。
そして続く『Heavenly Blue Butterfly』 では、学校の敷地内に迷い込んだ母猫を探しているという子供の手伝いをすることになった二人が、その途中でこの世のものならざる不思議な蝶と出会うことになります。
窓をすり抜けて飛ぶ蝶が入り込んだ寄宿舎の部屋を訪ねた二人は、そこで絵を愛する上級生ユージンと出会うのですが……
この2編は、いずれも短編ながら、一見全く関係なさそうな二つの要素を巧みに絡み合わせることで、入り組んだ謎を巧みに織り上げてみせた物語。
どちらも超自然的な怪異や不思議をきっちりと描きながらも、その核に温かく優しい「想い」を置くことで、美しい物語を成立させて見せる、ジェントル・ゴースト・ストーリーの名品であります。
しかし本書の表題作である中編『罪を喰らうもの』では、一転してひどく重苦しく忌まわしい怪異と、複雑怪奇に絡み合った因果因縁が描かれることになります。
ある晩、神学校の礼拝堂で見つかった身元不明の老人の死体。奇妙なのは、その礼拝堂では一年前にもアンソニーという学生が転落死を遂げていたことであります。
彼の親友だった上級生・ハロルドの頼みで、事件を調べることになったパトリック。彼はアンソニーの友人たちを集め、「罪喰い」の儀式を行うことを提案するのでした。
死者になすりつけたパンを口にすることで、死者の犯した罪の記憶を共有できるというこの儀式。それに参加したのは、ハロルド、アンソニーと同室だったウォルター、そして彼らと友人だったユージン。しかし儀式の最中、ウォルターは謎めいた言葉を残して気絶、意識不明となってしまうのでした。
この思わぬ結果が一連の事件と深い関わりを持つと考え、上級生たち、そしてアンソニーに信頼されていたロレンス先生に共通する過去を調べ始める二人。しかし学校内では更なる怪異が続発して……
「罪喰い」という名前に相応しく何とも不気味で忌まわしい儀式を題材とした本作。そしてそんな物語の中でクローズアップされるのは、その「罪」の存在――本作ではその正体を追って、二人が奔走することになります。
これまでミステリを数多く手掛けてきた作者らしく、事件に関わる人々それぞれが胸の内に隠した秘密と想いが、二人の手によって一つずつ解き明かされていく様は、読み応えたっぷり。この辺りは良質のミステリと読んでもよいほどであります。
しかし本作の魅力は、怪異の恐ろしさや、謎解きの興趣のみではありません。本作の最大の魅力は、前2話同様に本作にも確かに存在する、人の「想い」の姿なのですから。
人がいればその数だけ存在する想い。人はその想いによって時に力付けられ、時に悩み苦しむことになります。本シリーズにおいては、これまで様々な想いの形が描かれてきましたが――人間関係が複雑に入り組んだ本作においては、その姿が特に強く浮かび上がることになります。
それは時に重く苦しく、時にやりきれないものではあります。しかしそれでも、そんな「想い」の存在こそが人と人を結びつけ――そう、パトリックとオーランドのように――そして救うことができる。本作はそう強く謳い上げるのです。
ホラーとしてミステリとして、そして何よりも人の「想い」を丹念に描く物語として――末永く続いてほしいシリーズであります。
『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』(久賀理世 講談社タイガ) Amazon
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