鳴海丈『どくろ舞 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 首無し死体を巡る怪異捕物帖の快作
颯爽たる北町奉行所の青年同心と、妖怪の力を借りる可憐な美少女が、江戸を騒がす怪事件に挑む『あやかし小町大江戸怪異事件帳』シリーズ、待望の第5弾であります。今回二人が挑むのは、夜の空を舞う奇怪などくろの怪。その怪異に込められた秘密とは、そして怪異を生んだものとは……
妖怪・おえんちゃんこと煙羅を櫛に宿し、その力で人々を助けてきた茶屋の看板娘・お光と、北町奉行所で活躍する切れ者の同心・和泉京之介。本シリーズは、不思議な縁で出会い、そして互いに強く惹かれあうようになったこの二人が、知恵と異能、そして情で様々な怪事件を解決する姿を描いてきました。
そして全3話構成の本書の表題作である中編『どくろ舞』では、タイトル通りの何ともぞっとする怪異の出現をきっかけに、京之介たちが入り組んだ謎に挑むことになります。
夜中に長い髪を振り乱したどくろが、首を求めてさまようという噂が流れる中、京之介が上役から解決を依頼された事件。それはとある寺で、老女が墓の一つを掘り起こそうとしたという騒動でありました。
そして調査に出向いた京之介の問いに答えて老女・お路が語るのは、彼女の生き別れの娘・お絹にまつわる奇怪な物語だったのです。
故あって養子に出され、さる大店の長女として育てられたお絹。しかしさる旗本屋敷に奉公に出た彼女は、半年前のある晩、彼女は何者かに呼び出されて一人大川端に出かけ、そこで首と胴が切り離された無惨な亡骸となって発見されたのであります。
この一件、別件で獄門となった男が、自分が殺したと嘯いていたことから事件は解決したものと思われたのですが……
しかし数日前、自分の頭を抱え、失われた首を探すお絹が夢枕に立ったと語るお路。そこで無我夢中でお絹の墓の中を確かめようとしたという彼女の言葉を信じた京之介が墓を確かめてみれば――何と棺は破られ、お絹の首が失われていたのではありませんか。
この奇怪な事件には、半年前のお絹殺しが関わっていると考え、再度調べ始めた京之介。しかし、事件の第一発見者の男、獄門となった男から話をきいたちんぴら、そしてお路までもが、何者かに襲われる事件が頻発し、ついに京之介自身にも危険が迫ります。
京之介の危機を知り、おえんちゃんとともに彼を救うために奔走するお光ですが……
前作を紹介した際、私は事件そのものはかなりシンプルな部類と評していたのですが――一転、かなり複雑な謎が描かれることとなる本作。お絹を呼び出したのは何者か、何故彼女は無惨に殺害されたのか。事件の関係者の口封じに動くのは何者か。そして何よりも、お絹のどくろが宙を舞うのは何故か――と、様々な謎が、物語の中で複雑に絡み合っているのであります。
本作の魅力は、間違いなく、過去の事件を構成するこれらの謎が京之介の奮闘により解き明かされ、少しずつ真実が浮かび上がっていく様にこそあると言えるでしょう。
特にお絹が何故首を斬られなければならなかったというホワイダニットが、首を探す彼女のどくろと結びつく様は――「なるほど!」と言いたくなるミスリーディングとも結びついて――時代ミステリとして、きっちり楽しませていただきました。
そして事件が明るみに出るきっかけと、事件の締めくくりに怪異の存在が絡む――そしてそこにお光活躍の必然性が生まれる――のも巧みで、前作で確立した怪奇捕物帖としてのスタイルが、本作においてさらに深化したと言っても間違いありません。
(ただし、明かされていない謎というか、一種の矛盾があるようにも感じるのですが……)
そして残る短編2編は、いずれもシリーズ第三の主人公というべき男装の娘陰陽師・長谷部透流にまつわるエピソードであります。
彼女が操る四体の強力な式神にまつわる悲痛な物語を描く『死闘・四鬼神狩り』、そしてお光と京之介が巻き込まれた奇妙な行き倒れに関する事件に、透流が思わぬ形で関わる『人憑き』――京之介とお光の物語が捕物帖だとすれば、透流のそれは伝奇もの。その違いからしばしば生じるある種の違和感(もちろんそれは狙ってのものではありますが)は、この2編にも漂っています。
しかし今回は透流の過去を描くことにより、彼女がお光たちと関わり合う一つの理由が示されるのが目を引きます。そして、それは私がこのシリーズを愛する理由でもあると気付かされます。
怪奇・捕物帖・伝奇――それぞれ異なる世界を繋ぐもの。それは人間の心がもたらす光であり――それがヒロインの名に冠されているのも、決して偶然ではないと、今更ながらに感じた次第です
『どくろ舞 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
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