京極夏彦『続巷説百物語』(その一) 百介の視点、又市たちの貌
『巷説百物語』シリーズ第2作、『続巷説百物語』の全話紹介のその一であります。時系列的には、全6話が、前作の各話の前後に挟まれていくという構造の本作。そんなリンクがありつつも、本作は本作としての大きな物語を形作っている、ユニークな作品であります。
『野鉄砲』
八王子千人同心である兄・軍八郎に呼び出された先で、頭に小石が突き刺さったという異様な姿の彼の同役の死体を見せられた百介。まるで妖怪「野鉄砲」の仕業のような事件に、百介は先日知り合ったばかりの又市のもとに相談に向かうのですが……
又市一味の――すなわち主人公側からの視点は少なく、それ故に主人公側の心理描写や情報は実はかなり少なかった前作。それに対して本作は、ほとんど完全に百介の視点から、事件が語られることになります。
そんな本作の最初の物語で語られるのは、百介の出自と、もう一人、又市一味のある人物の過去。そして何よりも、前作の第1話『小豆洗い』で出会ったばかりの百介と又市たちのある種の絆が生まれていく姿であります。
正直なところ、出来すぎの人物関係ではありますし、本作のような趣向の作品においては幻術の次に禁じ手のトリックのような気がしないでもないのですが、しかしキャラクターたちの魅力(軍八郎がまた好人物で……)に読まされてしまう一編です。
『狐者異』
不死身と噂される極悪人・稲荷坂の祇右衛門が三度目の斬首を受けたと聞き、その首を見物に行った百介。そこでおぎんと出会った百介は、おぎんと祇右衛門の間に遺恨があると聞かされるのでした。
そして首を見て「まだ生きるつもりかえ」と謎めいた言葉を残し、姿を消したおぎん。一月後、尋ねてきた又市にそのことを話した百介は、祇右衛門が本当に過去二回斬首されたと聞かされることになります。その後、祇右衛門の仕業とい奇妙な誘拐事件に巻き込まれる百介ですが……
今度は百介の現在の生活と、おぎんの出自が語られることとなる本作。しかし何よりも最も注目すべきは、やはり江戸の暗黒街を支配してきた稲荷坂の祇右衛門の登場(と「死」)でしょう。
奉行所や火盗改、さらには弾左衛門をも敵に回しながらも平然と悪事を続けた正体不明の悪人であり、しかも過去二回、本作を含めれば三回も獄門晒し首になったというほとんどラスボスクラスの怪物である祇右衛門。(そしてそれがまさにその通りだった、ということが後の作品でわかるという実に珍しいケース)
それを作中2話目で描いてしまうという構成には驚かされますが――そういうある意味メタな話はさておき、やはり感心させられるのは祇右衛門の「正体」でしょう。種明かしをされてみればなるほど、と言うほかないのですが、それを物語の――登場人物たちの因果因縁の――中で描くことで浮かび上がらせていく手法は、べらぼうに巧みとしかいいようがありません。
ラストの又市たちの仕掛けも実に痛快で溜飲が下がります。(特に治平のタヌキ爺ぶり! ……この後実際にタヌキ爺になるわけですが)
『飛縁魔』
知人の貸本屋・平八から、尾張の廻船問屋・金城屋が、十年前に後祝言直前に姿を消した女性・白菊が江戸にいると聞いて以来、完全におかしくなってしまったと聞かされた百介。平八の頼みで、又市に白菊探しを依頼した百介は、丙午生まれのために行く先々で不幸な目に遭ってきた白菊の過去を知るのですが……
人探しの依頼が、全く思わぬ方向に転がっていく本作。白菊という、運命の悪意に翻弄されたかのように不幸を引き寄せる女性の物語と、その彼女のために新たに御殿まで建ててしまったという金城屋の謎が、果たしてどのように結びつくのか……
全く先の読めない展開の中、明かされるのはあまりに奇想天外であり、そして哀しく恐ろしい一つの真実であります。(そしてその中で「迷信」のメカニズムが語られるのも興味深い)
そしてそれを受け止めた上で、一つの美しい物語として描き直すのが又市一味の真骨頂。その見事さの中に、本作の前半で描かれていた又市の一つの顔が現れている――というのはこちらの思い過ごしではないでしょう。
さて、平八の噂話の中で、そしてラストの又市の言葉の中で語られる若狭の北林藩。そこで語られる「七人みさき」の祟りとは、そして又市が語る「続き」とは――後半3話に続きます。
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