出口真人『前田慶次かぶき旅』第1巻 「ご存じ」前田慶次の新たな旅
隆慶一郎の小説や原哲夫の漫画、特に後者で広く知られるようになった戦国随一のかぶき者・前田慶次郎。その慶次が、原哲夫原作の漫画として帰ってきました。本作『前田慶次かぶき旅』は、関ヶ原の戦後の慶次が、九州に渡って大暴れしようという物語であります。
前田利家の甥という立場でありながら、一騎当千のいくさ人そして天衣無縫なかぶき者として暴れ回り、あの天下人・豊臣秀吉から傾き御免を認められたという前田慶次郎。
晩年は上杉家家老・直江兼続と親交を結び、関ヶ原の戦で東軍西軍真っ二つに割れた際には、その縁から上杉家に加わって活躍したと言われます。
本作の慶次はその後の慶次――兼続らが米沢に帰った後、一人京に残って気儘に暮らしていた慶次は、ある日、簀巻きにされた若者・権一と出会います。
生まれつき人の心を読む力を持ち、その力で博奕に大勝ちしたものの、イカサマを疑われて袋叩きにされたという権一。その話を聞いた慶次は鉄火場に乗り込み、破落戸を相手に大立ち回りを演じることになります。
さらに自分の首を狙う推参者たちを煙に巻き、心酔して家来志願してきた権一を連れて京を離れた慶次。彼が向かった先は肥後――肥後の虎・加藤清正と会うために九州に渡った慶次ですが、行く先々で騒動を引き起こすことに……
というわけで、久々でありながらも全くそんな気がしない姿を見せてくれた慶次。史実ではこの時慶次は既に70歳近いのですが、それは漫画の中では置いておいて、相変わらずの暴れっぷりであります。
この辺りはもう説明無用と言うべきか、既に彼の存在が「お馴染み」「ご存じ」というレベルになったということでしょう。
そしてここで描かれるのは、彼の全く新しい冒険――ゼノン公式サイトではInspired by『前田慶次道中日記』と表記されてはいるものの、『道中日記』が京から米沢までの旅を描いたものであることを考えれば、本作は正反対の西海行。史実にないお話ではありますが、そんなことは抜きに楽しむべき作品なのでしょう。
ここの第1巻では、早くも加藤家三傑として知られるうち飯田覚兵衛(直景)と森本義太夫(一久)、二人の豪傑が登場。特に覚兵衛は、日本槍柱七本としてあの本多忠勝や後藤又兵衛とも並び称された人物であります。
そして彼らの主君であり、慶次の旅のひとまずの目的である清正は、髭面の短気な豪傑という一般的なイメージとは裏腹の、洋物のシャツを素肌に羽織るイケメンというアレンジ。この辺りの捻り方もまた、「らしい」と言うべきでしょうか。
お話の方はまだまだ導入部、慶次が清正と対面し意気投合した一方で、肥後領内には謎の凄腕西洋人剣士が現れて――というところでこの第1巻は幕。肥後といえば薩摩は目と鼻の先、島津との緊張も高まる中で何が起こるのか、いや慶次が何を起こすのか、乞うご期待といったところでしょうか。
……といったところで、やはりこれに触れなければそれはそれで不誠実であろうという点について述べておきましょう。それは、本作の少々微妙な位置付けであります。
冒頭で触れたように、慶次人気の火付け役となった原哲夫の漫画『花の慶次』。本作は作画者と原作者の違いこそあれ、同じ原哲夫による前田慶次郎の物語であり、慶次をはじめ、家康など登場人物のデザインもほぼ同じなのですが――しかし続編とはどこにも書かれていないのであります。
(当然と言うべきか、『花の慶次』オリジナルのキャラも登場しません)
この辺りの事情は想像しかできないので触れませんが、言ってみれば本作は、『花の慶次』で形作られた慶次のパブリックイメージを活かした、一種のリブート作品と評するべきなのかもしれません。
だとすれば――本作のこれからは、そのイメージを乗り越え、新たなイメージを打ち立てられるかによるようにも感じます。
言うなれば慶次対慶次――果たして数十年ぶりに登場した慶次は、かつての慶次を超えられるのか。これはなかなか気になる対決であります。
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