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2019.07.29

『鬼滅の刃』 第十七話「ひとつのことを極め抜け」

 人間をその毒で蜘蛛に変える兄蜘蛛と遭遇した善逸。しかし彼もまたその毒を受け、徐々に体が蝕まれていく。その中で意識を失った善逸は、自分の師の記憶に励まされ、自分が唯一使うことが出来る霹靂一閃で兄蜘蛛をついに倒すのだった。一方、炭治郎と伊之助の前には、巨大な父蜘蛛が現れ……

 炭治郎と伊之助に置いていかれ、一人山の中を行く善逸。おっかなびっくり歩く彼が、後ろからの物音に振り向いてみれば、そこにいたのは恨めしげな目で見上げる人面蜘蛛!(しかも髪の毛がほとんど抜け落ちている)
 思わず「こんなことある!?」と叫ぶ善逸に心から同意できる地獄のような光景ですが、無我夢中に逃げていった先で善逸が見たものこそ本当の地獄。そこにあったのは、木々の間に糸で吊された小屋と、その周囲に幾人も吊り下げられ――蜘蛛に変化していく途中の人々だったのですから。そしてトドメに、空中の小屋から現れたのは、顔だけ人間でそれ以外は人間大の巨大な蜘蛛――無理、もう無理。初めて善逸の気持ちにシンクロできた、というか、自分だったら見た瞬間に発狂しそうな怪物であります。

 当然と言うべきか、その場から逃げ出した善逸ですが、しかし先ほど人面蜘蛛に出会った時には既に蜘蛛に噛まれ、その毒を受けていた状態。この毒を受けた者は、苦しみ抜いた末に四半時後には自我を失った人面蜘蛛になってしまうという、本当にこうして書いていても厭な厭な兄蜘蛛の能力であります。
 ビビりまくって樹の上に逃げてもなお兄蜘蛛の煽りは続き、さらには人面蜘蛛たちまで這い上がってきて、もう泣き叫ぶしかない善逸。その時彼の脳裏をよぎるのは、かつて修行中にあまりの辛さに逃げ出し、同じように樹の上に登っていた時のことであります。その時は追いかけてきた師匠の前で泣き言抜かした挙げ句、樹に雷が落ちてきて髪が金髪になるという散々な目にあった善逸ですが――そんな情けない自分を最も嫌いつつも、しかしどうにもできずに、彼は今までもずっと藻掻いてきたのであります。

 そして今、本当にもうどうしようもない状況に追い込まれた善逸。ついにあの人面蜘蛛たちのように髪まで抜けてきて――ついに意識を失ってしまった善逸ですが、吾妻善逸はここからが強い。気絶して樹から真っ逆さまに落ちながらも、途中で覚醒して樹を蹴ってジャンプ、雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃で兄蜘蛛に肉薄――するも、しかし敵の吐き出す毒や、飛びかかってくる人面蜘蛛を相手に不発に終わります。
 それでもなお、執拗に霹靂一閃を狙う善逸――そう、実は彼に使える技は霹靂一閃のみ、それでもなお、彼は霹靂一閃の構えを愚直に続けます。やたらと柄の悪い先輩に桃をぶつけられたり、周囲の人間たちに呆れられ、嘲られ、見捨てられ――それでもなお、自分を信じてくれた師匠の言葉を信じて、なりたい自分になるために、善逸は自分自身に出来ることを貫こうとしていたのであります。

 しかし毒も回り、ついに動きもままならなくなってきたところに、原作よりも異常に数が増えた(十倍くらいいませんか)人面蜘蛛にまとわりつかれ、というより蜘蛛団子状態になってしまった善逸。その時――あたかも雷の落ちる寸前のように周囲の空気が震え、蜘蛛を振り払って善逸が現れます。そして放たれるのは、一閃を連続して放つ霹靂一閃 六連――地上から樹を蹴り、宙に舞った善逸の体は、ぶら下がった小屋を突き破り、そこに隠れた兄蜘蛛の首を一撃で断つのでした。
 しかし彼の力もそこまで。師を、炭治郎を思い出しながら、何とか呼吸の力で毒の巡りを送らせようとする善逸ですが、しかしその視界は黒く染まっていき……

 そして善逸がそんな死闘を繰り広げていたとは知らぬまま、先に進む炭治郎と伊之助。その前に蜘蛛の顔をした(もうやだこの一家)巨大な父蜘蛛が出現、凄まじい力で襲いかかってきて――というところで続きます。


 冒頭とラストを除けば、炭治郎そっちのけで善逸の姿が描かれた今回。もう完全に善逸主人公回でしたが、これまで(それだけではないことを窺わせつつも)ヘタレでやかましくてと良いとこなしだった善逸が、その心中に抱えたものを丹念に描いた上で、溜めに溜めた末にクライマックスで霹靂一閃 六連爆発! というカタルシスは素晴らしいものがありました(原作になかった、満月をバックにしたフィニッシュのケレン味も実に良い)。

 あまりに善逸回りで盛り上がりすぎて、善逸これで死んじゃった!? と思わされてしまった――というのは大袈裟かもしれませんが、原作を読んでいても満足できる回であったことは間違いありません。


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