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2019.07.20

京極夏彦『巷説百物語』(その二) 「妖怪」が解決する不可能ミッション


 ついに新作が発表された『巷説百物語』シリーズ、その」第一作の紹介の後編であります。今回は全七篇のうち、残る四篇をご紹介いたします。


『芝右衛門狸』
 村に人形浄瑠璃が来た晩、何者かに惨殺された淡路の長者・芝右衛門の孫娘。気落ちした芝右衛門は、庭にやって来た狸を可愛がるようになるのですが、ある日その狸だと名乗る老人が現れたではありませんか。
 一方、故あって高貴な身分らしい若侍を預かることとなった人形浄瑠璃一座の座長の屋敷では、夜な夜な怪異が起きて……

 又市や百介といった一味以外のゲストキャラクターの視点から物語が語られることが多い『巷説百物語』のスタイルが、ある意味一番良く出ているのが本作かもしれません。
 人間に化けたという狸と、謎の若侍、座長の屋敷での怪異――三題噺のようなこれらの要素がどう繋がっていくのかは、読み進めていれば容易に予想はつくのですが、さてこれをどう妖怪の仕業として収めるのか? かなり直球ではありますが、本作らしいエピソードであります。


『塩の長司』
 放下師一座の座長・四玉の徳次郎が信州で拾った記憶をなくした少女。彼女が加賀の馬飼長者・長次郎の娘ではないかと考えた徳治郎は、旧知の又市に調べを依頼するのでした。
 12年前に凶悪な盗賊・三島の夜行一味に一家全員を殺されたという長次郎は、その時に一味の頭領兄弟の一人を無我夢中で殺し、それ以来復讐を怖れてか人前に出なくなったというのですが……

 その後も本シリーズ等に顔を見せる徳次郎のデビュー作である本作。彼の特技は幻術――刀や馬を飲み込んでみせるなどお手の物の徳次郎ですが、しかし本シリーズのような仕掛けものでは、こうした何でもありの技は興を削ぎかねません。
 しかし本作で驚かされるのは、そんな禁じ手を、彼や又市が挑む長者の謎に絡めて生かしてみせる、その巧みな語り口であります。塩の長司だけでなく、夜行や提馬といった、馬関連の妖怪(の名前)を織り込んでみせるのも楽しいエピソードです。


『柳女』
 見事な柳の木で知られる北品川宿の老舗旅籠・柳屋の主人・吉兵衛の後添いに迎えられることになったという、おぎんの幼馴染み。しかし吉兵衛には、柳に祟られ、そのために過去に幾人もの妻や子を失ったという噂がありました。
 おぎんの依頼を受けて、その真相を探ることになった又市が知った真実とは……

 前話同様、又市の仲間が頼み手となる本作。先祖代々祀られていた祠を打ち壊したことがきっかけで、柳に呪われたとしか思えない男が――という謎の正体自体は、正直なところ予想するのは難くありません。
 しかし本作の面白さは、祝言が三日後に迫る中、不幸な半生を送ったおぎんの幼馴染みを傷つけずに事を収めるという、不可能ミッションめいた条件設定にあります。あちらを立てればこちらが立たず、という状況を、妖怪を利用して解決してみせる――本作の魅力の一つが横溢したエピソードです。


『帷子辻』
 一年ほど前から、何度も女性の腐乱死体が何処からか現れるという京の帷子辻。既に下手人の大体の見当はついているものの、故あって表沙汰にできないというこの一件の始末を、腐れ縁の悪党・靄船の林蔵から依頼され、不承不承引き受けた又市ですが……

 又市の悪友であり、後に『西巷説百物語』の主役を務めることになる林蔵。その他、今後も何度か顔を見せる又市のかつての相棒・玉泉坊初登場となる本作は、あらすじから察せられるように、本書の中でも最もおどろおどろしい物語であります。
 本作も林蔵が語るように犯人(とその動機)はすぐに予想がつくのですが、見所はルチオ・フルチ映画のような気合いの入った仕掛け――ではなく、随所で描かれる、又市の内面を窺わせる描写でしょう。

 一種全能の狂言回しのような立場でいて、その実、様々な過去を背負った人間でしかない又市。その彼が冒頭で九相図を見ながら語る言葉、そして結末の一言は、人間・又市の発露として、強く印象に残るのであります。
(その一方で、百介と接している時とは全く違う、玉泉坊や林蔵との生き生きとした掛け合いもまた楽しい)


 本作と対を成す構成の『続巷説百物語』は、近日中にご紹介いたします。


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