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2019.07.19

京極夏彦『巷説百物語』(その一) 又市一味、初のお目見え


 先日、最新作『遠巷説百物語』がスタートした『巷説百物語』シリーズ。しかし考えてみればこれまで漫画版の紹介はしたものの、原作小説の紹介はしておりませんでした。そこでこれを機に、原作の全話紹介に挑戦してみたいと思います。まずはもちろんシリーズ第一作、『巷説百物語』から……

 まだ妖怪たちの存在が当然のように人々に受け容れられていた江戸時代を舞台に、裁くに裁けぬ外道、暴くに暴けぬ人の闇を、妖怪の仕業に託して始末をつける小悪党一味の活躍を描く『巷説百物語』シリーズ。
 その第一弾である本作は、口八丁の御行の又市、妖艶な山猫廻しのおぎん、老獪な事触れの治平という裏社会のメンバーに、戯作者志望の考物の百介が協力する(させられる)形で展開していくこととなります。

 以下、一話ずつ紹介していくことといたしましょう。

『小豆洗い』
 越後の山中で、嵐を避けるために小屋に集まった人々。その一人である旅の僧・円海の前で、退屈しのぎに人々は怪談話――百物語を始めることになります。

 嫁入り直前に姉が山猫に魅入られた末、山の中に作った小屋の中で息絶えたという山猫廻しの女。誰も信用できず知恵の足りない小僧に店を譲ると宣言した結果、小僧が殺され、以来周囲で小豆洗いの怪事が起こるようになったと語る江戸の商人。
 それらの怪談を聞く中、円海は不審な態度を見せるようになるのですが……

 記念すべき第一話は、タイトル通り百物語スタイルで展開していく物語。偶然小屋に集った男女が語る奇妙な怪談(それがこれだけ取り出しても十分に面白いのは流石であります)が、やがて思わぬ形で標的を糾弾して――というのは、それ以降のより直接的なエピソードとは少々趣は異なるものの、やはり本シリーズならではの妖怪の使い方と言えるでしょう。

 まだほとんど顔合わせ状態とはいえ、レギュラー4人もしっかりと顔を見せ、まずは理想的な第一話であります。


『白蔵主』
 かって自分が狐を釣って暮らしていた甲州の狐杜にやってきた弥作。そこで江戸からやって来たというおぎんと出会った彼は、近くの寺で役人の捕り物があったと聞かされることになります。
 どういうわけかそこで意識を失ってしまい、気が付いた百姓家で出会った治平と百介から、狐杜が白蔵主という古狐の墓であること、そしてその狐が長い間寺の住職に化けていたと聞かされた弥作は……

 弥作という男の心理描写を中心に語られる本作では、ある人物の心中を執拗に描いていく作者お得意のスタイルによって、弥作の抱えた闇が少しずつ明らかにされていくことになります。
 途中途中で又市一味が名前そのままで登場してくることで、弥作が標的なのはすぐにわかりますが、さてそれは何故か――結末に明かされる真実は、あまりにも惨く、苦いもの。本シリーズのモチーフの一つである必殺シリーズ――というよりむしろその原点である池波正太郎の暗黒街ものを思わせる味わいであります。


『舞首』
 伊豆の巴が淵に棲みつき、その大力で周囲を荒らし回っては女たちを攫い、好き放題に弄んで死に至らしめる悪漢・鬼虎の悪五郎。
 ある晩、悪五郎によって賭場を滅茶苦茶に荒らされた地元の侠客・黒達磨の小三太は、おぎんに唆され、重傷を負っているという悪五郎を討つことを決意することに。一方、病的な人斬り浪人・石川又重郎も、娘を攫われたという老爺の依頼で、悪五郎を討ちに向かうのですが……

 三つの生首が、口から炎を吐きながら空を飛び、争いあうという強烈なビジュアルの舞首。本作では三人の極悪人が登場して――とくれば、(モチーフとなる妖怪がどのように活かされるかすぐにはわからない他のエピソードに比べて)どのような展開になるかは何となく予想できるかかもしれません。

 しかしそれを一体どうやって――というミステリ的趣向が特に濃厚に漂う本作。簡単に言ってしまえば一種の○○トリックではあるのですが、それを成立させるのが、三つの生首という先入観なのが実に面白いところであります。
 そしてそこに結びつけられたもう一つのトリックは、やがて本シリーズでもまた別の形で使われるのですが――そのプロトタイプと見るのは、牽強付会に過ぎるでしょうか。

 残り4話は次回紹介いたします。


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巷説百物語 (角川文庫)

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