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2019.07.01

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』 逆襲の女妖、そして千弥の選択の行方


 先日ご紹介したように漫画版の第1巻も刊行された『妖怪の子預かります』シリーズ、原作の方は何とこれで8巻目であります。物語の方は前作ラストの展開を受けて、危険極まりない妖怪に弥助が狙われることになるのですが――物語は思わぬ方向に展開し、千弥が思わぬ行動に……?

 かつて妖怪奉行・月夜公に横恋慕し、自分に振り向かせるために彼の両親を惨殺、長年氷牢に閉じ込められていた女妖・紅珠。
 奉行所の烏天狗の一人を籠絡して牢から脱出した彼女は、かつて月夜公の心を奪った(と彼女が信じている)白嵐=千弥を苦しめるため、今の彼にとって宝物に等しい弥助の命を奪うことを宣言したのでした。

 このヤンデレにもほどがある地雷女を捕らえるため総力を挙げる妖怪奉行所ですが、しかし杳として知れないその行方。当然千弥の方も厳戒態勢で弥助にべったりなのですが、当の弥助の方はそんな状態に飽き飽きして、いつも通りの子預かり屋として働き始めるのでした。
 しかしはじめのうちは順調に見えた子預かり屋ですが、そこにも陰を落とす紅珠の存在。そして周到な罠がついに弥助を捕らえた時、千弥は……


 ここしばらくは久蔵や王蜜の君、烏天狗兄弟と、他のキャラクターにスポットが当たっていた感のある本シリーズ。それがこの巻では久しぶりに弥助と千弥が主役になることになります。
 が、今回の二人はヤンデレ女妖の復讐(それも完全に八つ当たり)のターゲットという、非常にありがたくない役回り。しかも結構早い段階で弥助は敵の毒牙にかかってしまうのですが――実はここから本作は凄まじい形で盛り上がっていくことになります。

 弥助のことになると途端にメロメロになるものの、他者に対してはかなり冷淡な千弥が窮地に陥った時にとったのは――あまりにも意外かつ、エモさ満点の行動。
 冷静に考えればそれほどおかしな行動ではないのかもしれませんが、普段の彼からすれば、そして何よりも彼の来し方を考えれば、こ、ここでこう来るか! と、ある種の感動すら覚えます。

 そしてさらなる紅珠の卑劣な罠に追いつめられた千弥が選んだ道は――これもこれしかない選択ではあるものの、しかしシリーズ読者にとっては驚きと感慨なしには見られないものであります。
 未読の方のために詳細を書けないのが非常に歯がゆいのですが、ここで描かれるのは、本シリーズには比較的珍しい大バトルであり――そしてかつて本シリーズで最もエモかったあのエピソードの、リプライズとも言うべき物語なのであります。

 もちろん最後は収まるべきところに全ては収まるのですが――いやはや、ある意味本シリーズで一番ドキドキさせられた物語でありました。


 そして巻末に併録されているのは、本作の後日談ともいうべき短編。シリーズのサブレギュラーである付喪神と人間の仲人屋・十郎が主人公のエピソードであります。
 紅珠騒動の中で壊れてしまった付喪神を直すため、奉行所の武具師・あせびのもとを訪れ、彼女の手伝いをすることなった十郎。その作業の最中に彼が思いだしたのは、彼が人間であった時の記憶だったのですが……

 という本作で描かれるのは、紅珠とはまた別の形で実に暗くおぞましい人の心の存在。十郎が今に至るまでにひどく暗いものを見てきたことは以前にもほのめかされていましたが、本作を読めばなるほど――と思うほかありません。
 だからこそラストの十郎の姿には、笑顔で声援を送りたくなってしまうのですが――こうしてみると、シリーズが始まってから、人間(妖怪)関係もだいぶ動いてきたものだと感慨深くなります。

 少なくとも10巻までは刊行が決まっているという本シリーズ、その先に何があるのか――これまで同様、温かくも恐ろしく、深い闇と明るい光が共に存在する物語を期待したいと思います。


『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』(廣嶋玲子 創元推理文庫) 
弥助、命を狙われる (妖怪の子預かります8) (創元推理文庫)


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