« 京極夏彦『続巷説百物語』(その一) 百介の視点、又市たちの貌 | トップページ | 谷津矢車『某には策があり申す 島左近の野望』 戦場を駆け抜けた戦国の化身 »

2019.07.27

京極夏彦『続巷説百物語』(その二) モラトリアムの終わり、百介と又市たちの物語の終わり


 『続巷説百物語』のご紹介、後半三話であります。後半といいつつ、分量的には六割を占めるこの三話――それまで描かれてきた断片が結びつき、本作のメインと言うべき巨大な物語がいよいよ動き出すことになります。

『船幽霊』
 淡路島の狸騒動の後、おぎんと共に四国へ渡った百介。謎の一団に襲撃された二人を助けた浪人・東雲右近は、北林藩先代藩主の正室・楓姫の弟を探していると語り、二人と行動を共にすることになります。
 そして楓姫の母が、山中に棲まう川久保党の出身であったことを知る百介たち。しかし川久保党は、何者かによって世を騒がす船幽霊の正体という濡れ衣を着せられ、百介たちも仲間として捕らえられることに……

 内容的には次話のプロローグ的な色彩も強い本作、前話でも仄めかされた北林藩と七人みさきがよりクローズアップされ、思わぬ形で百介たちに関わっていくことになります。
 物語の本筋の方も、伝説の秘術を受け継ぐ平家の末裔たちを巡る一種の秘境譚、そしておぎんの過去との因縁と、ある意味最も伝奇色の強い内容となっています。

 それらが全て絡み合い、絶体絶命の危機に陥った百介たちを救い出すクライマックスは異様な盛り上がりを見せることになります。又市一味にしてはびっくりするくらい力業ではありますが……


『死神 或は七人みさき』
 江戸で変わり果てた右近と再会した百介。北林藩では残忍極まりない辻斬りが横行した末に人心は荒廃し、右近の妻子も無惨な最期を遂げたばかりか、彼はその下手人にされ、おぎんの手引きで逃れたというのであります。
 北林藩で一年おきに起きるという残虐な殺人と、かつて江戸を騒がした四神党なる一団との間に関連性を見いだした百介。北林藩に入った百介と右近は、そこで恐るべき「死神」と対面することに……

 そして本作のメインというべき大作の登場であります。これまでのエピソードに登場した様々な人物、語られてきた様々な出来事が次々と結びつき、ついに慄然たる事件の真相が浮かび上がることになります。
 あまりに盛りだくさんの内容のために、どこから話すべきか逆に悩ましいのですが――やはり強烈な印象を残すのは、一連の事件の真犯人、百介が「死神」と呼ぶある人物の存在でしょうか。

 作中では死神という概念は一般的ではなく、他の人物に対して百介が説明に苦労するくだりもあるのですが、ここで描かれるのはまさしく「死神」としかいうほかない怪物。
 直接登場する場面自体はかなり少ないですし、また冷静に考えるとその言葉は結構定番の悪役的なものではあるのですが、しかしその登場シーンは、シチュエーションも相まって本作屈指の名場面と言うべきでしょう。

 さて、この怪物――そしてこの怪物によって地獄と化した一藩を向こうに回して又市の仕掛けもフル回転。これまた冷静に考えれば豪快すぎる一撃が決まることになるのですが、しかしそこまで(百介が)追いつめられまくった末に、クライマックスの異常な緊迫感の中で描かれる大逆転劇は、ただただ痛快というほかないのであります。
 しかし……


『老人火』
 それから六年後、事件の最中で出会った北林藩の家老・樫村の容態が悪いと知らされ、又市と繋ぎを取ってほしいと藩士から依頼された百介。しかし二年前から又市一味は彼の前からふっつりと姿を消しており、百介はただ一人、北林藩に向かうことになります。そこで彼が出会った怪火の正体は……

 本書の、いや百介と又市の物語の一つのエピローグというべき本作で描かれるのは、既に百介の前から、又市たちが去った後の物語であります。
 百物語ではないものの、自分の作品を出版し、戯作者として歩み出した百介。又市たちとの日々は過去のものとなり、彼らの記憶も薄れていく中、再び「妖怪」の痕跡と出会った彼の想いを、物語は描くことになります。

 いうなればモラトリアムの終わりを描くことにより、百介だけでなく、読者の我々にも、あの恐ろしくも楽しかった又市たちとの時間が終わったことを、はっきりと突きつける本作。一つの結末に相応しい、哀しくも見事な締めくくりであります。


 ……が、やはり千代田のお城のでけェ鼠を相手にしての江戸と上方の間の大抗争の物語は読みたかった――いや、今でも絶対読みたいと、結局モラトリアムから抜け出せない一読者は心から思ってしまうのですが。


『続巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
続巷説百物語 (角川文庫)


関連記事
 京極夏彦『巷説百物語』(その一) 又市一味、初のお目見え
 京極夏彦『巷説百物語』(その二) 「妖怪」が解決する不可能ミッション

|

« 京極夏彦『続巷説百物語』(その一) 百介の視点、又市たちの貌 | トップページ | 谷津矢車『某には策があり申す 島左近の野望』 戦場を駆け抜けた戦国の化身 »