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2019.07.28

谷津矢車『某には策があり申す 島左近の野望』 戦場を駆け抜けた戦国の化身


 様々な題材を、これまた様々な切り口から描いてみせる才人・谷津矢車。その作者が、戦国史を飾る大一番・関ヶ原の戦を中心に描く物語が本作であります。主人公は、副題にあるとおり島左近――石田三成に仕えた名将を、従来とは全く異なる形で捉え直してみせた、実に作者らしい戦国武将伝です。

 石田三成に過ぎたるもの二つとして、佐和山の城に並び称された島左近。人間としては今一つの主を最後まで支えた「義」の人、というイメージも強い人物ですが、その一方で、実像がはっきりしない人物でもあります。その左近を、本作は自由に、非常にユニークな人物像でもって描き出すのです。

 ある出来事がきっかけで、主家であった筒井家との間に溝が生まれ、ついに主家を捨てた左近。以来、主持ちはこりごりだと豊臣秀長、次いで蒲生氏郷の下に陣借りし、九州討伐や忍城攻めといった戦に参加した左近ですが――そこで敵味方様々な人々と出会いながらも、決まって周囲と衝突し、飛び出すことを繰り返すことになります。
 実は彼が求めるのは出世や富ではなく、ただ戦いのみ。戦いの場を求めて次々と居所を変える上、出会ったとは思えない武田信玄から軍略を直伝されたと嘯く困った男ですが――しかしその強さは本物であります。

 そしてそんな左近を受け入れ、戦う場を与えたのが、かつて忍城攻めの際に彼に命を救われた三成。この国から豊臣家の敵を全て滅ぼす決意を固める彼は、そのための大戦を戦わせてやると、左近を誘ったのでした。
 かくて政略は三成、軍略は左近という組み合わせで、天下の大戦を起こすべく策を練り始めた二人。そして家康が上杉攻めに向かった機に起った二人は、関ヶ原でついに大戦へと打って出ることになるのですが……


 本作とは世界観を共有する三部作である『曽呂利』『三人孫市』のほかにも戦国時代を舞台とした作品を幾つか描いている作者。しかし本作はその中でも、最も真っ正面から「戦」を描いたものという印象があります。
 特に本作の後半をほとんど丸々使って描かれる関ヶ原の戦は、新説や巷説を巧みに取り入れる歴史ものとしての面白さだけでなく、ドラマの盛り上がり方も素晴らしい。それまでに描かれてきた左近を巡る人々との間の因縁が次々と昇華されていくのにはただ唸るほかありません。

 特に特に左近とはある意味裏返しの存在とも言うべき藤堂与右衛門や、左近とは近しいベクトルの戦馬鹿・島津兵庫、そして『三人孫市』ファンには嬉しい雑賀孫市といった面々は、左近を引き立たせると同時に自分たちも輝くという理想的な立ち位置で、物語を大いに盛り上げてくれるのであります。
 さらに実は似たもの同士である左近と三成との交流なども含め、本作は普通に戦国もの、合戦ものとしても実に面白い作品なのですが――しかし作者の作品が、そんな直球のみで終わるはずもありません。

 そう、本作で描かれるのは、左近という男の持つ強烈な「歪み」の存在。天下太平に向かう世界の中で、ひたすらに戦のみを求める左近の(極端にいえば)異常性なのです。


 作中で左近を評してしばしば使われる「山犬」という言葉――それは当然肯定的なものではありません。それは戦国の時代を終わらせて秩序をもたらそうとする者たちから、理想や理念を持たず、ただ戦いのために戦う左近に対し、強い嫌悪感とともに発せられるものであります。

 血を分けた息子に対する親としての想いなど、基本的に人としての情を理解できず、戦場を荒れ狂う嵐のような存在――それでいて単なる暴力馬鹿として描くのではなく、人間臭さを感じさせるのが本作の巧みな点ですが――である左近。
 その姿は一面から見れば、作者が得意とする、抜きん出た才を持ちながらも、社会や制度といった壁にぶつかり藻掻く天才たちに通じるものがあるのは間違いありません。

 しかしそれだけでなく、彼の存在は一種の――終わりゆく戦国時代の、そしてそんな時代を作りだし動かしてきた時代の流れの――化身としても感じられます。善悪といった人間の価値判断から離れたところにある、一種純粋な存在として……
 そしてそれは、一種のキャラクターものとしての側面が強い、戦国もの、戦国武将ものというジャンルへの強烈なカウンターということができるかもしれません。


 戦国時代を駆け抜けた猛将の姿を描く血沸き肉躍る戦国ものでありつつも、その根底にむしろそれを相対化してみせるような視点を持った物語――小説としての面白さはもちろんながら、それだけではすまない、作者ならではの強烈な毒を持った物語であります。


『某には策があり申す 島左近の野望』(谷津矢車 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
某には策があり申す 島左近の野望 (ハルキ文庫 や 16-1 時代小説文庫)


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