みもり『しゃばけ』第2巻 若だんなが追う殺人の謎と自分の未来
原作小説の方は近日中に最新巻が刊行される『しゃばけ』シリーズ――その第1作の漫画版の第2巻が、実に1年3ヶ月を置いての登場であります。物騒な人殺しを目撃してしまい、その謎を追いかける長崎屋の若だんな。しかし犯人の魔手はついに若だんなにまで……
店の番頭を務める二人の兄やをはじめ、幼い頃から何故か妖に好かれる江戸有数の薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎。その若だんなが故あって一人外出した晩、無惨な人殺しを目撃することになります。
もしかしたら犯人の方も若だんなを目撃しているかもしれない、と探りを入れる若だんなと妖たち。しかし犯人の行方は杳として知れません。そんな中、不死の妙薬と言われる木乃伊があることを聞きつけて、長崎屋を訪れる一人の男。その応対をする若だんなですが、その男こそは……
若だんなが偶然目撃してしまった殺人を巡り展開していく物語の方も、いよいよ盛り上がってきたこの第2巻。
出入りの十手持ち・日限の親分も当てにならないと――若だんなに褒められたい一心で――それぞれ手がかりを探しに出かける妖たちですが、そうそう簡単に見つかるはずもありません。それどころか、元々の謎はそのまま、さらなる新たな謎ばかりが増えていく状況であります。
最近のシリーズはいささかこの辺りの味わいが薄れてきている感がなきにしもあらずですが、こうして読み返してみると、記憶以上に時代ミステリしているのに気づかされる本作。
何しろ途中で若だんなが未解決の謎をリストアップしてくれるのですから親切ですが――しかしそのいずれもがこの時点でも謎だらけ、いや一つの謎が解けたと思えば、また新たな謎が生まれるのが、悩ましくも楽しいところであります。
この、世間から見るとアウトサイダーな、しかし極めて個性的で愉快な連中が寄り集まって騒々しく事件に挑む様は、原作者の師にあたる都筑道夫の『なめくじ長屋捕物さわぎ』にある意味通じるものがあるというのに、今更ながらに気づかされた、というのはさておき……
(もちろん、こちらが大金持ちに比べてあちらは赤貧洗うが如しですが)
しかし同時に本作の魅力は、ミステリとしての興趣だけでも、賑やかな妖たちの個性だけでもないこともまた、改めて再確認させられます。
それはこの世で人が生きていく上で否応なしに背負うことになる、ままならないものの数々――ある意味、人生そのものとも言うべきものの数々。その苦さは、本作から今に至るまでシリーズの基調を成すものとして存在しているのであります。
そして本作においてそれをある意味体現しているのは、若だんなの親友である菓子屋の息子・栄吉であります。
いずれは実家を継がねばならぬ身の上ながら、どうしようもなく菓子作りが下手――という彼のキャラクター描写は、漫画では特にユーモラスに感じられます。しかしそんな彼の姿には、早々にモラトリアムから抜け出さなければならない者の苦さが濃厚に漂います。
そんな彼のあり方は、彼の妹の人生にも残酷な影響を与えるのですが――それだけでなく、何不自由ないはずの若だんなの心にも、大きな波紋を残すことになります。
幼い頃から病弱で、長崎屋の跡取りとは言い条、できること、やってきたことはほとんどない若だんな。自分自身のやるべきことがあり、それに向かって曲がりなりにも進んでいる栄吉の姿に引き比べて、自分の身をどう考えるか――想像するまでもないでしょう。
本作は、そんな限りある生の未来に向けて懸命にもがく人々の姿を描く物語でもあります。それは、その生を断ち切る殺人という行為、そしてまた、ほとんどいつまでも生き続ける妖の存在と対比することによって、より際だって感じられるのです。
ほとんど同じ髪型のキャラクターばかりというビジュアル化にはなかなかに困難な状況ながら、それを丹念に描き分けて見せた作者の絵の確かさもあり、新たな『しゃばけ』としての存在感を確立した印象の本作。
ただ、次の巻はもう少し早く刊行されることを祈るのみであります。
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