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2019.08.16

ロジャー・ゼラズニイ『虚ろなる十月の夜に』 巨匠最後の「新しい」ゲーム小説


 ロジャー・ゼラズニイといえば、失礼ながら懐かしの――と呼びたくなる作家ですが、その最後の長編が21世紀に邦訳されるとは思いもよりませんでした。それも、19世紀末のイギリスを舞台に、あの有名人たちが、あの「神話」にまつわる「ゲーム」を繰り広げるという、極めてユニークな内容で……

 ある年の10月、ロンドンの郊外に集まる奇妙な者たち。「魔女」「魔術師」「伯爵」「ドルイド」「修道僧」「博士」そしてジャック――一見無関係な彼らは、しかしある目的のためにここに集まったのでした。
 それは「ゲーム」――10月31日の晩、すなわちハロウィンに行われるある儀式の準備のため、彼らは使い魔(コンパニオン)である動物たちとともに素材を集め、儀式の地を探し、そして誰が敵で誰が味方かを探っていたのであります。

 そして31日に向かって時間が流れていく中、なおも姿を現す奇妙な人々と、その数を減らしていく「プレイヤー」たち。さらに「探偵」が独自の動きを見せる中、いよいよ状勢は混沌を極める中、果たして勝利を収めるのはどちらの側なのか……


 というあらすじを見ただけでは、現代の(といっても本作の発表は1993年、作者の最晩年の作品なのですが)伝奇ファンタジーもののような設定に感じられる本作。
 作中では明確にされてはいないものの――本の裏表紙や帯、電子書店などでは固有名詞まではっきり述べられているのですが――ジプシーを連れた吸血鬼の「伯爵」、嵐の中で奇怪な「実験体」を生み出そうとする「博士」、夜毎ロンドンを徘徊して何かを集めているナイフ使いのジャック、そしてロンドンで活躍する変装の達人の「探偵」と、このオールスター性もまた、実に今っぽいという印象です。

 さて、そんな本作を一読すると、実に「ゲーム」的――作中でゲームと呼ばれていることを抜きにしても――という印象があります。その意味は二つあるのですが、一つには上で述べたような様々な職業・属性の「プレイヤー」たちが、一定の期間の下、一つの目的に向けて準備を進め、勝利を競うという、一種ボードゲーム的なルールであること。
 そしてもう一つは、そのルールの中の相互依存的状況下で、自分の行動の効果を最大限のものとし、目的を果たすために駆け引きを行っていくという点においてであります。

 上ではできるだけ伏せたものの、先の裏表紙等では、あらすじや設定がかなりオープンにされています。
 しかし作中では、当初伏せられていたそれらが徐々に明らかになっていく――読者に対してだけでなく、登場人物たちに対しても――のも含めて、そのゲームの展開、ゲーム性の描写が感心させられるほど巧みなのであります。

 先に述べた題材という点だけでなく、発表から約四半世紀後の今読んでも、全く古びて感じられないのは、この辺りによるものでしょうか。


 そしてそんな本作の物語運びをさらに効果的にしているのは、本作の語り手が、彼らプレイヤーではなく、コンパニオン――ジャックの相棒である犬のスナッフであることでしょう。
 もちろん犬といってもただ者ではなく、かなりの歴戦の強者であることが窺われるスナッフ。そんな人知を超えた存在であっても、やはり犬ゆえの限界が色々とあるのが愉快なのですが――何はともあれ、そんな彼の目線から描かれることによって、本作は一層謎めいた、そしてどこか俯瞰的なものとして、我々の前に現れるのであります。
(この点、上に述べたゲーム性と密接に絡むのもまた見事)

 そして彼と不思議な友情を結ぶ「魔女」のコンパニオンである猫のグレイモークをはじめ、フクロウやコウモリ、リス、ヘビやネズミに至るまで、様々な動物たちが大活躍するのも楽しく、一種動物小説的な側面も持ち合わせているのがまた、本作の実にユニークな点と言えるでしょう。


 そしてもう一つ、この点はわかりやすく作者らしいというべきか、物語の根底に、ある「神話」を置いている――この点も「新しい」と感じさせる原因なのですが――本作。

 こうして見ると驚くほどの様々な要素が投入されているのですが、しかし一つの作品、一つの世界として全く違和感なく、そして無二の個性を生み出しているのは、これはやはり作者の視点の確かさと腕の冴え――などというつまらない結論は野暮というものでしょうか。
 いまこの作品を読むことができることを感謝したい物語であります。


『虚ろなる十月の夜に』(ロジャー・ゼラズニイ 竹書房文庫) Amazon
虚ろなる十月の夜に (竹書房文庫)

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