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2019.08.22

モーリス・ルブラン『三十棺桶島』(その二) ルパンが暴く過去の伝説の正体と現在の戦争の狂気


 ルブランのアルセーヌ・ルパンもの屈指の異色作『三十棺桶島』の紹介の後半であります。奇怪な伝説と予言が残された孤島で繰り広げられる謎と怪奇の数々に翻弄される本作の主人公・ベロニック。彼女の苦境に対してルパンその人は……

 といえば、これは実が終盤になってようやく登場することになります。
 颯爽とベロニックを助け、快刀乱麻を断つが如く怪奇の謎を解き明かす――とはストレートにはいかず、こんな物語でも過剰に芝居っけと饒舌さを見せてくれるのには思わず苦笑ですが、それはそれで実にルパンらしいというべきでしょう。
(ちなみに本作のルパンは、変名のドン・ルイス・ペレンナを名乗っているのですが、本人を含めて誰一人ルパンであることを疑っていないのも楽しい)

 そして本作においては、このルパンの登場を境に、物語のムードが大きく転換することになります。
 これまでほとんど超常現象のようにすら思えた事件の数々と、そして古怪な予言の謎が描かれていた物語が、ルパンを探偵役にすることによって、一気に科学的合理性の光に晒されることになるのであります。

 科学的――そう、本作のユニークな点の一つは、物語の根本に位置する謎の一つが、科学的に説明されることにあります。
 もちろんそれは当時なりの「科学的」であり、現代人の我々であれば(作中でルパン自身が述べているように)すぐに気付いてしまうようなものではあるのですが――しかし本作のような怪奇ムード濃厚な作品でこのような形の謎解きが用意されているというギャップは、これはアイディアマンのルブランならではのものでしょう。

 そしてそれと同時に、その「科学的」な存在の裏付けに、三十棺桶島の成立に関わる伝奇的な――歴史ロマンというべき秘話を用意しているという、いわば二重のギャップも面白い。
 これは(興を削ぐ言い方で恐縮ですが)後付けではあるものの、『カリオストロ伯爵夫人』で言及される、かのカリオストロ伯爵が追い求めていたと言われる四つの謎の一つが、本作で描かれているというのも、また嬉しいところであります。


 そしてもう一つ――本作で強く印象に残るのは、この古代から繋がる謎と怪奇の物語に対し、第一次大戦という「いま」の戦争の存在が色濃く影を落としている点であります。

 本作の冒頭から引用しましょう。「これからお話しようとするような、戦争の外で生じた様々な出来事も、戦争という大きなドラマのおかげで、なにか異常な、筋のとおらない、奇跡的なものに思えてくることがある」
 そして結末からももう一文を。「(前略)また狂気と錯乱の時代に起こった事件だったからです。戦争のおかげで、ひとりの狂人が、静かに安心して、かずかずの犯罪を練り、準備し、それを実行に移すことができたのです」

 本作の発表は1919年――第一次世界大戦が終結した翌年であります。人類史上初の世界規模の戦争――それが当時の人々にどれだけ強い衝撃を与え、そして社会に深い爪痕を残したのか、それは現代の我々は想像することしかできません。
 しかし本作において描かれた怪奇と謎が、その戦争という狂気と隣り合わせであること、そして本作の物語そのものが、この狂気の象徴であること――それは、上に引用した文章から明確に読み取ることができます。

 それは作者のエンターテインメント作者としての目配りの巧みさ(ちなみに本作の悪役の設定は、実にこの時代の国民感情を踏まえたものではあります)によることは言うまでもありません。しかし同時に、この時代の狂気を目の当たりにした作者の、掛け値なしの感情の発露ではないかと――そう感じてしまうのであります。

 そして――これは余談の上に、既に様々な方が指摘していることではありますが、本作のように、過去からの奇怪な伝説と因習が残る閉鎖環境で起きる連続殺人を描いた横溝正史の諸作が、同時に先の戦争の爪痕を浮き彫りにしたものであることは、興味深い暗合と感じられるのです。


 怪奇色・伝奇色濃厚な物語の中に、科学という合理性でもって切り込むと同時に、戦争という同時代性を――そして超時代性を――盛り込んでみせた本作。
 さすがに今の目で見ると古めかしさが感じられないでもなく、また現在流通している完訳版がほとんどないという点はあるのですが――ルパンファンのみならず、怪奇ファン、伝奇ファンにはご覧いただきたい名作であることは間違いありません。


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