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2019.08.30

柴田勝家『ヒト夜の永い夢』 南方熊楠と粘菌美少女人形、人間と世界の根本を語る


 博覧強記で知られた在野の博物学者・南方熊楠。昭和初期の混沌たる世相を背景に、様々な逸話を持つ彼と実在の登場人物たちが巻き込まれた、自動人形と粘菌コンピュータを巡る奇怪な騒動を描く一大伝奇SF小説――そして壮大な人間と夢と愛の真実を巡る物語であります。

 新天皇即位が間近に迫った昭和初年に、和歌山の田舎で暮らす熊楠を訪ねてきた一人の男。高野山で僧侶かつ大学教授として暮らすというその男は、かつて千里眼事件で学界を追われた超心理学者・福来友吉でありました。
 求められるまま、少年時代、一人の少女と共に迷い込んだ異界の物語を語り、意気投合した熊楠と福来。福来は、熊楠を自分たちの仲間――本流から外れながらも独自の研究を行う学者団体・昭和考幽学会に誘うのでした。

 そして学会の会合に初参加した熊楠は、そこで昭和天皇即位の記念事業を行うという学会の企てを知ることになります。そして様々な分野の専門家たちが意見を戦わせる中、その事業は、自動人形「天皇機関」を作り上げ、天皇に謁見させることに決まるのでした。
 天皇機関実現に向けて各人が検討を進める中、旧知の友人・孫文から手に入れたある設計図に、かつて知り合った青年・宮沢賢治から届けられた粘菌「賢者の石」を組み合わせることを思いついた熊楠。

 その組み合わせは、粘菌による自律制御を可能とする粘菌コンピュータを生み出し、そこに自殺した千里眼少女劇団員の肉体から作られた人形を組み合わせることにより、「天皇機関」はついに完成するのでした。
 しかし完成早々にひとりでに動き出し、教えていないことばかりか未来予測まで語り出した天皇機関。その計算外の能力に不安を覚えつつも、熊楠らは、昭和天皇のお召し列車に、天皇機関と共に乗り込むことになります。

 そしてついに決行される計画。しかしそこで思いも寄らぬ事態が発生して……


 ここまでが全体の約半分、第一部の物語ですが――こうして要約しただけでも、実にとてつもない物語としか言いようがありません。
 確かに熊楠といえば粘菌、ではありますし、そしてその粘菌について熊楠が昭和天皇にご進講する栄誉を得たのも史実ですが――それがパンチカード式コンピュータと粘菌から誕生した自分の意思を持った美少女人形を生み出すとは誰が思うでしょうか。

 そして驚くべきは、熊楠以外の登場人物も、ほとんど全てが実在であることでしょう。上に名前を挙げた面々のほかにも、日本初のロボット工学博士や、探偵小説の鬼の幻影城主、劇的な最期を遂げたあの文学者の祖母など、よくぞここまで――という異形のオールスターキャストなのです。
 さらに物語の後半で熊楠たちと全面的に対決することになる宿敵も意外かつ納得の人選であります。

 しかしこの面子がただ登場するだけではありません。熊楠をはじめ、登場人物の大半はおっさん、しかも時代背景も背負っているものも決して軽くはないのですが――とにかくパワフル。年も立場も関係なく、自分たちの目的・理想のために猪突猛進する姿は、もう痛快と言うほかありません。
 そしてそんな面々が物語の後半で繰り広げる天皇機関を巡る攻防戦が、やがて「彼」が昭和11年の雪の帝都で引き起こしたあの事件を背景として、自動人形同士の宿命的な激突になだれ込んでいくのですから、盛り上がらないはずがないのであります。


 しかし本作の真に恐るべきは、こうしたエキセントリックな伝奇エンターテイメントを描く一方で、極めて繊細でロマンチックな物語をも同時に描いてみせることでしょう。
 そう、物語の中で人間と人間が、そして人間と人間ならざる天皇機関が対峙し、その間で語られるもの――それは人間の存在の意味であり、その人間が生きる宇宙のあり方であり、そしてその間に働く偉大なる力の何たるかなのですから。

 史実を背景に、実在の人物たちを多数配置した物語において、人間の知性の結晶というべき熊楠と、彼らが生んだ一種の超人というべき天皇機関――粘菌との対話を通じて、これらを描いてみせる。
 それはある意味、物語全体を貫く舞台・レヴュウめいた非日常的空気があるからこそ成立するものかもしれませんが――その現実と虚構、実在と非在、人間と超人を通じて、この世を貫く根本ともいうべきものに丸っと答えを提示してみせる様には、これはもう「ああ、SFを読んだなあ……」と嬉しくなってしまうのであります。

 よく出来た時代伝奇として、優れたSFとして、そして何より痛快な人間群像劇として――その全てがハイレベルで融合した奇書、いや快作であります。


『ヒト夜の永い夢』(柴田勝家 ハヤカワ文庫JA) Amazon

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

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