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2019.08.31

さいとうちほ『輝夜伝』第3巻 自分の未来は自分から掴みに行く天女「たち」


 誰もが知るかぐや姫の物語を題材に、全く新しい物語を描き出してみせる『輝夜伝』第3巻であります。かぐや姫同様、常人離れした力をついに発揮した月詠。さらにかぐや姫を巡って現れた第三勢力によって、事態はいよいよ混迷の度合いを深めていくことになります。果たして天女が秘める謎とは……

 兄が命を落とした血の十五夜事件のなぞを追い、男装して滝口の武者となった月詠。やがて帝が思いを寄せる絶世の美女・かぐや姫付きとなった彼女は、姫を狙う上皇・治天の君一派との対決を余儀なくされます。
 そんなある晩、彼女が女だと知る同僚の大神に想いを打ち明けられ、唇を奪われる月詠。その時彼女の目に映ったのは、決して見てはならないと兄から禁じられていた満月でありました。

 そして月の光を浴びた月詠は、あたかも重力から解き放たれたかのように宙に浮かび上がり……


 という、何とも気になる場面から始まるこの巻の中心となるのは、いよいよ深まる天女の謎であります。
 あの夜空に輝く月から降りてきたと言われる天女。いうまでもなくかぐや姫はその天女であり――そしておそらくは月詠もまたその一人と思われますが――常人離れした成長速度を持ち、そして瞬間移動能力を持つ姫や宙に浮いた月詠など、彼女たちは超人的な力を持ちます。

 果たして彼女たちは一体何者なのか? そしてまた、帝をも凌ぐ権力者であり、不老不死とも噂される怪人・治天の君が、その天女を執拗に天女を手中に収めようとするのは何故か……
 月詠はおろか、かぐや姫すらわからぬその謎の一端が、この巻では思わぬ者たちの登場から明らかになることになります。

 それは比叡山延暦寺――僧兵の擁する山王の神輿を押し出して強訴を繰り返し、治天の君でも思いのままにはできぬ存在。そんな僧兵たちが、帝・治天の君に次ぐ第三勢力として登場したのであります。
(それにしても、ご丁寧に(?)こちらにも仮面キャラが……)

 はじめは治天の君に対して要求を押し通すために冷然院に押し掛けたものが、僧兵たちはそこにかぐや姫が訪れると知って彼女を拉致し、人質にせんと企むことになります。
 滝口・西面との大混戦の末、僧兵たちに奪われてしまった姫の牛車。しかしそこには月詠も乗っていたのであります。

 そして姫を逃がして自分は姫を偽ってただ一人その場に残り、比叡山に連れ去られた月詠。そこで彼女は、「過去の天女」の存在を知る者と出会うことに……


 本作の舞台背景(のモデル)となっているのは、おそらくは平安時代中期以降。それを考えれば、なるほど比叡山の僧兵たちの登場は意外に見えて、十分あり得るものと思えます。
 しかしその比叡山に天女を――しかも、かぐや姫や月詠よりも遙か前に地上に現れた天女を知る者がいたとは、これは事前に予想できる者はいないでしょう。しかもその天女とある人物との間に、浅からぬ関係があろうとは!

 比叡山で語られた事実でもって、一層謎が増えたかに思える物語。しかし少なくともここで、この人物に関する謎のいくつかには、答えの一端らしきものが見えてきたように思えるのですが……

 しかしそれでもまだ、月詠そしてかぐや姫にとって最大の謎は――天女とは何者なのか、そして自分たちはどうなってしまうのかという点は、どうやらその答えを知ると思われる仮面の西面の武者・梟が依然として沈黙を守る中、依然として謎のままであります。


 しかし本作のかぐや姫は、かぐや姫たちは、決して求めるものが自分のもとを訪れるまで、待っているだけの存在ではありません。
 自分たちの求めるものは、自分たちの未来は自分たちで掴む。そんな彼女たちの凛々しいに姿は、あるいはかぐや姫の物語を今この時に語り直す意味を示しているのではないか――そんなことすら感じさせる清々しさがあります。

 そしてそのために自分の過去と向き合う決意を固めた月詠とかぐや姫を待つものは何か? 過去の先にある彼女たちの未来に、幸多かれと願うばかりなのです。


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