鶴淵けんじ『峠鬼』第1・2巻 入り組んだ時間と空間の中に浮かび上がる神と人の関係
修験道の開祖として知られ、様々な伝説を持つ役小角。その役小角と弟子たちを題材としつつ、自由な視点から人と神の関係性を描く古代ファンタジー漫画であります。神の贄に選ばれた少女・妙が役小角と出会った時、動き出す運命とは……
山に神、峠に鬼がいるとされた頃、村を司る神・切風孫命神への生贄に選ばれた少女・妙の村に現れた一行――その名も高き役小角と弟子の前鬼・後鬼の三人。しかし胡散臭い素顔を持つ小角に反感を抱く一方で、妙は何故か自分に優しい仮面の女・後鬼に親しみを感じるのでした。
そしていよいよ生贄に捧げられる日、切風孫命神に用があるという小角一行とともに、神の前に立つ妙。異形の神の姿に恐れを隠せない妙ですが、切風孫命神が持つ神器を前に、後鬼が思わぬ行動を見せて……
役小角が前鬼と後鬼と呼ばれる二体の鬼を使役したというのは有名な伝説を踏まえつつも、全く新しい物語を生み出してみせる本作。
この第1話の結末で小角に弟子入りすることとなった妙は、ひとまず都に向かうまで、小角と善(前鬼)と行動を共にすることになるのですが――その途中で一行は、異形の神々と、彼らが持つ人知を越える力を持つ神器と出会うのであります。
かつてに比べれば力を失い、人との距離は離れた神々とはいえ、その力が込められた神器は、強力ではありながらも、しかし危険きわまりない存在。そんな神々と神器の引き起こす不思議な事件に巻き込まれながら、一行は旅を続けることになります。
本作に登場する神々――たとえば第1話の切風孫命神などは、私の知る限りでは本作オリジナルの、神話に由来を持たない神かと思います。
そんなこともあり、はじめは見るからにファンタジー色の強そうな(すなわち何でもアリになりそうな)本作に、正直に申し上げればちょっと引いた印象があったのですが――しかし実際に作品を読んでみれば、そんなことは小さな拘りに過ぎなかったことがよくわかりました。
恐るべき異形を持ち、人間と異なるメンタリティを持ちながらも、なおも人間との関わりを持とうとする神々。それぞれに異なる力と能力を持つ神器の数々。そして小角・善・妙の三人の、賑やかでありつつもそれぞれの想いを背負った造形……
本作を形作る要素それぞれが巧みに結びつき、本作でなければお目にかかれないような、神と人のドラマを生み出す様には、あっという間に魅了されてしまいました。
さらに、第2巻で描かれる「都」において登場する役小角の友人である「東宮」は、どうやら歴史上のあの人物らしいなど、(もちろんアレンジされてはいるものの)神の姿を描くファンタジーのみで終わらず、人の歴史の姿にもきちんと触れてみせる点にも好感が持てます。
特に第2巻の後半で描かれる前後編エピソードは、こうした神と人の世界が渾然一体に描かれると同時に、第1話でも示された、時間や空間が複雑に入り組んだ世界観が密接に絡んで描かれる複雑かつ奇妙な物語。
本作ならではの要素を巧みに盛り込んだ末にたどり着く結末は、ひとまずの物語のクライマックスと呼んでもよいかと思います。
(実際にここまでが「ハルタ」の付録小冊子「青騎士」に連載分で、本作はこれ以降「ハルタ」本誌に移籍することになります)
唯一気になるのは、タイトルに掲げられており、そして善というキャラクターの根幹に関わる「鬼」という要素が、ここまでの物語ではあまりクローズアップされていないことですが――それはこれからのお楽しみと考えればよいでしょうか。
何はともあれ、役小角が追い求める一言主、神話伝説で小角とは因縁浅からぬあの神との出会いが、本作ではどのような形で描かれるのか――作中に登場する過去と未来を見通す目を持つ奇妙な蜘蛛神・晏尹石が語るように、果たして神話に語られているままが描かれるのか……
この先の物語が、そこで描かれる神と人の姿が、何とも楽しみな作品であります。
ちなみにこの第1巻と第2巻の巻末には、挿話あるいは番外編の形で、第1話に登場した切風孫命神にまつわる物語が収録されています。
本編では実に恐ろしげな神でしたが、そんな彼が人との関わりをどのように感じていたのか、そしてまだ神と人が近い時代の両者がどのように暮らしていたのか――作品世界を広げる物語として、実に味わい深い内容なのが、また嬉しいところであります。
『峠鬼』(鶴淵けんじ KADOKAWAハルタコミックス) 第1巻 / 第2巻 Amazon
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