八房龍之助『宵闇眩燈草紙』壱・弐 三人のワケありの目に映った怪奇・伝奇・猟奇
大正時代頃の日本――を思わせる世界を舞台に、もぐり医者・仙術使いの荒事師・正体不明の古道具屋というワケありの三人の男女を中心に展開するオカルトホラーアクション漫画であります。何でもありの奇妙で悪趣味な世界で繰り広げられる奇譚の数々とは……
血を見るのが苦手で医学を諦め、父の残した家に暮らしながら、今はワケありの患者専門の幇間医者として口を糊する木下京太郎。
その京太郎の家に居候している隻眼黒ずくめの男――東西の黒社会で(様々な名で)悪名を轟かす仙術と忍術の使い手・長谷川虎蔵。
二人の知人で古道具屋「眩桃館」を営む年齢不詳の女主人、常に謎めいた笑みを浮かべる眼鏡に黒髪の妖艶な美女・麻倉美津里。
いずれもまともな渡世ではない、程度の差こそあれ渡世の裏街道を行く連中ですが――本作はこの三人が巻き込まれた、あるいは引き起こした奇怪な事件や騒動を描くシリーズであります。
その内容は中短編からスケールの大きな長編まで様々ですが、今回ご紹介する第1巻・第2巻はいわば連作短編集。おそらくは大正時代を舞台として、その怪しげな空気漂う世界を舞台とした奇譚集であります。
そしてその内容も、中心となる三人が生まれも育ちも稼業も性格も全く異なる面々だけに、実に多岐にわたることになります。
鏡と薄幸の少女にまつわる骨董奇譚が語られたかと思えば、日本に進出してきた中国マフィアの用心棒とのド派手な仙術合戦が繰り広げられ、ヤクザや怪人に追われる謎めいた金髪碧眼唖の少女を連れての逃避行が描かれた次には、牡丹燈籠写しの幽霊話が。
京太郎の父の遺産にまつわる淫靡な怪異譚の次には、面作りと遊女の怨念にまつわるおぞましい猟奇譚が展開し、突然どこかで見たような地下迷宮を探検した次には、人形作りの美女につきまとう謎の怪人との対決が……
いやはや、古今東西の怪奇・伝奇・猟奇、様々な題材と趣向を作者の気の向くままに放り込み、魔女の大釜で煮込んだかのような物語は、その題材とはある意味裏腹にあっけらかんとパワフルに展開し――そのギャップが本作の魅力の一つともなっているのであります。
そしてまた本作をさらにユニークな作品としているのは、基本的に三人組に主人公としての自覚が皆無である点でしょう。
何の特殊能力も持たない小心翼々たる一般人の京太郎、極め付きのものぐさの上にどう考えても悪魔の側の美津里はもちろんのこと、能力的には最もヒーロー的な虎太郎も、善悪の価値観には全く無頓着な裏社会の男なのですから。
なるほど、無頼――というよりむしろ外道というべき連中が事件・騒動と出会ったとしても、素直に解決のために尽力するはずがありません(というよりも酷いときには彼らが原因となったりすることもあって……)。
そんな本作は、主人公というよりも狂言回し、あるいは傍観者といったといった彼らの目に映った物語というべきでしょうか。クセは強烈なのですが、その味が好きな人にはたまらない作品であります。
ただ、第2巻に収録されたあるエピソードだけは、これは本当に悪趣味――というよりも拒否反応を示す人は多いだろうな、という印象があります。
そしてよりによってそれをやらかしたのが美津里や虎蔵ではなく、京太郎という点もインパクトが大きいところであります。
(この辺り、この先のエピソードで描かれる京太郎の一般人ゆえの懊悩を考えてもどうなのかな――という気もしますが、あれは倫理観の問題ではなく力の有無の問題なので矛盾していないとも言えますが……)
もともとこういうお話、といえばその通りなのですが、この点だけは覚悟して手に取った方がよいかと思います。
何はともあれ、第3巻以降には、これまでのような短編のみならず、大仕掛けな伝奇長編も描かれる本作。そちらもおいおい紹介していきたいと思います。
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