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2019.09.13

京極夏彦『前巷説百物語』(その一) 「青臭い」又市の初仕掛け


 『巷説百物語』紹介もこれで第4作目。明治時代まで至り、完全に完結したかに見えたシリーズですが、本日は時代を大きく遡っての前日譚であります。まだまだ青臭い又市が、人の損を買って始末をつける損料屋・ゑんま屋の面々とともに繰り広げる仕掛けの数々。その先に彼を待つものは……

 『続』で又市が百介の前から姿を消し、『後』で又市と百介の物語の結末が描かれた本シリーズ。しかし又市自身の過去はこれまで断片的に語られてきたものの、全貌は明らかになっていませんでした。
 それを語るのが本作――上方で下手を打ち、腐れ縁の林蔵と江戸へ流れてきた「双六売りの又市」が、奇妙な損料屋と出会うことから物語は始まることとなります。

『寝肥』
 身請けされては戻ってくることを繰り返す又市馴染みの遊女・お葉。彼女が自分を故郷から連れてきた音吉の妻・おようを殺してしまったと死のうとしていたところに出くわした又市ですが、そこに居合わせたゑんま屋の手代・角助は、その損を買おうと申し出るのでした。
 音吉を殺し、お葉も殺そうとして逆に殺されたおよう。死体を始末し、お葉の罪を隠すため、又市が角助や昔なじみの細工師・長耳の仲蔵とともに用意した仕掛けとは……

 以前『帷子辻』で昔馴染み相手にその姿が描かれたように、威勢良く喋りまくる又市の姿が、何とも新鮮な本作。その又市の初仕掛けは、正直なところかなり雑な上に、かなり偶然に頼ったものなのですが――それも駆け出しゆえであれば納得するべきでしょう。

 しかしそれ以上に印象に残るのは、身請けされて自由になったはずが、旦那が死ぬたびに何度も舞い戻り、同じことを繰り返すお葉と、彼女をそのような境遇に落とした女衒まがいの音吉の「正体」であります。
 互いに相手を想っていたはずが行き違い、手のつけようのないほど絡まってしまった男女の情の結末は――又市たちの登場する作者の一連の江戸ものでも描かれたところですが――その皮肉さ、やるせなさが刺さります。


『周防大蟆』
 周防の小藩の藩士から持ち込まれた仇討ち絡みの奇妙な依頼。持ち込んだ男・岩見は仇を討つ側であるのに、兄を殺した仇の疋田に助勢してほしいというのであります。
 岩見には九人の助太刀と見届け役がつくという物々しいこの仇討ちの裏を探ってみれば、明らかになったのは、疋田は岩見の兄を殺したある人物から濡れ衣を着せられたという真実。濡れ衣でさらに何人もの命が失われかねない事態を避けるための又市の策は……

 仇討ちという時代劇定番の題材を、通り一遍ではない視点から描いてみせた本作。
 仇討ち側が仇の助太刀を望むという奇妙な状況の謎解きの面白さもさることながら、仇討ちというシステムのために命が失われることに憤る又市の青臭さが印象に残ります。

 元々作者版の「必殺」というべき性格のある本シリーズですが、大きく異なるのは相手の殺しを目的とするのではない――相手を殺して解決ではないという点でしょう。
 その独自性を、ゑんま屋で数少ない「殺す」力を持つ男・山崎寅之助の存在と照らし合わせながら描くのも巧みであります。


『二口女』
 角助が受けた厄介な依頼――それは前妻の子を虐め殺してしまったさる旗本の後妻・縫が、その事実が誰にも明らかになっていないものの、しかしそれでは自分の気が済まないと依頼してきたものでした。
 どこか奇妙な点のあるこの依頼のことを、ゑんま屋の仲間の本草学者・久瀬棠庵に相談した又市は、真相らしきものに気付くのですが……

 何か損が発生して、初めて出番がやってくる損料屋。しかし本作で描かれるのは、今は損が出ていないものの、筋を通せば損が――しかも関わる者全てに――出るという厄介な一件であります。
 しかも依頼者自体がどこかおかしいこの事件を如何に又市が捌くか――今回もかなり強引な策ではありますが、棠庵の語りの面白さもあり、何となく納得させられるところです。

 ちなみにこの棠庵、第一話から登場していたものの、本格的な出番は今回から。博覧強記な本草学者で、又市に延々と怪異や妖怪変化について語る――という、妖怪小説としての本作にはなくてはならない人物です(事実、第一話・二話には妖怪語りがほとんどない)。

 さて、第一話では長耳の仲蔵、第二話では山崎寅之助、そして本作での棠庵と、レギュラーであるゑんま屋の面々の紹介も終わり、この先の物語はさらに重く、深刻なものとなっていくのですが――長くなりましたので次回に続きます。


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