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2019.09.01

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第2巻 妖狐、おかしな旅の末に己のルーツを知る……?


 古代中国の怪談・奇談集『捜神記』を題材に、齢千年を重ねた妖狐・廣天を狂言回しに描かれる人と妖・妖と妖・人と人の物語、待望の続編であります。この巻では、放浪の旅に出た廣天が行く先々で出会う物語の数々が、ギャグたっぷりに、そして時々シリアスに描かれるのですが……

 歴史上様々な時と場所に現れ、人や妖と関わっていく妖狐・廣天。しかしある時、時の皇帝による物の怪狩りによって捕らえられた彼女(?)は、かつて出会った人々や、知己である妖たちによって救い出され、一片の炭となってしまった親友の神木とともに旅に出るのでした。
 その最中、物の怪狩りの背後にいたのが、皇帝を誑かした妖狐・阿紫であることを知った廣天。しかし阿紫は、廣天にとっては母親代わりともいえる女性でもありました。果たして彼女の真意は何かを探るため、廣天は各地を訪れるのですが……


 冒頭に記したように、『捜神記』に記された数々の物語を題材に描かれる本作。当然ながらというべきか、個々のエピソードは本来は無関係なのですが――しかし(本作においては)それぞれの物語と登場人物は、様々な形で繋がりあい、重なりあいながら、一つの物語を描いていくこととなります。

 その最たるものが、一巻終盤で描かれた、廣天を巡る物語だったのですが――大変な盛り上がりを見せたこの結末には、しかし一つの謎が残りました。
 それは神仙や妖たちの間に、廣天を狙う動きがあること――が持つというある「力」を巡り、人の預かり知らぬ巨大な思惑が動き出していたのであります。

 そしてそんな動きを知った廣天も、自分自身に秘められた謎を知るために旅を続けるのですが――まあ、それはともかくとして、この巻でも相変わらず、面白おかしい怪異の物語が綴られていくことになります。

 大雨の晩に化物が出るという湖で堤防の番人の青年の前に現れた、なんか異常な速度で走る美女。謎の美青年を雇った未亡人が、ある晩台所で目撃した奇怪などんちゃん騒ぎ。仲間と出会って夜道を行くことになった幽鬼の奇妙な道行き。皇帝暗殺を狙う一党の前に現れ、軽やかな導引で目を奪う老いた鼠。春秋時代のある国の後宮で起きた、宮女の首なし殺人事件……

 第1巻に比べると、特に後半は原典がモチーフレベルの使用に留まっている部分もあるのですが、しかしそれでもこれまで通り、本作の古典を今に蘇らせてみせるアレンジの巧みさは変わりません。
 時に無理矢理なほどパワフルにこちらを笑わせておいて、フッと人間と妖の間のイイ話をこちらの胸に打ち込んでくる手腕は相変わらずで、良く知られた物語であっても、また異なる感慨を与えてくれるのは、本作ならではの妙というほかありません。


 しかしこの第2巻において圧巻は、やはり後半で描かれる連続エピソード――老鼠が廣天に語る、彼女の母と阿紫の物語でしょう。
 千年前の春秋時代、山の神の依頼で、異変の予兆があるというとある国の後宮に潜り込んだ阿紫。そこで彼女が出会ったのが、後に廣天を生むことになる女性・陽だったのであります。

 とんでもないマイペースで面白すぎるキャラクターの陽を気に入り、何かと行動を共にする阿紫。しかしある日陽は、異常な形で、異常な姿でもって、君主との間の子を生むのでした。
 折しも宮中では家臣たちが互いに暗闘を繰り広げ、様々な凶兆が現れる中、陽と子供に危機が迫るのですが……

 と、第1巻でほのめかされていた、廣天が生まれた際の出来事が描かれることとなるこの過去編。
 廣天が春秋時代にとある君主と阿紫の知人の女性の間に生まれたこと、国を滅ぼす不吉の子として疎まれ、ついに山に捨てられたこと――これまで語られてきたそれに至るまでの物語が、ここで語られることになります。

 といっても、もちろんここでも力業なギャグの数々は健在で、主人公ともいうべき陽自身も、何ともけったいなキャラクターなのですが――この巻の終盤で、物語は意外な方向に向かっていくことになります。
(第1巻を読んでいた人間であれば絶対ひっかかるミスリーディングがまた心憎い!)

 実はこの巻では過去編は終わらず、実に気になるところで終わるのですが――さてこの先で、そしてそれに続く現在で何が描かれるのか。
 ギャグ成分はたっぷりなようでいて、原典の活かし方、そして伏線の張り方に非凡なもののある本作だけに、全く油断はできないのであります。


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