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2019.09.24

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第15章の1『白い影(上)』 第15章の2『白い影(中)』 第15章の3『白い影(下)』


 盲目の美少女修法師の活躍を描く『百夜 百鬼夜行帖』久々の紹介は、第15章の前半――とある村の森に夜な夜な現れる奇怪な白い影の群れの正体を突き止めるべく、百夜の弟子として左吉と文七のコンビが挑むことになります。

 中原街道の中里新田――その名の通り、新田を開発している村の森に夜な夜な現れる怪異。森の木々の隙間を埋め尽くすように無数の白いモノが、体を揺らしながら立つという不気味な怪異に、村人たちは怯えるばかりであります。
 文七の従兄弟から持ち込まれたその話に、左吉と文七を連れて中里新田に向かった百夜。しかし百夜は現地に着くや、怪異と出会う前から、その正体を見破ったと語ります。

 そして、そんな百夜の言葉がさっぱり理解できない左吉と文七に対して彼女が命じたのは、二人だけでこの怪異の正体を見破るという修行。おっかなびっくりで夜の森に入った二人は、そこで次々と奇怪なモノたちと出会うことになります。
 奇怪な姿を取り、無数に現れる白い影は何者なのか? そして何のために現れるのか? 怖いながらも必死に知恵を振り絞り、一歩一歩真相に迫る二人ですが……


 というわけで、前話と同じく全3話構成ではあるものの、しかし全く趣向の異なる今回のエピソード。まさしく「百鬼夜行」に相応しいもののけ総進撃で登場する白い影は、いずれもただそこに居て、動き回るだけではありますが、しかしそれが数え切れないほど現れるというのはかなりの迫力であります。

 それもこんな奇怪な姿で――
・宙に浮く光る四角い骨組みと、地面に出る耳がついた巨大な唇
・膝を曲げずに腰を回転させて移動する人の下半身のみ
・全身にびっしりと目を並べたエイのようなモノ
・一つ目の細長い大入道
・いくつも積み重なった大きな唇
・七十尺ほどもある鱗を持った象

 何がなにやら、ここまで来るともう判じ物のような――と言えば、ここでシリーズの読者であればピンとくることでしょう。これらの白い影は、いずれも何かの品物が変じたモノ――すなわち付喪神なのであります。
 もちろん百夜にはそんなことはお見通しですが、ここで百夜がいつもの茶目っ気と、そして師匠としての想いから、この正体暴きを左吉と文七に命じるというのが、また物語をややこしくさせることになります。

 百夜のマネージャー的な存在である左吉と、怪異専門の瓦版書きの文七――どちらも百夜の弟子を自認してはいるものの、しかし百夜のような霊能力をもつわけでも、修行を積んだわけではありません。
 一般人そのものの彼らにできるのは、知恵を振り絞って付喪神の正体を探ることのみですが――しかしそれこそが付喪神をカミアガリさせる第一歩なのです。

 しかし、それで終わりではありません。それでは何故付喪神が現れたのか――それも一カ所に、これほど多種多様に? 左吉と文七は、鬼師匠に命じられるまま、この謎にも挑むことになるのであります。


 ここしばらくは、大仕掛けな伝奇もの――それも付喪神ではなく、亡魂などの怪異とそれを操る者たちなどとの戦いを描いてきた本シリーズ。
 それはそれでもちろん大好物ではありますが、しかしそれだけでなく、付喪神の謎を――彼らが何物で、何のために現れるかを解き明かし調伏するという、ミステリ味の強い物語も読みたくなるのも、ファンの正直な気持ちではあります。

 この3話は、そんな気持ちに応えてくれる、いわば原点回帰のエピソード――それも百夜ではなく、左吉たちを探偵役に据えることで、一気呵成でなく、じっくりと怪異の不可思議さと謎解きの面白さを味合わせてくれるのです
 さすがに3話構成はちょっと長いのではないかな、という印象もなきにしもあらずですが――しかし、明かされた意外な真相と、それに対する見事な解決策を見せられれば、これはこれでと納得してしまうのであります。


 ちなみに上巻の表紙は、修法師であることを隠すために町娘に変装して村に向かう百夜の姿。ノリノリで「かわいい古着を買ってきてくれ」と左吉に命じる百夜ですが、どう考えてもそんな彼女こそがかわいいと思います。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『白い影(上)』 Amazon/ 『白い影(中)』 Amazon/ 『白い影(下)』 Amazon
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