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2019.09.25

菱川さかく『地獄楽 うたかたの夢』 死罪人と浅ェ門 掬い上げられた一人一人の物語


 謎の島を舞台に仙薬を求める死罪人と山田浅ェ門たち、そして島に巣くう怪物たちとの死闘を描く『地獄楽』――その本編第7巻と同時に発売された初の小説版であります。画眉丸と佐切の主人公コンビをはじめとして、個性豊かなキャラクターたちが活躍する前日譚を中心に、全4話が収録された短編集です。

 江戸時代後期、不老不死の仙薬が眠るという謎の島に、無罪放免と引き替えに仙薬を求めて放たれた死罪人たちと、彼らの監視役である山田浅ェ門の名を許された剣士たち。
 彼らが島で繰り広げる死闘の数々を描く本作は、本編では今まさにクライマックスに突入している状況ですが――この小説版は、物語の序盤、島の上陸第一日目を舞台に、登場人物たちが島に来るまでの前日譚を中心としたエピソードから構成されております。

 第一話「夫婦の鉄則」は、画眉丸を江戸まで連行する佐切が、旅の途中で立ち寄った宿場町で、必死に今を生きる宿屋の主人夫婦を助けるために悪人たちと対峙する物語。
 悪徳高利貸しと結託した好色な代官、そして代官の用心棒の忍びという、ある意味で「時代劇」らしい敵役に、らしくない画眉丸と佐切が挑むこととなります。

 タイトルの夫婦は、もちろん宿屋の主人夫婦を指しつつも、同時に画眉丸と彼が戦う理由である妻を指すものでもあります。
 冷徹な殺人マシンでありながら、妻の存在によって人間として変わり始めたという、ある種特異な画眉丸のキャラクターを、本作で再確認させられたといえるでしょうか。
(それと同時に、男女主人公でありながら恋愛感情ゼロというユニークな二人の姿もまた)


 第二話の「連星、輝く」は、死罪人と浅ェ門が兄弟という特異な亜左弔兵衛と桐馬の過去のエピソード。かつて四国で盗賊団を率いていた二人が遭遇した、強大かつ凶暴な盗賊団の長との対決が描かれます。

 作中でもよほどのことがない限り常に離れず、兄弟で動いてきた二人ですが、本作では強敵の前に弔兵衛が敗北、桐馬を差し出して逃げるという衝撃の展開。
 まあもちろんあの弔兵衛が、あの桐馬がやられて黙っているはずもないのですが――二人の堅い絆はもちろんのこと、物語の流れ的に本編ではなかなか描きにくい類の二人のえげつなさが印象に残ります。


 一方、第三話「心動かすもの」は、本書で唯一「現在」の――島に上陸してからの物語。死罪人の一人・ころび伴天連の茂籠牧耶と、同じく死罪人のくノ一・杠の化かし合いが、杠の監視役である仙汰を通じて描かれます。
 実はここで描かれる杠と茂籠牧耶の対決は、本編では1ページ程度でさらりと描かれているもの。その時は牧耶は散々に杠に弄ばれた挙げ句、あっさりと退場したことのみが語られたのですが――ここでは杠以上に牧耶のキャラクターの方が掘り下げられた印象があります。

 切支丹だけでなく様々な宗教を都合良く取り入れ、己の目的のために用いる牧耶。本作ではその狂熱ぶりと、その危険性が描かれるのですが――その歪んだ宗教のパッチワークと、極楽を求める牧耶の姿は、今になってみればこの島の姿と重なるものであったと気付かされます。
 もっとも、彼がここで死なずに生き延びたとしても、島の主たちと出会った時にはさらに悲惨な最期が待っていたと思いますが……


 そして第四話「桜咲く庭」の主役は、山田浅ェ門中随一の熱血漢・典坐――町のゴロツキであった彼が、いかに山田浅ェ門門下に加わり、そして士遠を師と仰ぐこととなったかが語られることとなります。
 実は典坐が士遠に拾われた過去については、これも本編中で描かれているもの。本作はそれを踏まえつつもその先――何故彼が剣を投げ出すことなく、修行を続けることとなった理由を描くのです。

 正直なところ、物語の内容的には予定調和的な部分もありますが――しかし本作の真の魅力は、明日の望みもなく暴れ回っていた典坐と、そんな彼の「可能性」を信じ、受け止めた士遠の絆の形であることは言うまでもありません。
 本編のこの後の展開を思えば、あまり「可能性」と言われると胸が激しく痛むのですが……


 物語の性質上、ストーリーの本筋が始まってからはなかなか語られざる物語を描きにくい『地獄楽』。それをこのような形で、キャラクター一人一人の物語を掬い上げてみせるのは、ファンにとっては実に嬉しいお話です。
 描写にも違和感はなく、ぜひこの調子で残されたキャラクターたちも描いてほしい――と、欲張りにも考えてしまうのであります。


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