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2019.09.03

楠桂『鬼切丸伝』第9巻 人でいられず、鬼に成れなかった梟雄が見た地獄


 この世で唯一、鬼を斬り、そして滅ぼす力を持つ刀・鬼切丸――その鬼切丸を手に長い時を生き続ける少年が見た、歴史の陰の人と鬼の姿を描く連作シリーズの第9巻であります。この巻では、薩摩の英雄、伝説の悲恋の少女、そして乱世の梟雄の物語が、鬼の姿と絡みあいながら描かれることになります。

 自身も鬼から生まれた鬼でありながらも人と同じ姿を持ち、手にした鬼切丸で鬼を斬る少年――本作はその名無しの少年を狂言回しに、様々な時代に現れる鬼の姿を、歴史上の人物と絡めて描く物語であります。
 この巻に収録されているのは「鬼梟雄」「生田川鬼処女」「釣り鬼野伏せ」の全3話。うち「釣り鬼野伏せ」は、題名から察せられるように、薩摩を舞台とした物語です。

 耳川の合戦で捨てかまりとなって散った配下を悼む島津四兄弟の四男・家久に、死んだ後にも仕えようとする家臣が現れても決して召しかかえてはならぬ、と謎めいた言葉を語る次男・義弘。そしてその言葉に応えるかのように、家久の前に死んだはずの三人の武者が現れるのでした。
 その忠誠心に感動し、兄の言葉を無視して彼らを受け入れた家久。以来、三人は人間離れした強さで戦場で暴れ回り、家久は彼らと自分は一心同体だと讃えるのですが……

 薩摩で「鬼」といえば、これはもう鬼島津と異名を取った義弘――と思いきや、中心となるのは四男の家久というのが、実にユニークなこのエピソード(しかし同時に義弘の過去が重要な意味を持つのも面白い)。
 本作の鬼は、恨みなどの強烈な執着を残した人が変ずるものですが――強すぎる忠誠心がその源となるというのは、戦国時代の薩摩ならではと言うべきでしょう。結末で家久を待つ皮肉な運命も印象に残ります。


 また、「生田川鬼処女」は、万葉集にも歌われた菟名日処女の悲恋――二人の男から求婚された末、二人が争う姿に心を痛めて入水した乙女の伝説を題材とする異色作。
 鬼の噂に生田川を訪れ、謎めいた女から、乙女を追って男たちも入水した末に、鬼に変じた乙女に食われたと聞かされる少年。しかし少年が見た真実とは……

 川底にある「菟名日処女の地獄」の有様も印象に残るこのエピソードですが、しかし個人的に驚かされたのはその題材です。
 上に述べたように、元の伝説は万葉集にも採り上げられたもの。ということは、鬼切丸の少年が生まれた平安より前の奈良時代(以前)ということになります。

 つまり、本来であれば出会うはずがない少年と菟名日処女なのですが――このような形であれば絡められるのか! と、本作の持つ可能性の大きさに驚かされた次第です。


 しかし、この巻で個人的に最も印象に残ったのは、巻頭の「鬼梟雄」であります。
 ここでいう梟雄とは、宇喜多直家――といえば、納得される方も多いのではないでしょうか。暗殺と謀略によってのし上がった、下克上の一つの極みともいうべき人物であります。なるほど、いかにも鬼になりそうな人物ですが――しかしここで意外な展開が描かれることとなるのです。

 祖父の仇とも言うべき浦上宗景の伽に(それも同じく彼に侍る実の母によって!)差し出された少年時代の直家。強い憎悪の念から鬼と成りかけた直家は、しかしそこに現れた鬼切丸の少年の言葉がきっかけで、人間に戻ってしまうのでした。
 鬼にも成れぬ自分の無力さへの絶望から、死を選ぼうとした直家。しかしそれが彼に思わぬ妖力を与え、自在に他人を縛り、操るその力で大名にまで成り上がるのですが……

 上でも述べたように、本作の鬼は人が強すぎる恨みなどで変じたものであります。これまで本作においては、そのようにして鬼と変じた武将の姿が幾つも描かれてきましたが――しかし、鬼に成れなかった者はどうなるのでしょうか。
 人でもいられない、鬼にも成れない者――直家がなったのは人でも鬼でもない「怪物」だった、という構図に、まず圧倒されるのであります。

 しかしそれではこの物語における鬼は誰が変じるのか――ある意味実に本作らしい(そして直家の物語を知るものであれば納得の)その相手を前にして、初めて直家の心に生まれたものが――という展開は、ただ地獄としかいいようがありません。

 その先に待つ、さらに皮肉な結末も印象的なこのエピソード。人と鬼とそれ以外と――その絡み合いを通じて歴史を描いてきた本作ならではの、異形の、そしてそれだからこそストレートな戦国武将伝として、強く印象に残るのです。。


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